魔法陣の守護者

葛城マサカズ

第1話 魔法陣のある戦場

 「進め!進め!もっと早く!」

 頭に兜をかぶり、胴回りに甲冑を着込んだ騎兵の一群が草原を駆けている。

 騎兵の誰もが得物である槍や甲冑に返り血を浴びている。前衛を成す敵兵を蹴散らして突破したからだ。

 ここはガリアス王国とイングラル王国の軍勢が戦う戦場だ。走る騎兵はガリアス軍だ。

 ガリアス騎兵が焦る様に進むのはある役目を与えられているからだ。

 「敵魔法陣を蹂躙し、この戦いを有利に進める」

 役目は魔法陣と称する魔法使いが立つ場所だ。

 戦争に魔法が使われるようになってまだ五十年に満たない。だが、その威力は大砲や破城槌を越える。戦場の決定打として魔法使いは最も重要な位置にあった。

 それは攻撃目標としても一番に狙われる事も意味した。

 この時も前衛の敵歩兵を蹴散らし、敵軍の中へ騎兵は斬り込み魔法陣を目指していた。魔法陣はその所在を示すように紫の旗が立てられている。騎兵はその旗を目印に突き進む。

 「光っているな・・・早く片づけねえと」

 魔法陣を警護する歩兵の列に隠れて魔法使いは見えないが、魔法使いが呪文の詠唱をして魔法攻撃を行う準備をしている光は騎兵からも見えた。

 あの光が大きくなり、魔法攻撃が自軍へ向けて放たれると騎兵はここまで来た意味を失う。

 急がねばならないと誰もが自然と気が急く。

 「行け!突っ込め!」

 騎兵は魔法陣の警護部隊が放つ弓矢が降るのも構わず、魔法陣へ向けて突撃する。魔法陣警護部隊の歩兵は槍を真っ直ぐに構えて突撃に備える構えを示す。

 「蹴散らせ!蹂躙せよ!」

 並ぶ槍の切っ先よりも魔法攻撃が放たれる方が恐ろしい。騎兵は警護部隊を崩そうとかかる。その時だった。

 「立て!」

 警護部隊の背後から立ち上がる一列の兵達があった。

 「放て!」

 立ち上がった兵達は槍を構える歩兵の肩の上からマスケット銃の筒先を伸ばして撃った。

 「なんだと!?」

 騎兵は不意を突かれた。

 止める事ができない突撃を始めた瞬間にいきなり壁に当たったような衝撃を騎兵は受ける。後続の騎兵は倒された味方の騎兵に巻き込まれて倒れてしまったり、その場で止まってしまう。

 「いいぞ、突撃を挫いた!続けて撃て!」

 魔法陣の警護部隊を率いるベルトラン・ダウンズはマスケット銃の兵に射撃を続行させる。

 騎兵はまだ混乱から立ち直れず右往左往している。

 それのお陰でマスケット銃に弾と火薬を込める余裕があった。

 「敵騎兵が逃げて行くぞ」

 「やった!」

 騎兵は突撃の失敗と指揮を執っていた将の戦死により退却を始めた。マスケット銃を撃った兵士を始め槍の兵士も歓声を上げる。

 歓声を上げる警護部隊の兵士達と違い、魔法使い達の緊張は高まる。

 詠唱は最後の段階に入っていたからだ。

 「ダウンズが敵を撃退しました」

 「宜しい」

 この陣の魔法使い達を束ねる魔女イザベル・シンクレアは副将であるバイロン・リスゴーから報告を受ける。リスゴーは魔術による遠目で戦況を見ての報告だ。

 「そろそろね。クロフォード公へ攻撃準備完了を伝えて」

 詠唱が終わりに近づき、魔法の力が満ちて魔法攻撃の準備が整いつつあるのを見たシンクレアはリスゴーへ命じた。

 リスゴーはこのイングラル軍の総大将であるチャールズ・クロフォード公爵への伝達をする。しかし、クロフォード公爵へ直に伝える訳では無い。

 思念を伝える魔法でクロフォード公爵の傍に居る魔法使いへ送るのである。

 「クロフォード公から準備出来次第攻撃せよとの仰せ」

 「では、始めましょうか。アーキン、ソロウ、放て!」

 シンクレアはまず、詠唱が終わり力を満たせた二人の魔法使いに攻撃をさせた。

 アーキンとソロウが放つ魔法攻撃は光の放水の様な形で敵陣であるガリアス軍へ向かう。その魔法攻撃はガリアス軍の魔法使いが魔法攻撃をぶつける事で防いだ。

 「続けてステイシー、ヘザー、ホーウッド、撃て!」

 シンクレアは魔法攻撃を続ける。これもガリアス軍の魔法使いによって防がれた。

 だが、シンクレアの表情は変わらず自信に満ちている。

 魔法攻撃の撃ち合いは会戦ではよくある展開だ。問題はこの撃ち合いでどこまで耐えられるかだ。

 「前衛がまた敵とやり合っているな」

 ダウンズは頭上で展開する魔力のぶつけ合いではなく、目の前で展開する地上戦に注意を向ける。両軍の魔法陣同士が撃ち合うのは、どちらかの魔法陣が潰れるまで行われる。

 それまで歩兵や騎兵・砲兵は黙って待つ訳では無い。

 魔法陣が敵の魔法陣に注意を向けている間に軍の主力は魔法無しで戦いを続ける。

 この主力同士の戦いで敵を崩し、魔法陣へ直接攻撃できるようにする。または敵軍主力を敗走させて魔法抜きでの勝利を目指してもいる。

 今だ魔法使いが戦場で重用されるのを快く思わない貴族や尚武の者は意地でも魔法無しでの勝利を目指して、魔法陣同士が魔力のぶつけ合いの時に決戦をかけようとする。

 そんな理由から魔法陣を守るダウンズにとっては自分の戦いはまだこれからなのである。

 「ダウンズ様、シンクレア様から伝言です。陣の防衛を厳にされたし」

 ダウンズの傍にはシンクレアから伝令役として来ている少年の魔法使いクリフが居る。これはお互いの連絡を出来るようにとシンクレアの考えからだ。

 「了解した」

 ダウンズはここで「お守りしますのでご安心を」と言う飾った事は言わない。

 鼻息の荒い尚武の貴族とは違う。圧倒的な力がある魔法使いを前に大言壮語は憚られたからだ。

 また、こうしてシンクレアが伝言をする時は魔法陣の魔力対決が最終段階に来ているのが分かっているからだ。シンクレアはこの会戦の決着をつけようとしている。

 「シンクレア様、敵魔法陣へ着弾しました」

 リスゴーは遠目で敵魔法陣にこちらからの魔法攻撃が直撃ししたのを確認した。

 もはや敵の魔法陣は撃ち返す力が尽きようとしていた。

 「では、止めと行きましょう」

 シンクレアは来ているローブを脱ぎ、速読で詠唱を始める。

 速読の詠唱に合わせてシンクレアの前に大きな光の球が形成され、火花が散って魔力が急速に満たされて行く。

 その間にシンクレアの配下にある魔法使い達はガリアス軍の魔法陣を潰しにかかる。

 通常の詠唱の速さの三分の一の時で作られたシンクレアの魔力攻撃はガリアス軍の主力部隊へ投げ込まれた。

 ガリアス軍の魔法陣の魔法使いは全滅を避けるべく退却を始めていた。魔法使いは貴重な戦力である。使い潰せない。戦力回復の為に真っ先に後方へ下げられる。

 だから魔法陣が無い軍勢は傘を無くしたも同然になる。

 シンクレアが放った魔力の球はガリアス軍の主力部隊を文字通り吹き飛ばす。甲冑を着た兵士達が横へ上へ軽々と飛ばされた。

 その様はガリアス軍の士気を挫くには十分だった。

 「ガリアス軍の全軍が退却を始めました」

 リスゴーは遠目でガリアス軍の退却を確認した。

 崩壊した主力は兵がバラバラになっていたが、他の隊はかろうじて指揮する騎士が兵を掌握して整然と動いている。

 「クロフォード公より伝言、追撃は我らに任されたい」

 リスゴーは総大将からの伝言をシンクレアに伝える。

 「クロフォード公へ承知したと伝えて、それと皆に休むようにと」

 シンクレアはクロフォード公爵が自分の配下に追撃で手柄を立てさせたいのだと理解できた。だから自分の配下へ休む様に言ったのだ。

 「勝ったわ。私のお陰で」

 シンクレアは笑みを浮かべこの会戦での自分の戦いぶりに満足した。

 「よし、戦は終わりだ。いつでも撤収できるようにしておけ」

 ダウンズは追撃戦に移り、会戦が自軍の勝利に終わったと分かると撤収の準備を命じる。魔法陣の警護部隊にとっての戦いも終わったからだ。

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