第2話 恐怖!時空転移マシン
「喜べ、新入り怪人ザコトカゲ。貴様をさっそくバイカーマスク撃滅作戦に参加させてやろう」
薄暗い部屋のベッドの上で目を覚ましたばかりの俺を待っていたのは、軍服に眼帯を付けた
「えっ。ザコトカゲって俺のことっすか?」
いくらなんでもそんな名前はあんまりだ、と思いながら、俺はゆっくりと上半身を起こしてみる。果たしてどんな姿に改造されたものかと思って、恐る恐る自分の身体を見下ろしてみたが……。
「……あれ? 改造は?」
素肌に病衣のようなものを着せられた俺の身体は、意外にも元々の見た目と何ら変わっていないようだった。
思わず自分の顔を手で触って首を傾げていると、ふははと軍服の男の声が耳に届いた。
「改造班の連中め、何も教えておらんのだな。我らジャアッカーの改造人間には変身機能が備わっている。このように、腹部の変身ベルトを露出させることで――」
俺が目を向けた先で、男は軍服の前をおもむろに開いてみせた。背後の壁のレリーフと同じ、ジャアッカーのカラスのマークが描かれた円形の変身ベルトが、その腹部に実体化している。
「――鋼鉄の皮膚と恐るべき身体能力を備えた
男が得意げに両腕を広げてみせると、ベルト中央の風車がぎゅんぎゅんと回り始め、男の身体が紫色の光に包まれた。そして、次の瞬間、そこに立っていたのは――
「! か、怪人……!」
ぴんと張った耳に、鋭い牙、
「ふはははは。ジャアッカー関東支部司令官モント少佐こと、怪人ブラックウルフとは我輩のことだ!」
アオォンと狼の遠吠えを上げてみせる漆黒の怪人。両脇に立つ戦闘員達が、お決まりの「イー!」の声で片手を上げて怪人に敬礼する。
俺はぱちぱちと目を
「すっげー……」
無意識の内に俺が呟くと、怪人ブラックウルフは再びふははと笑って、ベルトに軽く手をかざした。すると、彼の姿はまたも紫の光に包まれ、一瞬の内に元の軍服姿の中年男に戻っていた。
「我ら改造人間は、この変身能力を自在に使いこなし、人間社会に潜伏することも出来るのだ」
「お、俺も変身できるってことですよね!?」
がばっとベッドの上から身を乗り出して俺が尋ねると、軍服の男――モント少佐とやらは「うむ」と頷いてきた。
「もっとも、貴様のような『クラスZ』の改造人間は、怪人態に変身したとて、にっくきバイカーマスクを迎え撃てるほどの力は到底無いのだがな」
「えぇ……」
俺は肩を落とした。どうせそんなところだろうとは思っていたが……。
「あれ? でも、さっき、バイカーマスク撃滅作戦に俺も参加させるって」
「ふはは、貴様ごときクラスZはあくまで後方支援だ。そういう役目の者も作戦には必要に違いないのでな、そのために貴様らZ部隊が存在しているわけだが……。扱いに不満があるなら、組織への貢献度を積み重ね、再改造に志願するがいい」
「……はぁ」
無理やり連れてこられた組織で、不満も貢献もあったものではないが。
「来るがいい、ザコトカゲ。作戦を説明しよう」
「ていうか、あの、俺の正式名称それなんですか……」
「まともな名前を付けてほしくば、出世することだな」
モント少佐と戦闘員達に促されるがまま、俺はベッドを降りて薄暗い廊下を歩く。
やっぱり、元の生活に戻ることなんて到底出来そうにもないなあ……と、俺はこっそり頭を抱えたのだった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「まんまと
人里離れた採石場で高笑いを上げるのは、ジャアッカー関東支部が誇る怪力自慢の改造人間、怪人ゴリノコング。既にゴリラを思わせる怪人態へと変身を遂げた彼は、多数の戦闘員とともにバイクの青年を包囲し、得意げに両手で胸を叩いている。
「はっはっ、貴様らの仕業と知って、誘き出されてやったのさ。このバイカーマスク2世が居る限り、貴様らジャアッカーの野望は遂げさせん!」
バイクに
俺はといえば、そこから少し離れた高台の上で、ザコナメクジの先輩とともに巨大な「装置」の調整をしながら、対峙する両者の様子を見下ろしているだけだ。
「あれが十文字高斗かぁ……。ヒーローになるヤツは名前からしてカッコいいんですねえ」
素顔のままの俺がボヤくと、同じく人間の姿をしたままのナメクジ先輩が、「まあまあ」と装置のダイヤルを回しながら俺を宥めてくれた。
「地道にやってりゃあ、俺達だっていつか花咲く日も来るさ」
「イヤ、別にこんな組織で花咲かせたいワケでもないですけど……」
「
怪人ザコナメクジに改造されていながらよくそこまで夢が持てるな……と、俺は感心半分、呆れ半分の目で先輩を見た。
まあ、現に改造されて組織の一員にされてしまった以上、なんとかこの道で生きていくしかないのかもしれないが……。
「お、見ろ。いよいよバイカーマスクの野郎が変身するぜ」
先輩に言われ、俺は高台から戦場の様子を見下ろした。バイクに乗ったまま周囲の戦闘員を蹴散らした十文字高斗が、いよいよ両腕を身体の横に振り出し、世にも有名な変身ポーズを決めるところだった。
「
変身ベルトの風車が回り、周囲に突風が吹き荒れる。ばっとバイクの上から跳び上がった彼の身体を、緑色の光が包む。
砂埃を巻き上げて着地した彼――バッタの仮面も鮮やかな、正義のヒーロー・バイカーマスク2世が、渦巻く風を纏ってファイティングポーズを取った。
「行くぞ! バイカー・ファイト!」
「捻り潰してくれる!」
バイカーマスクとゴリノコングの一騎打ちが始まったが、お客様気分で見物しているわけにもいかない。俺達には組織に与えられた仕事があるのだから。
「よぉし……」
巨大な装置のダイヤルとスイッチを調整し終え、ナメクジの先輩がスマホに向かって呼びかける。
「モント少佐殿! 時空転移マシンの準備、完了しました!」
『よし、ザコナメクジ。ゴリノコングがバイカーマスクを投げ飛ばすタイミングに合わせて、装置を作動させるのだ』
スマホの向こうからあのモント少佐の声が返ってくる。……俺は?
「あの、モント少佐殿。俺は何をすれば」
『ザコトカゲか。貴様はザコナメクジが倒された時の代役だ』
「はぁ。……って、倒されるって!?」
少佐の一言に俺は目を見張った。思わず先輩を見ると、先輩は「まあ」と達観したような表情を見せた。
「仮にもバイカーマスクとの戦いの場に出てきてんだからな……。そういうワケだ、いざって時は頼むぜ、トカゲ」
「え、えー……」
後方支援なら命まで取られることはないだろう、なんて楽観的な見方はちょっと通用しそうにないらしい。
「なぁに、無事に作戦を成功させりゃいいのさ。そうすりゃバイカーマスクの野郎は時空の彼方、あとは俺達ジャアッカーの天下ってワケよ」
「でも、そんなに上手く吸い込まれてくれますかねえ……」
俺は改めて装置を見た。沢山のメーターやダクトに囲まれた装置の中央には、直径2メートルほどの巨大なリング状のゲート。怪力自慢のゴリノコングがここに向かってバイカーマスクを投げ飛ばし、その瞬間に先輩が装置を起動させて、バイカーを時空の彼方へ吹き飛ばすという作戦だが……。
バイカーマスクが装置に飲み込まれてくれなかったら、その場合、一番危ないのは装置の近くにいる俺達なんじゃ……。
「バイカー・ジャンプ! トォォォ!」
バイカーマスクの力強い声が眼下から響く。風を纏って宙に跳び上がったバッタのヒーローが、俺達がいるのとは別の岩盤を蹴って宙返りし、地上のゴリノコングに向かってキックの姿勢で突っ込んでいく。
「バイカー・強化キィィック!!」
上空から降りかかるバイカーマスクの重たい一撃。しかし、流石のゴリノコングは自慢の怪力でそれを受け止め、バイカーの足を掴んでその身体を砲丸投げのモーションのように振り回し始める。
「ぬおっ……!」
「ウホホォ! バイカーマスクめ、時空の彼方へ消えるがいい!」
先輩と俺は固唾をのんで事態を見守っていた。ゴリノコングがいよいよバイカーの身体を放り投げる。先輩が汗の滲む指で装置のリモコンのスイッチを押した。
「時空転移マシン、起動!」
あ、そのセリフちょっとカッコいいな、と俺が思った瞬間、装置のリング状のゲートにバチバチと稲妻が走り、映画で見たブラックホールのような渦がそこに現れた。バイカーが「ぐうっ!」と唸って装置に吸い寄せられてくる、が。
「バイカー……逆噴射!」
今にもブラックホールに吸い込まれそうになる寸前、バイカーマスクの変身ベルトの風車から凄まじい突風が吹き出され、彼の身体を上空へと押し上げていた。
そのままひらりと空中で身体を捻り、バイカーマスクは装置の傍ら……俺達二人の目の前へと着地する。
「げっ!」
俺は先輩と二人揃って声を上げた。バイカーマスクが体勢を立て直しながらちらりと俺達を見てくる。
「ジャアッカーめ、こんな装置を完成させていたのか。そのリモコンを渡してもらおう!」
「く……! バイカーマスク、覚悟!」
「先輩っ!?」
俺が止める間もなく、先輩は怪人ザコナメクジに変身してバイカーマスクに掴み掛かっていた。
「バイカー・チョオォップ!」
バイカーマスクが素早く風を
「ぐっ……あとは頼むぜ、トカゲ……!」
「先輩!」
ザコナメクジは呆気なく地面に倒れ、爆発四散してしまった。
バイカーマスクが真紅の複眼をぎらりと俺にも向けてくる。早く逃げないと殺られる――!
「く、くそぉぉ!」
目の前で先輩が吹き飛ばされたショックか、自分もああなるという恐怖か。気付けば俺の身体は俺の意志に反し、ベルトの変身機能を作動させてバイカーに飛びかかっていた。
どうしてそんなことをしたのか自分でも分からない。脳改造なんてされていない筈なのに、俺はもう骨の髄までジャアッカーの怪人になってしまっていたのか――
「むっ。バイカー・パァンチ!」
バイカーマスクが繰り出してくる拳の一撃を、身をかがめて奇跡的に
奴の背後では時空転移マシンがまだ唸りを上げている。なんとしても、この野郎をあのブラックホールに叩き込んでやらねば……!
先輩のカタキを取ろうと思ったのか、組織に貢献しようと思ったのか、自分が何に突き動かされているのかも分からないまま――
「そうはさせん!」
当然というか何というか。バイカーマスクをゲートに投げ込もうとした俺の両腕は、一秒後には振り払われ。
「バイカー・スイング!」
有難いことに名前付きの技を食らって、俺は逆にゲートに向かって放り飛ばされていた。
ごうごうと渦巻くブラックホールが俺の身体を飲み込んでいく。俺がこの世界で最後に目にしたものは、誇らしく見得を切る正義のヒーローの、ムカつくほどカッコよく陽光を照り返す
こうして俺は、時空の渦に飲み込まれ――
良い子の皆さんの想像通り、異世界で目覚めることになるのである。
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