第16話 ライトの実力

「……ってことがあってさあ。今度の週末、そのヒトと約束しちゃったんだけど……」


 給食を早々に片付けた昼休み、雷斗ライトが仲の良い男連中の前で松葉まつばの件のあらましを話すと、彼らは一様に目をぱちぱちとさせた。

 一番近くの椅子に陣取っていたショウが、ズレた黒ブチ眼鏡をくいっと指で持ち上げ、雷斗の顔をまじまじと見てくる。


「つまり、ライト君が? 女子とデート?」

「そんでもって恋人ごっこ? ライトがぁ?」


 悪友どもは顔を見合わせ、そして「えぇぇぇぇ」と盛大に声を揃えた。


「ありえねー! よりによってライトが彼氏役とか!」

「これは天変地異ですよ。令和始まって以来のハルマゲドンですよ」

「誰かその高校生に眼科紹介してあげるべきじゃね?」


 好き勝手に騒ぐクラスメート達に、雷斗は「お前らなぁ!」と噛み付いたが、彼らは余計にはやし立てるばかりだった。

 ノベルバトルで春風はるかぜレイナを退けたくだりは伏せ、「ゲームセンターで会った女子高生から、恋人のフリして小説バトルをしてほしいとに頼まれた」ということだけ話したのだが、それだけでも皆には十分すぎるほどインパクトのある話だったらしい。


「そのヒトもカワイソーに、よっぽど他に役者がいなかったんだな」

「まだサルでも連れてった方がマシだろーに」

「ていうか、にわかに信じがたいんですけど、ライト君に小説なんか書けるんですか?」


 ショウの鋭い突っ込みに、他の皆も「それだよ」「マジで」と口々に同調してくる。


「それが信じらんねー。だってライトだぜ?」

「ライト、小学校の頃から作文とか一番キライだったじゃん」

「こないだの国語のテスト、10点だったしな!」


 けらけらと笑う彼らに、雷斗もついついムキになって、椅子の背もたれにふんぞり返って腕組みの格好をして言った。


「書けるよ? 書けるとも! 小説なんかヨユーだって」

「じゃ、ここで書いてみてくださいよー」

「お願いします、あらた先生!」

直本なおもと賞! 直本賞!」


 やいのやいのと男達が騒ぐ中、雷斗の後ろから紫子ゆかりこがひょこっと顔を出してきた。


《《おやおや少年、わたしの出番かねっ?》》


 自分にしか見えない彼女の横顔をちらりと見やり、雷斗は「いやいや」と声に出さず答える。


(お前に書かせるとまた派手にやりすぎちゃうじゃん。見てろって)


 レイナの件といい、松葉の件といい、紫子の力を自分の実力と勘違いされると色々ややこしい事態になるのはもう分かりきっていた。せめて身近な連中には変な誤解を持たれないようにしなければ……。

 さりとて、書けないと言い切ってしまうのも何だかシャクである。かくなる上は、自分の力でコイツらをギャフンと言わせてやらねば。

 雷斗は「よーし」と気合いを入れ、机の中から適当な授業のノートを引っ張り出してページを開いた。シャーペンを構えると、友人達がおおっとどよめいた。


《《えっ!? ライトが書くの!?》》

(何だよ、いいじゃん。コイツらなんかに見せるのに、紫子センセーの力を振るうなんか……役余り? 役知らず? あ、役不足ってヤツだろっ)

《《役不足の使い方は……あれっ、合ってる》》


 シャーペンをくるくると回す仕草をやってみたかったが、できないのでふらふらと振るだけにとどめておいて、雷斗は男どもの顔を見回して言った。


「ふふん、いーかねキミたち。ウケる小説の王道は転生モノなんだよ」

「はぁ?」

「そんでもって、述語マジック……だっけ? 述語トリック? それを仕掛ける」


 ショウが「ひょっとして叙述トリックのことですか」と早くも呆れ顔で言ってくる。


「そう、それ! なかなか分かってるじゃないかね、少年」

「ライト君も少年でしょ……」

「さあ、ノベルバトラー・ライトの腕前を見せてあげよー」


 自信満々で雷斗はシャーペンを走らせ始めた。これでも、ノベルバトルで紫子の作品を何作も代筆させられたことで、小説というものの基本は分かってきたつもりだ。とりあえずキャラクターを異世界に転生させて、普通の作文で使わないような言葉で景色を飾り立てて……。



【2200年。少女が、目を覚ますと、目に写る景色は異世界だった。これまでいた未来の東京とはちがう・・・明かに異世界とわかる異世界だ。

白い雲が風に流れ、ボーバクなる天の上で煙のように流れていく。空の底が白かった。】



 そこまで書いて、雷斗は「見たか」とばかりに顔を上げた。


「どーよ、これが小説の文章ってやつ。カッコいーだろ?」

「ボーバクって何ですか?」

「いいんだよ、意味なんか分からなくても。これはホラ、パス何とかだから」

「……?」


《《ライト……。それがわたしの文体模写パスティーシュだって言うなら、わたし泣くよ……?》》


 紫子が何やらハラハラした目で見てくるが、気にせずスルーして雷斗は続きを書いた。



【異世界に来てしまったことへの、おそれと恐怖が、レイカの全身をかけめぐった。

「ここは一体、どこなの?」

ポニーテールをゆらして、レイカはとまどう・・・。

この世界に粉れ込んだものは、問当無用で戦いに巻き込まれる。】



「ライト君、紛れると問答無用の字が違います」

「え!? あー、ゴホン、これはだね。諸君が気付くかどうか試しているんだよ」

「ライトー、ムリしなくていいぞー」

「うるせーな、いいから見てろっ」



【少女は、名前はレイカといって未来で人気のアイドルだったが、この世界にショーカンされたが最後、戦って生き残らなければ元の世界に返ることはできない。

ヒラリと。レイカの前に一枚の封筒が落て来た。

その封筒が自動で開き、中から「果たし状」と書かれた紙が出てきた


 果たし状

 世界初のアイドルの名をかけて、私と勝敗しなさい。

  ヒミコ(女王)


「ヒミコ?そんなの、聞いたことないけど・・・・。」

聞いたことないのも無理はない。レイカは歴史が得意じゃないのだった。】



「……どーだ、スゴイだろ? こうやって、歴史上の人物を出したりして話を面白くするんだよ」

「いや、言いたいことはわかりますけど、なんで卑弥呼がアイドルなんですか?」

「なんでって……んー、ホラ、卑弥呼って踊ったりして占いとかしてたヒトじゃん」

「知識が適当すぎる……」



【「わらわこそがヒミコ。日本古来のアイドルである。」

いつのまにかレイカの目の前に、ヒミコが立っていた。このヒミコは、教科書に出てくる本物のヒミコである。ヒミコは何度も死んでよみがえっていたが、時空をこえて異世界にショーカンされたのだ。

「おぬしが未来人なのは知っておるわ。わらわは何人もの未来人を見てきたからの。」

「そうなんですか。」

「わらわをさしおいて、世界初のアイドルを名のることはゆるさん。世界初のアイドルのショーゴーはわらわのものよ。」

「わたし、別に世界初のアイドルなんて名乗ってないですけど・・・」

「いいから戦え!」

ヒミコは手から炎を出して、おそいかかって来た!

レイカはギリギリでかわす。ダンスを習っていたからギリギリかわすことができた。】



「で、こっから激しいバトル展開になるワケ。でも、ただのバトルモノじゃないんだぜ。物語の最後で、実はヒミコの正体がロボットだったことが分かるんだ」

「……はぁ。それで?」

「叙述トリックだよ。ヒミコの正体がロボットなのが最後に明らかになって、読者はビックリってこと!」

「叙述トリックってそういうんじゃないと思いますけど……」


 皆の白けた目線が雷斗に集中している。えっ、と声に出してしまってから、雷斗は脳内で紫子に「オレ何か間違ってた?」と問うた。


《《ライト、もういいから、当日はわたしに全部任せて……》》


 彼女の声は、男連中の誰より冷たく乾いていた。

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