第1章 前兆-4
中学生がやるべきこととして、勉強が最も重要なことであるならば、逆に言えば、それさえ済ませておけば、やりたいことをやっていたとしても、他者からあれこれ言われにくくなると言うことでもある。
勉強以外でも、部活動やボランティア活動なども中学生には避けて通ることが難しいものではあるが、それらでも一定以上の成果を上げていれば、勉強だけ頑張っているよりも、さらに自由に振る舞いやすくなる。
授業中は予習の成果を発揮しつつ真面目に授業を受ける。
宿題なども、期限内に求められるクオリティ以上のものを提出する。
各種テストでも全科目満点を維持し続ける。
部活動でも他のメンバーを率いてコンクールで金賞を獲る。
ボランティア活動でも各方面から感謝状を贈られる程の実績を残す。
そう言ったことの積み重ねで、ついには大臣から表彰される。
これだけやれば、好き放題に振る舞っていてもあれこれ言われることはほとんどない。
つまり、私は〝中学生としてやるべきこと〟を、通常求められるよりも遙かに高いレベルで済ませてしまっているため、誰に遠慮することもなく、やりたいときにやりたいことをやれるだけの自由を手に入れているのだ。
こう言うと、中には「だったら授業なんかサボって、適当に内職でもしていればいいんじゃないか?」と思う人もいるかもしれない。だが、考えてみて欲しい。言うまでもないが、授業時間と言うのは授業を受けるための時間である。そんな時間に内職と称して他のことをしたり、居眠りをしたりと、授業とは無関係なことをするのは、非効率的ではないだろうか?
授業時間が授業を受けるための時間である以上、無関係なことをしているのが見つかった場合は何らかのペナルティを受けることになるし、それを避けるためにこっそりと行動するのであれば、その行動を堂々と行う場合に比べて格段に能率が落ちる。何よりも授業内容が頭に入ってこないから、本来であれば自由に使えるはずだった時間を潰して、内容を学び直す必要がある。これを非効率と言わずして何と言うのか。
そう言うことをする連中は、「勉強が嫌いだから授業に身が入らない」と言う。だが、勉強をするしかない時間である授業時間を無駄遣いし、勉強以外のこともやれる休み時間等に必死でノートを書き写したり補習を受けたりしている姿を見ると、「こいつら、本当は勉強が大好きなのでは……?」と思ってしまう。
本当に勉強が嫌いなのであれば、授業時間以外は勉強をしなくても良いように、授業中は全力で授業を受け、授業中に全ての勉強を終わらせてしまう方が良い。そうすれば、授業時間外に堂々と好きなことをやれる。
それはそうと、授業とは座学で行われるものばかりではなく、実技が伴うものも多い。
私は実技系科目でも好成績を収めているが、いかんせん小柄(医学的にも低身長とされる範囲)なので、体育のような体格差による影響が出やすい科目は不利と言える。
だが、運動能力は体格だけで決まるものではない。体格的に恵まれていなくとも、その分を知力でカバーすれば、競技会などで勝てるほどではないにしても、それなりの記録を出すことはできる。例えば走りに関する競技では、短距離にせよ長距離にせよ、フォームやトレーニング方法、ペース配分などを工夫することで記録の向上が見込める。
今日の体育は五十メートル走の記録計測だったので、そういった知識を総動員した。
記録は八秒ジャスト。中二女子の平均記録は八秒台半ば辺りらしいので、充分すぎる結果と言えるだろう。
自分の順番は済んだが、全員の計測が終わるまではまだ少し時間が掛かる。それまでの間、ただ待っているのも手持ち無沙汰なので、適当にストレッチでもしていようかと思った瞬間、今までと比較にならない程の強烈なめまいに襲われ、たまらずにその場に座り込んでしまった。
異変に気付いた体育教師が慌てて駆けつける。
「染井さん、どうしたの? 貧血?」
「いえ、ちょっとめまいがしただけなので……少しじっとしていれば治まると思います……」
「めまい? それは軽く見ない方が良いわよ? 休むなら保健室へ行って休ませてもらいなさい」
「ほんと大したことないので……今朝から何度か起きてますが、すぐに治まってますし……」
「今朝から何度も起きてるならなおさら保健室へ行きなさい。保健委員! 染井さんを保健室へ連れてってあげて!」
あまり大ごとにしたくなかったが、ここまで言われては仕方がないので、私は保健委員に付き添われつつ保健室へ向かった。
保健室では体温や脈拍、血圧などを測られつつ、今朝から起きていた不調の説明の他、昨夜の夜更かしが原因かもしれないことを保健室の先生に伝えた。
夜更かしについては厳重な注意を受けたが、体温などに特に異常が見られなかったため、疲労が原因の可能性が高い、とのことで、しばらくベッドで休むことになった。夜更かしした割に特に眠気などはなかったが、それでもそれなりの疲れがあったからか、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
しばらくそのまま眠っていたが、チャイムの音で目が覚めた。何時間目のものか気になったが、ベッドの周囲に掛けられたカーテンに遮られて時計が見えない。なので、カーテンを開けて時計を見よう、と思って身体を起こした。
その途端、またしても世界が揺らぐと同時に、側頭部に脈動するような痛みを感じた。今までと違い、しばらく休んでいたのにめまいが治まっていない。しかも、朝起きたときに発生していた頭痛までもが再発している。
ここまで頭痛やめまいがしつこく残るとは思っていなかったので、鎮痛剤は持ってきていなかったし、保健室にもそのような薬の準備はない。
状況を保健室の先生に相談すると、今日はもう早退して、家で薬を飲んで休むか、万全を期すなら医者に診てもらった方が良い、と言われたので、それに従うことにした。
頭痛やめまいをこらえつつ、保健室にある端末を借りて早退の手続きを済ませ、ついでに各所に指示を残す。私が早退しても学校の業務や部活動などに影響が出ないよう、手はずを整えておく(私は生徒会長だけではなく、吹奏楽部の副部長も兼任しているが、こちらでも実質的に最高権力者の立場にいるのだ)。
時刻は四時間目の途中だったので、終わりのチャイムを待って教室に戻った。
教室では既に給食の準備が始まっており、慌ただしい雰囲気になっていた。担任やクラスメイトに状況を説明し、早退するために荷物をまとめる。通り魔の件があるので、担任やクラスメイトの何人かが付き添いを申し出てくれたが、せっかくの給食や昼休みの時間を潰させるのも申し訳ないし、昼間なら人目もあるだろうから、と言う理由で断った。
体操着のまま下校しようかとも思ったが、その場合は制服をスポーツバッグに押し込むことになる。そんなことをして型崩れしたり、変なシワが付いたりしても嫌なので、着替えてから帰ることにした。
とは言え、教室は給食の準備中だし、体育前後の準備時間と違って男子もいるので、教室では着替えられない。なので、一度保健室に戻って、そこで着替えさせてもらうことにした。
そのことを保健の先生に申し出たところ、快く了承してくれたので、ベッド周囲のカーテンを目隠しとして使って着替えを済ませる。
放送委員による昼の放送が始まり、さらに賑やかさを増した校舎をあとに、私は下校した。
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