【転生令和源氏 第零帖「雲隠」 / 新 雷斗(左京紫子)】



   転生てんしょう令和れいわ源氏げんじ


   第零帖 「雲隠くもがくれ




 遠き空に雲がたなびき、紫のもやが天へ立ち昇ってゆく。

 頭上も足元も茫漠ぼうばくたる雲海うんかいの中。わたしの立つ地面には実体がなく、わたしの身体はただ宙空に浮いているばかり。

 此処ここ何処どこだ。わたしは死んだのか。


「そう、あなたは死んだのです、ひかきみ。そして今一度、現世うつしよへと蘇るのです」


 光る君……。何とも懐かしい名でわたしを呼ぶものだ。

 女性にょしょうの声よ、そなたは誰だ?

 わたしの愛したあの人は、この隠世かくりよには居らぬのか?


「かのかたは既に現世うつしよへと召されました。あなたもまた、かの方を永遠とこしえに追い求める限り、また幾度いくたびとも知れぬ転生てんしょうの旅を続けねばなりません」


 幾度いくたびとは。

 わたしの魂は未だ解脱げだつできず、輪廻のなかを彷徨さまよっているのか。


 ……やはり、そうであろうな。

 父を裏切り、義母と契り、不義の子を天子てんしと成したわたしの罪業ざいごうが、一度や二度の輪廻で御仏みほとけゆるされるはずもない。


「そうではありません、光る君。御仏みほとけ御業みわざは既にあなたをお赦したもうています。あなたはただ、時代が求めるままに、現世うつしよへと呼ばれるのです」


 時代。時代……とは、なんだ?


「あなたが最愛のうえと死に別れてから千年が経ちました。かのかたも、あなたも、その間に数えきれぬほどの輪廻りんね転生てんしょうを繰り返した……。此度こたびこそ最後になると信じ続けて」


 わたしも、あの人も、終わりの知れぬ輪廻の旅を続けているというのか。

 教えてくれ、天の声よ。わたしは何処に生まれるのだ。いかにすれば、あの人と逢える?


冷泉帝れいぜいてい御代みよより千年。みかど六十むそ余り変わりました。今上きんじょう御代みよを人は令和れいわと呼びます。かのかたとの出逢いの宿命さだめは、御仏みほとけのみぞ知りたもうこと」


 令和……。令和帝の御代みよに生まれ変わり、わたしはまたあの人の姿を追い求めるのだな。


「そうです。時代があなたを呼んでいます」


 最後に教えてくれ。そなたは誰だ……?


「わたくしは、越後守えちごのかみ藤原ふじわらの為時ためときが娘。いみな香子かおりこ女房名にょうぼうな藤式部ふじしきぶ永遠とこしえにあなたを導き申し上げる者」


 藤式部……。永遠とこしえにわたしを導く者……。


現世うつしよの者達はわたくしをこう呼びます。……紫式部むらさきしきぶ、と」

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