第11話 矜持にかけて

1ワン2ツー3スリー4フォー――」


 ダンスの先生の号令に合わせ、春風はるかぜレイナは仲間と一緒にステップを踏んでいた。

 ガラス張りのスタジオの綺麗な床をレッスンシューズで踏み鳴らし、振りを揃えてレイナ達は踊る。来月にリリースを控えた、アイドルユニット「Rainyレイニー Wordsワーズ」の最新曲を。

 しかし――。


(どうして――)


 彼女自身の作詞した歌詞を頭の中でなぞり、センターとして仲間の四人を引っ張って踊りながらも、レイナの脳裏には、前日のノベルバトルの光景が浮かんで離れなかった。

 中学生とは思えない筆力を発揮して、自分を軽く負かした謎の少年。あれからむさぼるようにネットの噂をサーチしたが、辛うじて見つけられたのは、霊能中学生などと名乗ってチューバーの真似事をしている弱小チャンネルの主が、どうやら昨日の少年と同一人物なのではないかという話のみ……。


(どうして――あの子のことが、頭から離れないのッ!)


 自棄やけのように思いきり腕を振り出したレイナの動きは、しっかりダンスの先生に見咎められていた。一曲を通し終えた直後、先生は険しい声で彼女を名指ししてきた。


「レイナ、何をよそ事ばかり考えてるの。センターがそんなんじゃ他の皆にも迷惑よ!」

「……ごめんなさい」


 レイナは先生にぺこりと頭を下げ、それから仲間のメンバー達にも向き直った。先生の言う通り、今の自分の心の状況では、彼女達のレッスンの足を引っ張ることしか出来ないと思った。


「わたくし、少し頭を冷やしてきますわ」

「レイナ……」


 心配そうな顔を向けてくる彼女達を振り切るように、レイナは再度先生にお辞儀をして、足早にスタジオを出た。

 化粧室の洗面台の前に立ち、ノーメイクの顔に冷たい水を浴びせる。ふるふると顔を振ると、鏡の中で自慢のツインテールがばさりと乱れて揺れた。


(このままじゃ、お父様に顔向けができない……)


 この翡翠ひすいの瞳と文才を自分に受け継がせた父の顔が、閉じたまぶたの裏に浮かぶ。

 時に優しく、時に厳しく、作家の何たるかを自分に説いてくれる父。レイナがノベルバトルに負けたからといって怒るような人ではないのは分かっている。それでも父に顔向けできないと感じるのは、彼女自身の矜持の問題だった。

 つかつかと廊下を歩いて更衣室に戻り、レイナはバッグから携帯ミラホを取り上げた。昨日の少年について何かヒットする話題があれば通知するように、昨夜の内にミラホのAIに設定してあった。


「! これって――」


 レイナの望みに応じ、ミラホの画面にはまさに彼女の目を引く情報が表示されていた。慌てて指を画面に添え、内容を確認する。

 都内のゲームセンターで開催されているノベルバトルの公認大会に、らしきプレイヤーが参戦しているとのツイート。それをもとに盛り上がる匿名掲示板の住人達の声。

 誰かがツイートにアップした写真には、パーカーのフードで顔を隠したまま、ゲームセンターのステージ上で仮想バーチャルキーボードを叩く少年の姿がハッキリと映っていた。


「この子……!」


 電撃が閃くようにレイナは確信した。顔を隠してこそいるが、昨日の彼に間違いない。


「名前は……花里はなざと松葉まつば……?」


 大会にエントリーされた氏名もネットには書かれていたが、名前などどうでもよかった。それよりも、正体不明のあの少年が今、その場所にいる――それだけ分かればレイナには十分だった。


「もしもし、マネージャーさん。車を回してくださる?」

『どうしたの。まだレッスン中じゃなかったの?』

「行かなきゃならないのですわ。アイドル作家春風レイナの矜持にかけて!」


 電話口のマネージャーから無理やり承諾を引き出し、レイナは手早くレッスンウェアから私服のワンピースに着替えると、脱兎のごとく更衣室を飛び出した。


「ごめんなさい、皆さん。レッスンはあとで倍やって取り戻しますわ!」


 スタジオの皆にそう断りを入れるが早いか、カンカンと階段を駆け下りる。

 マネージャーの車を待ちながらミラホを見ると、ネットには、例の少年が大会の二回戦も難なく突破したという情報が書かれていた。


(もう初心者だと思って油断はしない。今度は勝ってみせる――)


 これまでノベルバトルでどんな大人をあしらってきた時にも宿ることのなかった、熱い戦意の炎が、レイナの胸の中で燃えていた。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「……すごいね、キミ。また勝っちゃった……!」


 二回戦を終えた雷斗ライトがステージを降りると、松葉まつばが赤い眼鏡越しにキラキラした目を向けてきた。照れ隠しにフードごと頭をかきながら、雷斗は「いやいや」と釈明する。


「全然、たまたまだって」

「たまたまで書ける文章じゃないよ……。ホントに凄いね、どこで小説の勉強してきたの……?」


 間髪入れず始まった他の四組の試合を観戦しながらも、松葉は声をひそめて雷斗に尋ねてくる。

 雷斗としては、自分のことではないので、褒められてもヘンなくすぐったさしか無いのだが……。


(どこで勉強してきたの? センセ)

《《んー。色々だよ、色々。地元出身の作家さんが教えてくれる研究会に出たり、先輩作家のサロンに混ぜてもらったり》》

(ふーん。全然わかんねー……)


 一回戦、二回戦と対戦相手を一蹴したばかりの紫子ゆかりこは、少しも疲れる様子を見せず、ふんふんと雷斗の知らない鼻歌を口ずさみながらマイペースに大画面を見上げていた。

 ややあって、二回戦の全対戦も終わり、参加者はいよいよ八人まで絞られた。


「三回戦以降の試合規定レギュレーションは、2,500文字、20分になります!」


 スタッフのアナウンスに次いで、対戦の組み合わせが大画面に表示される。「花里松葉」こと雷斗の次の対戦相手は、これまたアクの強そうな、タンクトップ姿の若い男性だった。


「……頑張って」


 松葉の控えめな笑みに送り出され、雷斗は紫子と共に三たびステージに上がった。対戦相手の男性は筋肉質の腕を組み、暑苦しい視線を雷斗に向けてきた。


「ネットで見たぜ。お前、春風レイナと昨日やってたガキだろ」

「えっ」


 雷斗はどきりと胸を押さえた。フードで顔を隠していても、やはり気付く人はいるのか……。


「フン、あんなアイドルくずれの嬢ちゃんに勝ったくらいでいい気にならない方がいいぜ。あんなの、親の名前でゲタ履かされてるだけのシロートさ。出版だって出来レース。本腰入れて小説と向き合ってなんかないに決まってんだ」

「はぁ。そーなんだ」


 そういえばお父様がどうのと言っていたな……と、昨日のレイナの言葉を思い出した。彼女の父とやらが何者なのか、雷斗は全然知らないが。

 それはともかく、本人の居ないところでレイナの悪口を言うこの男性には少しばかりカチンと来た。昨日、ノベルバトルに敗れて本気で悔しそうにしていた彼女の目は、少なくとも、本腰を入れて小説に向き合っていない素人の目には見えなかったからだ。


「聞けよガキ。俺はな、あの春風レイナと同じWEB小説賞で最終選考まで争ってたんだ。あの出来レース女さえ居なけりゃ、俺の作品が書籍化されてたんだよ」

「……へー」


 一人で息を巻く男性をよそに、大画面では金銀のカードがくるくると回転し、二つのお題が表示される。


『メジャーワードは「恐怖」! マイナーワードは「パーティ」!』


 画面をぎろっと見上げ、タンクトップの男性はまたフンと鼻を鳴らして言った。


「ホラーか。いいぜ、望むところだ。レイナを倒したお前にも見せてやるよ、俺の作品の方があの似非エセアイドル女よりずっと優れてるってことを」

「……アンタ、そんなにレイナがムカつくなら直接挑めばいーんじゃねーの? 昨日のイベントみたいなトコで」


 雷斗が思ったことを正直に言うと、男性は「ぬ」と言葉を詰まらせた。そこへ試合開始のアナウンスがかかる。


試合規定レギュレーション2,500文字クォーター・ショート20トゥエンティ分間ミニッツ! Let'sレッツ writeライトNOVELノベル BATTLEバトル!』


「……見てろ、ガキ!」


 男性が息を荒くして言い、早速キーボードを叩き始めた。彼の力強いタイピングに応じ、画面にずらずらと文章が現れる。



【 こんばんは、皆様。

  そろそろ、九十九本のローソクが消えた頃合いかと思いまして。


  九十九のお話、語り終えられたのですね。

  今風に言えば、チャネリング・パーティでしょうか。


  今の世には、百物語に興じる方もとんと少なくなりまして。

  ふふ、随分と久し振りですよ、「私」がこの世に姿を現すのは。


  折角ですから、百番目のお話は私から語らせて頂きましょうか……

  皆様、そのつもりで待っていて下さったのでしょう? 】



 本人の屈強な見た目とは随分と印象の異なる、女性のような語り口。それをゲームのシステムも読み取ったのか、彼の文章から姿を現したのは、青色の着物を纏った女の幽霊のキャラだった。


《《ふーん。青行燈あおあんどんかー。「パーティ」を百物語として使ってくるなんて面白いねー》》


 紫子がのんびりした声で言っている。雷斗は思わず彼女の顔を見て問うた。


(コイツ、あのレイナって子をあんなにバカにして。ヤなヤツって思わねえ?)

《《うん?》》


 しかし、紫子の答えは意外とあっさりしていた。


《《まあ、周りは何でも勝手に言うものだよ。レイナちゃんもそのくらい織り込み済みでしょ》》

(……そーゆーもん?)

《《わたしも色々言われてきたからねー。プロなんてアンチに騒がれてナンボだよ。……まあ、それはそれとして》》


 そこで、冷めたような態度から一転、紫子はさっと手術前の医者のように両手を顔の横に掲げた。紫の着物の袖をばさりとひるがえし、彼女は一歩前に出る。


《《メインのお題は『恐怖』かー。いいよ、この人にもしっかり恐怖を味わわせてあげなきゃね》》


 対戦相手を睨んでさらりと言い放った彼女の目には、自分と同じ感情が浮かんでいるように雷斗には見えた。

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