第391話  アンタッチャブル


9月22日(土曜日)。


昨日は大きな時差のある国を飛び回ったが活動時間は普段より少なく、早寝した状態で寝足りて起きた。


朝から海上治安艦隊をオーランド、ルビアス、テラブ、ラウト、アウリム、カリンスポートの海域に浮かべて来る。乗り組むのは24時間戦える執事部隊。俺が海賊狩りを休む間に、拠点から出航した海賊は治安艦隊がタナウスに連行する。


No.3中央大陸下オーランド周辺地図。

(海賊出没地域の周辺国)

https://www.pixiv.net/artworks/104869304


メルデス山中、兵器倉庫の大空洞。30榴弾艦隊付きの補給艦8隻に馬鹿正直に乗っていた。そんな怪しいのが来たら幽霊船より怖いかもしんない。ウケたので何も言わずに送り出す。


対海賊の治安艦隊(上記補給艦)を浮かべた後、タナウスに跳んで更生村の開墾地に次々と村落を置いて行く。二時間程更生村を頑張って朝食がてらにメルデスの雷鳴食堂に行った。


更生村9時半>メルデス7時半。


朝の臨時集会が終わってごった返す食堂。ベルの横にから食券を買いのPTを追視した。


皆が冒険者のステージを一段上げようと希望に眼を輝かせていた。今はイコアから挙げられた必要装備品の調達と担当を決めている。18~21歳と言う事もあるがそれはワックで集まった予備校の俺達の姿に見えた。歩む先は違っても今、目の前の壁に立ち向かう姿。


それだ!それが見たかったんだよ。三食雷鳴食堂で食って吟遊詩人に投げ銭入れるならもっと上に行け!ダンジョンで磨いて来い!そんな顔してんなら俺の様に死んだって磨いた意味はあるさ!


には送迎門が無いため1階層ずつ潜ってまた一階層ずつ帰って来なければならない。スマッシュボアであればイノシシに毛の生えた魔獣なので5位(魔鉄級)の身体強化持ち(前衛)がいるPTなら楽勝で勝てる。低階層ではあるが狩り場に辿りつく長い往路も含めて解体時の危険と復路の戦利品運搬などもあり水や回復薬や食糧などの装備は多くなる。同タイプのダンジョン深部の探索になると食糧部隊、運搬部隊などの中間キャンプを置いてクランによる攻略が行われる。(ベガやクレアが具現化が解けないダンジョンの深層探索専門の冒険者だった)


食堂ではボランティア治癒士3人が食べてたので視るとボランティア明けの移住に思いを馳せていた(笑) わざわざ横や正面に座ってきた冒険者PT(初期組メンバー)に人懐こく挨拶されたので嬉しくなった。


実は貴族服のマスターの周りに人は寄ってこない(笑)


雷鳴食堂に来るバスカーに序列が出来てメイン食堂のステージに立てるのは一握りと聞いた。最初は皆が公平にステージに立っていたそうだがヘッポコが立つと投げ銭が止まり、ひいては吟遊詩人や歌謡演奏の会場を失いかねないと仲間内で序列を決めたそうだ(笑) 


こんなバカ話は顔見て笑いながら喋らなきゃ聞けない。視るのとは全然違うタイプの軽い情報でゴシップやどうでも良い情報など皆が思いつめないからだ。俺も知らない情報(枝葉情報)など基本的に引っ掛からないから、視たかったら質問してイメージで抜くタイプの情報だな。


歌姫スージーさんは序列トップと聞いたが、たまに仲間と来るだけで今でも服と雑貨の店に出ているみたい。ちまたで通用するレベルを探る登竜門みたいな話を聞いて笑った(笑) 



クランハウスで先生:キャプター(39)がアレッタ(27)と結婚を決め、来春3月4日(光曜日)に聖教会に予約を取ったとリナスに聞いた。


『10月1日(風曜日)のメンバー面接時にアル様に報告する予定だったのにー!』とアレッタがリナスをポコポコ叩いて照れ隠し(笑)


リナスがアレッタを見ながら言った。


「私を含めて事務員の結婚が続いてます。いつ子供が出来てもおかしくないので今の内に募集を掛けても良いかも知れません」


「あー!そうだね、アレッタってロタと5位の読み書き教室、やってるよね?そういうのも含めてリナスが必要と思うだけ雇って春までにはベテランが事務作業を教え込んでくれる?」


「事務員はすでにベテランばかりです(笑)」

「あはは、了解。やっぱギルド嬢がいいよねぇ」

「冒険者と対面する経験が違いますからね(笑)」


「雇うなら支度金はともかく、俸給も現状のギルド並み以上に考えてね。雷鳴食堂の料理長だって任期の出向でも俸給は割増手当でギルドよりうちのが高いのよ」


「はい、分かりました」

「そんじゃお願いね」

「かしこまりました」


・・・・


8時半になるとサルーテのお屋敷に跳び、銀行業務、流民の流入状況、キューブハウスの稼働状況、コアさんに聞いた労災の頻度を聞く。


※流民一人当たり稼ぎの5%の銅貨3枚~5枚が互助会に入ってくる。食事が一日銅貨12~15枚、残りをタナウス信用金庫に預ける流民だ。最低賃金の仕事でも大銅貨6枚、稼げる仕事なら大銅貨10枚稼ぐ流民の金はS.Aやキューブハウスを経てロスレーンかタナウスに入って来る。キューブハウスだけで1万1000人いるし、河原村には6000人もいるから預かる金も半端じゃない。管理はコアさんじゃないとやってられない。


仔細を聞いた後で治癒士証を取るメイドを四人連れて横の流民センターに顔を出すと当番で居たソルマンの顔が明るくなった。


「どうした。何かあったのか?(笑)」

「アル様にお話が!」


「何があった?」深刻らしい。


「ベークスのセスティン(元締め)のシマがNo.2の勢力に襲われて幹部がサルーテに報告に来てます」


視たらセスティンからシマを任されている手下がベークスNo.2勢力に浸食されて歓楽街、飲食街、商工街と1街区ずつ切り取られてサルーテまで報告に来ている。又聞きだからまんまの情報だ。


うーん・・・こんな場合はどうすんだ(笑)


ソルマンを視て午後のカラム(コモンドル商会)に行く予定が吹っ飛んだ事に驚くが、この問題も捨ててはおけない。サルーテに問題が発生してるのを放置しては四部会の求心力が低下する。 

ベークスで起った事を我が身になぞらえて心配するソルマンはいい奴だな(笑) 借金に困る流民の子を売ってた奴だけどな、まぁこの世の常識だから俺には何も言えない。

(イヤ、お前1年売るなと〆ただろ!)


「こっちに来たセスティンの子分は働かせてるな?」

視て知っていても聞かないと納得させられない。


「え!・・・はい、働かせてます」


「サルーテで働くなら助けなきゃなぁ(笑)」

理由もなく身内を助けると思わせてはいけない。


「アル様、侯爵領ですが?」

「場所は関係無い。うちで働いてるかどうかだ」


信念に動くなら相手を選ばない決意を見せないといけない。アルの中身は明だ、中学野球で禁忌タブーの隠し玉をはこの世でも全く変わっていない。


やくざの親分みたいな事を言ってるが、要はうちで真面目に働いているかどうかだ。うちで働くボスが不在と言う理由で理不尽に奪われる身内なら助けるだけだ。


「マルノーだか言うセスティンの傘下みたいです」

「よし分かった。誰か知らんが潰して来る」


「アル様、相手は武闘派ですが・・・」

「武闘派か、俺は穏健派だから怖いな(笑)」


「・・・」

二つ名雷鳴の言葉に開いた口が塞がらないソルマン。


「大丈夫だ!」

「は い」歯切れが悪いので視たら心配してなかった。


「セスティンとは委任状の契約して無ぇが、サルーテの為に働いて割りを食っちゃいけねえだろ?お前たちだって留守に空き巣に入られたらたまんねぇよな? よって四部会の契約と同様に空き巣狙いは潰してやる」


視て分かったが、セスティンはで一番の元締め、いわば侯爵領のゴッドファーザーだ。留守しちゃいけなかった。領都で傘下に居たNo.2(子分では無くセスティン組系マルノー一家の様にシマを持った別団体の元締め)にを狙われても不思議はない。


四部会は白夜城メルデスを仕切る4人の元締めで、ミウム領都の一番の元締め(ゴッドファーザー)という訳ではない。


「セスティンと逃げて来た幹部を連れて来い」

「は!只今!」


ソルマンが応接を立った瞬間、9時回ってるのに気が付いた。


「あ!もう仕事か。俺が行く!現場なんだろ?」

「はい、そうですが?」

「いいよ、俺が行って話をするわ(笑)」

「よろしいので?」


「仕事してんなら監督や吏員がいるだろ?お前が行くと四部会が領の仕事止めて、セスティンもサボって話してると思われる。四部会は人足仕切ってんだ、そういうのも気を利かせろよ(笑)」

(変な所で気の小さいアル気質)


「わかりましたwww」大笑い。


「ヨシ!逃げてきた幹部はそのままベークスに連れて行くからな?晩には何人か居なくなるぞ。マルノー一家の奴らを全員ここに連れて来るから仕事割り振る準備してろ。ベークス領都を食おうとするなら500は居るよな?」


「間違いなくそれ以上は居ます」

「分った」


四人のメイド達に言う


「悪いんだけど、聞いての通りなのよ。また予定を作ってロスレーンの治癒士ギルドに連れて行くから今日は無しにしてくれる?」


「かしこまりました」


「あ!一人だけ付いて来てくれるかな?」

「私が」(シモンという名札が付いている)

「うん、おねがい」


そのままメイドを一人連れてセスティンの所に行った。


・・・・


検索で真っ直ぐにお目当ての建設現場に直行するとセスティンは完成した執政官庁舎横の庭に大きな自然石を並べて緑地を作る一団にいた。セスティンの子分が日払いのをゴッドファーザーに回してた(笑)


俺が歩いて近付く横では沢山のレンガ持った人足も多い。手間の多い仕事は監督が一人付いて人足にやらせるみたいだな。土魔法で掘った溝に流民が隙間なく焼き煉瓦を並べると左官がモルタルで固定して隙間を埋めて行く。


「おーい!セスティン!」


「!」


10人程の身体強化持ちが大きな庭石に手を掛ける中、振り向いたセスティンは俺を見て固まった。目が点で声が出て来ない。


「・・・アル・・・様!」

「頑張ってるなー!(笑)」

「は!はい」


俺を見るや否や工事監督はあからさまに脇で行う工事を見に行った。周りの者は見知った制服のメイドを引き連れた俺の貴族服を見てササッと大石から離れていく。それはサルーテ門外の流民村(川沿い)にある超有名な貴族邸のあるじだからだ。


「お前のベークスのシマが大変だって聞いてな。安心しろ、お前を裏切ったマルノーだか言う奴はサルーテで働かせるからお前の手足として使ってやれ」


「え!・・・?」


「こっちに来たお前の幹部をベークスに連れて行くぞ。潰したマルノーのシマを握らせるためだ、安心しろ」


「???」意味分んない。


「マルノーは俺が潰してやるって言ってんの(笑)」


「え!えー!」


「まぁいいや、サルーテで1年露店をやれば土地がもらえたと聞くからな。お前も来年の2月で1年だ、2月まで真面目に働いて帰ればベークスのシマが2倍になってるだろうよ」


少し考えてセスティンは言った。元々頭は回る奴だ、ベークス領都を〆てる奴だからな。


「・・・マルノーのシマが?」

「そうだよ。潰したらお前の物だな(笑)」


セスティンは(アルが怖くて)真面目に働いてるが、下の者の辛さや気持ちは子分たちと一緒に生活して体感した筈だ。(元々、前の元締めに忠義を尽くして裏街道で成りあがってきたトップだが)そんな奴が領都一番の元締めなら理想的だと思う。


「そんじゃ、行って来る」

「・・・」上の空。


「サルーテに来たお前の部下は連れて行くからな?」


「・・・は!はい、アル様!」


「そんじゃ、邪魔して悪かった。頑張れよ!」

現場監督に聞こえる様に大きな声を出しておく。


「はい!」


呆然と見送るセスティンを後にして、幹部4人とメイドさんを連れてベークスに跳んだ。防御恩寵を最大に振って、服が汚れるかも知んないので冒険服に変えた。


その上、シェルとシャドにお願いしておくのはお約束。


アルは実力行使の時には(盗賊に遠隔で麻痺付けて転がす時も)対リノバールス帝国戦と変わらぬ意識で臨んでいる。


アルはブレない凄い奴だ。


・・・・

 

ベークス侯爵領

https://www.pixiv.net/artworks/100819215


ベークスの領都は昼に見るとだいぶ大きな領都だった。消費都市の王都まで5日と近いだけあって10万人も居る大都市だ。王都の食料を支える麦が主力の農耕と手工業が盛んな土地だ。ワインも名物らしいな。王都から領都以遠は広大過ぎる穀倉地帯で領都には産物が集められ、それは一大集積場の様相。専門で配送を担う商人も多い。一大穀倉地帯に農民が散らばっているにもかかわらず10万人もいる領都ならそりゃ歓楽街もにぎやかだった。


目当てのマルノーを東の街区に見つけ出し、立派な繁華街の事務所に押し入った。扉を丁寧に開けて入った俺は近付く子分を無言でぶっ飛ばす。調度をひっくり返す派手な音に気が付いて殺到する護衛達も皆公平になぎ倒し1階ずつ昇って行った。


4階にお目当ての人がいたので因縁を付ける。


「お前がマルノーか?調子に乗ってるらしいな(笑)」


流石に領都の裏家業No.2。護衛を潰されても平然と構えて冒険服の俺を舐める様に見て低く吠える。


「小僧!てめえ、何所どこに頼まれた?」


「頼まれてねぇよ。セスティンの代わりに来た」


「はぁ?セスティンの代わり?」


「セスティンを雇うロスレーン伯爵家が来たんだよ」


「バッ!バカな事「本当だよ!」」


紋章指輪を見せてやる。


目ん玉が飛び出る顔は驚いて歪んだまま固まった。


アルは構わず仔細を説明して畳みかけた。


「俺の素性は分ったな?セスティンはロスレーン家の命で働いている。元締めの留守を狙うマルノーと名乗るネズミを掃除しに来てやったよ。伯爵家が!」


言った瞬間にアルはマルノーをぶっ飛ばす。無防備だった分、殴った瞬間に気絶するがそのまま捨て置きボコボコにして4階から階段を引きずり降ろした。


足を掴んで引きずってシマ中を練り歩く。たまにメイドがマルノーにヒールしてる。ゾロゾロと各街区の事務所や一味の溜まり場から追ってくる鼻息の荒い武闘派は、清楚なメイドさんが回し蹴りでぶっ飛ばしてくれる。


歩いた道にパン屑を撒いて来るようにチンピラが点々と転がった。それを見た一家の者がパン屑を道しるべにボスを助けに来る。高所から弓士が狙うと俺を見た瞬間に効き手をシャドに貫かれる。そんな成す術もない一行はマルノーを引きずり街区を練り歩く。


引きずられるマルノー。ヒールはされて回復してるが顔中に鼻血が付いた高価な服がズタボロの元締めを引きずりながら拡声魔法で街区に触れ回る。


「マルノー一家は領都から出て行く。後はセスティンが面倒見るからな。セスティンを舐めるとこうなるぞー!」


冒険者の子供が血まみれの大人を引きずって大通りの商店街を練り歩く。


「マルノー一家は領都から出て行く、後はセスティンが面倒見るからな。セスティンを舐めるとこうなるぞー!」


まんま「カシノのカスタを隠した者は村に住めなくなるぞ。カスタを出したら褒美が出るぞ」の焼き直しで。それがどれほど効果的か実感したから使わなきゃ損なのよ。裏稼業の奴らは口だけじゃ効かない、思い知らせるには実力行使で〆るのが一番なの。


マルノー一家のシマの店は残らず訪問して聞き分けの無い支配人をぶっ飛ばす。中には大げさに窓から飛んで道まで転がって行く奴もいる。アルは冒険服だ、貴族と名乗らないからズタボロの元締めを手土産にすればそうなってしまう。アルは貴族をひけらかさない代わりに、こんな場合にもひけらかさないからボスに良いとこ見せようと用心棒が次から次に窓から飛び出して行く。


そのうちに通報されてベークスの守備隊がやって来た。キレぎみの威圧で本当の事を話す。


「ロスレーン伯爵家を手伝う領都の元締めセスティンの留守を狙うバカの話を耳にして伯爵家が〆に来た」


侯爵家三男の委任状(本物)と紋章指輪を見せ、後ろに控える4人がセスティンの子分だと伝えると幹部も守備隊にウンウンする。何よりロスレーン領の隊商はベークス入領税免税の特別優遇領だ。も納得して帰って行った。


ベークス侯爵家のお墨付きを持ったロスレーン伯爵家のアルはこの領都では完全にアンタッチャブル触れてはいけない人だ。都督(領都の代官)でも何も言えない、領主(侯爵)じゃ無いと今のアルは止められない。


商店街を練り歩いてからセスティンの事務所に出向いた。幹部含めた構成員に「来年にはセスティンと手下が全員戻って来るから倍になったシマを守れよ。マルノーの件はすぐに領都に知れ渡るから強気で行け!」とベークス領都を後にした。


一緒にマルノー一家をサルーテに連れて来た。


マルノー一家は家族含めた構成員1300余名。その内500名の男女は本業(歓楽街やギャンブル場)でマルノーの経営だった上に女子供の家族200人と本業の下っ端バイト100名は見逃したので全員は無理だった。後はセスティンが経営者となり、代わりにシマからを巻き上げるだけだ。それはこの世で強い者に守ってもらう意味の保険の様な物だ。


必要悪としての元締めが居ないと半端な雑魚が歓楽街で酒飲んでイキるから必要なのよ。雑魚ほどイキるから仕方ない(笑)


※生きるではない。周りの迷惑顧みず、クジャクの様に羽を広げて見て見てーとである。


サルーテでシモン(メイドさん)を返して、隣の四部会に大壺を置いてきた。500名は従順にメイド隊の指示で生活の用意から始めた。


直後、川べりでメイド隊の訓示があった。


一旗揚げようとサルーテに来たなら頑張って働きなさい。生活の支度は流民センターが手伝ってあげます。ここで働く者は互助会に入り皆希望を持って働いています。あなた達の生活も軌道に乗るまで互助会が面倒を見ます。皆が頑張って夢を掴み取りなさい」


通り掛かった人々や北門近くに居た吏員達は、並んで意気揚々と訓示を聞く500余名を微笑ましく応援していた。


一旗揚げるためにサルーテに来たなら喜んで働く筈だ。一旗揚げて家族の待つ故郷に錦を飾れよ!



・・・・



ベークスでは守備隊長から報告を受けた侯爵が執政官事務所の孫を呼び出した。


「ルドラム。人手不足のサルーテを手伝って来いと領都の元締めに我が家の委任状を出したそうだな?」


「あ!はい。かなり前に元締めからサルーテ領の人手不足の現状を聞き、確かに私の名で委任状を持たせましたが・・・何かございましたか?」


「今日な。領都に不在の元締めセスティンのシマに手を出した東の元締めマルノーの所にロスレーン伯爵家が直々に制裁に来たぞ」


「え!」


「先ほど守備隊長がお主の委任状を持って制裁に現れたロスレーン家を報告に来た」


「えー!」


「良いのだ!お主が送り出した元締めがサルーテで良く間に合っている証拠だ。制裁の最中、守備隊が掛けつけるとロスレーン家の者はお主の持たせた委任状を見せたそうだ。良くやった!」


「・・・はぁ・・・」


「ロスレーン家に便宜を計ったベークス家との交誼こうぎがより深まった。お主の名もロスレーン家に売れておるぞ。非常に良い事だ、よくやった!(笑)」


「え!」


ベークス侯爵の孫(三男)は悪名が売れていた。


・・・・


9月23日(光曜日)


メルデスで5時に目覚めると、そのまま冒険号へ跳んで鍛錬する。最近は魔力線の細分化による身体強化と波動螺旋(拳)の融合(ネフロー様に教わった事)をリル(拙速の剣:片手剣)、両手剣(リンバス家のミスリル剣、大人用で長くて背負えないが振るのは問題が無い)と槍でも実践できるように訓練している。武具の鍛錬が終わると波動螺旋拳を使ってる間にシズクとスフィアも横で並んで一緒に拳の鍛錬を行う。


朝食を取った後、メルデス7時よりサウナン王国のシリカの街14時に跳んだ。


今回シリカを訪れるのはバルガ師弟の仔細を知ったからだ。バルガは逃げた盗賊がコモンドル商会へ意趣返しをしないか心配していたので、旅のついでに商会に顔を出そうと思っていたのよ。旅を続けるどころか戦争騒ぎで顔を出せずに何日も経っちゃったの。


ラウナン王都から数えて4つ目の街シリカは子爵領の外れの街。人口2万2000人、小さいながらも騎士団も常駐している。


シリカの街に入ってコモンドル商会を訪ねた、バルガ師弟が店を出て20日程経つ。ニウさんが道中で会った師弟の感謝を伝えようと立ち寄ったと店先の小僧さんに取り次いでもらった。


ニウさんとやり取りする間に店を検索で視た。一瞬で情景と概要が情報となって頭によみがえる。


商品積まれる踏み固められた土間の店の奥に30cmほどのから板間になる。小さな板間の奥は応接と勘定場となっている。板間は12畳ほどもあるだろうか?やっと剣が振れる程度だ。11人が凄惨な死体や手足が無い状態で転がる情景は床一面が血の海になっていた。すべて一太刀で戦闘不能にされ、鞘で突きを入れて大人しくさせている。守備隊が来た時点で7人が生きて捕縛されていた。


現場を視界に入れ、検索で起こった事象を深く視て掘り下げていく。盲目の剣士の技じゃ無かった、全て敵に正対して剣を見切った上で余裕で斬っている。技量が違い過ぎて盗賊など相手じゃない。


バルガさん・・・何気ない息使いや逃亡する日常生活の全てが剣だわ、視た感じ心眼はオマケだな(笑) たまたま視力を失ってオマケの心眼で見えてるから鍛えた技が存分に出てるだけ。剣一筋に打ち込むとこんなかよ!


感心して視てたら出て来た主人のコモンドルさんは大喜びで応接に上げてくれた。


「押し込んだ賊は二人が賞金首で手配されておりました。一人は生きて捕縛されバルガ殿がギルドに行くと懸賞金と盗賊退治の報奨金が出るそうでございます」


「二人はもうシリカに来ないと伝えないといけませんね。ギルドに言って報奨金は辞退するのが良いでしょうね」


「伝えて頂けるので?」


「行き会ったのが王領と伝えるだけですよ」


「なるほど」追手があればそうかと納得している。


ニウさんの垢抜けた対応に貴族の子息かと疑うコモンドル老人だが、貴族どころか異星人の作ったロボだ。垢抜けているに決まってる。


「実は、あの盗賊は私の遊びが原因でした」

「心当たりが?」


「盛り場で大店の情報を拾って盗賊は押し込み(強盗)をするそうです。シリカの無頼が8人誘われていたそうです。裏町で気ままに遊ぶ金持ちの爺ぃの噂を耳にして押し込んだと騎士団で自白したそうです」


「なるほど、丁度そこに二人が?」

「そうでございますよ、神のお導きでした」

「お二人はここに拾われたのが神のお導きと!(笑)」

「お互いに思っていたのですなぁ(笑)」


「あ!これはいけない。お子は退屈ですな」


「いえ、ご挨拶が済めばシリカを出るつもりです。ギルドに寄って褒章の件を伝えて参りましょう」


「よろしくお願いいたします」


俺は退屈そうに静かに黙っていても、実は逃げた二人の盗賊を追視していた。ここに来たのはそれが目的だ。


逃げた二人の盗賊をバルガは盲目で見ていない。店を視認して当日のフラッシュを手繰って視た。逃げた盗賊は見張りと荷車(この世のリヤカー)の担当だったが、中で交わされる悲鳴と喧騒で店が盗賊を待ち受けていたのが分かった。怒号と断末魔の叫びを聞いてこれはイカンとすでに辺境まで逃げていた。


意趣返しどころかと盗賊の残党に追われる立場で逃げていた(笑) どうしようかと思案したが幻影の追手から必死で逃げるのも人生の磨きと思って見逃した。仲間の悲鳴を聞いてビビって逃げる小者だもの。


シリカで逃げた盗賊を追視してとっ捕まえ、更生村送りのつもりだったが気が抜けた。逃げた先で盗賊のアジト発見!とか心の準備したのにまたもやコケた。コモンドルさんへの挨拶だけで終わったシリカだった。


・・・・


明るいうちにニウさんがギルドへ行くと理由を付けて15時半にはコモンドル商会を辞した。


ギルドで褒章の老剣士はすでに王領に入っているので帰って来ない事を伝えると騎士団が呼ばれた。二人と行き会った仔細を話して、『シリカを通るなら世話になったコモンドル商店に寄ってもらいたい』と伝えられたと、先ほど商店に寄って討伐褒章を知った事を伝えた。


魔術証文にてニウさんが代理で褒章は辞退した。


冒険者ギルドの帰りに店先で良い匂いの揚げパン的名物の砂糖まぶしのシリカまんじゅうをゲット。近くに見つけた書店でめぼしい古書を大人買いしてタナウスに跳んだのはシリカ17時。たった3時間の滞在だった。


・・・・


シリカを17時>タナウス12時。


今朝はメルデス始点なのでアルの体内時計はまだ10時。流石に昼には早すぎるので山盛りに溜まった海賊街の鹵獲品を大倉庫に収めて来た。14時近くに昼時間過ぎても込み合うベガの店で昼食。テーブルを探すと「アル様こっち!」と夫婦が席を立って5の席を作ってくれた。


「アル君!久しぶりだねぇ!」

注文を聞きに来た使用人の後ろから顔を見せる南国エルフのクレアさん。


「お!アル様じゃねぇか!」

それを聞いたベガも厨房からこっち向いた。


「お久しぶり!ベガさん!」

「見ての通りだ!繁盛してるよー!(笑)」

「朝から晩まで働き過ぎ!(笑)」


「美味いと言われたら働いちまうよ!(笑)」


「14時にはワールスかと思った」

「今は15時にならなきゃお客が切れない」

「今度、新しいデザート教えてあげるね」

「怖いなぁ、最近出来た休みが消えちまう(笑)」


「え!光曜日?」


「一回休んだら苦情が出てなぁ、火曜日に休みにした。火曜日は浜に居るからな(笑)」


「分かりましたー(笑)」


俺達5人は豚骨スープで溶いたお好み焼きで大満足。デザートで冷えたみかんシャーベットとお茶をもらった。もう神都で押しも押されぬ庶民派レストランだ。


・・・・


昼からは開拓してある新しい更生村予定地に村を作る。更生村には商店や飲み屋も要るし、街ごとワル達を連れて来るので村の小さな保養所(歓楽街)を充実させておく。海賊の街を潰しながら腐った建物は埋めて来たが、それでもめぼしい建物はクリーン掛けたら据えた匂いも消えて勿体ないので更生村で再利用してる。


海賊の街には直接悪事を働かない人たちもいる。海賊の懐を当てにして、縄張りの海賊に渡してワイルドな世界で生活する人たちだ。海賊の根城を街ごと消すには繁華街のお姉ちゃん達や食堂の店主やお宝を換金する商人も連れて来ないとダメなのよ。サービスを提供する人がいないと海賊も補給できないもの。そんな人たちを連れて来るには受け入れ施設も必要になるの。


のどかな丘陵地で更生村を作ってたらコモンドル商店に行ったついでに考えてたもどうでも良くなってきた。報復とは逃げた盗賊二人を始末したらついでにザナークの王太子にお礼参りに行こうかな?とも思ってたのだ。王家の家督を巡って誰が計った陰謀か知らないが、結果的には殺された第二王子や干された派閥も含めてバルガや弟子達だけじゃなく沢山の人が陰謀に巻き込まれている。


巻き込まれた人達を代表してお礼参りの作戦を考えていた。濡れ衣を着せて無実の者を闇に葬ろうとしたザナークの王太子派には王と王妃の前で第二王子暗殺の真実を語らせようと思っていた。


そこまでやって師弟の生きていた意味を成すと思った。殺された第二王子は勿論、王子に夢を掛けた派閥や、師匠を守って死んでいった弟子たちも浮かばれると思っていた。


当然、息子を殺された王が怒り狂って裁くだろうし、何よりバルガが無実であることが立証されるのだ。


更生村を作りながらザナークへの報復作戦を考えてたら、俺ってそういうのに関わり合わない事にしてるのを思い出した(笑)


師弟を苦しめた奴らに報復してやれと軽く考えて思慮が足りなかった。我ながら行動がブレブレだ。ラウム教圏で信者に誤解されるするためのイザコザ解決とは訳が違う。


実を言うとそんな汚い話はどこにも普通にある。王家や貴族のお家騒動、貴族が恥を掻かされた意趣返し、代官の搾取や袖の下がまかり通る世間、借金を溜めて裏町の元締めに酷い目に遭う。諫めた部下の貴族籍を剥奪し濡れ衣を着せて街から追放。そんな世の中が普通なのだ。真面目にやってたとしても理不尽な扱いを受ける者達はいるのだ。


人間は欲や栄華や権力に酔って曲がって行くのは地球もこの世も一緒なのよ。ギャンブルに堕ちて借金奴隷のおっちゃんなんて普通に居る。家族を不幸にするおっちゃんだって当然居る。


俺は正義の味方じゃ無いから欲や名誉に絡んだ人間模様、悪く言えば個人のイザコザはどうでもいい。何をやっても魂の磨き的には自己責任だ。裏町のギャングから王族まで、上から下まで知られたくない恥や公に言えない悪事は沢山あるのよ。急進派のリケット教の大司教は借金奴隷まで作ったりさぁ、流石にアレはやり過ぎだ。


上の貴族は財力を持てば維持する心配。

持っている権力と利権を繋いでいく心配。

権力と財力で放蕩した恥を無い事にする心配。


下のギャングは手下に裏切られる心配。

部下に舐められないか絶えず心配。

敵対勢力との抗争が心配。


みんな色々考えて公平に悩んだり心配してるのよ。深く視るとねぇ、誤解が誤解を生んで人生の山あり谷ありを転がって行くの。


同じ言葉を掛けても感謝されたり恨まれる。聞き手の心次第で受け取られ方が違う。例えばバルガが剣に身が入らない弟子を叱咤する。弟子だって人間だもの、色んな心配事でそんな時だってあるさ。


その日、上司にバカにされ頭が一杯で剣に身が入らない弟子だったら『どいつもこいつもバカにしやがって』とバルガに思う事もあるさ。女にうつつを抜かして夢心地、剣に身が入らず妄想が続いてる所に師匠からの叱咤を受けて『俺は一体何やってるんだ!』と身を持ち直して感謝する場合もある。


その場の心のすれ違いが人のイザコザを生む。それぞれが身勝手な言い分でいがみ合う軋轢を生む。アルはそれが人生と分かってる。その軋轢が諍いを生み、良かれ悪かれ人は生きて行く上で必ず立ち塞がる相手が居る様に出来ているのだから。


それを乗り越えれば磨かれるが、その先にまた壁は現れる。乗り越えずに横道に逃げたら同じようなシュチュエーションで同じような壁が新たに立ち塞がるのだ。悪人にも正義の味方にも、芸術家にも学者さんにもだ。野球の野手ならハーフバウンドから逃げるとまたハーフバウンドが来るのよ(笑)


第二王子を葬り去った王太子派の者はその発覚に死ぬまで怯える。表面上は素知らぬ顔をして我が世の春を謳っていても発覚の悪夢にうなされ脂汗にまみれて目を覚ます事をアルは知っている。


アルはそこまでの悩みは無い。日本に居る時からそんな物は見て来た。テレビで偽証する人も必死なのだ。視て思うのはその事に囚われて認める事が出来ず、そうするしかない所まで追い込まれている人達。視るまでも無い。『』ない人達なのだから。


その日の糧を得るために朝から働く宿屋兼定食屋の夫婦はアルと同じくそこまでの悩みは無いのを知っている。目の前のお客に向いて精一杯の心のこもった料理を出して心のままに正直に生きてるからだ。稼げない吟遊詩人が居たら心が命じるままに良かれと助言もするし歌が上手いスージーさんを付けようとする(笑)


山脈の大倉庫と更生村を何往復もしてアレコレと考えていたらザナークの第二王子の暗殺など俺にはどうでも良くなった。自分とまったく関係ないそんなアホどもに関わり合いたくない。要するに次期国王を決める王家の兄弟喧嘩ってだけで多くの民が理不尽に犠牲になってる訳でも無い。とばっちりを受けたバルガだって宮廷騎士団の武術教練という貴族だった。第二王子を暗殺したお家騒動を主導した地位や利権に踊る貴族なんぞ潰し合って好きにしろと思えた。


王太子も第二王子も利権に踊る貴族の御神輿なんだよ、どろどろした中身など覗きたくもない(笑)


そんな訳でせっせと更生村に保養所や商店、食堂を建てた。人のイザコザに首を突っ込む暇があるなら俺にはやることがある。



有無を言わさず拉致してきた海賊への補償だ。






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