第1章 前兆-2

 最初に伝えられたのは、昨日、新たな被害者が確認され、これで被害者は十二人目となった、と言うことだった。

 通り魔による十二人目の被害者、などと言うと、私の住んでいるエリアの治安がとてつもなく悪いように思われるかもしれないが、本来なら声掛け事案でさえめったに発生しない、至って平穏な住宅街だ(防犯メールも、せいぜい特殊詐欺に注意しましょう、程度のものが月に数件来る程度だった)。

 なので、連続通り魔事件の発生は、私たち地域住民にとってはまさしく青天の霹靂であった。

 事件の発覚後、直ちに専門家も交えて様々な対策が練られたが、そう言った対策など無意味、とでも言うかのように事件は起き続け、昨日もまた新たな被害者が出てしまった、と言う訳だ。


 今回の被害者は若い男性で、スポーツジムのインストラクターだったそうだ。被害者が働いていたジムの広報動画で、被害者が出演している部分がテレビで流れていたが、短く刈られた髪の毛、はち切れそうな筋肉、上下ともにピッチピチなスポーツウェア、使い込まれているスニーカー、そして爽やかな笑顔、と言う、いかにもスポーツマン、と言った風貌の人だった。

 様々なエクササイズのデモンストレーションをした後、重そうなダンベルを軽々と扱いながら、「あなたも身体を鍛える楽しみを味わってみませんか⁉」と言う言葉で締めていたので、実際にかなり鍛えていたのだと思う。

 普通に考えたら、「何でこんなパワフルな人が通り魔の被害者になるんだ?」と思うタイプの人である。だからこそテレビでの取り扱いが大きくなったのだろう。

 今回の被害者もそうだが、この通り魔事件は一般的な通り魔事件と比較して、異質な点が多かった。


 通り魔事件と言えば、ナイフのような刃物で通行人を無差別に襲って殺傷する……と言うものが一般的で、被害者が重傷を負ったり、最悪の場合死亡したりすることも珍しくない。だが、今回の通り魔事件の場合、被害者はいずれも発見時には極度の衰弱状態ではあったものの生命に別状はなく、数日から数週間程度の入院を要するとは言え、その後は問題なく社会生活に復帰できている。そのため、最初は事件ではなく、過労や病気などと思われており、事件として扱われるようになるまで少し時間が掛かった。

 極度の衰弱状態、と言うことで、何らかの薬物使用が疑われ、徹底的な調査が行われたが、現状では薬物等を使用した痕跡は見つかっていない。さらに、加害者によってつけられたと思われる外傷も特になく、加害者がどうやって被害者を衰弱させたのか、と言うことは、この事件での大きな謎となっている。


 また、既に十数人もの被害者が出ているにも関わらず、加害者に関する有効な目撃情報が一つも寄せられていない。被害者なら何か見ているのでは、と言うことで詳しい聴取が行われたようだが、誰一人として被害に遭った瞬間のことを覚えておらず、「普段通りに過ごしていたのに、気がついたら病院のベッドに寝かされていた」と言うような証言ばかりであった。これについては、衰弱させられた影響で記憶障害も起きていたのでは、と言われている。

 人間が駄目でも防犯カメラなら何か映っているのではないか、と言うことで、公設・私設問わず様々な防犯カメラの映像が徹底的にチェックされた。しかし、元々が平穏な住宅街で防犯カメラの設置台数が少なかったこともあり、犯行の瞬間はもちろん、不審な車両や人物などの姿も捉えられていなかったため、こちらの調査も現状では空振りとなっている。

 物証についても、犯行現場には加害者に繋がるような証拠は発見されていない。


 唯一、共通項として分かっているのは、「被害者が襲撃されたのは、屋外に一人でいるとき」と言うことだけである。なので、地域住民には「屋外に出るときは二人以上で行動すること。一人で行動せざるを得ない場合は、人目のないところは避けること」と言う呼びかけがなされている。だが、犯人などが不明な現状では、この呼びかけがどの程度有効なのかは未知数であるし、そもそもこの呼びかけ自体が「言うは易く行うは難し」の典型であり、「分かってはいるけど呼びかけを守れない」「守る気がない」人も少なからずいるようだ。


 目撃情報もなく、物証もなく、そもそも犯行方法が不明なため、過去に例がないほどに警察の捜査が難航しているらしい。そのせいもあって、最初の頃に言われていた「過労なのではないか」「何らかの病気なのではないか」と言う意見が再び注目を浴びているほか、「未知の自然現象なのでは」「一酸化炭素中毒や酸欠などのような事故なのでは」と言う声も増えてきているらしい。ただ、いずれの意見にしても決め手を欠き、例えば病気説の場合、被害者の血液等を検査しても特におかしな数値を示すようなものはなく、むしろ健康そのものであり、CTスキャンやMRIなどによって脳をはじめとする全身の組織を検査してみても、これと言った異常は見つかっていない。

 そのようなこともあって、一部では、「怨霊の仕業だ」とか、「某国による新兵器のテストだ」とか、「宇宙人による人体実験だ」などと言うような荒唐無稽な意見も出ていると言う。

 そんな感じに事件を伝えた後、アナウンサーによる「一刻も早い真相解明が望まれています」と言うありがちなコメントで通り魔事件についてのコーナーは終わり、番組は次の話題へと移っていった。


「スポーツジムのインストラクターか……被害者さんには悪いけど、これで血気盛んな連中が少し大人しくなってくれるといいんだけどなあ」

「そう言えば、一部の生徒が呼びかけを守ってくれなくて困る、って言ってたな」

「そうそう。あいつら、〝通り魔なんか怖くねえ! 返り討ちにしてやるぜ!〟とか言って、わざと単独行動しててさあ。今のところ襲われた奴はいないし、正直なところ、そいつらが仮に通り魔の被害者になっても自業自得、ご愁傷様、としか思わないけど、立場上そうも言えないからねえ……」

「生徒会長だもんね、由乃は」

「それも、実質的に校内の全権を握ってる立場だからね。権限が強い、ってことはそれだけ責任も大きいってことだから、普段はともかく、今みたいな異常事態だとやることが多くて正直しんどいんだよね……まあ、自ら望んでこの地位に就いた以上、投げ出すつもりもないけど」

「さすがの責任感だな」

「まあね。もちろん、非常事態、ってことで、人員は増やしてもらってるけど、今後もこの状態が続いたらどこまで持つか、さすがに予測できないなあ」

「いずれにせよ、この事件、早く解決して欲しいわね」

「警察も頑張ってるようだが、さっきテレビでも言ってたように、分からないことが多すぎて、正直お手上げ状態らしい。もうしばらく自分の身は自分で守るしかないようだな」

 そう言うと、父は席を立ち、食器洗いを始めた(我が家では、父が食器洗いを担当している)。

 母は食後のコーヒーを飲みつつ、テレビをそのまま見続けることにしたようだ。


 私は特に食事に関する役割分担がないので部屋に戻り、登校の準備をする。

 時刻はまだ七時前だが、私には早めに登校しなければならない事情があるため、手早く準備を整えて家を出た。

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