【青行燈より愛を込めて / タンクトップの男】

 こんばんは、皆様。

 そろそろ、九十九本のローソクが消えた頃合いかと思いまして。


 九十九のお話、語り終えられたのですね。

 今風に言えば、チャネリング・パーティでしょうか。


 今の世には、百物語に興じる方もとんと少なくなりまして。

 ふふ、随分と久し振りですよ、「私」がこの世に姿を現すのは。


 折角ですから、百番目のお話は私から語らせて頂きましょうか……

 皆様、そのつもりで待っていて下さったのでしょう?



 あれは確か明治の初め頃であったかと思いますが……

 今宵こよいと同じ新月の晩でした。

 若い書生さん方が五、六人ばかり集まりまして。

 ちょうど、今の皆様方と同じ様に……やったのですよ、百物語。


 中に、お一人、女の身でありながら男の振りをしているお方がおりまして。

 隠しおおせていると思っているのは御本人ばかり。周りは皆気付いているのですね。

 周りの男ども、このお方をビックリさせて化けの皮を剥いでやろう……と言って、

 悪巧みと言いますか、一計を案じましてね。


 この晩の百物語と言いますのは、江戸以来の伝統的な作法を敢えてやっていましてね。

 一つ話を語り終えた者は、暗闇の中、手探りで隣の隣の部屋まで行きまして。

 青い紙を貼った百の行灯あんどんの中から、一つ火を消し、

 文机ふづくえの上の鏡で己の顔を見て、皆の待つ部屋に戻る……というね。

 肝試しの意を多分に含んだ形をですね、敢えて踏襲していた訳なのですけども。


 書生一同の語る話が、いよいよ、九十八に達し、

 例の、男の振りをした娘さんに、ちょうど、九十九番目のお話の語りが回って参りまして……

 ええ、勿論、その順番もね、男どもが事前にようく考えて仕組んだ物だったのですがね。

 とにかく、娘さん、九十九番目の怪談を終えまして、行灯の部屋へ向かいます。

 前の番の男が悪さをしましてね。

 娘さんが見るべき鏡に、べっとりと……青い絵の具を塗りたくっておいたのですね。



「きゃあぁぁぁぁっ!!」



 ……と、男どもの待つ部屋に娘さんの悲鳴が響きまして。

 してやったり、とばかりに。

 男どもはにやにやしながら、行灯の部屋へと向かいます。


 見れば、娘さんは口から泡を吹いて、事切れておりました。


 ショック死、と言うのですかね。皆様の時代の言葉では。


 そうなると、慌てたのは男どもです。

 ちょっと驚かして正体を暴いてやろうと思っていただけでしてね。

 まさか死んでしまうなんて思いもよらない。

 途端に男どもの顔は青ざめて、ヤレ、大変な事をしてしまった、と。


 こうなっては怪談などしておられん、急いでこの場を逃げなければ……と、


 行灯の部屋から這って出ようとした男の足首を、そっと掴む手がありました。



「……イヤですねえ、皆さん。ちゃんと百話目まで語りましょうよ……」



 死んだ筈の娘さんが、何時の間にか男達に取りすがっておりまして。

 其の顔面は、青い行灯あんどんの如く真っ青に染まっていた……と、そういう話でございます。



 情けない事に、男どもと来たら、皆、翌朝には冷たくなって転がっておりましてね。

 おかしいですねえ。まさか死んでしまうなんて思いもよらない。

 ちょっと驚かしてやろうと思っただけなのですが……

 



 それが私、青行燈あおあんどんという妖怪あやかしの始まり。

 懐かしい思い出話でございますよ。



 これが今宵の百話目。



 最後のローソクを消させて頂きます。

 ……ちょうど、うしどきでございますね。


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