第5話 令和の才媛
修学旅行からの帰りの新幹線で、
「ライト、ぜってーウチの学校の歴史に残ったぜー」
「修学旅行中に心霊配信やって自由行動ナシになった男!」
「結局、動画にも何も映ってねーしよー。せっかくマジの幽霊に会ったのに」
「ライト君はまだそんなバカなことを」
向き合わせた座席の向かいで、ショウが眼鏡をくいっと直して言った。
「一緒にいた僕が言うんだから間違いありませんよ、幽霊なんか見えませんでしたー」
「ショウには霊感がないから見えねーんだよ!」
「あ、そうか、わかりましたよ。バカにしか見えない幽霊なんですよ」
「何だとコイツ!」
周りの皆が大笑いしたところで、ふいに雷斗の頭に彼女の声が届いた。
《《あっ、そっかぁ、霊感と知能指数って反比例なのかも。面白いね、その説っ》》
「だからお前、人前で話しかけんなって!」
座席の上あたりをふわふわと漂っていた幽霊に向かって、雷斗は思わずブンと腕を振り――
「はっ」
たちまち流れる「ざわ……」という空気に、腕を上げたまま固まった。
「何だライト、厨二病か!?」
「ち、ちげーよ! オレの左腕の刻印が血を求めて
「そーゆーの、マジ平成って感じ」
「厨二病キャラでチューバーやったほうがまだウケるんじゃねーの」
げらげらと皆に笑われながら、雷斗は「カンベンしてくれ」のリアクションの振りして首を上げ、頭上の幽霊の顔をキッと睨みつけた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「ったく、サンザンな一日だったぜー、お前のせいでよー」
《《わたしのせいなの? 宿を抜け出したのも、心霊配信やったのもライトが自分でしたことでしょー?》》
学校に戻ってからも先生達に思いっきり叱られ、他の生徒達の解散から一時間も遅れて、ようやく雷斗は解放された。校門を出て、駅に向かって歩き出す頃には、既に夕暮れが街を包もうとしていた。
《《それにしても、ライトの学校って東京のど真ん中なんだね。わたし田舎育ちだったから、なーんか新鮮な光景だなー》》
(……お前なぁ)
スポーツバッグをぼんぼんと膝で蹴り上げて歩きながら、雷斗は後を付いてくる幽霊に言う。
(さりげなく『ライト』呼びにしてんじゃねーよ。さっさとオレ以外のヤツのとこに行けって)
《《んー、出来たらそうしたいんだけどね? たぶん、取り憑く相手を自由に変えたりとか出来ないみたい》》
(マジかよ。え、じゃあ、お前がジョーブツするまでずっとこのまま?)
《《たぶん……? わたしも初めてだから分かんないけど》》
幽霊はいつの間にか雷斗のすぐ隣に来て、彼の顔を覗き込んできょとんと首をかしげていた。
紫の着物を纏ったその姿が半分透けて、道行く人々の姿と溶け合っている。相変わらず息を呑むような美人さに金縛りにされそうになるが、雷斗はぶんぶんと首を振って正気を保ち、彼女から目を離した。
(幽霊ってさー、どーやったらジョーブツすんの)
《《え。霊能中学生なのに知らないの?》》
(アレは配信用のキャラ付けだから! ねーよ、霊感なんか)
《《ふむ、そうなるとやっぱり、霊感・知能指数反比例説は誤りか……?》》
「お前な!」
雷斗が反射的に声を張り上げると、近くのサラリーマンがぎょっとした顔で振り向いてきた。
《《やっぱりさー、未練を果たしたら成仏するんじゃないの?》》
(……お前の未練って、小説?)
《《そりゃーね。でもねー、それだと何百年かけても成仏なんかできなそう。だって、書いても書いても、もっと書きたいネタが浮かんでくるんだもん。わたしより先にライトが死んじゃうよ》》
つい半日前の悲劇をもう忘れた様子で、幽霊は楽しそうに語っている。
雷斗ははぁっと溜息をついて言った。
(悪いけど、オレは小説なんか二度と書かねーから)
《《えぇっ!? そんな殺生な!》》
(書かねーっていうか、書けねーの、今朝ので分かっただろ。オレを使って書きたいんならさー、オレでもわかる言葉にしてくれなきゃムリだぜー)
《《わたし、絵本作家じゃないからなー……。ねえ、わたしが漢字とか教えてあげるからさー、勉強しようよぉ》》
ずいっと眼前に回り込んでくる幽霊をしっしっと手で払って、雷斗はぼすっとスポーツバッグを蹴り上げた。
(いーって。今時、社会に出たら手書きすることなんてないんだから)
《《ダメだよ、そんなことじゃ。パソコンやスマホがあったって、漢字を知らなきゃ変換もできないって、先生も言ってたじゃんっ。『カンシン』とか『ホショウ』とか『カクリツ』とか『カイホウ』とか、ちゃんと変換できる?》》
(……いーよ、文章書く仕事になんか就かねーから。てゆーか、スマホとか古っ。平成かよ)
《《平成だよ》》
と、駅前の賑やかな商業エリアまで歩いてきたところで、ざわっと人々の歓声が雷斗の耳に飛び込んできた。
見れば、駅前広場の特設ステージ前に黒山の人だかりが出来ており、大画面を見上げてわあわあと騒いでいる。
『
画面の端では黒人DJのAIアバターがゴキゲンに声を張り上げている。そして、画面の左側にずらずらと並んだ何かの文章の中から、ポニーテールの女子高生らしきキャラの映像がしゅばっと光って現れ、キラキラしたハートマークみたいなものを画面の右側に向かって飛ばし始めた。
「何だあれ……?」
雷斗は思わず足を止めてステージを見上げていた。大画面の下では、ステージの中心を挟むようにして、二つの人影が距離を取って立っている。
ステージの右側に立ち、焦った顔で目の前の
「残念ですわ、さっきの威勢はまやかしかしら。執筆の手が止まっていましてよ!」
ゴスロリ調のミニワンピースに、明るい色のツインテール。星の弾けるような可愛らしさを全身から発散させた、美貌の少女だった。
雷斗と同年代くらいだろうか。まだあどけなさも残る
大画面に並んだ文章の下にすらすらと続きが追加されていき、画面内の女子高生キャラがくるくると舞い踊りながらハートマークを連続で撃ち出す。相手の青年も必死にキーボードを打っていたが、画面の右側に並んだ彼の文章は少女の半分の長さもなかった。
《《わっわっ、何あれ!? 小説のゲーム!?》》
雷斗と一緒にステージを見上げて、幽霊がたちまち顔を輝かせてはしゃぎ始める。
「うわぁ、キョーミねーっ」
《《なんで!? 見ようよライト! 見たい見たい!》》
「しゃーねーな、ちょっとだけだぞ」
彼女にせがまれるまま、雷斗はステージと大画面を引き続き眺めた。
大画面には両プレイヤーのライフポイントのゲージがあり、さらに各々の文章の下には「キャラクターポイント」「ライティングポイント」「ストーリーポイント」という三つのゲージが並んでいた。
《《へー。キャラと文章力と構成力で戦う感じなんだ》》
「ワケわかんねー……」
雷斗にはさっぱり分からないが、画面の動きとDJのアナウンス、そして両者の様子を見れば、春風レイナとやらいう美貌の少女が青年を一方的に追い詰めているのは一目瞭然だった。
ようやく青年のほうの文章からも幼女のキャラがぽんっと飛び出してきたが、女子高生キャラのハート連打に対抗する力はないのか、青年プレイヤーのライフポイントは見る見る減っていくばかり。
『おおっ、春風レイナ、1000文字を超えたっ! 文章の進行に連れてストーリーポイントもぐんぐん上がっていく!
「くっ……!」
「これで――トドメですわ!」
春風レイナは言い、たんっとキーボードのエンターキーを叩いた。画面内のキャラが特大のハートを撃ち出し、青年のライフのゲージが遂にゼロを示す。
ステージを囲む観客達から、ワァッと大きな歓声が上がった。
『春風レイナ、9戦9勝! やはり、この令和の才媛を止められる者はいないのかーっ!』
青年ががっくりと
《《わっ、すごいすごい。令和の才媛だって。あの子、カワイイ顔して、やるんだねー》》
「ふーん……。サイエンって何?」
《《才能がある女の人のこと。ふっふん、かつてわたしも言われたものだよっ》》
「聞いてない聞いてない」
楽しそうな幽霊を横目に、雷斗がもういいかと思ってきびすを返そうとしたとき。
『次がいよいよ、本日のイベント、ラストのバトルだ! さあ、最後に春風レイナちゃんに挑戦したいヤツはいないかっ!?』
《《ハイハイハイ! やるー! わたしやるー!》》
DJの呼びかけに対し、幽霊はぶんぶんと片手を頭上で振って、雷斗以外に聞こえもしない声を張り上げていた。
「何言ってんだよお前……。ホラ、帰るぞ」
《《やだやだ、わたしもやりたい! 早く手ぇ挙げないと他の人に取られちゃうよっ》》
幽霊は雷斗の右手を掴もうとしてくるが、実体のない彼女の手はスカスカと雷斗の身体を通り抜けるだけだった。
観衆を見渡せば、まだ誰も手を挙げる者はいないようだった。やりたい人は皆もうやり終えてしまって、残った人達は春風レイナのあまりの強さに怖気づいているのだろうか。
(だーからムリだって。今朝の二の舞になるの分かってんじゃん)
《《でもでも、ホラホラ、キーボードで打つんだよ。変換はわたしが教えてあげるからっ。なるべく簡単な言葉で書くからー》》
「……しゃーねーなあ」
幽霊があまりにうるさいので、しょうがない、一回だけ付き合ってやるかと思い、雷斗はおずおずとステージの前に歩み出た。
「あの、オレ、やっていいっすか」
『おおっ、もちろん歓迎するとも! そのブレザー姿、キミは高校生かな!?』
カメラでこちらの姿を見ているのか、画面の中のDJが雷斗を指差して聞いてきた。
「中三っす」
『なんと! まさかのレイナちゃんと同い年! これはアツい戦いになりそうだ!』
DJの煽りに合わせて観客達もワッと歓声を上げた。多くの人の注目が集まるのが恥ずかしい。
やれやれと思い上がらステージ上の定位置に立つと、離れて立つ春風レイナが、翡翠の瞳でまっすぐ雷斗を見て問うてきた。
「あなた、ノベルバトルは初めて?」
「そーだよ。あ、でも、小説書くのは、多分そこそこ上手いと思うぜ」
レイナはツインテールを白い手でかき上げ、くすりと笑った。
「そこそこの上手さじゃ、わたくしには勝てませんわよ」
きらりと雷斗を見据えてくる瞳には、怖いほどの迫力が宿っていた。
思わずブルっと身を震わせつつ、雷斗は幽霊に尋ねる。
(どーよ。勝てそう?)
《《んー、まあ、勝ち負けはどーでもいーよ。わたしは自分と読者が笑顔になれればそれでいいのだっ》》
「ふぅん……」
『さあ、本日の特別イベントのラストバトル! ここまで連戦連勝のアイドル作家、令和の才媛・春風レイナに、最後の
雷斗が見上げた大画面に、金と銀の二枚のカードがくるくると回りながら表示される。「2,500 letters」「20 minutes」の文字、そして二人のライフポイントのゲージとともに。
『メジャーワードは「転生」! マイナーワードは「織田信長」!』
二枚のカードの文字が画面に大きく輝くと、観客達がまた一斉に声を上げた。
《《あれってランダムなの?》》
(オレに聞かれても。多分そーだろ)
《《ふぅん……。転生モノとかまだあるんだ……》》
『
「お父様から受け継いだわたくしの文才、あなたにも見せて差し上げますわ!」
春風レイナが腰に片手を当て、もう片手でびしりと雷斗を指差してくる。
派手な爆発音とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。
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