第393話  縁の神託と旅装の勝負服


9月24日(風曜日)の晩。


明日はリズをナレスに送る夕方までPTで更生村を作るとセカちゃんに伝えて寝た。


寝て少しするとマルテン侯爵からの相互通信が入ったとコアさんの声が耳に響く。あっちは20時で時差は-2時間、だ。要件は俺がマルテン領の伯爵として貴族院に正式に許諾されたと王都駐在執政官より報告が届いたそうだ。


※在野の人材を召し抱える領地叙爵に、貴族院は基本的に異議は唱えない。例外として他国の貴族の領地叙爵(亡命)は王家の審問官(真偽官:恩寵持ち)や審議官(捜査官:重要機密の手土産)の詮議が必要。(戦争で大敗北をした指揮官クラスの貴族が囚われておめおめ国に帰れない場合に身代金を願わず側近を連れて亡命を望む時がある。そうする事で大敗北の責任を償い、最後まで戦った末の名誉の戦死として家名を息子に継がせる)


来年度のコルアーノ王国貴族名鑑(貴族名簿)にマルテン侯爵領のアルベルト・リンバス伯爵の名前が乗り、その貴族名鑑は来年にも隣国のナレス王国に届くとマルテン侯は上機嫌だ。(アルの肩書きは新規鉱山の代官)


その意味は、マルテン領にいるというロスレーン家廃嫡の三男の噂を事実とする事。思惑のある貴族から叙爵や縁談の打診が来る前に侯爵家に伯爵として叙爵され貴族院の耳に入る事が重要だった。


叙爵されたアルはマルテン侯爵家の家臣である事を王国貴族に宣言した事になる。


改めてマルテン候が言っていた意味を理解した。名目上は侯爵領の領地叙爵の伯爵級の貴族。大事な話は例え王家でもマルテン候を通すのが筋となる。アルは社交界の思惑から庇護された事を実感した。



・・・・


9月25日(火曜日)


更生村作りが5人の分業になった。わーい!

アルムさんクルムさんは現地に貼り付いて村を作って行く。エルフらしく草原や森や林や小川の河原でピクニックの様なお弁当を広げて村作りの場所を離れない。少し作っては用事に時間を取られる俺がトータルの仕事量で負けている。


・・・・


そろそろ休憩かなぁ?と思った矢先にお爺様から連絡があった。昨日の俺の叙爵の連絡を受けてと言うのでその場でお爺様の執務室に跳んだ。


タナウス10時>ロスレーン8時


「アルベルト参りました!」ノックと共に声を掛ける。


「アル様早い!(笑)」扉を開けるジャネット。


扉を入ると棚に置いてある相互通信機の魔術紋から手を放すお爺様に笑われる。


「少し間を置くとか考えんのか!(笑)」

「家族でしょうに(笑)」


「まぁ良いわ(笑)」

「何でした?」


「お主の叙爵をマルテン侯から聞いての。頼み事を思い付いたのじゃ」


「え?何です?」


「シュミッツを大魔法で運んでもらいたい」

「はい? 分かりました」タクシーだった。


「それと、真に言いにくいがロスレーン家の願いを聞いてくれぬか?」


「え?」


驚いて視た。ホッ!としながら、また驚いた。


「・・・」


シュミッツが俺の側に立った。


「ヒルスン(21)とモニカ(19)に縁談が来ておる」


「縁談ですか?あ!お兄様もこの時期でしたね(笑)」


「この時期だからじゃ。目当てのある貴族家の第一候補の選定は卒業や退官の6か月前までに決める。ヒルスンに三家、モニカに四家の縁談が来た」


「・・・うちの目当ては?(笑)」


「うちは上下の付き合いはあれど横の付き合いは少ない。少ないは語弊じゃな、交易と国の中心に位置する関係上他家とは距離を等分に取っておる。話をこちらからは持って行かん」


「お兄様とお姉様が交易品扱い(笑)」


#「ばかもん!何を言っておるか!いい加減にせよ!(笑) 貴族家ぞ!家格や派閥やこれからの付き合いもある。申し込むのも断るのも並大抵じゃ無いのだ。相手方が断られたと知れて見よ、その家が国中で軽く見られるのじゃ。漏らした方も只では済まぬぞ!」


机をバン!と叩くお爺様。冗談とは分かっている。


「まぁ、そうですね・・・(笑)」


「相手から持ちこまれた縁談じゃ、ヒルスンもモニカも儂に任せると言う。だから相手を調べた上で婚約者の選定も済んだ。シュミッツを使者に送るに当たって、昨日アルの大魔法をふと思いついた。同じく相手をお主に見てもらえば何か知るかもとな・・・神託を知っても知らずとも良いので一度見てくれぬか、どうじゃ?」


「わかりました」


「ラルフ様、アル様の処遇も」


「お!そうじゃ、マルテン侯からの連絡を受けてお主の武官としての任を解いた。ロスレーン領のでは無くなったと言う事だ(笑)」


「あー!承知しました」


「後ほど溜まっている俸給をお持ちします」

「いいのに(笑)」

「俸給なら受け取れ(笑)」


「お話の腰を折り申し訳ございません」

「イヤ、大事な事じゃ」


持ちこまれた縁談には距離によるタイムラグがあった。俺がシュミッツを運べば縁談が持ち込まれ次第に返事を出した事になる。早く断ればすでに決まっていたと納得してもらえる。長引くほど他家との天秤に掛けられたと思われる。そんな思惑があった。


俺に相談したのはロスレーン家が見落とした縁談相手の思惑に踊らされる事をお爺様が心配しているからだ。孫の行く末に派閥闘争の波乱を招きたくない一心だ。


侯爵からの連絡を受けて俺の大魔法を思い出し、一緒に縁談相手への最終意見を聞きたがっていた。


「見せて頂きましょうか。ロスレーン家の思惑関係なしに知ってしまうかもですよ?(笑)」


「その時はその時じゃ」お爺様はマジだ。


「少しすみません。仲間に連絡を取ります」


直接会話で話しかけた。


「アルムさん、クルムさんいい?」

(なに?)

(何かあったか?)


「ちょっと神託の仕事が出来た。遅れるかも?お昼も四人で食べちゃって」


(そうか、わかった)

(がんばってねー)

「うん」


「シュミッツ、縁談相手の書類を見せてくれる?」

「は!こちらになります」


俺が神の御子だからか、神託と言いながら縁談の検分を軽く受けたので部屋の空気が一気に緩んだ。孫に気を使わなくていいのに(笑)


お兄様の相手は三人、そのうちお兄様が見知ってるお相手は貴族派ルミントン侯爵家四女:オデール・ルミントン嬢のみ。 魔法科でモニカお姉様の院生部会の下級生。王都別邸のお茶会で3年に渡り貴族院文官のヒルスン兄様と四回会って話してる。最初の遭遇からお互いの感触は悪くないな・・・。


さらに深く視て行く。

色々な情景と情報がどんどん集まって行く。


侯爵家でも四女で、最初のお茶会の時からお兄様を候補としてターゲットしていた。品定めしてたら街路灯の王家献上とサルーテ子爵領の奏上で(内心)ガッツポーズしてるぞ!春にはすぐ侯爵に兄様への縁談を相談してる。侯爵家で色々手を回し、お兄様を調べて8月末に使者が縁談を持って領都を発ち9月10日にこちらに着いた。


そうか、春から学院や貴族院の評判を集めてお兄様の人物像を確かめると王都への往復でこの時期になるよ、場所によっては使者を送るのに余計に1月以上掛かるしな。


お兄様も縁談を聞き、見知った可愛い子と喜んでいた。すでに別邸のお茶会の件をお父様に漏らし味方に付けた上でお爺様を誘導させていた(笑) 


ふざけんな、何が家に任せるだ!笑わせんな、あのクソ兄貴!格好付けやがって!バシ!(お前も平気でそゆことするだろ)


お爺様の思惑は国王派閥からフラウ姉様をグレンツ兄様にもらった事で貴族派閥からはこの子を嫁にもらってバランスを取ろうとしている。ナイス!正解だ。しかも侯爵家なら他の二家は何も言えない。決定!


皆がアルの百面相を見ているが孫の幸せを考えるのに必死でアルの変顔に笑うどころではない。


アルの顔が緩んだ後、今度はモニカの相手の資料を視て行くのを周りが固唾を呑んで見守っている。


これは・・・文句なくここだな。この人が間違いなくモニカ姉さまを幸せにしてくれる。


「神託と言うか・・・知りましたよ(笑)」

「何かあったか?」


「知った事を言うだけですよ?よろしいですか?」

「うむ、教えてくれ」


皆が息を飲んで聞き入ってくれる。


まずはお勧めですね。ヒルスン兄様にはオデール・ルミントンさんですね(笑)


一同の顔がパッと明るくなる。


「おぉ!そうか!そう思っておったのだ!」


「次にモニカお姉様にはピエール・ロンドさん」


「・・・」皆が押し黙る。


そうなるよな(笑)


「何かございましたか?」


「ヘルメラース伯爵家の「ダメです」」

「ピエール卿はまだ貴族院ではないか!」

「退官までたった1年半ですよ?(笑)」

「それは!・・・」


「神が好き合う者を引き裂くなと申しました」


「!」

「え!」

「それは?」


「二人は学院の魔法科で強烈に意識していたそうですよ。うちが伯爵家になるまでは・・・」


皆が目を見張った。


「うちが伯爵家になり話し辛くなり遠のいてます」


「!」


「同じ子爵家で中立派、同じ魔法科の長男長女。二人共そうなる事を望んでいたそうですよ・・・神が仰るには」最後を付け足した。


「ピエールさんは春の叙爵式でロンド子爵に頼み込んでダメ元でうちに縁談を持って来てますね(笑)」


「・・・分った。同じ中立派じゃ、受けよう。アランの時もエレーヌは待っておったわ(笑)」


「間違いなくモニカお姉様はお喜びになります」


「それが一番かもの。そんな経緯なら話に聞いた同級生もなるほどと頷こう。すでに相手が決まっておると書けば良いわ(笑)」


「シュミッツ。返事を書き直す」

「は!」


ヘルメラース伯爵家への書状が返された。


差し出された書状を受け取るとラルフは言った。


「アルに聞いて良かったわい(笑)」


今頃お茶が出た。


シュミッツが動くまでジャネットも話の行方に固まっていた。


「昼まで良いのじゃろ?二人を呼ぶ。お主も二人の顔を見て行け」


「二人がニヤケますよ?(笑)」

「それを見て行け(笑)」


シュミッツとジャネットも笑った。


「私がシュミッツと共に大魔法で相手方に返事を持って行くと仰って下さいよ?そんな席にたまたま私が居るのは変です」


「昨日家族会議で結論を出したのじゃ(笑)」

「結果違ってるじゃ無いですか」


ハッ!とお爺様が気が付いた。


「ジャネット!神託が出たと三人に伝えよ(笑)」


「こっそりと?(笑)」

「こっそりと!」


怪しい祈祷師みたいやなと俺は一人でツッコンだ。


まだ8時半。お婆様以外、お父さまもお母様も朝のお茶の時間だ。結局ジャネットにこっそり聞いた三人がお爺様の執務室に集まってしまった。


そして皆が理由を聞き納得した。


「それでは昼まで三時間もあります一旦帰って仕事してきます。昼には帰りますね?」


「昼までには使者の馬車を用意する。昼が済んだらシュミッツを大魔法で連れて行ってくれ」


「わかりました。7家ですか?」

「早い方が良い、たのむ」

「はい」


言いながらタナウスに跳んだ。


ロスレーン9時>タナウス11時


クルムさん達に合流せずに14時までロールパンを齧りながら更生村を作ってロスレーンに跳んだ。こうやって書くと面倒臭いが一瞬で跳ぶからストレスなど無い。


タナウス14時>ロスレーン12時


昼だ。


結果は言うまでもない。


ヒルスン兄様の相手を聞いたモニカ姉さまは兄様を見た。兄様は姉さまにアイコンタクトを返す。モニカ姉さまは自分の相手を聞いて目を剥いて驚いたあと呆然とした。


そして、二人共シレっと了承した。


バレバレじゃい!


皆が注視する中、食事の最中に油断するとニヤリとしてしまう二人を見て皆がアイコンタクトで大喜びだった。


蛇足だが早晩婚約の儀にルミントン侯爵を招待するそうだ。ロンド子爵の方は返事だけで約定書は焦る必要はなく謁見の際にロンド子爵の定宿に立ち寄れば良いと言う。他人事に聞いていたら、サルーテの男爵領運営が始まる時期(1年半後)を見てマルテン侯が俺の婚約を公表する話になっているとお爺様は言った。


俺も驚いたが、まさか王女のリズと婚約したなどとは公表しない筈だ。マルテン家で伯爵叙爵の俺に例えマルテン家の係累でもコルアーノ籍の貴族令嬢との婚約は危険過ぎる。そう考えるとナレスの貴族令嬢と婚約したとぼやかすだろうな、リズは広義では貴族令嬢だし(笑) 中立派の長となる侯爵の縁故婚約なら誰もが指を咥えて何も出来ないわ。


ロスレーン家は当分台風の目だな(笑)


昼を頂き次第にシュミッツの馬車ごと各領地に跳んだ。


書状を執事長が直々に届けるだけで領主の館に先触れの従士が走る物々しい使者だ。結局7家で半日掛かった。


・・・・


ロスレーン17時>メルデス17時。


リズを送る時間に少し遅くなっちゃった。


応接にはリズは居なかったがセオドラとナタリーが出迎えてくれた。


「アル様、今日はよろしくお願いします」

「あ!お茶はいい、遅くなったから早く帰ろう」


「只今リズ様のお召替えをしておりますので、ごゆっくりお飲み下さいませ(笑)」


「お供はセオドラとナタリー?」

「はい、そちらに用意は出来ております」


慣れたもんだ。ボストンバッグとリズの魔法袋も一緒に置いてある。


「慣れたもんだねぇ(笑)」

「バニー焼きも焼き立てです(笑)」

「買って来たの?(笑)」

「ミッチスはメルデス邸の使用人の誉れです」

「あはは、ありがとう」


「すでにパンケーキとバニー焼きはリズ様の誕生日に無くてはならないお土産になっております。王家の皆さまが楽しみにしておいでなので忘れる訳には参りません(笑)」


ハイランドのシロップだ!間違いない。


「ホール買いだよね?」

「串付きです(笑)」

「串(竹)付きか!(笑)」


ナタリー視たら二串買っていた。


ドアがノックされリズがテテテと入って来た。


「アル様ー!参りますわよ!」


元気いっぱいだ。


「はいはい。9か月ぶりなら光曜日まで居たらいいじゃん。僕も平日はタナウスの村を作ってるからさぁ、光曜日に湖の別荘に皆を誘ってみようよ。秋の終わりであの辺綺麗だと思うよ。行けるなら明日迎えに行くの止めるからそうしな?」


「それはアル様も行けます?」

「みんなが行けるなら光曜日は合わせるよ」


セオドラとナタリーも思案顔なので言った。


「行けるかどうか分かんないから考えなくていいよ。行けるなら相互通信機で連絡して先生と使用人も光曜日まで休んでもらえば良いじゃない」


「まぁ、そうなのですが・・・」

降って湧いた秋の行楽に煮え切らない二人。


「秋の湖は王家の都合で分かんないけど、10月13日~14日はタナウスの収穫祭だからそっちはお屋敷の全員連れて行くからね。12日の晩に始まりの花火も有るから12日の晩から神教国の宮殿に泊まりだよ。どうせまたマスク被って踊るだろうから練習しときなよ?(笑)」


お付きの侍女の顔がパッと明るくなる。セオドラとナタリーも王家の湖への旅行に罪悪感が無くなった。


皆が暖炉の上に飾ってあるアル様マスクとリズ様マスクに目をやった。テカリのあるタイプのマスクだった。


・・・・


メルデス17時半>ナレス17時半


いつもの通りナレス王宮第二ゲート前に跳んだ。


「リズベット第三王女殿下とアルベルト聖教国皇太子殿下の御一行である!」


イヤ、面は割れてるから。いつも顔パスで通してくれるから。まぁお約束だけどな。


メイド長のマリリンさんが城門を潜ったエントランスで待っててくれた。


「リズベット様、アルベルト様しばらく見ぬ間に大きくなられて!お元気そうで何よりです。皆様お集まりになられてますよ(笑)」


お世辞ではない。二人共着実に大きくなってる・・・が、年齢的には小さい。


案内された家族用の会議室には大公夫妻(リズのおじいちゃんおばあちゃん)までいた。


「お爺様!お婆様!」リズがハグに駆け寄る。


俺も部屋に入り次第に挨拶をする。


「ご無沙汰しております。お爺様お婆様、お父さまお母様、お兄様お姉様」


「久しぶりだ!リンバス卿(笑)」

ALL「(笑)」


「マルテン侯から?私は昨日の晩聞いたのです」


執事長のジョルノーさんが引いてくれた椅子に座りながら言う。座るとすぐにお茶が出る。


「昨日連絡があった(笑)」


「何のお話です?」


「アルがマルテン侯爵領の伯爵に叙爵され、コルアーノ王国に奉ぜられた。コルアーノの令嬢もそう簡単にはアルに近付けなくなったぞ(笑)」


「まぁ! アル様おめでとうございます!」

「あぁ、ありがとう(笑)」

「アル様、光曜日のお話をして頂けませんか?」

「あぁ、分かった」


「アクランド家とヴォイク家の皆さんに提案があるのですがよろしいですか?」


「何だ?改まって(笑)」


「今度の光曜日に別荘の湖でBBQは如何ですか?」


「!?」


「秋の湖畔が色付いて綺麗だと思いまして」


「アル!なんて良い提案だ。俺は行く!湖行きは土曜日からの泊りにしよう。秋の深まる双月の下、酒を手に語り合うのも格別だろう(笑)」フォント王太子。


フォント王太子に良く言った!とドヤ顔のアマル王太子妃。高らかに決意を宣言した貴族は簡単に撤回出来ないのは何処の国でも一緒、止められるのを防いだ王太子の一手!


「「私も行くわ!」よ!」第二王女と王妃。


「うちも!」ケージス第二王子。

おなかに赤ちゃんのいるソネット第二王子妃とうなずき合う。


「僕も行く!」第三王子。

「アクランド家も参加しよう(笑)」


「ジョルノー!行くぞ、用意せよ」

「光曜日はキャンセルで?」

「そうだ!」

「・・・」


ジョルノ―さんが口を開きかけた雰囲気を見て陛下がすかさず言った。上手い!


「イヤ!良い!マイア卿も誘え。リズが聖教国の皇太子と急遽帰国したと言えば通ろう。マイア卿も羽根を伸ばしながらの話の方が良かろう(笑)」


「・・・陛下が誘えば来ましょうな(笑)」

「そうだ、王宮か湖の違いだけだ(笑)」


陛下から追視するとマイア・スート男爵はナレス王都の豪商だ。15年ほど前に王都城壁修繕の普請工事を提案し寄贈した。王都の商家をまとめ、その修繕に尽力した功績で叙爵された男爵だった。名誉叙爵で任官はしていないがナレスの鉄鋼業に関する助言をしている。今回の謁見はマリアンヌお姉様の伝手で隣国スラブ王国の鉱業シンジケートの代理店に加わりたいらしい。


(鉱業シンジケート:価格を取り決めたり商品を卸す代理店などを決めて過当競争や市場価格の下落による鉱業の衰退を防ぐ組合)


「アル様、土曜日からでも大丈夫です?」

「あぁ、なんとか仕事を済ますよ」


泊りになるが俺もBBQで飲みたい気分だから賛成だ。


「決まりだ。リズはお屋敷に連絡を、僕は仕事を済ませて土曜日に来るよ」


「アルベルト殿下、予定が決まり次第にお伝えします」

「それではジョルノーさんの連絡を待ちますね」


ジョルノ―さんも三日で仕切るのは大変だろうな(笑)


思いながらも席を自然に立つ。


「アルよ、もう帰るのか?」皆が驚く。


「ナレスは18時半でもタナウスは20時半なんです。晩餐をして帰ると深夜になってしまいます(笑)」


皆が時差に気が付いた。


「それがあったな(笑) 分かった!」

「土曜日を楽しみにします。それではまた!」


家族会議室を辞した。


「毎回・・・普通と別れが違うな(笑)」

「席を立つ間がありませんわね(笑)」

「アル様はお別れのハグや握手をしませんから(笑)」


「挨拶しないのか?(笑)」


「席を立つとサッと帰られてしまいます」

「言われてみればそうだな(笑)」


「気を使われるのを避けてるようです(笑)」

「リズにもそうなのか?」


「今は扉から出て行ったので家族に気を使っています。メルデスのお屋敷では『リズまたね!』と言いざま席を立ってそのまま手を振って消えてしまいます」


「それはまた・・・(笑)」

ALL「(笑)」


会話が一区切りするとジョルノーが言った。


「陛下、予定を前倒しにして頂きませんと日曜日の謁見は良いとしても土曜日が空きませぬ。アルベルト殿下と同じく土曜日までに仕事を終わらせて頂きますぞ」


「分かっておる。全てお前に掛かっておるぞ(笑)」


いつものやりとりだった。


・・・・


翌日9月26日(水曜日)


朝食を取ってダウドさんを道場に迎えに行くと俺の見た事のない形のマントを羽織って異国情緒たっぷりの旅装だった。マントの首下の留めが独特で、肩から脇にフラップを回して留める俺の知る巻きスタイルのマントではなく、首下の三つのボタンで留めて両肩と前身でマント(外套)を支えるタイプだ(胸のラインまで前身があるマント)


こっちの方が防水性が高いよな・・・。1秒で視て感心した後、二人でクランへ跳んだ。


タナウス8時>メルデス6時。


管理棟のクランマスター室に跳んだ。


「おはようございます。アル様」


「おはよう、イコアさん。こちらポッティさんの護衛任務で来たダウド・イードさんね。こちらはクラン雷鳴の副クランマスターのイコア・シャロットさんね」


「以後よろしくお願いします」

「ダウドです。こちらこそよろしくお願いします」


「アル様、旅の用意は整っております」

「うん、ありがとう」


「護衛から帰ったら、この施設のイコアさんに報告ね」

「はい、分かりました」


イコアさんから立派な南方軍馬と旅費の皮袋と馬のおやつを受け取ったダウドさん。流石に伯爵家三男、馬の立派さを見て大喜び。白馬なのは俺の王子様発言を受けて予測したのだろうか?


馬の手綱たずなを引いてメルデスの辺境伯別邸に歩いて向かった。歩いて約束の時間に合わせた。


6時半に別邸に着くとエントランス前では馬車の用意をする使用人たちが居た。そのまま用意が出来るまで別邸のメイドさんに応接に通され、しばらくしてポッティさんが旅装で現れた。


そんじょそこらの旅仕度ではない。貴族令嬢をこれでもかと体現した胸下を縛り上げる旅装の勝負服でバインバインだ!


なんちゅう盛った服やねん!娘に化けとるやんけ、本気やな!


「おはようございます。ポッティさん」

「アル君、おはよう! その方ね?」


椅子から立ち上がった俺達を静かな微笑みで見ながら歩み寄るポッティさん。


「はい。こちらザナーク王国、イード伯爵家三男のダウド・イードさん。神教国の教練師範をしています」


「初めまして、ダウド・イード卿。コルアーノ王国、ミウム辺境伯家のポッテイ・ミウムと申します。旅の間の護衛をお願いいたします。教練師範をされている方なら旅には心強いですわ、ポッティとお呼び下さい」


スカートでチョイとお辞儀をして、ポッティさんが手を預ける。


出された手を握りダウドさんが応えた。


「は!今回、護衛の任をお受けしましたダウド・イードです。ポッティーさん、ダウドとお呼び下さい」


「それでは同行する使用人を紹介いたしますわ」

「は!」


「ポッティさん、僕は仕事があるからここで消えます。ダウドさんもをよろしくね」


「お任せください」


「アル君は親戚なのよ。今回の話はたまたま取材の・・・」


俺は二人の旅路を祈りながら消えた。



・・・・



メルデス7時>更生村9時


4は既に村を作っていた。俺も頑張ろう!


お昼に5人でお弁当を広げてるとコアさんから通信。


ドワーフ達の温泉施設が出来たそう。収穫祭でお披露目する前にアル様に見てもらいたいとガンズ親方から連絡が入ったそうだ。


「え!早すぎない?」


温泉施設って、まだ湯が出て二カ月だぞ。ガンズ親方だから穴掘ってお湯入れて露天風呂で終わる訳がない。お披露目するってそんな簡単に出来るのかいな? 


コアさんの真骨頂、思わず出た言葉で俺の思考を予測して答えが返る。


(アル様、海岸の温泉です)

「え!?」


(宮殿と外交官用地に温泉を引き込む際の導泉管を利用した海水浴場近くの温泉施設になってます)


「山じゃ無いんだ(笑) そう言えば宮殿にお湯を引くって言ってたね」


タナウス放置プレイで全然知らなかった。


(アル様の都合が良ければ、今からでも案内するとガンズ親方が言ってますが如何いたしましょう?)


今かい!バシ!


ガンズ親方→ガンズ街区ドワーフ街担当メイド=宮殿のコアさん→俺。とリアルタイムで連絡網が回っていた。


「え!今? 行くよ、浜に行けば良いのね?」

(ガンズ親方も向かうと言ってます)

「それなら13時にアルムハウスって伝えてくれる?」

(かしこまりました)


「アル、呼び出しか?」

「うん、収穫祭でお披露目する温泉施設だって」

「あ!作ってたの出来たんだ!」


「アルムさんは知ってた?」


「知ってたわよ。みんな遠巻きで見てたもの(笑)」

「ちょっとガンズ親方と会って来るね」

「しっかり食べてから行きなさい」

「はーい(笑)」


・・・・


アルムハウスに跳んでファーちゃんにソーダ水をお願いしてガンズ親方を待つ。二階を視ると導師とアルノール卿とジェシカ女史は昼も忘れて司教と重力魔法の運用法の討論をしている。研究室だけ閉鎖空間だ、ホーちゃんが空いたカップにお茶を入れる係で研究室が別世界の平和過ぎる。


13時に10分程遅れてガンズ親方が来た。


「アル様、お待たせしましたな!(笑)」

「お久しぶりですね(笑)」

「アル様は相変わらず忙しそうだ」


「あれですよね?」窓から指差す。既に視た。

「そうですな(笑) 案内しましょう」


小さな岬(アルはデベソ岬と呼んでいる)の根元に遊覧船の船着き場がある。そこに温泉施設があった。以前コアさん達が山のドワーフ温泉から宮殿と外交官用地まで導泉管を通す時に一緒に街の外殻部に沿って海まで通したのだ。今回の施設はそれを利用してる。


・・・・


個別に温泉構造の説明を受けている。


「凝った施設を山に作るのは時間が掛かりますからなぁ。宮殿の導泉管の話を聞いた時にバルブを付けましたでな。導泉管終端67℃を42℃の湯にしてます。海水浴の水着で入る温泉です」


神都は亜熱帯に属する。海は年間平均25℃ぐらいだ。暖かくて30℃、雨天やスコールなどで20℃位まで落ちる季節もあるが一年中泳げる。湾内で2m程潜るとヒヤッとする温度層がある。


「67℃って海に影響は無いんだよね?」

「元々宮殿へのバルブは絞っておりますで水量は大したことありませんな」


「使ってる人居ないか(笑)」


「外交官庁舎の敷地までは引いてますがまだ外相のお屋敷も作っておらんでしょうな」


「あの人達、温泉作ってる暇無いと思う(笑)」

世界各国の国主と銀行の案件で忙しい筈だ。


「今回は温泉を周知するのにベルン代官と相談してこんな形になりましたわい」


「海水浴に来た人が海水を落せるし、スコール来た時なら温まれるね。少し高くなってるのは砂避け?」


「そうですな、防砂林を切りましたからな。こっちの広い方は子供と家族用でぬるま湯になりますな、奥の二段が川石で囲んだ露店風呂ですな」


元々の密林の名残であるヤシやソテツの防砂林から浜は続いている。今回の施設は緩い傾斜に沿って低い段差の風呂が出来ていた。三段のひな壇から湯が二段、一段の風呂に流れ込む。お風呂の背中は河原の丸い石を使った石風呂でスベスベ。


三段目から一段目の風呂は武骨な石組みだが風呂の中で座れるように段差がある。風呂の外周に座れば30人ぐらいは余裕で座れそうだ。


三段目前にある柵のバルブを視ると導水溝から水を引っ張って温度調節してる。バルブを見ている俺に親方が説明してくれる。


「山から来た温泉と引っ張った清水をバルブと混合槽で温度調節します。混合槽で43℃にして三段目に注ぎ、溢れた湯で二段目は40℃、最後の一段目の風呂は36℃のぬるま湯になります」


「あの柵の場所で混合してるのね(笑)」

「67℃では火傷しますからな(笑)」


「三段目の風呂から流れる湯をで汲んで三段目から一段目まで伸ばして砂落しの掛け湯が出来るようにしています」


「あぁ、いいですねー(笑)」


「水着は要りますがな。ベルン殿が言うには施設にしてしまうと吏員を入れて有料になると言うので、海水浴の誰もが入れる温泉を考えました」


「いいじゃん!湯はかけ流しで管理も要らない。温度も自分達で調整する温泉になってこれはいいよ。アロハ脱いで水着で入って塩気を落として帰るならアリだよ!」


「ただ、風呂上がりのエールが無いのです」


「あ!売店?風呂ならエールは欲しいよね(笑)」


「エールあるならツマミも要望されるし机と椅子もいるねぇ。広い場所を作るとそこは休憩所になっちゃう。だいぶ変わって来るよ?エールの売店だけじゃ人も雇えないしねぇ・・・」


「こんな感じならどう?」


アルが砂地に図面を書き始める。


「広い場所作るなら・・・こんな感じに窓を海に向けて机かカウンターを並べるのよ。やっぱ入口に施設管理者のカウンター作ってさぁ、来た人はここでロッカーかカウンターで脱いだ服を預けるの」


アルとガンズ親方の打ち合わせになっている。


「風呂上がりに飲み食いもいいですな」


うーん・・・神都が約6000人か、S.Aあるから温泉はその上のサービスで差別化しないとお金もらえないよな。イヤ、また三国から移民が来たら10000人位になるな・・・。


「一人銅貨2枚(200円)取るならたまには家族揃って大きな風呂に行くか?になるかもしんない。管理棟で服とか貴重品を預かるサービスやエールとツマミ出すまで出来ると思う。イヤ、預かると手間か。鍵付きロッカーとか作れる?」


すでにアルの頭の中はスーパー銭湯だ。


「ドワーフの鉱山には必ずありますな(笑)」

「作業着の着替えロッカー?」

「イヤ、鉱山に風呂があるのでロッカーも」

「あ!元々風呂があるんだ(笑)」


「一段目は無料風呂で二段目、三段目の風呂を有料に分けよう。二段目三段目は男女別の仕切り入れて飲食休憩出来る施設。一段目のぬるい風呂は海で泳いだ人が勝手に来て水着で使えるお風呂。海水落として家に帰っても良いし、身体を温めてまた海に行っても良いし・・・そんな感じ?」


「良い考えですが、日程がありませんな」

「建物は何とかなるけど内装かぁ・・・」

「ロッカーや鍵も要りますぞ」

「収穫祭までは厳しいか・・・」

「20日弱じゃ鍛冶も木工も厳しいですなぁ」


「この案はダメだ!そもそもの計画が潰れる。今の案は山の温泉でやろう。ここは当初の案でお披露目しよう。何か飲みたいなら水着で海の家に行けだ(笑) それなら建物も机も椅子もロッカーも人もお金も要らない!」


そもそもがだ!なんで風呂上がりのエールでここまで話がデカクなってんだ!親方と熱く突っ走り過ぎて怖いわ!


(お前と親方だからだよ)


「こうよ!」


4m幅の石畳を一番近い海の家まで敷いてやった。300mぐらい歩いてエール飲みに行け!



14時過ぎに更生村に戻った。




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