第2話 心霊チャンネル

「ねえ、やっぱりコワイですよ、ライト君。戻りましょうよぉ」


 携帯ミラホの照明を頼りに山道を行く雷斗ライトの耳に、ショウの弱気な声が響く。

 草木も眠るうし三つ時、しぃんと静まり返った山中には二人の声と足音だけ。月の光も雲に隠れた、心細い夜だった。


「うるっせーなー、なーにが『コワイですよライトくぅん』だよ。女子みたいな声出しやがって」

「だって、先生にバレたら大目玉ですよ。勝手に宿を抜け出すなんて」


 雷斗ライトはばっちりの私服に着替えていたが、ショウはパジャマ代わりの体操服姿のままだった。

 彼の泣き言を吹き飛ばすように雷斗は歩調を早める。踏みつけた小枝がパキッと音を立てた。


「ねえ、いつもの心霊ゴッコするんなら、もっと普通の場所でいいじゃないですか。なんでわざわざ修学旅行先でやるんですかぁ」

「だって、逢魔おうまヶ池がいけって、全国でも有名な自殺の名所だぜー。またとない機会じゃねーか」


 一旦立ち止まってミラホのマップの表示を見る。目的地の池まであと少しだ。


「大体ね、ライト君はバカですよ」


 黒ブチ眼鏡をくいっと指で直し、ショウは恨み節たっぷりの泣き言を吐きながら後ろを付いてくる。


「あぁ? 何がバカだってゆーんだよ」

「だって、わざわざこんなリスクを冒してまで動画撮っても、ライト君の弱小チャンネルで一体いくら稼げるっていうんですか。マンガの一冊分にもならないでしょぉ?」

「うーるーせーえーな。だからバズらせてフォロワーを増やさなきゃならねーんだろ。今回の動画がチャンスなんだよ」

「そんなに簡単に皆がミカキンみたいになれたら苦労しませんよぉ。ホラ、今だったら、ノベルバトルとかいうやつでフェザーノベル書いてたほうがまだお金になるんじゃないですか?」

「お前、国語27点のオレに小説なんか書けると思ってんの?」

「いや、まったく思いませんけど」


 夜の山に、ホー、と何かの鳴き声が遠く渡る。がさっと近くの木の上で何かが揺れ、さすがの雷斗もびくりと身を縮こまらせた。後ろのショウはその何倍も怖がっている。


「ややや、やっぱり帰りましょうよ!」

「た、ただの鳥か何かだろ!? ここまで来たんだ、引き返したらホントのバカじゃねーか」

「もうバカのカンスト振り切ってますから大丈夫ですよぉ」


 恐怖を押してしばらく歩を進めると、暗闇の中に前方の視界が開けた。


「ここが、逢魔おうまヶ池がいけ……」

「見るからに何かじゃないですかぁ。ていうか、はしゃいでボクを落とさないでくださいね」


 雷斗はごくりと息を呑んで、ミラホの照明で辺りを照らす。

 池は、雷斗が想像していたよりずっと広く、ずっと真っ暗だった。


「……よーし」


 カラ元気を奮い立たせて、雷斗はミラホのカメラを起動させ、ショウに手渡す。

 この動画でうまく幽霊か何か映せれば、一気にチャンネルのフォロワーはうなぎ登り、そしてゆくゆくはミカキンのような一攫千金も夢じゃない。その未来を思えば怖さなんて忘れられるような気がした。


「ほら、しっかりミラホ構えてろって。始めるぞっ」

「うぅ、いやだなぁ……」


 ワックスでちゃんと上げてきた髪に、ポップなオバケのイラストがついたパーカー。身だしなみを確認して、雷斗はカメラに向かって声を張り上げる。


「始まりました、霊能中学生ライトの心霊チャンネル! はい、今日はね、自殺の名所で有名な逢魔おうまヶ池がいけにやって来ました。いやー、さすが自殺の名所、強い妖気を感じますよ! ライトの霊能レーダーにビンビン来ますね!」

「幽霊なんか見たことないくせに……」


 ショウがぼそっと呟いたが、雷斗は気にせず、パーカーのポケットから数珠じゅずを取り出した。

 オンハラナムマカなんちゃらかんちゃら、ネットで聞きかじった経文を適当に唱え、ばっと両手を広げて呼びかける。


「この地に眠る魂よー。未練があるならオレが聞いてやるぞー、だから姿を現したまえー!」

「幽霊だってカウンセリングの相手くらい選びますよ」

「さあさあ、遠慮せず出てこいよー。今夜は霊能中学生ライト様の特別出張スペシャルだからなー。聞かせてみせなさーい、Youユーはどうしてあの世へっ」


 ショウの突っ込みを無視して雷斗が叫び続けていると、出し抜けに、びゅうっと冷たい風が池のほうから吹き抜けた。


「うおっ!?」


 雷斗が思わず顔の前で腕を構えた――次の瞬間。


《《わたしを呼んだのはキミ?》》


 ぞくりと心臓を射竦いすくめるような声が、風に乗って雷斗の耳に届いた。


「っ!?」


 咄嗟にキョロキョロと周囲を見渡す。ショウがぽかんとした顔でミラホを構えている。


《《聞こえるんだね。わたしの声が》》


 知らない女の声だった。どこから聞こえているのかも分からない、しかし確実に意識の奥底に響いてくる、りんとした声だった。


「だ、誰だ!? 誰かいるのか!?」

「ライト君、何やってるんですか」

「聞こえるだろ!? ヘンな声が!」

「コワイこと言わないでくださいよぉ。こ、声なんか聞こえませんよ!」


《《やっと出会えた――わたしの宿主やどぬしに相応しい人に――》》


「ひぃっ!」


 再び吹き付ける風に、雷斗はたちまち尻餅をついた。雲の合間から差し込む月の光に照らされて、雷斗のすぐ目の前に、が立っていた。


「で、ででで、出っ――」


 それは紫の着物を纏った女だった。雪のような肌に、黒檀こくたんのような髪、絶世の美女という表現がぴったり当てはまる容貌。

 腰まで届く長髪を風に揺らし、その美女は、見ているだけで魂まで抜かれそうな漆黒の眼光を雷斗に向けてきた。


《《これでまた、――》》


「出たアァァァッ!!」


 腹の底から叫んだ声を最後に、雷斗は気を失った。

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