第395話 月刊ミウムとキノコ村
9月30日(光曜日)
ナレスでのBBQ翌日。
朝食を食べ別荘を出た俺達は大公様の馬車で帰る。馬車の中ではお爺様とお婆さま、リズと小さなが抜けたアルとで話が弾む。他の家族は第三王子をアルトンと呼び捨てるが、大公夫妻はアルと愛称で呼ぶ。この旅行でも家族の前では大公様に終始小さいアルと呼ばれていたがこの時だけ抜けた。
実は偽アル(影武者)の小さいアルの名付け親は大公様だ。
ナレス王宮で昼を取ってリズとメルデスに帰ると、すぐにナレスで出会った盗賊を狩りに行きナノさんの元に連れて帰る、まだ13万人以上の海賊がひしめく衛星都市マリンは大変な状態だ。
冒険号でナレスのデザートを観測してもらうのは忘れない。アルムハウスに跳んでナレスから帰ったとPTに詫びを入れ牛乳アイスのオレンジソース掛けを出してもらった。
「ヤギ乳と変わらないわね?」
感想を言うクルムさんだがヤギも牛も乳の成分そんなに変わんないんだよ。地球では同じウシ科だったしソースの味付け次第でそうなるさ(笑)
今日は光曜日でエルフ姉妹も休んでるけど俺は更生村へ出かけた。正直光曜日も14時から自由になったってする事ねぇよ。する事無いなら更生村やっとけだ。
昨日の土曜日も俺が休んでるのにPTは更生村を作ってくれてるんだよ。申し訳なくてBBQ帰りの俺が一緒に休めない。
焦り気味でガンガンと更生村を作って行く。
焦り気味と言うのも予定が目白押しなのを昨日の晩の交換会話でコアさんに念を押されたのだ。
・10月1日。明日の風曜日はクランの面接。
結核セロンズ、マリアンナ夫婦とキツネ獣人のマルとインダの2位昇位祝いにミスリル剣を贈ろうと思ってる。何度も大倉庫から取って来ようと思いながら忘れていたのを交感会話で指摘された。
・治癒士3人の奉仕活動も2か月経つ。そろそろ贖罪後の身の振り方を聞かなくちゃならない。生まれ育った国に親が居たり兄妹がいるかもしんない。そのままコルアーノに移住じゃ蒸発したのと一緒だ。はいそうですかと受け入れるほど簡単なものじゃない。
・10月の上旬にはハーヴェスから第一便の造船所の資材や本を積んだ魔動帆船が6隻来る。
・そして10月13日~14日が収穫祭で12日雷曜日の晩から開幕の花火が上がる。
・同じく10月14日(光曜日)はワールスからの第二回移民船団が出航する。その2~3週間後にサント、ハムナイから移民船団が出て三国からの移民は休止となる。以後は神教国移民センターは賛同国に移って他の国からの移民を受け入れて行く。
賛同国とは現在7か国に予定されている銀行の建設国を指す。これは三外相と宮殿のコアさんで進めてる移民計画で俺は部外者だ。元々俺が居なくても回るように国を作っているから意味無く計画にタッチはしない。
ただし賛同国への銀行設置は俺の役目だ。12月の期限までに銀行施設を設置し、あと三カ月で建設し新年までに稼働する契約を交わしている。
・11月に入ると1年以上を掛けて完成予定のシズン教国の大陸間交易路か開通する。それに合わせて大陸間交易路優先で教国にも銀行の設置を行う。シズンに次いでシーズ教国とパリス教国、ミン国の大陸間交易路が順次出来る予定だ。
忙しいけれど全ての計画は初回の道筋を俺が付ける。以後はコアさんや各教国が独立して動くから最初の一手を軌道に乗せるまでが俺の仕事。コアさんに言われた予定を頭の中で整理しながらもポコポコ作る春の更生村かな。
(タナウスは南半球で現在9月から11月までが春、12月から2月までが夏:神都は亜熱帯なので日本の様な明確な四季は無い)
北島(ヘブン島※)の海に沈む夕日がきれいだ。
※更生村のある島。
・・・・
時は少し戻る。
9月26日(水曜日)にメルデスを出た月刊ミウムの一行。
コルアーノ王国地図(ミウム辺境伯領参照)
https://www.pixiv.net/artworks/100819215
最初の一日はダウドが騎馬、ポッティが貴族馬車。休憩にはポッティは座ってお茶だがダウドは馬の世話でお茶に呼ばれたらポッティの休憩する輪の中に行くだけだった。粛々とケルンまでの護衛を務めた。
その日の晩はポッティ、メイドのリンダ、ダウドがケルンの貴族宿に泊まり使用人(記者と絵師)は平民宿に泊った。
27日(木曜日)
夕方にはミウム領都に到着し、記者と絵師、メイドのリンダはミウムの自宅に一時戻り、ダウドだけが領都のポッティ邸に招かれて逗留した。
他国の伯爵家の男を自宅に招いたポッティ。
ここではダウドとポッティの差し向かいの夕食。二人は互いの異国の成り立ちや説明の話に終始した。エントランスで招いたダウドを紹介された使用人達はキター!と浮足立ったが食事の話題を聞いて祝賀ムードは轟沈した。地元ミウム料理を前に男女の会話としてはぎこちない二人。素性は知れてもまだ二日目でお互いに距離感が掴めて無かった。
9月28日(雷曜日)
ミラン男爵領に向かう三日目は少し違った。
ポッティに招かれた事で親近感が生まれた。道中の馬の世話など16歳から20年もしておらず慣れなかったが、二日過ごした白馬も三日目になると世話をするダウドに気を許して甘えるようになった。そんなダウドも二日の道中で馬の性格や世話にも慣れたのだ。
三日目にはダウドの馬の世話が格段に早くなりポッティ達の休憩の輪に入るのが少しずつ長くなった。休憩時にお互いの体験談を面白可笑しく話すうちに休憩時間が少しずつ伸びる様になった。それは貴族同士の会話である。使用人である記者のカールとベン、絵師のカップとメイドのリンダは相槌を打って話の腰を折らない。
月刊ミウム一行の会話はたわいのない物だった。ダウドが街道に点在する休憩所や野営場所のかまどや街路灯に一々感心して何カ国も旅したがこの様な物は初めて見た!と目を輝かせて讃える。
時には隊商護衛もやったダウドだ。雨除けの小屋には馬屋まで作ってあり、かまどや街路灯が常備された野営場所を見てどれほど凄い事なのか身振り手振りで雨の野営の大変さを解説するのだ。
ポッティは余程じゃ無いと野営などしない。しても馬車で寝るから雨など関係ない。興味津々に他国の野営の話に聞き入り、褒められる父の治政が出れば話も弾む。
なるほど、なるほど!と休憩場所や野営場所を見て回る姿は好奇心のまま何も隠さずダウドの人柄を出していた。刺客を絶えず意識する生活から解放された自由がそこにあった。
三日目の晩はミラン男爵領の貴族宿と平民宿泊まりだ。
9月29日(土曜日)
四日目も月刊ミウムの一行は休憩や昼食で楽しい時間を過ごして15時過ぎに最初の目的地ルーツの街に着いた。
ダウドも街道の先に初めて見る変な開門村があった。ミウムもミランにもある開門村だが、開門時間は商人の税の列に立ち止まらず貴族門で素通りするからダウドも思い巡らす時間も無くそれを知らなかった。今までのそれは閉門時に隊商や旅人が利用する仮の宿で開門中は誰もいない四角い箱だったからだ。
しかしルーツの開門村には人が沢山いたのである。
御者窓からポッティ様見えて来ました!と御者に聞き、ポッティは馬車の跳ね上げ窓から顔を出しすごいわ!と興奮して声を上げた。ダウドも人が出入りするそれを見て騎乗したまま目を疑った。
色とりどりのキノコの家が街道の両脇に並んでいるのだ。黄色、赤、青、緑、オレンジやピンク。キノコはキノコだがキノコの形をしてるだけで本物とは程遠いパステルカラーのデザイン。しかし何故かワクワクが止まらない親しみのあるフォルムのとても太ったキノコが並ぶ。
マリオのキノコを初めて見ると皆がそうなる。
キノコの家の中はカラフルだ。机も椅子も全部キノコ、机は平たい円机でベニテングタケかもしれない。あえて言おう、椅子はキノピオだ。リビングに置かれるベッドは荷物置きなのだがデフォルメされた森の白雪姫が使ってそうな優しく素朴な木のベッド。
どれ程アルが抗ホルモン丸薬の副作用に酔っていたか分かろう。開門村と言うより郊外のシンデレラ城の様な異世界がそこに出来ていた。
この開門村はその時大盛況。まだ明るい15時にも関わらず街道の両脇にある80軒のキノコの家は40軒が埋まっていた。その内20軒は旅人が話のタネに泊まり、後の20軒は横に広がる大森林を採取や狩場にするPTだった。かまどもS.Aも風呂もあり、冒険者宿とは比べようもないほどセット割で安いから冒険者の良いベースキャンプになっている。
ポッティは大声でカールとベンに矢継ぎ早に指示を出して取材一行のキノコの家を色違いで三軒押さえた。女の子が夢想する夢の家なのだからポッティがエキサイトするのも仕方が無い。
絵師にキノコが立ち並ぶ街道風景を描かせた。大きなキノコの家の前に立つ月刊ミウム編集長とバックに冒険者達を描かせた。
興奮も収まりキノコの品定めを行った後、黄色い傘のキノコの家(6人部屋)を選んでポッティとメイド。オレンジの傘のキノコに記者のカールとベンと絵師のカップ。青い傘のキノコにダウド1名の三軒に荷物と馬車を入れて宿泊準備。
食事はどうせだからとルーツ名物というキノコやうさぎや山菜を大森林で採取した。ミウム辺境伯家令嬢のポッティにとって大森林での食材調達など有り得ない体験でコラム欄が一つ埋まるほど興奮した。(ダウドが追い込んだ野うさぎ三匹をポッティがウインドカッターで首を刎ね飛ばし、その場でポッティがピョンピョン跳ぶほど喜んだ)
ルーツのキノコは御馳走だとメイドのリンダが大喜びでキノコの家の前のかまどで夕食を作る。ダウドはうさぎの内臓を抜いて香草を挟んで塩コショウでソテーを作り、細かく切った端肉をメイドの作るキノコシチューに入れ込んだ。
夕食が出来るまでポッティは旅行記に合わせて取材記事を書いている。たまに絵師を呼び出し、描き足しを指示したりキノコの傘を示唆する秋の深まる木イチゴの赤、遥かに高い蒼天の青などと色のイメージを口ずさんでペンを走らせる。
閉門してからは街路灯に照らされるキノコ村。そこには露店がポツポツと並び酒やキノコの串焼きなどを売る。深夜になるまで静まる事無く次々と旅人や隊商が到着した。さながら縁日の様に賑やかな開門村になっていた。
食事後はS.Aで風呂を使い、入浴後はキノコ村に出ている露店のツマミで杯を交わして秋の夜長を夜遅くまで語らった。
9月30日(光曜日)
朝陽がキノコの家を照らし出した頃、ポッティは起きて驚いた。
最初ポッティは自分の泊るキノコの家の前で酔っ払いが倒れてると思った。それは余りにもパステルなキノコの家とミスマッチな景観だったのだ。
入り口の横の窓から見える男の足。キノコの傘の寝台から恐る恐る眺めてそれがダウドだと気が付いた。ダウドが外に転がっていた。
「!」
寝台の梯子を降りて扉を開けようと近付くとダウドが起きた。ダウドが起きるや否やポッティは外開きの扉をバン!と開けた。
扉の横の窓下に寄り掛かり足を投げ出すダウドのだらしない姿を見て思わずポッティは叱った。
#「ダウド!何やってるの、恥ずかしい!酔っぱらってるの?」
怒るポッティにダウドは憮然として言い返した。
#「ここの冒険者がいつ盗賊になるか分からんぞ!」
「え!盗賊?」
目を見開いてキョトンと驚くポッティにダウドは笑って言った。
「これは平民の宿で貴族用じゃ無いんですよ(笑)」
すでに開門村の意味を深く理解したダウドだった。貴族は貴族門で昼夜関係なく街の貴族宿に泊るからである。護衛のダウドは昨夜酒を飲みながらも前の道を通る者を注視していた。その中の執政官や武官は閉じられた門の通用門から街に消えるのを見ていた。
「・・・」
「ここを通る者全てがその馬車を見てます(笑)」
ポッティは車庫の貴族馬車をまじまじと見た。
次に街道に並ぶ者たちを見た。開門した入領税の順番を待つ凄い数の隊商といかつい護衛の冒険者たちがそこにいた。見回すとほとんどの冒険者と目があった。胸を強調したドレスでバインバインの女がいたら目の保養をするに決まっている。
旅人も商人も冒険者も全てが帯剣した武装集団だった。
「・・・」ポッティが息を呑む。
街道に並んだ者を横目にダウドが言った。
「人目のある昼間は大人しいですがね(笑)」
「ダウド、ありがとう!(笑)」
「護衛ですから(笑)」
それは20年間刺客を警戒した男の言葉だった。
ポッティはその日初めて家族以外に怒られた。しかし、そのまま受け入れた自分には気が付かなかった。ミウム家の末娘であるがゆえに可愛がられ、怒られた回数が少な過ぎた。
ダウドはダウドで思う所があった。
子供の頃にだらしない格好や食事マナーを「ダウド!何やってるの、だらしない!」と母に怒られたのを二十年ぶりに思い出して苦笑いしたのだ。20歳を過ぎるまで師匠や兄弟子に怒られるのはだらしない格好やマナーでは無く心の荒廃や集中を乱す精神面を怒られていた。野の武人は格好など二の次だ。
・・・・
夜明けに皆が身支度して食事の用意をする中、メイドのリンダに呼ばれるまでダウドは寝た。起き出すとスープの入ったコップを厩舎の水場に置いて、パンと干し肉をムシャムシャ食べながら白馬の世話をする。
月刊ミウムの一行は食事しながら馬の世話を焼くダウドをどんな貴族やねん!と思ったし、ポッティは食事やお茶の会話もしようとせず、馬におやつをやるのを優先する無茶苦茶な貴族を見て顔をしかめた。
ダウドにとっては何の特別な事でも無かった。旅の支度を優先するのは当然だったし、自身がお茶の会話で一行と笑う時間があるなら馬の機嫌を取った方が良いからだ。食事が出来るまで寝たのもちゃんと一行に断ったし自身の行動が変とも思って無い。
むしろ食事までの1時間ほどの睡眠を取った事で体調を万全にしていた。20年の逃避行で眠りが浅い上に危機感知をダウドは持っている。アルムが面白半分に襲って手に入れたアルの危機感知ではない。生と死の狭間を潜り抜けて手に入れた恩寵で不特定の者が近付くだけでチリチリと危険を感知するダウド。浅く眠るのは師匠を守るいつもの事だった。
※アルムが襲っても刺客が襲っても危機感知の恩寵に変わりはありません。面白おかしく手に入れたアルを揶揄してます。
9月30日(光曜日)五日目の夕方。
その日の宿泊はホルンの樹の開門村だった。
樹の開門村は三階建てである。ホルンの街周辺には大きな樹齢4000年はあろうかという有名な大木があった。その周辺もそれに負けじと立派な大木が並び立つ。その様な大木の下には一面に葉が積もり独特の荘厳な雰囲気を醸し出す。
絵師カップが夕焼け迫る風景を描く間、ポッティはこの荘厳な森の由来を門の守備隊員から聞いて速記する。双月が満ちる夜には枯葉の絨毯で妖精(オーブと呼ばれる燐光の球)が舞うのを見る旅人が後を絶たないと言う。
カップの描く風情豊かな絵を覗き込んでダウドは舌を巻いた。10種類ほどの木炭で描き込んで行く木炭画に心が吸い込まれた。輪郭、濃淡、木の吐き出す
16歳で旅に出たダウドには絵や音楽の芸術に触れた事など無いに等しかった。剣に魅入られ王都学校では同級生の誰も敵わぬ暴れん坊だったからだ。絵と言えば邸宅の肖像画と風景画しか知らない。
木炭画にすると荘厳な風景と樹の開門村が見事に溶け合うのが良く分かった。明らかにホルンの特色を生かした樹の開門村だった。
ここでは一軒を借りて一階にカールとベンとカップ、二階にダウド、三階にポッティとメイドのリンダで泊った。一行は夜が更けるまでカップの書いた木炭画の感想を出し合ってワインを飲んで語らった。
10月1日(風曜日)
朝起きてポッティは笑った。
螺旋に作られた階段を降りようと見下ろした先にそれがあった。
三階に上がる階段を塞いでベッドがあり、ダウドが寝ていたから笑えた。そんな護衛は聞いた事が無い、ダウドが守ってくれているのが分かった。ダウドは階段を下るポッティの気配で剣を掴んで目を開けた。
「おはよう!ダウドさん(笑)」
「おはようございます、ポッティさん(笑)」
「顔が洗いたいわ、ベッドをどけて下さる?」
「はい、お待ちください」
その朝から一行は帰路の予定だったがポッティが言い出した。
「ここまで来たら次のランサンも寄りたいわ」
「ポッティ様、ランサンまでです?」
「冒険者学校も見たいのよ」
「そんな学校があるのです?」
「冒険者の職業技術を教える学校よ(笑)」
「職業技術学校・・・初めて聞きました」
「元々は7位の初級冒険者が5位や4位の中級冒険者になるまでの事故の防止と、それまで保護し教育した場合の領の経済効果ね。中級冒険者の層が厚くなれば冒険者は稼ぐし、領に入る税も流通する魔獣資源もバカにならないわよ?」
「なるほど(笑)」
「あくまで設立時のお題目よ? 実情は取材で分かるわ。学校を取材させて頂いて問題があるなら記事で取り上げて一つでも良くなるといいわよね?(笑)」
そこには領地を良くしたい女史の願いがこもっていた。
「先方の取材があるからランサンで二泊するわよ。朝からカールとベンも冒険者PTやギルドに取材だからね? 執政官事務所でランサンの税収の変遷も知りたいわね・・・。 あ!瓦版のスタッフにランサン名物や旬の食材も一緒に聞いておいて、それでコラムも一緒に書けるわ」
すでにランサン行きが決定していた。
メルデスの白夜城すら知らぬダウドは聞いた事も無い冒険者の学校に驚いた。ランサンに向かう道中でミウム領はこの国の冒険者の聖地だと教えてもらったぐらいだ。
取材旅行六日目。風曜日の晩、月刊ミウム一行はランサンの辺境伯別邸に到着した。客として逗留した一行は皆が気心も知れ、笑い声が絶えない豪華な夕食を過ごしていた。
※一般的に12歳の成人で7位冒険者になった者が武術試験を突破して5位の魔鉄級に上がるのは早くて17歳、遅くて21歳である。その年まで冒険者で生きている者は充分に危険を嗅ぎ分ける中級冒険者。護衛依頼は4位、3位PTが一般的。PTが人数合わせで5位を連れて行く事はある。
・・・・
時はメルデスに戻る。
10月1日(風曜日)
早めに終えたメンバーの面接の後、集会の前に結核セロンズ、マリアンナ夫婦とキツネ獣人のマルとインダ夫婦をクランハウスに呼んだ。
「四人共2位(金級)昇位おめでとう!今まで良く冒険者を鍛えてくれた。これはクランからの褒章だ。好きな剣を取ってくれ」
机にずらりと並べたミスリルの片手剣を手で示すが夫婦たちは生唾を飲んで動かない。
「鞘から抜かなきゃ分かんないぞ(笑) 正直、
ドワーフの業物と比べんなよ? そんなもんは褒章で出せねぇからな(笑) ド派手なの選んで見せびらかしても良し。掴んだその手で売りに行っても良し。自分で選んで好きにしろ。一振りずつクランからのお祝いでお前たちの剣になる」
聞き終わったセロンズが
「アル様、私はこれが気に入りました!」
「分った。そこのイコアに渡して集会を待て。皆の前で2位昇位の褒章品とする」
「ありがとうございます!」
セロンズはマリアンナに鞘に仕舞った片手剣を見せニコッとして
どれを選んでも業物と聞いたセロンズは一番気に入った装飾の剣を選んだ。皆も目利きは関係なく、どれ選んでも鑑定済みで切れ味が同等ならと自分の好みの剣を物色しだした。
値段で選んでちゃ命掛けられない。冒険者は己の剣と一緒に歩む、この世の剣は装飾品じゃない。
~~~~
7時10分から始まったクラン雷鳴の月一集会。
イコアが2位褒章の後に言った。
「今の褒章に付いてアル様の言葉を皆に伝える」
「褒章は俺の気持ちだ。雷鳴の2位教官にはタッカート、ギース、ジェイン、ラウムとシーズの夫婦もルウもメリンダもいる。うちの2位教官はよそで成し遂げ実績を引っ提げて雷鳴に来ている。ルウもメリンダも高難度クエストを指名依頼される2位PTの出身だ。
そんな七人の2位教官は全員業物を持っている。そこに今回セロンズ、マリアンナ夫婦とマルとインダ夫婦が2位教官に加わった。四人はこのクランで成し遂げたゴールドプレートだ。知っての通り雷鳴は安定の俸給制だ、ボーナスクエストや武功の褒章でドカンと大きく稼ぐ事は無い。だから他の2位教官が持つ業物と遜色ないミスリル剣を褒章に与えるとの事だ。アル様は期待しておられる、四人を含め皆は以後も精進する様に」
・・・・
そんな中、俺はクランハウスの応接で三人の治癒士の意思を確認していた。
「そんな感じで帰国できる身になると思う。メルデスに移住したいという意思はベルから聞いた。それは自由だ。ただし、このまま移住するとロドンの治癒士ギルドではクエスト最中の失踪扱いか死亡裁定だろう。一旦国に帰って家族なり兄妹にこれからの身の振り方を話してからでも良いと思うんだよ」
三人は頷きながら真剣に聞いている。
「奴隷船捜索クエストを受けて、実際は人間狩りの奴隷船だった事をギルドに訴え、神教国に捕まった経緯と罪を贖罪した自由の身である事を堂々と治癒士ギルドに報告するんだ。その証明は贖罪が終われば神教国が出すはずだ」
「神教国はあの悲惨な人間狩りを絶対許さない。お前たちもアレを実際見たはずだ、裁判にも掛かったな? 書面を伝い見たロドン王国が怒って神教国と喧嘩するかはお前たちとは関係ない。神教国はハーヴェス帝国と友好関係だからロドンも黙ると思うがな(笑)
贖罪のボランティアは8月9日から11月8日までだな? 1か月後に贖罪を終えた時の身の振り方をそれぞれが真剣に考えて欲しい。これも縁だ、ロドンで身辺を整理した後ならS.Aや銀行や街路灯があって進んだ街に住みたいと言う希望は沿う様にしよう」
三人を視て最後に締める。
「何も今までの延長線で治癒士に凝り固まる事も無いぞ。人にはこうなりたいと願う夢がある、未来の希望や幸せを追い求めて皆が頑張ってそれぞれが人生を歩むんだ。良い機会と思って考えてみな(笑)
例えばうちは伯爵家だ。優秀な治癒士は領に欲しいだろうし、そんな治癒士は騎士団員も嫁に欲しがると思う。その気なら伯爵家が有望な貴族を紹介するようお爺様に話してやる。その気ならお貴族様になれるぞ(笑) まぁ人それぞれが目指す色んな幸せがあるんだ、この機会に考えてみな」
三人の治癒士は耳を傾けた。アルの言う事を噛み締めて一カ月先に迫る現実を見据えた。それは人がふと立ち止まって足元の小さな花に気付く様な心の変遷の時期だったのかもしれない。
奴隷狩りは生涯奴隷と聞かされた神教国の法廷。被疑者としての絶望は極限体験だった。治癒士で名を上げると安易に考えていた自分に喝が入った。冒険者ギルドで大銅貨六枚で編むLv1の光魔法や水魔法に損得など無かった。傷が治ったと大喜びして感謝してくれる冒険者を見る方が心が豊かになった。治癒士の経験値を稼ぐ目的が一番ではあったが、魔力を計算し割が良く稼げる回復クエスト(治癒士を戦地同行や期間駐在させたい依頼)をボードで見比べるロドン王国の生活が薄っぺらく感じるようになっていた。
アルは三人を視ていた。
言葉を投げかける事で生成されるイメージを視て、より自由な発想と具体的な将来展望を考える様に誘導していた。
・・・・
朝はメルデスで用事を済ませたアル。
更生村で吠える。
「うぉーりゃー!」石畳みがズドドドと出来ていく。
違う場所で作っている四人を労った後に一人になるとコレである。やってる最中にどうせ何かの連絡が入ると投げやりだ。
投げやりながらも精密に家を置く背では水場がスルスルと出来ている。道を作りながらも家の境界には60cm程の高さのアースウォールが生まれて行く。
「ヘブン島で思い知れー!」
好き勝手に叫びながら作っているが、海賊は思い知らない。平穏で無事な毎日を農村で暮らす事だろう。
「オラオラオラオラオラオラー!」
声はぞんざいだが納屋の前の狙った場所にピッタリとラウンドアバウトが寸部無く弧を描く。収穫物の荷降ろしした馬車がそのまま収穫に戻れるように作っている。
「アチョー!アチャー!アタァ、アチャアチャ!」
(アル。もう18時よ、帰るわよ!)
「はーい」
(クラン雷鳴を作る時に教官の就業時間と休日は)最初に決めた事だけど、9時から18時の就業時間は俺よりエルフ姉妹にキッチリ守られている。うちのPTはとてもホワイトな労働時間だ。
俺以外・・・orz
待ち構えている仕事には呼び出しも無かった。
※埋込型の相互通信機同士は直接通話。
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