第1話 誕生!怪人ザコトカゲ

 あの日、俺こと十影とかげ竜平りゅうへいはいつものように大学に向かうバスに乗っていた。趣味も彼女も夢もない、至って平凡な大学生の至って平凡な一日が、その日も始まるはずだった。

 そんな俺の日常は、突如バスに乗り込んできた謎の白服の集団によって、呆気なく終わらされることになる。


「喜ぶがいい、乗客の諸君。君達は偉大なるジャアッカーの実験台となるのだ!」


 白服の男の一人がいきなり声を張り上げ、おもむろにガスマスクを装着した。運転手がバスを急停車させた時には、既に、白服集団の手元のボンベから噴き出す紫色の煙によって、俺達乗客の視界は完全に覆い尽くされてしまっていた。


「この特殊ガスを吸って生き残った者だけが――偉大なる我らジャアッカーの一員に――」


 男の声が次第に遠くなり、俺の意識は一旦そこで途絶える。



 次に目が覚めた時には、俺は何かの台の上で仰向けに拘束されていた。薄暗い部屋の中で、赤い照明だけが眩しく俺の顔を照らしていた。

 白衣を着た数人の男達が台を囲んで俺を見下ろしている。ひっ、と俺は恐怖に身を縮こまらせた。男達は医療用マスクで顔の下半分を隠していたが、その上に覗く目が、誰も彼もにやにやと愉快そうに笑っているのが恐ろしかった。

 いや、違う、「男達」ではない。中に一人だけ女がいる。いかにもマッドなサイエンティストを感じさせる三角の眼鏡をかけた白衣の女が、どの白衣の男よりも危険で楽しそうな視線を俺に向けている。


 ――何なんだ、ここはどこだっ。俺に何をする気なんだ。放してくれっ!


 そんなことを叫びたかったが、とても舌が回らなかった。薄ぼんやりとする意識の中で、俺は懸命に状況を思い出そうとする。そうだ、バスの中で白服の連中に変なガスを吸わされて……。

 そう気付いた時には、男達の中のただ一人の女が、手元の電子タブレットのような機器に視線を落とし、冷たい声で何かを読み上げていた。


十影とかげ竜平りゅうへい、19歳、大学生、東京都在住」


 俺のプロフィールを、なぜこいつらが……。そうか、荷物を漁って身分証を見たのか……?


「家族は両親と妹一人。疾患なし、手術歴なし、童貞」

「ちょっと待ったァ!」


 余計な一言を最後に付け加えられた気がして、俺は思わず叫んでいた。さっきは舌が回らなかった筈なのに、今度はちゃんと声が出た。


「あら? 何かマチガイがあったか」

「いや、要らないだろ最後の情報!」


 得体の知れない組織に捕まっている恐怖も忘れ、俺は怒りとも呆れともつかない感情のままに声を上げた。何のつもりか知らないが、余計なお世話だ、彼女いない歴イコール年齢で悪かったな。

 俺が台の上から睨みつけるのをフンと鼻で笑って、マッドな女が俺を見下ろして言う。


「必要だとも。今からお前は偉大なるジャアッカーの科学力によって改造され、怪人となるのだから」

「はっ!? 改造!? 怪人!?」


 女の言葉自体にも驚くが、それと童貞が何の関係が――。


「我が組織の怪人は、各々の得意技能によって改造手術の種類や改造後の任務を振り分けられる。童貞のお前に、組織のターゲットの女に近付いて籠絡ろうらくする役目は務まるまい」

「え、何。そういう役目の怪人もいるの?」


 いいなあ、と一瞬思ってしまったのは恐らく顔にも出ていただろう。女は三角眼鏡の奥の視線で俺をあざ笑って、「だから」と付け加えた。


「お前には務まらないと言った。残念だったな」

「く……。じゃ、じゃあ、俺を改造してどうする気なんだ」

「ふむ。それを決めたくてな」


 女はタブレットの画面を他の男達とも回しあい、何やら真剣な目で俺を見下ろしてくる。ああ、マジで俺はこの謎の組織に改造されてしまうのか……と、恐怖を超越した諦めの気持ちが俺の心と身体を支配した。

 昔見たテレビのヒーロー物であったなあ、悪の組織に改造された若者が、脳改造の前に抜け出して正義の味方になる話……。もしかしたら、も、そういう経緯でヒーローになったのかもしれないな……。

 そんなことを考えていた俺の頭上から、女の声。


「どうしたものか……。体格も並、筋肉量も並、知能指数もそれほど高くない、おまけにイケメンでもない。十影竜平、お前、何か取り柄はないのか」

「なんかまた無駄な一言を付け加えやがったな!?」


 イケメンじゃないのと改造手術に何の関係があるというんだ。


「無駄ではないとも。見た目の整った者はスパイ工作に使えるからな。お前にはそういう役目も期待できない……」

「じゃあなんで俺なんかさらったんだよ!」

「わたしに言われてもな。実行部隊がお前を改造候補として連れてきたのだ。我らがジャアッカーの特殊ガスを吸って生き残ったのだから、最低限の資質はあるはずなんだが……」

「……悪かったな、最低限で」


 女の口ぶりからすると、バスに居た人のほとんどはあのガスで死んだのだろうか……。恐ろしいことをやる組織だ、と俺が震え上がったとき、女が「よし」と手を叩いた。


「お前は『Z部隊』の所属としよう。さあ、諸君、改造手術の準備にかかれ」

「え、なに、ゼット部隊って!?」


 白衣の男の一人が俺の頭を抑え、猿ぐつわを口に噛ませてきた。俺が唸り声しか出せなくなったところで、拘束台を飲み込むように、CTスキャンのような機械が俺の足元側からヴィーンと不気味な音を立てて近づいてくる。


「ふふふ、教えてやろう。Z部隊とは、偵察にも工作にも戦闘にも大して役に立ちそうにない、お前のような役立たずを送り込む部署。つまり、のことだ」

「んーっ! むーっ!」


 ザコ部隊! 嫌だ、そんなものにされるくらいなら、改造なんかしないで家に帰してくれ――


「だが喜べ、十影竜平。改造手術の候補が、ゴキブリ男、ミミズ男、トカゲ男とあったのだが……お前は名前が面白いのに免じて一番マシなトカゲにしてやろう」

「むぅぅ!?」


 トンネル状の機械が拘束台に完全に被さり、ぶしゅうっと何かのガスが俺の顔面に吹きかかる。再び薄れゆく意識の中で、カンベンしてくれ、名字が十影だからトカゲ男だなんて安直すぎるマネはやめてくれ、と俺は必死に願ったが――

 そんな願いが、悪の組織に通じるはずもなく。


 意識を失っている間に、組織の超科学とやらによって、俺の身体はそのほぼ全てを機械と生体部品に置き換えられ――

 俺は人間・十影竜平としての生涯を終え、怪人ザコトカゲになってしまったのだった。

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