第9話 必殺!正義のザコトカゲキック

 ワイバーンの背の上から俺が捉えたゴブリンの姿。それは、人間をゆうに超える緑色の巨体に、革の鎧を纏い、大振りなサーベルや斧を携えた醜悪な魔物だった。町の家々を次々と打ち壊し、人々を追い回す奴らの顔は、醜い愉悦ゆえつの色に歪み、説得や和解など通用する相手ではないことをありありと表している。

 だが、そんな恐ろしい怪物どもを前にして、パルス王子率いる魔導師達は微塵も怯む様子はないようだった。


《《行くぞ!》》


 王子の号令に、ワイバーンを駆る仲間達がオオッと応える。地上で暴れ回るゴブリンの集団を目掛けて、彼らは低空飛行で次々と迫り、手にした杖から雷鳴や炎の攻撃を炸裂させていく。


「おおっ、すげっ……」


 逃げ惑う人々の悲鳴と、俺達を振り仰いで怒声を張り上げるゴブリン達。ゴブリンも魔力を持っているらしく、毒々しい紫色の炎を杖なしで放って魔導師達に応戦している。諸々の声と魔法の炸裂音が混然となって俺の人工鼓膜を叩く中、ワイバーンの手綱を握るマッド女は俺に振り返り、弾むようなテンションで言ってきた。


「さぁ、トカゲくん。キミの変身能力を見せてもらおう!」

「はぁ。どこまで出来るか分かりませんよ!」


 周囲の戦いの勢いに飲まれるように俺は答え、腹部に両手をかざした。ジャアッカーのカラスのマークが描かれた変身ベルトが、俺の体内から服の外へと出現する。


「スゴイねぇ。どういう原理で衣服をすり抜けてベルトが出てくるのかなぁ!?」

「なんだっけ、なんか、ナノマシンがどうとか聞きましたけど」

微小ナノ機械マシン? この世界にはない言葉だねぇ、興味深い。ぜひあとで――」

「解剖はさせませんって!」


 俺は彼女の言葉を遮り、ワイバーンの鞍上に立ち上がった。そしてベルトの変身機能を作動させ、勢いをつけて宙に飛び出す。


「怪人ザコトカゲ! とうっ!」


 ベルトから放たれる真っ赤な光が俺を包み、俺の人工皮膚がウロコ状の強化鎧装へと置き換わっていく。最後にトカゲを模した仮面マスクが頭部を覆い、俺の視界がゴーグル越しのものに切り替わる。

 空中で姿勢を整え、ざっと土を巻き上げて着地する。そこそこの高さから飛び降りたのに、俺の足腰にはごく僅かな衝撃しか伝わらなかった。


「グゥ? 何だお前は!」


 ゴブリンの一体が俺を睨み、しわがれた声を発してきた。

 明らかに人間でないものが人間の言葉を発している。自分も似たようなもののくせに、俺はそのおぞましい空気にぶるっと震え上がった。

 あの森で見たトロールという怪物や、オレーシャの前で俺が倒した魔犬とは違う、明白な知能と意思を備えた「敵」……。こんなものと戦わなければならないのか、俺は。


《《何をしている、トカゲ!》》


 俺がビビって立ち尽くしていると、パルス王子の声が頭に響いた。次の瞬間、俺の頭のすぐ上をぐわりと彼のワイバーンの翼が撫ぜる。俺の頭上を駆け過ぎたワイバーンがキュオォッと唸って旋回し、その鞍上から颯爽と身を乗り出した王子が、俺の前のゴブリンに向かって稲妻の魔法を放っていた。

 鋭い雷撃に撃ち据えられ、ゴブリンがぎゃあっと声を上げてよろめく。王子がギラリと俺を見てきた。


《《我々を失望させるな。貴様の力を見せてみろ!》》

「そ、そんなこと言われても……!」


 勝手に連れてきておいて随分な物言いじゃないか、と思うが――。


「ウガァッ!」


 大斧を振り回し、なりふり構わず俺に向かってくる黒焦げのゴブリン。そして、その向こうで悲鳴を上げて逃げ惑う町の人々。王子の声以上に強い何かが、戸惑う俺の背中を押していた。


「くっそぉぉ!」


 気付けば俺は地面を蹴り、ゴブリンに突進していた。

 敵の振り下ろす斧の軌道を強化視力で見切り、身を引いてその刃をかわす。すかさず拳を振りかぶり、敵の胴体目掛けて叩き込む。

 鋼の拳に返る重たい衝撃。がはっとどす黒い血を吐いて、敵がよろめき後ずさった。今だ!

 助走を付けて俺は跳び上がり、飛び蹴りの姿勢で宙を舞った。怒りと驚きに見開かれたゴブリンの黄色い目に、風を切って突っ込む俺の姿が映る。


「ザコトカゲ・キック!」


 バイカーマスクの見よう見真似で繰り出した俺の必殺キックが、敵の身体を遥か後方へと吹き飛ばした。


「グギャアァッ!」


 醜い叫びを上げて敵が爆発四散する。着地した俺の仮面マスクをその爆炎がごうっと撫ぜた。


(倒した……! あんな化け物を俺が……!)


 Zザコ部隊のザコ怪人に過ぎない俺が、キック一発で……!

 俺が自分の力に驚き震えていると、王子とマッド女が各々のワイバーンから降り、ひらりと俺の側に舞い降りてきた。


「なるほど、改造かいふぉう人間とやらのふぃから――」

「いやぁ、すごぉいですねえ、殿下! 見ましたぁ!? 肉弾攻撃一発でゴブリンを爆殺ですよぉ! このヒト、マジで強いですねぇえ!」

「……だからわたふぃふぉう言おうとふぃたのだ、フェーヤ」


 王子をも呆れさせるマッド女の勢い。普通だったら笑うところだろうが、今の俺にそんな余裕はなかった。

 別のゴブリンが大鉈おおなたを振り上げ、俺達の前に歩み出てくる。その足元にしゅうしゅうと不気味な紫色の闇が立ち込めたかと思うと、闇の中から這い出るように、何十体もの骸骨がいこつの群れが涌いてきた。


「ひっ! が、ガイコツ……!?」

《《ワイト如きを恐れるな。取るに足らぬ雑兵ぞうひょうに過ぎん》》

「わ、ワイト……?」


 俺の世界で言う戦闘員のようなものだろうか。怪人に付き従い、「イーッ!」と声を上げてヒーローに蹴散らされるのが仕事の……。


「かかれっ、死の兵隊ども!」


 ゴブリンが醜い声を張り上げてなたを振ると、ワイト達はコオォと声にならない叫びとともに、白い棍棒を携えてわらわらと俺達の方へ向かってきた。


「こいつらが、例の、南の国の手先!?」


 襲ってくるワイトの棍棒をかわしながら俺が聞くと、王子が魔法の声で「いや」と答えてくる。


《《こやつらは、手薄になる北方の警備の穴を突いて暴れまわる野盗に過ぎん。南の兵力はこんなものではない》》

「そ、そうですか!」


 国のあちこちが大変なことになってるんだな、と俺は同情しつつ、目の前のワイトの肋骨あばらぼねにチョップの一撃を叩き込む。案の定、その身体はゴブリンよりも遥かにもろく崩れ去り、しゅうっと闇に溶けるように消えてしまった。

 王子とマッド女もそれぞれに炎や稲妻の魔法を駆使し、無数に襲い来るワイトどもを掃討している。仲間の魔導師達も次々とワイバーンの背から地上に降り立ち、魔法の杖を振りかざして交戦に入っていた。

 空の上から魔法で狙い撃つよりも、降りて直接戦った方が敵を仕留めやすいらしい。


「よぉし、俺も……!」


 俺はぐっと拳を握り締め、群れをなすワイトの中へと突っ込んだ。痛みを知らない鋼の腕が、二体、三体と骨の化物を打ち砕いていく。

 背後から振り下ろされた棍棒が俺の仮面の後頭部を直撃したが、蚊が止まったほどのダメージにしかならなかった。俺は振り向きざまにワイトの手から棍棒をもぎ取り、返しの一撃でまとめて数体を打ち砕いた。


「おおっ……」


 俺の強さに誰より驚いているのは俺自身だろう。周りを見回した限り、王子やマッド女は別として、他の魔導師達は一発の魔法攻撃でワイト一体を倒すのが精一杯のようだった。それなのに、俺が拳や棍棒を振り回しただけで、何体ものワイトが一瞬にして闇に消えていくのだ。


(バイカーマスクがジャアッカーの戦闘員を蹴散らす時って、ひょっとしてこんな気分なのか……?)


 あの強靭無敵のヒーローの姿を思い描き、俺は謎の高揚感を覚えていた。一介のザコ怪人の俺でも、もしかしたら、他に改造人間が居ないこの世界でならヒーローになれる……!?


「おのれぇぇ、リザードマン風情が!」


 目の前のワイトを全て片付けてしまった俺の前に、大鉈おおなたを持ったゴブリンが怒りの形相で向かってきた。ゴブリンの突き出した緑色の腕から、ごぉっと紫の炎が俺を襲ってくるが。


「っ……!」


 反射的に身構えた俺の身体を、炎はそのまま通り過ぎ、もやのように散って消えてしまった。


「なんだとォ!?」


 ゴブリンが唸り、鉈を振り下ろしてくる。受け止めようとした俺の棍棒はたちまち打ち砕かれてバラバラになった、が。

 ワイトの棍棒なんかより遥かに硬い改造人間の腕が、鉈の刃を容易く弾き返していた。


「グゥッ!? き、貴様、一体何なんだァ!」


 怒りに恐怖の混ざった顔で、ゴブリンが鉈を手放して両手から紫の稲妻を放ってくる。その電撃は俺の身体を捉えることなく、寸前で勢いを失って風に溶ける。


「ザコトカゲ・アッパー!」


 怯む敵の懐に飛び込み、突き上げる拳の一撃が、敵の身体を空中に跳ね上げて爆散させた。


(これで、ゴブリンを二体……!)


 ふうっと仮面の中で息を吐き、俺が振り返った、そのとき。


「死ねェェェ、人間どもォォォ!」


 醜悪な怒号とともに巻き起こった紫の竜巻が、地上で戦っていた魔導師達と残りのワイトどもをまとめて宙に巻き上げていた。


「あれは!?」


 竜巻の源には、漆黒の鎧を纏った、ひときわ大柄なゴブリンの姿。その頭部には他のゴブリンにはない一本角が生えている。あれがボスか……!

 仲間達が吹き飛ばされる中、王子とマッド女が光のバリアを展開しながら最前に飛び出して、揃って敵に杖を向ける。


《《豪熱魔法! 〈白日火砲ツェンソーレビ・イゴア〉!》》

「増幅魔法! 〈種核発芽ミャシィ・ニェタースララプ〉!」


 王子の杖から繰り出される灼熱の奔流を、マッド女の放つ桜色の光の波が螺旋らせん状に取り巻く。二人のマントが風をはらむ帆のようにバタバタと揺れ、凄まじい炎の渦が真っ直ぐ敵を飲み込んだ。

 あまりの熱波の激しさに俺は身をかがめる。あれほどの炎を食らえばひとたまりもないだろう、と、俺は二人の勝利を確信したが――


「グアハハハァァ!! 人間族の魔法使い如きがァァ!!」


 炎の中にゴブリンのしわがれた高笑いが響いたかと思うと、王子の火炎に勝るとも劣らない紫色の炎の渦が、轟々と唸りを上げて二人に向かっていた。


「ウソだろ……!?」


 俺はゴーグル越しに目を見張った。敵の炎が王子の炎と真っ向からぶつかり合い、押し戻していく。マッド女が杖を両手持ちにし、何かを叫んで桜色の魔力をさらに増大させていたが、それも焼け石に水のようだった。


「く……うっ!」


 王子が険しい表情で杖に力を込め続けている。だが、敵の炎はどんどん彼の炎を飲み込み、両者の間の地面を削りながら、じわじわとこちらに向かって迫ってくる。


(マジかよ。ゴブリンのボスってこんなに強いのか……!)


 俺はハラハラした気持ちで、強化皮膚に守られた拳を握り締めていた。

 パルス王子はこの国でトップクラスの魔導師のはずだし、あのマッド女もそれに迫る実力を持っているはず。その二人が魔法で押し負けるほどの敵。それをこのまま野に放ってしまっては、二人だけでなく沢山の人の命が……!

 王宮で一同の帰りを待っているはずのポリーナ姫やオレーシャの顔が、ちらりと俺の脳裏をよぎった。


「させるか……っ!」


 悪の怪人に似つかわしくない思いが俺の身体を突き動かす。俺は力強く大地を蹴って駆け出すと、改造人間の脚力で天高くジャンプして王子達を飛び越え、衝突する魔力の渦の中に割って入った。


「! 貴様きひゃまっ!」

「トカゲくん!」


 二人の声を後ろに聴き、ぶつかり合う炎の中を走り抜けて一直線に敵に肉薄する。王子の赤い炎も、ゴブリンの紫の炎も、さながらモーセの海割りのように俺の身体を割けて通った。

 きゅいいんと強化筋肉が唸り、熱い血流オイルが心臓から手足に流れ込むのを感じる。


「何だ、貴様は――」


 敵が黄色い目で俺を睨んでくる、その中心に拳を振りかざして突っ込む。


「ザコトカゲ・パァンチ!」


 ばきっと硬い手応えがして、鋼の拳が敵の漆黒の鎧を打ち砕く。敵がすかさず俺に魔力の渦を向けてくるが、俺はそれを無視して二発、三発と拳の連打を叩き込んでいく。

 拳が敵の胴体を捉えるたび、敵のどす黒い吐血が俺の視界を染める。がぁっと唸って敵は俺の両腕を掴み、頭部の鋭い角の一撃を俺の仮面に叩き込んできたが。


「ウグァァッ!?」


 角が根本からぼきりと折れ、悲鳴を上げたのは敵の方だった。

 敵が怯んで後ずさる、その瞬間。


「掴まれッ、トカゲくん!」


 マッド女の叫びとともに、低空を駆けるワイバーンの足が俺の肩を掴み、一瞬で空中へと持ち上げていた。


「――ッ!!」


 黄金こがねに輝く翼のはためきが、ぐんぐんと俺の身体を高空に舞い上がらせる。鞍上のマッド女と視線が交錯した。「放すぞ!」彼女が叫ぶ。


「必殺っ!」


 天を仰ぐゴブリンの姿を眼下に捉え、俺は急降下の勢いのままに身体をひねる。


「ザコトカゲ――回転キィィック!!」


 渦巻く風を纏った必殺キックの一撃が、敵の巨体に大穴を開け打ち貫いた。

 噴き上がる血飛沫ちしぶきを浴び、俺はざっと敵の反対側に着地する。背後で轟音が弾け、打ち砕かれた敵の巨体が真紅の炎を上げて爆散した。

 濛々もうもうと立ち込める土煙の中、俺はゆらりと立ち上がった。ザコトカゲへの変身を解除すると、生ぬるい風が俺の顔面を撫ぜた。

 敵の姿はもう跡形もなかった。あの恐ろしいゴブリンのボスを、俺が倒したのだ……!


「すっっっごぉいねぇ、キミぃぃ!」


 マッド女が、再びワイバーンから飛び降り、俺に駆け寄ってくる。彼女は俺の両手を取るなり、ぶんぶんと振って、テンション高く言い募ってきた。


「キミ一人いれば百人力だよぉ! ねえ、殿下ぁ!」


 彼女につられて俺が目を向けた先では、王子が腕組みしてフンと鼻を鳴らしていた。


《《やはり、この世のことわりを超えた奴だ。敵に回すとさぞ恐ろしかろうな……》》


 王子がギラリと俺を睨んでくる。……ひとまず、俺のことを認めてくれたんだろうか?


(……イヤイヤ、認めるも何も、俺が戦いたいって言ったわけじゃないんだけど)


 はぁっと肩の力を抜いて、俺はどさりとその場に座り込んだ。ダメージというダメージは受けなかったとはいえ、派手に暴れまわって疲れたものは疲れた。

 と、そこへ……。


「……あの、おにいちゃん」


 俺の世界なら幼稚園くらいの幼い女の子が、壊れた家の陰からトテトテと走り寄ってきて、座り込む俺を見上げてきた。


「ありがとう!」

「え……?」


 幼女の言葉に俺が目を丸くしたところへ、その母親らしき女性が駆け寄ってきて彼女を抱き上げた。

 母親は、ぺこりと俺に目礼して。


「ありがとうございます。……あの、お名前は?」


 我が子を抱き締めながら、汗の滲む顔で尋ねてきた。

 気付けば、町の人々が何人も物陰から出てきて、遠巻きに俺のことを取り囲んでいる。俺はぱちぱちと目をしばたかせてから、ぐっと力を入れて立ち上がり、彼らを見渡し答えた。


「俺は、ザコトカゲ。、ザコトカゲだ!」


 勢いに任せて言い切ってみると、それは思った以上に気持ちのいい響きだった。

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