第7話 驚愕!ラグナグラートの事情


  ◆ ◆ ◆ 



 ――喜ぶがいい、乗客の諸君。君達は偉大なるジャアッカーの実験台となるのだ!――


 ――今からお前は偉大なるジャアッカーの科学力によって改造され、怪人となるのだから――


 ――えっ。ザコトカゲって俺のことっすか?――


 ――我ら改造人間は、この変身能力を自在に使いこなし、人間社会に潜伏することも出来るのだ――



  ◆ ◆ ◆ 



「な、何だ、これ……!?」


 パルス王子の自白魔法とやらを掛けられた俺の眼前に、元いた世界での光景がざあっと走馬灯のように映し出される。

 それは俺の脳裏にだけ蘇った記憶ではなかった。信じられないことに、俺の前にはスクリーンを思わせる白い光の幕が展開し、俺の記憶にある光景がその上を流れていくのだ。

 その光のスクリーン越しに、王子と姫、そしてオレーシャの顔が見える。三人とも真剣な目をして俺の記憶の光景を眺めていた。


「プライバシーとか、そういうのないのかよ、魔法って……!」


 あまりのことに動けない俺の前で、俺の意思を無視して記憶のオンエアーが続く――



  ◆ ◆ ◆ 



 ――まんまと誘き出されたな、バイカーマスク2世・十文字じゅうもんじ高斗たかと! ここが貴様の墓場だ!――


 ――そうすりゃバイカーマスクの野郎は時空の彼方、あとは俺達ジャアッカーの天下ってワケよ――


 ――ウホホォ! バイカーマスクめ、時空の彼方へ消えるがいい!――


 ――時空転移マシン、起動!――


 ――先輩! ……く、くそぉぉ!――


 ――そうはさせん! バイカー・スイング!――


 ――ウワアァァァ……!――



  ◆ ◆ ◆ 

 


「……っ!」


 時空の渦に飲まれるところまでを再生し終え、ばちりと白い光が弾けた。プライバシー侵害から解放された俺は、目まいと脱力を感じてどさりと床に膝をつき、はあはあと荒い息継ぎを繰り返した。


「トカゲさん、大丈夫?」


 オレーシャが目の前にしゃがみ込み、俺の顔に触れてくる。彼女のワンピースの中が見えそうになって、俺は慌てて跳び跳ねるように立ち上がった。

 パルス王子とポリーナ姫はといえば、俺の様子などまるで気にならないとばかりに、神妙な面持ちで互いに顔を見合わせて唸っている。


ふぃんふぃられるか、ポリーナ。改造かいふぉう人間に、時空ふぃくう転移マシンまふぃんだと。そんなふぉんな事象ふぃふぉうを認めろと言うのか……」

「でも、お兄様、この者が『変身』能力とやらと、物理魔法の通じない身体を持っているのは事実ですわ。どうやら、わたし達の世界とは異なる世界から来たらしいということも……」

そうふぉうだな、にわかにはふぃんふぃられんが……。それふぉれよりも、今の記憶で一つひとひゅ気になることがある」


 王子がギラリと俺を睨んできた。彼は俺に向かって何か言いかけてから、ふと布に覆われた口元に手を当て、改めて俺の意識に直接呼びかけてきた。


《《貴様の記憶が真実ならば、ひとまず貴様が南のスパイでないことは信用しよう。それより、貴様が時空の渦に飲み込まれてからのが私は気になる》》

「え、続き?」


 思いもよらないことを言われ、俺はごくりと息を呑んだ。


《《あの怪人ゴリノコングとバイカーマスク2世という者は、それからどうなったのだ》》

「どうなった、って……。そりゃ、なんだかんだでゴリノコングもバイカーマスクに倒されてると思いますけど……」

《《貴様は戦いの途中でこの世界に飛ばされてきたゆえ、顛末を見届けておらんのだろう。私が危惧しているのはな……、ということだ》》

「え……」


 考えもしなかった可能性が、悪寒と化してぞわりと俺の背中を撫ぜる。

 言われてみれば……。せっかく作った時空転移マシンを、ジャアッカーがあのまま放棄するなんてことがあるだろうか。いや、むしろ、俺という怪人を異世界に逃がしてしまったのだから、それを追ってバイカーマスクがこの世界にやって来るなんてことも……?


「そうですわ。お兄様、あちらの方はどうでしたの」

「うむ、それふぉれが……」


 バイカーマスクが俺を退治しに来るかもしれない、と今更ながら震え上がっている俺の頭に、再び王子の声が飛び込んでくる。


《《貴様も大事な話として聞け、トカゲ。昨夜、我が王立魔導院警備部隊は、夜空に渦巻く巨大な空間の乱れを感知した。それもだ》》

「ふ、二つ……?」

《《一つはロージュノエの町の外れ、貴様が飛ばされてきたという森の辺り。これはポリーナが警邏けいらに向かい、あとは貴様も知る通りだ。……そして、もう一つの空間の渦が観測されたのは、南方の辺境……第三新ノヴィ・トリーチラグナグラートにほど近い辺りだった》》

「ノヴィ、トリ……何?」


 イマイチ話の要領を掴めない俺の傍らで、オレーシャがぽつりと呟いた。


「トカゲさんの仲間が、敵の国に来てるの?」

「え……?」


 敵、という物騒な言葉が不思議ちゃんの口から発せられ、俺はどきりとした。

 王子が「うむ」と頷いて、話を続けてくる。


《《私が向かった南方の森には、これといった痕跡は見つからなかった。人間であれ動物であれ魔法生物であれ、この世の全ての生き物は皆、微弱な魔力を肉体に宿している。我ら魔導師は、犬が匂いを辿るかの如く、その微弱放出魔力の痕跡を追うことができるのだが……しかし、この世のことわりを外れた何者かがあの森に来ていたとしたら……》》

「お兄様の探査魔法をもってしても、その痕跡を掴めなかったかもしれない、と……」


 ようやく俺にも、彼らが何を危惧しているのかが飲み込めてきた。俺の他にも時空を超えてこの世界に来た者がいて、その何者かが「敵」の側に回るのを彼らは恐れているのだ。

 おずおずと顔の横に手を挙げ、俺は王子と姫のどちらにともなく尋ねた。


「あの、敵っていうのは? 南に何がいるんですか?」


 すると、王子は改めて俺に向き直り、今度は魔法ではなく本物の声を発してきた。


わたふぃがどうふぃてまともにふぁべれぬようになったのか、貴様きひゃまは気になるだろう」

「え……。は、はぁ、まぁ……。ケガでもしたんですか」


 ヘタな尋ね方をするとまた彼の逆鱗に触れるのかなあ、と俺が冷や汗をかいていると、彼はフンと鼻を鳴らし、自身の口元を覆う布におもむろに手をかけた。

 布が取り払われた、その下には――


「……!」

「きゃっ!」


 オレーシャが裏返った悲鳴を上げる。失礼と知りながら俺も思わず息を呑んでしまう。

 そこには、顔の右半分をざっくりと斬り裂く形で、ほおから唇にかけて毒々しい紫色の傷跡が四条、鮮明に刻まれていたのだ。


《《私が受けたのは、治癒魔法も通じぬ毒呪どくじゅの爪……。私にこの傷を負わせた者こそ、我がラグナグラートの平和を脅かす悪魔の如き敵なのだ》》

「……な、なんか、ゴメンナサイ」


 俺が恐縮しきって謝ると、王子は「気にするな」と声に出さず言い、再び顔を布で覆っていた。

 ここまでの話の流れで、このパルス王子がこの世界でも最高レベルの魔法使いであることは俺にも分かっている。その彼の力をもってしても治すことができない呪いというものが、いかに強力なものであるかも……。


「お兄様、あとはわたしが説明しますわ」


 ポリーナ姫がそう言って杖を一振りした。すると、先程の自白魔法の時と似た光の幕のようなものが俺達の間に現れ、海に面した国の地図がそこに映し出された。

 地図上の文字はもちろん俺には読めないが、たぶん、ラグナグラートという国名が書かれているのだろう。


「我が港湾国家ラグナグラートは、肥沃な農地と山海の幸に恵まれ、数百年にわたる平和を謳歌してきました。しかし、今の国王陛下……わたし達のお父様の王位継承を良しとしない者達が、辺境伯へんきょうはくとして臣籍しんせき降下こうかしていた陛下の弟……わたし達の叔父にあたる人物を擁立し、南方の領地に第三新ノヴィ・トリーチラグナグラートを開いて、王権に反旗を翻したのです」

「ちょ、待って待って。いきなり難しすぎ。もうちょっと簡単に話してくださいよ」


 慌てて手を振る俺の横で、オレーシャが呟く。


「王様の弟さんが国を裏切って、敵になっちゃったってこと……」

「えぇ!? 待って、付いてけないの俺だけ!?」


 翻訳魔法の効き目が切れてきたんじゃないだろうな、と俺は自分の頭を叩いてみる。姫は真面目な口調を崩すこともなく続けた。


「お父様……国王陛下は今も南方の前線で戦っておられます。そしてお兄様は、国賊と化した叔父を討つべく、王立魔導院の精鋭を率いて敵陣に乗り込まれ……呪いの爪を顔に受けて、返り討ちに……」


 ちらりと兄の姿を見やり、彼女はその端正な顔に悔しそうな表情を浮かべていた。きゅっと下唇を噛む口元に、きらりと白い八重歯が光る。


わたふぃふぃからが及ばなかっただけのことだ。だが、正ふぃき者は最後ふぁいごに必ひゅ勝つかひゅ。民の平和と国の安寧のため、わたふぃは必 ひゅあの悪魔を倒ふぃてみふぇる」


 王子の真剣な言葉に、俺はとてもその滑舌を笑う気にはなれなかった。


「王子様、お姫様……頑張って」


 オレーシャが二人を見上げて言うのにつられて、俺も口を開いた。


「あの……余所者の俺が言うことじゃないですけど……頑張って下さいね」

「トカゲさんも頑張るんだよ」

「へ?」


 俺と兄妹は揃って少女を見た。オレーシャはくすりと笑って、俺の目をまっすぐ見上げて言ってきた。


「トカゲさんは強いもん。王子様とお姫様を助けてくれるでしょ?」

「イヤ……俺は……」


 彼女の無垢な瞳に見つめられ、俺はすぐに否定する言葉を持てなかった。

 この世界の問題に俺が首を突っ込んでいいのか分からないし。そもそも悪の組織の怪人だし……。

 俺がどう答えたものか迷っていると、ポリーナ姫が兄を見て言った。


「この者を戦力化できれば、切り札になるかもしれませんわ」


 そんなこと勝手に言われても、と俺が反応するより先に、王子が例によって鋭い目を俺に向けてくる。


「だが、この者は平和にあだひゅ組織ひょふぃきひょくふぃていた者だ。そのふぉの前は取るに足らぬ学生がくふぇいで、ふぃかも童貞だったというではないか」

「今それ関係ありますか!?」


 俺は反射的に突っ込みを入れてしまったが、彼はぴしゃりと俺の勢いを遮った。


「あるとも。愛ひゅべきむひゅめと出会ったこともない男に、何ゆえ人が守れようか」

「ぐぬ……!」

「で、でも、王子様。この人、わたしを守ってくれたよ?」


 話を理解しているのかいないのか、オレーシャが平然と割って入ってきた。王子が言葉に詰まったところで、ポリーナ姫が発言を引き継ぐ。


「わたしだって人を愛したことはありませんわ、お兄様。それでも国と民のために戦っています」

「お前は王家のふぃを引く身ではないか。だが、この男はふぃがう」

「お兄様は、王子に生まれねば悪を見過ごしていたのですか!?」


 あぁ、当の俺を無視して兄妹が喧嘩に……。

 俺はハラハラして二人の様子を見ていることしかできなかった。というか、姫はいつの間に俺を戦わせたい考えにそこまで傾いていたんだ……?

 と、そのとき、緊迫した空気をかき乱すように、王子のマントの内側から、フォオ、フォオと風切り音のような何かが鳴り始めた。彼がハッとして懐から取り出したのは、片手に収まるサイズの赤く光る球体だった。

 いや、あれは元から赤いわけではなく、透明の玉が中から赤い光を発しているのか……?


敵襲てきひゅうだ。王都の北東、ヴィーふぃニァのまふぃで魔物が暴れている」


 あの玉から何をどう読み取ったのか分からないが、王子はそう断言するなり、姫と俺をさっと見渡して言った。


そこひょこまで言うなら、トカゲ、わたふぃに付いて来い。貴様きひゃま使ひゅかい物になるかどうかたふぃかめてやる」

「えぇ!? 俺は何も言ってないですけど!」


 彼の言葉に逆らうことは、俺にはできそうになかった。

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