第10話 拝命!リザードマスク!

「……よく食べるね、トカゲさん」


 戦いを終えて皆と王宮に帰還した俺は、だだっ広い食事のに通され、これでもかと並べられた豪華な料理の饗応きょうおうを受けていた。

 食欲に突き動かされるがまま、目の前の料理を手当たり次第にフォークで口に放り込んでいく俺を、隣に座ったオレーシャが呆れた目で見てくる。


「そんな勢いで食べたら、お腹壊しちゃうよ」

「ひょひたらキミが治してくれたらいい」


 言いながら、俺は大皿に盛られた骨付き肉を手に取ってかぶりついた。

 あれだけ派手に暴れまわったからか、普通の人間だった時には感じたことのないほどの空腹を俺は覚えていた。改造人間といえど腹は減るし、むしろ、食べ物のカロリーをエネルギーに変換している分、暴れた後の空腹は人間以上に感じるのかもしれない。


「ふぅーむ、トカゲくん、キミの身体は排泄を必要としないんだっけ?」


 例のチェリたんとかいうマッド女が、向かいの席から身を乗り出して尋ねてくる。

 俺とオレーシャのほかに長テーブルを囲んでいるのは、彼女とポリーナ姫の二人。だが、姫は食事に手を出す様子はなく、細い腕をゆったりと椅子の肘掛けに乗せて、少し引いた目で俺達を眺めているだけだった。


「なんでふか、食事中にひょういう話ひないでくだひゃいよ」


 食べながら喋るとパルス王子みたいだなあ、と、本人が聞いたらぶん殴られそうなことを頭の片隅に思いつつ、俺はマッド女にツッコミを入れておく。彼女は透明なグラスからワインをこくりと飲み干して、少しばかり赤くなった顔で続けた。


「いやーぁ、スゴイことだと思ってねぇ。だって、排泄が必要ないってことは、飲食物の質量を余さずエネルギーに変換できてるってことだよぉ。スゴイんだねぇ、キミの居た世界の技術って!」

「はぁ。俺的には魔法のほうがビックリなんでふけど……」

「イヤイヤ、魔法っていうのはねぇ、的に証明された事象を秩序だった手段で再現しているだけだよぉ。その点、キミの身体の仕組みは魔学の常識を超えてる。ぜひ――」

「解剖はダメでふからね!」


 俺が空いたフォークをびしっと向けると、マッド女は「ちぇー、ケチぃ」と口をとがらせた。


「トカゲさん、このパン美味しいよ。町のパンとは違う」


 オレーシャはリスのような動きで白いパンをもくもくと咀嚼している。どんな状況でもマイペースなこの子の性格が、俺にはちょっと羨ましい。


「……」


 ちらりとポリーナ姫に目をやると、彼女は相変わらず、食事に手を出さないまま俺達の様子を見守っている。改めて見れば、手を出す出さない以前に、彼女の前には取り皿やカトラリーすら用意されていなかった。


「お姫様は食べないんですか?」


 ちゃんと口の中のものを飲み込んでから俺が尋ねると、姫は「え?」とキョトンとした目を向けてきた。


「王族方はねぇ、臣下と食事をご一緒したりはしないものだよぉ」


 マッド女の注釈が入る。へえ、と俺が頷いた直後、その第一王女様が「それで」と口火を切った。


「あなた、これからどうしますの? 王立魔導院付きの遊撃要員としてこの王宮に常駐してくれれば、我々としては有難いのだけど……」

「ダメだよ」


 彼女の言葉にすぐさま反応したのはオレーシャだった。俺と姫、それにマッド女が揃ってぱちりと目をしばたかせたところで、不思議ちゃんは続けた。


「トカゲさんはウチに住んでくれるんだもん。ね、トカゲさん」

「え……うん?」


 そこまで約束してたっけ? と俺は首を傾げたが、オレーシャの無邪気な瞳に見上げられては、すぐに否定するわけにもいかなかった。


「いやぁ、お嬢ちゃん、それは困ぁる! このトカゲくんは、我が生物研究室の貴重な研究対象として城に居てもらわなぁいと――」

「この子のウチに住みます!」


 マッド女の言葉を遮って俺が即答すると、くすりと姫が笑いを漏らした。


「いいですわ、ロージュノエの町なら早馬で半刻はんときとかからないし。あなた、馬は乗れるのでしょうね」

「え……」


 当たり前のように聞かれ、俺は言葉に詰まる。


「いや……たぶん、自分で乗るのはちょっと……」

「姫様ぁ、このヒトの世界には馬なんて居なかったんですよぉ」

「いや、居たことは居ましたけど、普通の現代人が普通に馬に乗ったりはしないっていうか」


 フォークを持ったままの手を顔の前で振ってから、俺はふと思いついた。


「あ、ホラ、正義の味方ならやっぱりバイクでしょ。バイクみたいなモノってないんですか、この世界」

二輪車バイク? ……あなたの記憶の中で、バイカーマスク2世という者が乗っていたアレのことかしら」

「そうそう、それそれ!」

「この世界にそういうものはありませんわね……。どうかしら、フェーヤ。魔力で車輪を回して自走する乗り物、魔導院の工廠こうしょうで作れそうかしら?」

「どうでしょうねぇ? 理論上はイケそうな気はしますけどぉ……」


 マッド女は軽く腕を組んで二秒ほど唸り、ふるふると首を横に振った。


「乗り物の重量と本人の体重を乗せて高速走行できるほどの動力を、搭乗者の魔力から得るとなるとぉ……移動の間に搭乗者自身が消耗してしまってぇ、乗り物として用をなさないですしぃ……。そうなるとぉ、事前に充魔じゅうました蓄魔箱バッテリーを搭載するか、何らかの方法で遠隔で魔力を送るかですけど……そうまでして、そんな乗り物を運用する必要性が見当たらないですねぇ」

「やはりそうよね……」

「それかぁ、シンプルに、馬に引かせるかですねぇ」

「それなら馬に乗ればいいわよね」

「そういうことですぅ」


 納得した様子で頷き合う二人。なんだかよく分からない内に、この世界におけるバイクの有用性は完全に否定されてしまったらしい。

 やっぱりバイカーマスクの真似事はできないのか……と俺が肩を落としかけたところで、マッド女は「でもでも」と明るい目をして、ポンと拳で手のひらを叩いた。


「このヒトぉ、魔力を受け付けない身体を持ってるからぁ、ワイバーンにノーリスクで乗れるんですよぉ。つまりぃ、騎竜きりゅう術を鍛えてもらったらいいんじゃないですかねぇ?」

「ふむ。そうですわね……」

「でも、ウチにワイバーンは入らないよ?」


 ちゃっかり話を理解しているらしいオレーシャが、ぽつりと会話に割り込む。


「じゃあ、やっぱりトカゲくんには魔導院に居てもらって――」

「イヤですよ、解剖させろって絶対毎日言ってくるじゃないですか!」


 どうしたものかと俺自身も困っていると、姫が「ふむ」と自身の唇に指先を当てて言った。


「ではこうしましょう。彼にはこの子の家に住んでもらい、出撃の際には王宮から迎えの者がワイバーンで出向く。どうかしら?」

「わあい」

「姫様が仰るなら、異存はありませんよぉ」


 オレーシャは勿論のこと、マッド女も直ちに同意を示していた。そこはそれ、やっぱりお姫様の鶴の一声ということらしい。


「あなたもそれで良くって?」

「はぁ。俺は解剖されないなら何でも」


 本人への確認は最後の最後なのか……。と思いながら俺が答えると、姫はふっと口元をほころばせ、八重歯を見せて笑った。


「どうあれ、戦う覚悟を決めてくれたのなら有難いですわ。これから大いに力を貸してもらいますわよ」


 青い瞳にきらりと見据えられ、思わず俺は背筋を伸ばす。


「は、はい。やれるだけやってみますよ。正義の味方、ザコトカゲとして」

「それなのだけど……」


 姫はそこで初めて、苦笑を隠したような微妙な表情になった。


「あなたのその名前……元の言語ではどういう意味なのか知りませんけれど、わたし達の言葉では、『脆弱ぜいじゃく蜥蜴トカゲ』くらいの意味に聞こえるのよね」

「はぁ。あの、日本語でもそういう意味ですよ」


 どうやら、翻訳魔法を通しても、ザコトカゲという名前はそのまんま「ザコいトカゲ」の意味で伝わっているらしい。ジャアッカーもヒドイことするよなあ、と改めて俺が思ったとき。


「もう少しどうにか出来ないかしら? あなたにとっては大事な名前なのかもしれないけれど――」

「イヤ、全然、大事な名前でも何でもないです」

「そう。それなら話は早いわね。国の守り手として戦いに出てもらう以上、今少し、押し出しの利く名前でなければ、民を安心させられませんわ」

「そういうもんですか……」


 姫の言葉に、俺はうむむと唸った。言われてみれば、ジャアッカーに名付けられたままにザコトカゲと名乗り続けていたけど、いくらなんでもこの名前で正義の味方はないよな……。


「わたしは好きだよ、ザコトカゲさんって名前」

「お嬢ちゃんはそうだろうけどぉ、ねぇ」


 オレーシャだけがジャアッカーのネーミングセンスを擁護していたが、この名前に問題を感じているのは姫だけでなくマッド女も同じようだった。

 オレーシャは少しだけ頬をぷくぅとさせてから、閃いたように言った。


「じゃあ、トカゲさん仮面!」

「イヤイヤイヤ、それはぁー……」

「せめて横文字にするべきですわね。蜥蜴トカゲの仮面なら、リザードマスクとか」

「あぁ、それいいですねぇ。パリっとカッコよくて!」


 姫がさらっと述べた提案に、マッド女がぽんと手を叩く。どうやら彼女達の言語にも横文字という概念があって、それは俺の耳には英単語になって聞こえるらしい。


「リザードマスクか……」


 その名前を繰り返してみると、思った以上にしっくりくる気がした。バイカーマスクと似た響きで、正直格好いい。


「わあい。トカゲさん、リザードマスクだって」


 何よりオレーシャが無邪気に喜んだことで、俺の心もすんなり決まった。


「わかりました、じゃあ、リザードマスクで」

「ええ。それがいいですわ」


 ポリーナ姫が満足げに頷く。俺こと怪人ザコトカゲの異世界でのヒーローネームが決まった瞬間だった。




 オレーシャと王宮を去る前に、俺は姫とマッド女に断って、パルス王子が居るという地下の訓練場に一人で降りてみた。王子は、ゴブリンどもとの戦いから戻った直後、食事も取らずにすぐさま訓練場に向かったとの話だった。


「……あのー、パルス様?」


 重たい鉄の扉を押して室内を覗いた瞬間、ごおっと風音が俺の耳をつんざき、ばりっと赤い稲妻が眼前を通り過ぎた。


「うおっ!?」


 自分には効かないと分かっていながらも、俺は条件反射でのけ反る。「トカゲか?」と王子の声が脳内に飛び込んできた。

 扉を開け、風の吹き荒れる暗い部屋に足を踏み入れるやいなや、どしゃりと俺の足元に人型の何かが叩きつけられる衝撃。見れば、それはゴブリンをかたどった等身大のカラクリ人形のようなものだった。

 壁に並ぶヒトダマ型の炎で薄っすらと照らされた室内では、次々と襲い掛かる何体ものゴブリンの人形に対し、王子が漆黒のマントをなびかせ、赤い稲妻を放って応戦している。


「おぉっ、すげー……」

《《凄いものか》》


 俺の呟きに王子はしっかり反応し、ぱちんと指を鳴らして人形達の動きを止めて、すっと俺に振り向いてきた。

 風のいだ室内で、汗の滲んだ彼の顔を壁面の炎が照らす。顔の下半分を覆う布は今は取り払われ、痛々しい傷が露わになっていた。


《《先刻の戦いで貴様も見ただろう。我ら人間族の力など、徒党を組まねば所詮あんなものだ》》

「……大変ですね」


 言ったあとで、他人事みたいで失礼だったかなと俺は口元を押さえたが、王子は気にする様子もなく続けた。


《《だからこそ、人間同士で戦っている場合ではないのだ。内乱を早期にしずめねば、ゴブリン族だけではなく、オーガ族、ヴァンパイア族、巨人族……多くの敵対種族が、その勢力圏を拡大せんと我が国土に攻め込んでくるだろう》》


 鬼気迫る彼の言葉に、俺はごくりと息を呑んだ。

 この世界には、人間と敵対する魔物がそんなに沢山居るのか……。


《《南との戦いに多くの国力を割かれる現状が続けば、敵対種族に対して十分な防衛体制を維持することは困難になる。そして、我がラグナグラートが他種族に攻め滅ぼされれば、隣接する他国、果ては海外も……。最悪、この地上から人間が根絶やしにされることにさえ繋がりかねん》》

「そ、そこまでのオオゴトだったんですか」


 まだ見ぬ敵の脅威に俺がぶるっと身体を震わせたとき、王子はぽんと何かを放って寄越してきた。出撃の時に赤く染まって鳴っていた、透明の球体だった。


《《不本意だが、貴様の力も当てにせざるを得ん。ラグナグラートに住まうからには、我が国と民のために力を尽くせ》》

「……は、はい。なるべく頑張ります」


 ぺこりと彼に頭を下げて、俺は渡された球体をポケットに突っ込んで訓練室を辞去した。扉の閉まる間際、再び吹き荒れる風と稲妻の弾ける音が俺の人工鼓膜を叩いた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「いや、いやいや。よく無事に戻ってくれました」


 王宮の兵士達に馬で送ってもらい、俺とオレーシャが家に帰り着く頃には、既にとっぷりと日が暮れていた。「日が暮れるまでには戻るんだよ」というオレーシャへの言いつけは守られなかったが、彼女の父親は、くしゃくしゃの笑みで俺達を出迎えてくれた。


「トカゲさん、ウチに住んでくれるんだよ」


 オレーシャも嬉しそうに報告し、お風呂の準備をすると言って奥へ消える。あれよあれよという間に、俺は父親に案内され、ハシゴのような階段を上がった先の屋根裏同然の一室に通されていた。


「やあ、あなたがウチに居候してくれる流れになるんじゃないかと思いましてね、さっきまで掃除してたんですよ。オンボロで申し訳ないですが」

「イヤイヤ、そんな」


 屋根裏部屋の片隅に置かれたベッドは簡素だったが、ぴんと張られた白いシーツは染み一つない清潔さだった。俺の世界のような洗剤や漂白剤がここにあるようにも思えないが、魔法で綺麗にしたのだろうか。

 何にしても、王宮であのマッド女の手術台に乗せられるのと比べれば、どんな寝床でも百倍マシに違いない。


「明日も早朝から往診に出なきゃいけないもので……すみませんが、私は先に休ませてもらいます。もう風呂も沸くと思いますので、ゆっくり疲れを癒やして下さい」

「は、はい。ありがとうございます」


 自分がこんなに厚遇されていいのかと思いながら、俺は彼に頭を下げた。

 彼がハシゴを降りていって一分と経たない内に、階下からオレーシャが「トカゲさーん」と間延びした声で俺を呼んだ。


「お風呂がー、沸いたよー」

「はーい」


 グラスもあるしフォークもある、清潔なシーツに風呂まである。漫画やネットで見た、風呂もトイレもなく食事は手掴みだったとかいう昔のヨーロッパのイメージとは随分違う世界だな、と感心しつつ、俺はするするとハシゴを降りた。

 お湯も魔法で沸かすのかな、と思いながら、奥に繋がる木の扉を押すと――


「今日はお疲れさま、トカゲさん」


 湯気を上げるたるのような浴槽の前に、姿があった。


「うぎゃあっ!」


 俺は跳び跳ねるように身を引いて、後ろの壁にぶつかってズルズルと尻餅をつく。ぱたんと閉まった扉の向こうから、彼女の不思議そうな声が聞こえた。


「? どうしたの、トカゲさん」

「な、な、何考えてんだキミは! なんで一緒に入ろうとしてるんだよ!」


 扉がきいっと中から開く気配がしたので、俺は慌てて目を閉じる。オレーシャがひたひたとすぐ前まで寄ってくる足音がした。


「トカゲさん、機械の体だから恥ずかしいの?」

「俺のほうじゃなくて!」

「でも、ガマンしなきゃしょうがないよ。そんなに沢山のお湯は沸かせないもん」


 きょとんとした声で言ってのける彼女を前に、俺はまだ目を開けることができない。

 バクバクと異常な心拍数で跳ねる人工心臓を必死に押さえながら、俺は、王宮でマッド女に解剖されてた方がまだマシだったかもしれないと嘆息した。


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