第10話 ロケットスタート

「では早速、一回戦の試合を開始します! 一回戦の試合規定レギュレーションは、1,000文字、10分、2ツーテーマバトルです。同時に対戦する四組は、全て同じテーマでバトルに挑むことになります――」


 大会スタッフがマイクを手にルールを告げる。参加者は見たところ三十名前後。画面上の抽選でトーナメントの組み合わせが決まり、まずは四組八人のプレイヤーがステージに上がっていた。プレイヤー達は各々の対戦相手と向き合って立ち、仮想バーチャルキーボードを前に、思い思いの表情で戦意をたぎらせている。

 雷斗ライトは他の参加者や観客と混ざって、松葉まつばと名乗った眼鏡女子と一緒にステージを見上げていた。正面の大画面は四つに区分けされ、それぞれの対戦画面が表示されている。


『メジャーワードは「魔法」、マイナーワードは「猫」!』


 四つの画面に共通でそのお題が表示され、観衆がオオッとざわめいた。昨日のような黒人DJのAIアバターこそ居ないが、陽気な男の声で自動アナウンスがかかる。


試合規定レギュレーション1,000ワンサウザン文字レターズ10テン分間ミニッツ! Let'sレッツ writeライトNOVELノベル BATTLEバトル!』


 試合開始の合図とともに、八人のプレイヤー達は一斉にクリアブルーのキーボードを叩き始めた。人によって速度に差はあれど、四つの画面で八つの物語がほとんど淀みなく綴られていくさまは、雷斗には圧巻と言うほかなかった。


「アイツら皆、その場で考えて打ってんのかな……」

「え……? キミはそうじゃないの?」


 松葉がきょとんとした目で見てくる。あ、いや、と雷斗は首を振って誤魔化した。


(オレには想像もつかねー世界だよ)


 松葉の反対側で食い入るように画面を見上げていた紫子ゆかりこは、雷斗がちらっと目を向けると、「ん?」と間の抜けた声を出した。


《《ゴメン、聞いてなかった》》

(……あんなソッキョーで文章書くなんて、オレには全然想像もつかねーって話)

《《ライトも練習すれば書けるようになるよっ》》

(ムリムリ。ならなくていーよ)


 対戦時間は早くも3分を過ぎている。どの画面にもそれなりの長さの文章が並び、いくつかの文章からは既にキャラクターが飛び出して対戦相手への攻撃を開始していた。テーマがテーマだけに、魔法使いや魔法少女といった格好のキャラばかりだった。


(自由に書くのだって普通はできないだろーに、その場でお題出されて書くなんてさ……)

《《んー、そう? お題で縛られたら縛られたで、すぐ作品の方向性が決まってやりやすいかもしれないよー》》


 紫子は自分もタイピングの真似をし始めていた。その顔に「早く書きたくてたまらない」と書いてある。


《《でも、1,000字かあ。短くまとめる方が長く書くよりずっと難しいんだけどー、みんなスゴイなー》》

(何だよ、短い方が難しいって)

《《書きたいことがどんどん溢れて止まらなくなっちゃうのが、わたしたち作家の習性なのだっ》》

(そーいうもんなの)

《《……まあ、それを抑えて規定に収めるのもプロのスキルだけどね》》


 えへんと小振りの胸を張って、紫子は再び画面に目を戻していた。雷斗もつられて見ると、既に四組中の二組では一方のライフゲージがゼロを示し、勝負の決着が付いていた。

 残りの二組もほどなくタイムオーバーとなり、より三種類のポイントの高いプレイヤーが勝利となった。なるほど、どちらかのライフが時間内にKOされなければ、最終的に作品の出来が良かったほうが判定勝ちとなるらしい。

 勝ったプレイヤー達の意気揚々とした顔と対照的に、負けた四人は残念そうに肩を落としたり、舌打ちしたりしていた。


「みんな熱心だなあ……」

「キミも頑張ってね。……あ、キミくらいスゴイ人に、わたしなんかの応援は要らないかな」


 松葉は応援の後にぽつりとそう付け加えた。新たに画面に並んだ八人の指名の中には、「花里はなざと松葉」の名前があった。


「……そんなことないって、ありがと。行ってくる」


 雷斗はパーカーのフードで顔の上半分を念入りに隠して、他の対戦者達に混じってステージに上がった。

 雷斗が向かい合った対戦相手は、痩せ型の眼鏡の男性だった。大学生くらいだろうか、ダボッとした服を着ている。

 おずおずと相手に目礼しつつ、雷斗は、横でソワソワしっぱなしの紫子をじろりと見て釘を差した。


(お前、手加減して戦えよ。他人の名前使ってんだから)

《《わかってるよ。目立たないように、でしょ?》》

(頼むぜ、ホント)


 大画面では金と銀のカードがくるくると回り、全組共通のお題が表示された。まずは金のカードのメジャーワードから。


『メジャーワードは「プロローグ」!』


 例によって客席からどよめきの声が上がる。なんじゃそりゃ、と雷斗は目をしばたかせた。


(プロローグ? ってなんか話の最初にあるやつ?)

《《ふぅーん、テーマ設定ってそういうのもアリなんだ……》》


 続いて、銀のカードのマイナーワードは――


『マイナーワードは「運命の人」!』


(運命の人……? 何それ、恋愛モノってこと?)


 首をかしげる雷斗の前で、対戦相手の男性が、くくっと口元をつり上げて笑う。


「一回戦から『プロローグ』とは運がいい。まさにボクの得意分野だ」


 何か反応しなければならないと思い、雷斗は「はぁ」と生返事を返した。


「そうなんすか」

「そうなんだよ。プロローグ戦は、続きを読みたくなるかどうかが全て。ロケットスタートのコジロウと呼ばれたボクの実力、見せてあげよう」


Let'sレッツ writeライトNOVELノベル BATTLEバトル!』


 試合開始と同時に、男性はカタカタと調子よく仮想バーチャルキーボードのタイプを始めた。クセの強いヒトだなあと思いながら、雷斗も自分の前のキーボードに手を添える。

 ちらっとステージの下を見ると、松葉が大げさに両手を胸の前で握り、「がんばって」と視線で告げてきた。


「くくっ、どうだ、最速キャラクター召喚……!」


 独り言なのか、雷斗に向けての言葉なのか、よく分からない感じで男性が呟いた。彼の画面にはまだ三行ほどの文章が綴られただけだったが、その言葉にたがわず、早くも女子高生らしきキャラクターがぽんっと煙を放って画面内に飛び出してきていた。


(マジかよっ)


 雷斗は目を見開き、彼の文章を見る。



【「アナタはあたしの運命の人! 命が惜しくばあたしと付き合いなさいっ!」


  今朝クラスメートになったばかりの美少女が、いきなり首根っこを掴んで言ってきた。

  その瞬間、俺の高校生活が普通のものにはならないことが確定した――。 】



 最初から物凄い内容であることは雷斗にも分かった。対戦相手の男性が、ふっと笑って雷斗を見てくる。


「さあ、ボクのロケットスタートに付いてこられるかい。早く書かないと、どんどんライフを削らせてもらうよ」

「えぇ……」


(なーんかズルくねえ? こっちがどんなに良い作品書こうとしてたって、先にバシバシ削られたらKOされて終わりじゃん)

《《んー? まあ、そうなる前にこっちも書けばいいんでしょ?》》


 既に女子高生キャラの攻撃でこちらのライフは減り始めていたが、紫子は全く意にも介さない様子で、手元でキーボードを打つ真似をしながら相手の文章を眺めていた。


《《ロケットスタートって言うだけあるねー。でも、一番強いシーンがプロローグに来ちゃうのってどうなんだろ。それって本編で何するのかなぁ……。まあ、小説はどう書いてもいいんだけどさー》》


 こうしている内にも相手はどんどん文章を書き連ねている。おいおい大丈夫か、とハラハラしながら雷斗は紫子の顔を見た。


(どーすんだよ、幽霊っ)

《《じゃ、あの子が見てくれてることだし、せっかくだから光源氏でも転生させちゃうか》》

(はぁ!?)


 紫子はにまりと笑って、見えないのを知っていながら、観衆の中の松葉に向かってひらひらと手を振った。


《《はーい、いくよー。タイトルは……『転生てんしょう令和れいわ源氏げんじ、第ゼロじょう雲隠くもがくれ》》

(え、なに? てんしょう……れいわ……くもがくれ!?)


 紫子が画面を指差す通りに漢字の変換を確定させながら、雷斗はおっかなびっくりキーボードを叩く。


《《『遠き空に雲がたなびき、紫のもやが天へ立ち昇ってゆく』――》》


 文章が画面に並び始めた瞬間、ゼロだった「ライティングポイント」のゲージがびよんと動き出した。


《《頭上も足元も茫漠ぼうばくたる雲海うんかいの中。わたしの立つ地面には実体がなく、わたしの身体はただ宙空に浮いているばかり』――》》

(ボーバク?たるウンカイ?の中……)


 そして、紫子の凛然りんぜんとした声が物語を紡いでゆく。ロケットスタートを自慢する相手の男性に微塵も劣らない、すらすらと既存の本を読み上げるような速さで――。

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