第11話 衝撃!ドラゴンの呼び声

 ――そして、その翌日から、正義のヒーロー・リザードマスクとしての俺の活躍が始まった。



  ◆ ◆ ◆ 



鎧閃がいせん! トォォッ!」


 変身ベルトからの赤い光に包まれ、俺は仲間の魔導師が駆るワイバーンの背から飛び降りる。蜥蜴トカゲの仮面と鋼の皮膚を纏った怪人態へと姿を変え、着地と同時に敵の群れに向かって駆け出す。


「リザード・チョォップ!」


 鋭く風を切るチョップで骸骨ワイトの群れを薙ぎ倒し、逃げ惑う人々の誘導を魔導師達に任せて、俺は敵のゴブリンへと肉薄する。敵の振り下ろす大斧を寸前のところでかわし、回し蹴りの一撃で敵の手元から斧を叩き落とす。


「リザードマン如きがァ、なぜ邪魔をするゥゥ!」

「リザードマンじゃない。正義の味方、リザードマスクだ!」


 唸りを挙げて掴み掛かってくる敵の巨体を蹴り飛ばし、俺はバイカーマスクを真似てびしりと見得を切った。


小癪こしゃくなァァ!」


 しわがれた叫び声を上げて、ゴブリンが紫色の雷撃を放ってくるが――


「行くぞっ!」


 地面を蹴って飛び出せば、敵の稲妻は俺を避けて風に消える。驚愕に歪む黄色い目が、拳を振りかぶる俺の影を映す。


「リザード・パァンチ!」


 人工筋肉と強化鎧装が生み出す重たいインパクト。この世界の常識を超えた一撃を叩き込まれ、ゴブリンは黒い血ヘドを吐いて倒れ込み――


「トドメだ! リザァァド・キィィック!!」


 助走を付け、風を纏って叩き込む跳び蹴りが、敵を断末魔の叫びとともに爆発四散させた。



  ◆ ◆ ◆ 



「トカゲさん、大丈夫? 疲れてない?」


 俺が戦いを終えて家に戻るたび、オレーシャは嬉しそうに笑って俺をねぎらってくれた。


「大丈夫だよ。結局、最初に戦った日が一番キツかった」

「それはトカゲさんが強くなってるんじゃない?」


 魔法で火を起こしてスープを作りながら、オレーシャがにこにこして俺を見てくる。


「いや……」


 実際、最初に王子やマッド女と一緒に戦った時のゴブリン以上の強敵は、あれから一度も現れていなかった。角を持たない普通のゴブリンか、それよりもっと間抜けで弱いトロール、海上に現れ船を襲うセイレーン……そんなところだ。

 父親不在の室内を見渡し、今日は手伝うことはないかと俺が尋ねると、オレーシャは「ううん」と首を振ってから、出し抜けに言う。


「王子様もお姫様も、思ったよりトカゲさんに優しいんだね」

「へ?」

「だって、南が一番危ないって。トカゲさんが戦うの、他の町ばっかり」

「あぁ……それは」


 この不思議ちゃんも気付いている通り、俺が駆り出されるのは、今のところ、国土のあちこちで突発的に発生する魔物の襲撃への対処ばかりだった。南の前線では今も国王率いる精鋭軍が敵と戦っていると聞くが、そちらに俺が送り込まれそうな空気は今のところない。

 俺としても、敵とはいえ人間と戦うのは気が進まないので、正直今の形が有難いが……。


「優しいっていうか、俺はやっぱり余所者だからさ。お国の内乱に関わらせたくないんだろ」

「ふぅん?」


 オレーシャは木の器にスープをよそい、王宮から支給されたベーコンや白いパンと一緒にテーブルに並べて、「めしあがれ」と俺に微笑みかける。俺が空腹のままに食べ物に飛びついたところで、彼女は少しだけ切ない顔でぽつりと言った。


「わたし、トカゲさんには、人間と戦争はしてほしくないな」

「え?」

「トカゲさんは、ずっと優しいトカゲさんのままでいて」

「……うん。出来る限りは」


 俺はこくりと頷いた。いつか南との戦いに駆り出される日が来たら、どんな顔をすればいいのだろうかと思った。



  ◆ ◆ ◆ 



「いいかぁ、トカゲくん! 我々の魔法で敵を空中に縛り付ける! キックで撃ち抜けっ!」


 びゅうびゅうと強風の吹き荒れる山岳地帯の高空、マッド女の駆る小型レッサーワイバーンが敵影に追いすがる。その鞍上あんじょうで怪人態への変身を終えた俺は、彼女の腰に手を回したまま強化視力で敵の羽ばたきを追う。


「キョオオォォッ!」


 耳をつんざく半人鳥ハーピィどもの叫び。仲間の魔導師数人がワイバーンで各々のターゲットを追い詰め、一斉に杖を構える。


「そのあとは!?」

「わたしが急降下して回収してあげるっ!」

「し、信じますよ!」


 眼下に広がるのは峻険しゅんけんな山。この高さから落ちたら改造人間といえどひとたまりもなさそうだが、今はこのマッド女に命を委ねるしかない。


「行くよぉ、精鋭諸君! 捕縛魔法、〈木蔦縛りシリュープ・チザーヤヴィス〉!」


 彼女の号令に合わせ、魔導師達が高速で飛び回るワイバーンの上から魔法を放つ。風が、稲妻が、木のつたが――各々の魔法がハーピィの肢体をがんじがらめにし、空中の一箇所に重ね合わせ繋ぎ止める。


「今だっ、リザードマスク!」

「――ハッ!」


 ワイバーンの背を蹴って俺は飛び出し、空中で宙返りして風を纏い――


「リザード・きりみキィィック!!」


 舞い降りる疾風のやじりと化して、数体のハーピィの身体をまとめて貫く。

 爆炎をバックに自由落下に転じる俺の身体を、ぎゅおんと回り込んだマッド女のワイバーンが回収してくれた。



「いやぁ、すごぉいねえ、トカゲくぅん! 戦うたびに技が進化してないかぁい!?」


 戦いの事後処理を終えて王都へ帰還する最中さなか、ワイバーンの手綱を握るマッド女がキラキラした目で俺を振り返ってくる。


「無茶振りが多いからですよ。ていうか、俺も飛べたらいいのになあ」

「ふぅむ? キミの身体の動作原理を魔学的に解明できればぁ、ひょっとしたら翼を持たせることもぉ……」

「あ、解剖はさせませんからね」


 俺が先回りして否定しておくと、彼女はチェッと小さく舌打ちした。


「ていうか、生物研究室の主任って基本ヒマなんですか」

「まぁさかぁ。毎日忙しいよぉ」

「その割には、俺を新手の敵と戦わせる時には、フェーヤさん絶対出てきますよね」

「チェリたんと呼びたまえよぉ。それはねぇ、キミはわたしの最優先研究対象だからさぁ。世界に一人のキミという存在を、わたしは誰より詳しく知りたいんだよぉ」

「はぁ……」


 この黒髪ツインテールだって黙っていれば綺麗な顔をしているのに、俺は少しも良い意味でドキッとしない。身体を好き勝手に切り刻まれるのは、ジャアッカーでの一回だけで十分だ……。


「だからぁ、王宮に戻ったら今日こそベッドインしようよぉ、トカゲくぅん」

「イヤですって! てか、そのベッドって解剖の手術台でしょ!」

「キミが望むなら筆下ろししてあげてもいいって言ってるじゃないかぁ、童貞くん」

「余計なお世話です!」


 このやりとりも、もう五回目くらい。

 まあ、それでも、ジャアッカーの怪人として悪事に加担させられていたよりは生き甲斐のある人生だろうか、なんてことを思いながら、俺は日々あちこちで魔物と戦っては、人々に感謝されていき――


 大きな事件が起こったのは、そんなある日のことだった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



《《半月ぶりだな、トカゲ。今日は心して来てもらわねばならん》》


 この日は、いつもより多くのワイバーンがロージュノエの町に俺を迎えに来た。その中心に居たのは、誰あろうパルス王子だった。

 俺の存在に慣れた町の人々も、まさかの王子直々の来訪にざわめき立っている。オレーシャが「わあい、王子様」と笑顔で手を振る傍ら、俺は息を呑んで彼の前に立った。


「パルス様がここまで来るなんて、初めてじゃないですか」

《《ああ。今回の敵は尋常ではない》》

「な、何ですか、尋常じゃない敵って」


 いよいよ南との戦争に巻き込まれるのか、と俺が汗の滲む拳を握ったところで、彼は、重々しい言葉が一周して逆にそうなったように、さらりと言った。


《《火焔竜フレイムドラゴンだ》》

「フレイム……ドラゴン?」


 その戦いが、正義のヒーロー・リザードマスクにとっての大きな転機になることを、俺はまだ知るよしもなかった。

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