第6話 織田信長の……
春風レイナの白く細い指が、凄まじい速さで
雷斗も見上げた画面には、早くも何行にもわたる文字がすらすらと並べられていた。
【第一話 信長、異世界に立つ】
【「――ちょっと、おじさん。ちょっと」
本能寺で焼け死んだはずの信長の意識は、どことも知れない世界で目覚めた。
闇の中で最初に聞いたのは、
「起きてってば。もうー、困っちゃったなあ。おーじーさーんー」
《《えー、すごい。
(これさー、こっちも織田信長で転生モノ書かなきゃいけないってことだろ? 書けるの?)
《《んー、まあ、書けるんじゃない? でも、2,500字しか書けないならコメディがいいかなあ……》》
(2,500字ってどのくらい?)
《《原稿用紙6枚ちょっとだよ》》
(多いじゃん!)
《《少ないって!》》
雷斗が幽霊と丁々発止している間も、レイナは淀みないブラインドタッチで文章を書き連ねていく。
【「……ひょっとして、死んじゃってるの? 困るよぉ、アナタと一緒に世界を救えって言われたんだからぁー」
「そんなに揺さぶらんでも起きておるわ」
やれやれと心の中で呟いて、信長はぱちりと目を開けた。
眼前に映るのは、困り顔からたちまち驚きの表情に転じる、色の白い
その小柄な肩の向こうに広がるのは、嫌味なほど青く晴れ渡った空と、一面の大草原であった。 】
これだけの文章を、お題のオープンから1分足らずで……。
雷斗がごくりと息を呑んでレイナの姿を見ると、彼女はキーボードを打つ手を一瞬止め、ふふんと不敵な顔で笑ってきた。
「ずっと退屈でしたわ。同世代にライバルがいないのが。あなた、あんな大口を叩いたくらいなら、わたくしを楽しませてくださるんでしょうね」
ざわざわと騒ぐ
(あんなこと言ってるけど……どうするんだ?)
雷斗は自分の前の
《《……おっけー》》
雷斗以外の誰にも見えない口元に楽しそうな笑みを浮かべ、雷斗以外の誰にも聞こえない声を弾ませて、彼女は言う。
《《そーゆーことなら、あの子を楽しませてあげなきゃねっ。平成の紫式部の名にかけて!》》
ばさりと紫の着物の袖を
雷斗は誰にも悟られないように小さく溜息をついて、キーボードに手を添えた。
(……まったく、なんでこんなことになっちまったんだ)
《《はいはい、文句言わないっ》》
画面上では、既にレイナ側のキャラクターポイントとライティングポイントが順調な伸びを示している。対するこちらのポイントは、まだ書き始めていないので当然ゼロのままだ。
「まだ書き始めませんの? わたくし、初心者といえど手加減はしてあげませんわよ」
レイナが急かしてきたところで、幽霊が雷斗の隣ですうっと小さく深呼吸した。
《《はじめるよー。タイトルは、『織田信長の憂鬱』》》
「織田信長の……ゆううつ」
彼女に言われるがまま、雷斗はクリアブルーのキーボードを叩き始める。逆立ちしたって書けるはずのない「憂鬱」という漢字を、ゲームのシステムは容易く変換してくれた。
《《『
(えっ、何それ、セリフ!?)
《《カギカッコいらないから、そのまま打ってー。『この時代、わしを織田信長などと呼ぶ者は誰もおらんがの』》》
(なになに、そんなんでいいのか……?)
キーボードの前で首をかしげながらも、とりあえず雷斗は幽霊に言われた通りに文字を打った。宙に浮かぶキーボードに打った文字がずらずらと光りながら大画面に現れ、画面の右側を少しずつ埋めていく。
「語りかけ型の一人称……ですって?」
レイナが画面を見上げて目を見張っていた。幽霊はぴんと指を立てて、つらつらと言葉を並べる。
《《『して、お主はいつの時代から来た? 平成か、令和か、はたまたその先の未来か』。改行して、『どうした。わしがお主を未来人だと言い当てたのがよほど驚きのようじゃな。それとも記憶を失って自分がどこの時代から来たのか分からぬ「ぱたーん」か』……。「ぱたーん」はわざと平仮名にしといてね、そういう表現だから》》
(え、なになに、なに? ホントにそんなんでいいの?)
小説のことなど何も知らない雷斗にも、なんだかこれが普通の小説ではなさそうなことは分かった。だって、レイナの文章にはちゃんと話の部分とセリフの部分があるのに、幽霊が雷斗に書かせている文章は、ただ織田信長が喋っているだけなのだ。
《《『なに、
(え……なに? どういうことこれ? どんな話なの?)
《《続けて。『どうして皆、わしのもとにばかり来たがるのかの。わしの生涯は創作の題材としてそれほど秀逸か。たまには
既に書かれた本を読んでいるかのような、幽霊の淀みない語り口。
雷斗は混乱しながらも必死にキーボードを叩いた。ちらっとレイナを見ると、彼女はずっと手を止めたまま、画面にずらずらと組み上がっていく雷斗の文章を見続けていた。
その可愛い顔いっぱいに驚きの色が浮かんでいる。文章が持つ引力に心を引き寄せられたように。
《《改行して、『で、今一度尋ねるが、お主は一体何なのだ? 未来の医者か、料理人か、はたまた何の取り柄もない「非りあ充」の学生か。よいよい、携帯電話など見せてくれずとも。誰も彼もそれを未来の証として差し出したがるもので、すっかり見慣れてしもうたわ。充電を切らさんように大事に仕舞っておけ』》》
「……携帯電話など……誰も彼も……見慣れてしもうたわ」
画面に並ぶ文章が増えるたび、雷斗の側のキャラクターポイント、ライティングポイントのゲージがぐんぐん伸びていく。レイナのそれを上回る勢いで――。
「……くっ! 負けませんわよ!」
我に返ったようにレイナは自分のキーボードに向き直り、再び凄まじい勢いで文章を綴り始めた。可憐な唇をきゅっと引き結び、大きな瞳にぎらぎらと炎を揺らして。
【「あっ。……よ、よかったぁ」
信長が生きていることに安堵したのか、
信長は上体を起こし、じろりと彼女の姿を観察した。年の頃なら十六、七か、セミロングの髪を明るい
「何ジロジロ見てるのよ、おじさん」
「おぬしに興味などない。おぬし、わしが誰だか知っておろうの?」
信長の格好は、
「えっと、なんか昔のエライ人でしょ。たぶん戦国時代とかの人。あ、わかった、
「かすりもせんわ、たわけ!」
信長は深く溜息をついた。 】
「――これで500字オーバー! 食らうがいいですわ!」
レイナの側の文字数がある程度の量に達したからか、画面上の文章がきらりと輝き、
(おいおい、ヤバイんじゃないの!?)
《《ふぅーん……こっちに寄せてコメディタッチに変えてきたのかな? どっちにでも
(なんか先制攻撃されてんだけど! あ、ライフが!)
《《だいじょーぶ、こっちもこれで500字。『自分が何者か語りたがらぬようじゃな。ならば質問を変えよう、お主は何の為にこの時代へ来た? わしを本能寺の変から救うためか』》》
レイナの攻撃を食らいながらも、幽霊は少しも気にしない様子で、ふんふんと楽しそうに続きの文章を述べてきた。
《《『いちいち驚くな。知っておるよ、光秀が裏切るのは。今までわしの運命を変えようとしたウツケが何十人もおったからな。嫌というほど思い知っておる。どうせ今回も運命の「れーる」からは逃れられんのじゃろ』》》
たん、とそこまで打ち終えたところで、雷斗の側の文章からも遂にキャラクターが現れた。レイナの
レイナの信長が飛ばしてくる炎の斬撃をぱんぱんと扇子で弾き返し、こちらの信長は、無造作にかざした手からぐわっと炎を撃ち出していた。
「く……!」
レイナの顔が焦りに歪んでいる。キャラクター、ライティング、ストーリー、三つのポイントを示すゲージは今や雷斗の方が長くなっていた。
《《はーい、続き行くよー。『はあ。わし、若くして志半ばで死ぬところが創作の題材として便利なんかのう』》》
(……創作の題材として……便利なんかのう)
幽霊の語る文章をそのままキーボードに打ちながら、雷斗は一つのことに思い至っていた。
(コイツの作品……なんかよくわかんないけど……面白い!)
心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
バトルの展開にDJや観客達が驚きの声を上げる中、雷斗は続きの文章を打ち続ける――。
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