第1章 前兆-3
私が通う中学校は家から徒歩十分程度で通える公立学校で、朝礼の開始時刻が八時半だから、本来なら八時過ぎに家を出ても余裕で間に合う。
私が一般的な生徒であれば、おそらく遅刻にならないギリギリの時間まで、家でテレビを見るなりゲームをするなりして時間を潰していたと思う。
だが、私は生徒会長として校内の全権を握る最高権力者であり、同時に最高責任者でもある。そのため、通り魔事件の影響で、対処すべき案件が大幅に増えている。その一方で、下校時間の刻限が早められているため、早めに登校して、授業が始まる前までにできるだけ多くの案件を処理しておかなければならないのだ。
なお、「漫画やラノベじゃあるまいし、生徒会長が校内の全権を握っている、なんてありえないだろ」と思う人もいると思うので、補足をしておく。
私は小学四年生の時に受けた学力テストで全科目満点を取って以降、同様のテストで毎回全科目満点・全国一位の成績を維持し続けている。
課外活動は小中通して吹奏楽系のクラブ・部活に所属し、小五の時から指揮者を務め、全国コンクールでは小六の時に銀賞、中一では金賞を受賞させている。
さらに、趣味でやっているピアノやヴァイオリンでもコンクールで何度も優勝しているほか、演奏技術を生かしたボランティア活動を積極的に行い、各方面から感謝状を贈られる、など、好評を得ていた。
そうした実績により、〝模範的な優等生〟として大臣表彰を受けるに至った。
その際、副賞として、「影響範囲が自分の所属する学校内で、なおかつ学校教育に関連する要望に限り、ほぼ無条件で文科大臣による認可を得られる」特権を得たのである。
私はこの特権を生徒会長になるときに行使し、「教育制度改革の実験をするために、校内の全権を掌握したい」と言う要望を大臣に伝え、それが認可された。
そんな訳で、私は一生徒でありながら、生徒会長として校内の全権を握る最高権力者にして最高責任者の地位を得ることになったのである。
話を元に戻そう。
日中であれば生徒の声で満たされる校舎も、朝の七時頃では、生徒どころか教職員もおらず、ひっそりと静まり返っている。当然、出入り口は施錠されているが、私は校内における最高権力者なので、何の問題もなく校舎に入れる。
私が朝一番に登校しているのは、表向きには最高責任者の責務として、校内各所の点検や各種設備の始動など、安全で円滑な学校運営の準備をするため、としている。だが、本当は、誰もいない静かな校舎内で、自分だけの時間を堪能するのが目的である。
そうやって得た自分だけの時間で、いつもであれば図書室で読書をしたり、音楽室や体育館でピアノを弾いたりしている。職権濫用と言えば職権濫用なのだろうが、最低限、やるべきことはやっているので、現状、特に問題視はされていない。
そして、今はその時間を生徒会長としての職務遂行に充てているのは先に言ったとおりである(通常時でも生徒会長としての作業をしていることはあるので、非常時だけの特例措置、と言う訳ではない)。
生徒会長用のパソコンでグループウェアを起動し、処理すべきタスクを確認する。
その場で処理できるものは処理し、担当者に割り振るものはそれぞれの担当者へ回し、また、そう言ったものの中から各所へ共有した方が良い情報は共有し……と言う作業を行っていると、あっと言う間に時間は過ぎてゆき、時刻は八時に迫っていた。
時計を確認した私は、区切りの良いところで作業を切り上げ、引き継ぎの準備に掛かる。
いくら私が校内の全権を掌握しているとは言え、立場的には一生徒である以上、授業時間中は授業を受けねばならない。当然、その間は各種業務を行うことはできない。
この制約は、特に外部と連携して行う案件では大きな障害となる。企業や役所、その他各種施設の業務時間と学校の授業時間は大半が重なっている。なので、授業時間中のそういった案件は、校長をはじめとする教職員に処理してもらっているが、その際に私の意志が間違いなく反映されるように、引き継ぎを念入りに行う必要があるのだ。
準備した引き継ぎ資料をまとめ、生徒会室を出る。さすがにこの時間になると校舎内は登校してきた生徒たちでかなり賑やかになっている。廊下ですれ違ったクラスメイトや部活動の仲間と挨拶を交わしつつ校長室へ移動し、校長室で校長や学年主任などに対して業務の引き継ぎを行い、自分のクラスへ向かう。
教室で自分の席に着いて一息ついた瞬間、私は再びめまいに襲われた。
思わずふらついた私を見て、クラスメイトが声をかけてきた。
「どうしたよっしー、具合でも悪いん?」
「ん、ちょっとめまいがしてね……」
「めまい? それってヤバいんじゃ……?」
「昨夜、遅くまで夜更かししたから、たぶんそのせいだと思うけど、少しじっとしてれば治まるから大丈夫だと思う」
「そっか……あんまりひどくないようならいいけど。そう言えば、昨日見た動画でさ……」
例によってめまいは一過性のものですぐに治まったため、朝礼までの間、クラスメイトと他愛のないおしゃべりをして時間を潰した。
なお、言うまでもないが「よっしー」とは私のニックネームである。「よしの」だから「よっしー」と言う、極めてシンプルなニックネームだ。
チャイムが鳴って朝礼が始まり、出欠の確認と各種事項の伝達が行われる。そこでは、改めて通り魔事件に対する注意喚起もなされた。昨日の被害者がスポーツインストラクターだったこともあって、私が言うところの〝血気盛んな連中〟に釘を刺す内容となっていた(通り魔に関する情報を各クラスの担任に共有する際、朝礼等で注意喚起する場合は、無茶をしそうな連中に釘を刺すような言い方にしてください、と依頼しておいたので当然と言えば当然なのだが)。
朝礼が終わると教室は再び騒がしくなる。授業までの僅かな間に、やれることをやっておこう、と言う中に、クラスメイトとのおしゃべり、が含まれている生徒は多いようだ。
だが、そんな騒々しさもチャイムが鳴るまでである。幸い、私の学校では学級崩壊を起こしているクラスがないため、授業開始のチャイムが鳴るとスッと静かになる。
先にも言った通り、私は〝学習〟は好きだが〝勉強〟は嫌いだ。なので授業中はサボっている……のかと言えばそんなことはなく、むしろ真剣に授業を受けている。
予習もしていて、授業も真剣に受けて……と、行動だけを見ていれば、私が勉強嫌いだと思う人はいないだろう。むしろ、いかにも優等生らしい、勉強大好き人間だ、と思っている人が多いようだ。だが、何度も言うが、私は勉強が大嫌いだ。もっと細かく言うなら、他者から「勉強しなさい」と言われることが一番嫌いだ。根本的に、私は何者にも束縛されない自由な状態であることを望んでいるため、〝誰かから指図される〟と言うのが凄まじいストレスとなる。誰にも何も言われずに、やりたいことだけをしていたい、と言うのが私の根源的な願望なのである。
だが、世の中には〝やりたいこと〟の前に〝やるべきこと〟が存在する。そして、〝やるべきこと〟を済ませてからでなければ、〝やりたいこと〟ができないことも多い。
中学生である私の場合、〝やるべきこと〟のトップに来るものが勉強、と言うのは間違いないだろう。
そこが私の付け目である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます