第387話 帝政ミランダの戦争
9月11日に出会ったバルガとダウド。
教練道場は教会から近いベルン街区に(亡国の)王宮に建っていた立派な武道場を建て、神教国教練武官1位叙爵とするバルガの平民な家を道場裏に建てた。
平民な家だが、基本的に建国前で何も文句は出ない。建国後は神教国の黎明期を支える貴族となる。その時には序列によって相応しい家に住んでもらう計画だ。
ダウドは神教国教練武官5位叙爵として道場に近い場所に家を建てた。道場も家もメイド隊がクリーンを掛けながら(調度品は付いている)不必要な私物(道場は貴族序列の名札、家は個人的な私物)を取り除いてくれる。14時にはメイド隊に二人を任せてハウスに帰ってきた。後は(
※前にも触れたが、元奴隷の中には主人がいないと対人恐怖症のようになってしまい、自分一人での意思決定が苦手な者がいる。主人がいれば安心して生活できるのだ。そんな者は使用人として同居させている。それでも余る者は街に擬態して暮らす魂の無い商家夫婦の使用人となっている。
アルムハウスは元は男爵家で俺の部屋には夫婦用の個室や側付きの部屋まである。現在神教国に建ってる貴族屋敷は三外相の屋敷を除きアルムハウスと横の伯爵邸(ナレス王家別荘)だ。そんな理由でハウスメイドが付いているアットホームなアルムハウスに(ポヨーン魔法の台風実証以来)聖教国から賢者二名が移住した。最近は司教は勿論、賢者のジェシカ・アントム女史も朝食を取ってるので間違いなく客間に泊ってる。クルムさんや導師とアルノール卿の深い知見と研究器材があれば研究者なら誰でも引き寄せられるちゃうよね。
話は脱線したがシズクとスフィアは自室に、コアさんとニウさんは俺の部屋の側付きの部屋に入った。
まぁ、タナウスで8時間寝て鍛錬してから24時にラウナンに行けば5時な訳でその辺は問題が無い。俺達家族のPTにはラウナンの予定が増えている。コモンドル商店で逃げた二人の盗賊をバルガが気にしてたから追って〆てやるのよ(笑)
・・・・
寝入った瞬間起こされた。
「アル様!起きて下さい」
「へ?」
「アル様、戦争が始まりました」
「え!」
「帝政ミランダとカナディオ王国が戦い始めました」
「???」コアさん視ても分かんない・・・。
「アル様!」
「あ!あぁ!うん。戦争?」
「現地時間9時20分。大規模戦闘を行っています」
「大規模なの?」
「人の生命反応が一度に多数消えたので高空観測した所、国境で戦う姿が確認されました。二分ほど前です」
「国境だから二国?」
「はい」
「うーん、分かった。一応は視に行くけど二国の喧嘩なら双方に頭に来る理由があるんだよ。僕は手を出さないからね?」
「知らずに見過ごすより、知って見過ごすアル様だと。ご就寝中すみません」
「うん!全然OK!コアさんバッチリ!それでいいよ。ちょっと見て来るね」
「一緒に参りますか?」
横にニウさんもスタンバイ中。
「ポヨーン付けて近くで視るだけだから、介入せずにすぐ帰って寝ます(笑)」
「かしこまりました(笑)」
・・・・
2年半ぶりの帝政ミランダへ跳んだ。
帝政国ミランダ。第三中央大陸(サルマン教圏)
https://www.pixiv.net/artworks/104869304
タナウス14時過ぎ>ミランダ帝都9時過ぎ
検索・・・居た!南の山に両国兵士、国境だ。
ピョンピョン跳んで国境に向かった。
山中の国境を跨ぐクソ狭い街道。延々と兵士がひしめいてパニックになっている。国境を跨ぐ街道は10mから広くて15m、カナディオ王国側の国境門の前は切り開かれて縦300m×横200m程の広場になっている。国境門は山の三合目付近に丸太と土魔法で作られた城塞みたい。やる気満々だったのね?
しかしなんちゅう所で戦っとんねん、寿司詰めじゃねーか(笑)
ミランダの国境門からカナディオの国境門まで結ぶ4kmチョイの街道か・・・。
もうミランダがどうしようもない混乱で負け戦になっている。撤退しようにも狭い街道に延々と伸びた自国の兵士が邪魔になって壊走出来ず、将棋倒しでも死んでいる。山と国境門から肉弾兵と魔法で挟撃され、袋のネズミになったミランダ兵を街道側からうさぎ獣人兵、国境門側からも討ち出た兵士で挟撃し次々と屠っている。
まぁ、二国の
カナディオ王国のラマス子爵領はうさぎ獣人の領だって。たれ耳族のうさぎ獣人を初めて見たし街道両脇の切り立った崖をジャンプで駆け下りた挟撃戦法が凄くて興味が乗った。乗った分だけフラッシュの情報が多くてラマス子爵領の内紛まで知ってしまった(笑)
ふと我に返り肝心の戦争の理由を追視した。両軍の総大将を視たらミランダの総大将の公爵や国境領地の子爵は最初の魔法攻撃開始10分で爆死していなかった。仕方が無いのでカナディオの総大将の第二王子を視て戦争の理由に愕然とした。
そんな理由?・・・ガーン!
そんな戦争やるならお互いに協力して海賊を狩れよ。行き違いがあるなら本音で話し合えよ、アホか!勝手にやってろと無性に腹が立った。
肉弾戦で戦った挙句に投降する兵が続出したところで帰ってきた。
ミランダ10時半>タナウス15時半。
紛争の理由を視て愕然としたが、関わると眠れなくなるのでそのままハウスに帰ってきた。コアさんが指示待ちに部屋に居たが、問題無いと言って交感会話も朝ねと寝た。
・・・・
9月12日タナウス23時半。
良く寝たせいか、起きると昨日の瞬間湯沸かし器な怒りはどっかに飛んで、冷静に考える俺がいた。早々に帝政ミランダとカナディオ王国の紛争の理由をコアさんに見てもらった。
「これって遠回しに僕のせい?」
「いえ、そう思われるのは仕方ありませんが、これはお考えの様にミランダの自国優先の政策が原因です」
「こんな理由じゃ我田引水に過ぎるよねぇ?」
「それだけ立て直しに必死だったのかも知れません」
「これ、カナディオ側の言い分だからね、着いた時にはミランダの偉い人は死んでたのよ」
「そのようですね、ミランダ側の情報が断片です」
「とにかく師弟の件でコモンドル商店を訪ねるのは延期ね。当分は原因の海賊を狩ります」
「そのように」
朝食を食べ次第に海賊の集まるオーランド群島へ跳んだ。
オーランド群島。西経90度、南緯48度
https://www.pixiv.net/artworks/104869304
・・・・
二国の紛争は海賊が引き金を引いていた。
海賊の楽園と呼ばれたズサ沖の群島海域で去年の秋よりハーヴェスが海賊狩りをし始めた。警戒心や危機意識の強い海賊は11月には早々に逃げ、辛くも討伐を免れていた。海賊はハーヴェスに追われるよりも安住の海域を目指した。
逃げた先は星の裏側に位置するオーランド群島海域。海賊船が群島に隠れて活動し、近くのカリンスポート、アウリム、ラウトは交易補給港が多く、同じ島でも未開の部分は海賊の拠点ともなっている海賊の楽園だ。
アルが覇権国の海上戦力を無力にして2年半以上になる。その間に西には西の歴史が紡がれていた。
この様な経緯があった。
1:ミランダが海上戦力を無くした事で周辺国に護衛船を出せず、護衛契約を一方的に破棄した。
2:帝政ミランダという海洋軍事国家の周辺国はミランダに協調する国家だった。2年半前の一方的な護衛破棄により海上防衛力の落ちた周辺国は海賊被害にあえいだ。その苦情の中でもミランダは交易品を中間マージンを取って売っていた。植民地を譲った見返りとして商国連合の物資供給を得て、周辺国には輸入物資の取り次ぎ業務を行ったのだ。半年ほど経って植民地から商国連合の魔動帆船で運ばれてくる交易品のカラクリに気が付いた周辺国で不満が高まっていった。
4:当然周辺国も商国連合から直接輸入物資を買い付ける様にシフトしていきミランダとの交易自体が減って行った。ミランダは中間マージンが目に見えて減り同じく不満が高まった。
その後4か月も経つと海賊の被害がめっきり減った。テズ教の陰謀によって某国がバックアップする海賊の楽園の噂が届き、海賊船が春からハーヴェス海域に移動したからだ。
周辺国は自国の魔動商船でも安全に交易できるようになり不満も消えた。この海域に多い海洋大型魔獣の獣肉や獣油を取る大型の漁船にも護衛は付かなくなった。
(非力な)軍船による交易船の護衛も必要無くなりミランダ及び周辺国は自国の船を使い、商国連合に発注する交易品がガクッと減っていた矢先・・・約一年後。
新年を明けるとハーヴェス海域に居た海賊たちが続々とオーランド群島海域に戻って来た。平和だった海に海賊が異常に多くなった。安心していた非武装の商船や大型漁船は急激に増えた海賊に次々と襲われた。
5:周辺国商船が海賊に襲われる中、ミランダはいつの間にか商国連合と同等の武装商船を就航させていた。周辺国の軍船も非力な大砲で武装していたが敵船が沈まない大砲と少数の武装乗組員では海賊に接舷されて乗りこまれたら多勢に無勢だった。第三中央大陸で襲われないのはミランダの武装商船だけだった。
その理由。
それは神教国が売った大砲を国で運用しなかった事に尽きる。当時ミランダ海軍の凋落に不満が蓄積された国内貴族。不満を鎮めるために大砲を派閥に割り当てたのだ。皇帝の求心力回復に大砲を流し貴族派閥が利権の為に大車輪で魔動商船を運用した結果、軋轢を周辺国に産んだのだ。
貴族は派閥の利益が優先で他国の事など考えちゃいなかった。それでも各派閥の利益が国に還元されてミランダは植民地を手放したにも関わらず、持ち直す程潤った。
だれも周辺国の喘ぎに目もくれなかった。
国で運用されない大義を持たぬ武装商船は海賊の討伐をしなかった。怪しい船に遠距離から必殺の大砲を撃ち込めば逃げて行く。逃げる海賊を追ってまで余計な経費の掛かる弾薬を貴族は使おうとしなかった。
戻ってきた海賊に襲われぬ武装商船で商国連合ばりに交易をする帝政ミランダ。周辺国は頭を悩ませるようになった。大砲を持ちながら守ってくれないミランダなのだ。
そんな中、軋轢が高まる周辺国にミランダの使者が来た。商国連合より交易品をお安くしますとセールスに来たのだ。
使者が来た事で周辺国の不満に火が付いた。いきなり護衛は止めるわ、商国連合から買って周辺国に届けさせる中間マージン
当然ミランダ株は第三中央大陸で炎上した。
ミランダ交易品の不買運動が周辺国に起こった。今までは強いミランダと共に歩もうとやって来た隣国のカナディオ王国の王が最初にキレて見限ったのだ、周辺国に激を飛ばして不買運動を率先して実行していた。
ミランダも海上覇権を担った国だった。経済的に大きな国を支えるには破廉恥な事も平気でやった。が、それは周辺国との埋めようもない大きな
・・・・
最初は今から5か月前の4月。山間の国境門でいざこざがあった。ミランダの隊商をカナディオが入国拒否したのだ。初期の噂では国境を治めるお互いの貴族の紛争かと思われたが違った。その後にカナディオに滞在するミランダの交易商人は続々と捕えられ追放されたからだ。
ミランダ中央に話が届き皇帝は激怒し、滞在するカナディオの隊商を捕縛し国境より追放した。
後は山間の国境門を挟んで両国の緊張状態が続いた。国境門を治める双方の領主が警戒して国境門を要塞化し兵を駐屯させていた。ミランダの国境門からカナディオの国境門まで約4.4kmの緩衝地帯が有る。名目上で緩衝地帯となっているだけで、山間路に出来た交易路が険し過ぎて切り立った崖から落石も多く国境門が作れるのは山を下った先しか作れなかったのだ。
緩衝地帯を挟んで双方の領主が兵を国境門に集めている最中、ミランダ帝都に周辺国から情報が届いた。各国の政務官(領事館:情報収集官)から、ミランダ商品不買運動が起こっている事実を皇帝が知り、旗を振る先頭がカナディオ王国と知り逆鱗に触れた。
皇帝は周辺国から四面楚歌になっている事実をその時は知らなかった。貴族派閥の増収の報告を受け上手く行っていると思っていた。
・・・・
9月10日未明。ミランダ~カナディオ国境。
激怒した皇帝の勅命を受けて駆け付けたミランダの公爵が未明に陣地に到着した。当地の子爵に挨拶した後、カナディオにも挨拶をしておこうと『寝る前に一発脅かせてやれ、肝を冷やすだろう(笑)』と洒落て、同行した宮廷魔導師に軽く命じた。
この思い付きの挨拶で互いの敵意に発火して両軍は戦った。
通常魔導師や弓師の遠隔攻撃は300mから500m先の敵に向けて放つ。300~400mであれば恩寵次第で必中だが、逆に体を目掛けて来る矢は盾一つで防がれる。当然500mともなれば狙いはあやふやになるので集団の中にランダムに撃ち込む攻撃となる。防がれた魔法はともかく矢は相手の鹵獲物として相手の矢にもなるのだ。200mから500mという遠隔攻撃はその様に駆け引きもある攻撃だ。相手の軍勢が200m以下に迫ると肉弾戦闘部隊に任せて遠隔部隊は引く。
公爵が皇帝から預かったミランダの宮廷魔導師6人と魔法武官の20名。公爵の命を受け未明の相手陣地に向かった。カナディオの国境門まで500mの射程に入り次第、寝る前だからと最大魔力で極大の魔法弾を敵陣防御壁に向けて放った。この時宮廷魔導師6人の放った渾身の魔法弾だけは500m以上飛んだ。正確さを求めていない驚かす目的の火炎弾だからと思いっきり放ったら大きな火炎弾3発と石弾2発、氷弾1発が防御壁を飛び越えちゃった。
6人が全員そんな積りは無かった。
真っ暗の敵陣前500m付近でかがり火を確認した最年長の宮廷魔導士。魔法士達をまとめる偉い人だ。
「うむ、ここらで良いじゃろ」と目算を誤った最大魔力の火炎弾を最初に放つと、皆がその射角を真似して撃った。射角を誤った気合を入れ過ぎた魔法弾は次々と陣地の中に吸い込まれちゃったのだ。
未明の闇を切り裂いてカナディオ陣地に着弾した極大の火炎弾3発。兵員宿舎や停めてあった荷馬車や建築資材と馬屋が炎上して大混乱。石弾と氷弾は質量も大したことなく建物を貫通した。
カナディオ陣地の喧騒で目覚めた総大将の第二王子に伝令が慌てて報告した。カナディオは国境門に王軍を駐留させていたのだ。
「ミランダの魔法攻撃を受けました!」
「何ぃ!まことか?」
「考えられない大きさの火炎弾3発が陣地内に着弾し、兵舎や厩舎、備品倉庫に着弾!現在火災を消火中です。石弾と氷弾も飛んで来たそうですが倉庫の屋根をバラバラにしただけで済んでおります。門外では何十発もの魔法攻撃を擁壁に食らいました」
「むむむ・・・まずは兵の安否を!開戦前に兵を損なう訳に行かぬぞ!」
「幸い魔法は一斉攻撃を行った単発で止んでおります、兵は屋内の就寝中で火炎を浴びておらず無事でございます。火炎弾が飛散した中で幕舎や荷馬車、馬屋に延焼しても被害はそんなに大したことはございません」
「そうか!・・・口上も約定も取り決めず。天下のミランダが夜陰に乗じて不意打ちとは恐れ入った。(宣戦布告以前の攻撃)食事の後に兵を備えさせるよう全軍に伝えよ。伯爵と子爵は朝の食事を同席し軍議だ。その様に伝えよ」
「は!」
カナディオ軍が夜も開けぬ陣で万全の準備を整える中、朝にはミランダ国境門に伝令が向かった。ミランダ陣地の
ミランダ国境門でカナディオの使者が不思議に思いながらも総大将(第二王子)の口上を述べる。
「未明に魔法弾の不意打ちとは恐れ入った。それがミランダのやり方か?口上も無く約定も定めず襲って来るなど盗賊や蛮族の行い!貴族の率いる正当な戦いを知らぬらしい。海戦しか知らぬ卑怯者のミランダに陸戦の作法を教えてやるから出て来い!」
8時過ぎに報告を寝所で聞いた寝不足の公爵は鼻で笑った。驚かせるために魔法弾を放たせたのだ。余程肝が冷えたんじゃろと笑って二度寝した。見込み違いで魔法弾が陣地に着弾したことなど夢にも思っていなかった。
昼になっても使者の一人も寄こさぬミランダ軍(たった4kmチョイ)に怒りに震える二度目の使者が訪れた。この時に物見にいた領地軍の子爵が国境門から出て様子のおかしい使者に仔細を尋ねた所、未明の魔法弾の不意打ち攻撃が明らかになった。聞いた子爵も呆れた上に驚いて青くなった。
すぐに仔細が公爵に伝えられた。
「不寝番に聞いた所、夜明けにカナディオの国境門より黒煙が上がっていたそうです。カナディオの言い分もありましょう、返答はどうしましょう?」
「何じゃと!・・・」
公爵が慌てて宮廷魔導士を呼んで問い詰めると500m圏まで近付いて最大魔力の火炎弾を6人でぶっ放した後、山間交易路から振り返ると暗夜にカナディオ陣地が燃えていたと言う。他の魔法士は防護壁に間違いなく着弾させたと胸を張った。
着弾させたら壁だろうが陣だろうが文句なくアウトである。
「如何致しましょうか?」
「やってしまったものは仕方がない、勝てば全てが許される。どうせ戦いに来たのじゃ、言うてやれば良い」
「何を言えば?」
「すぐに使者を立てろ。門前でミランダ自慢の宮廷魔導師が魔法の試し撃ちをしたら、偶々そちらの陣に撃ち込んでしまったと大威張りで詫びろ。粗相をしてしまった詫びにミランダ軍は不利な陣地攻めを行ってやると言え。明日9時にカナディオ軍を粉砕に参るので国境門の中で震え上がって待つが良いと伝えよ(笑)」ニヤリ
「は!」
勅命を受けた公爵の言葉に異を唱える者は居ない。
・・・・
ミランダの不遜な口上を聞いてカナディオの第二王子は激怒した。
「来ると言うなら明日は陣の前で待ち受ける!」
「殿下。お待ち下さい!」
「そこまで言われて陣の中で待てと申すのか!」
「まずはお聞きください!」
同行した政務武官(参謀)がなだめながら言った。
「謝る気も無い謝罪に怒る必要などありません。相手から攻めて来てくれるのです。陣攻めは陣側が圧倒的に有利、ここは待ち受けましょう。ミランダは余程に優秀な魔導師を揃えたのでしょうな。折角来ると言うのです、山間の街道を見降ろす高所に伏兵を置き、緒戦にミランダ軍を潰走させてやりましょう」
「む、潰走させられるのか?」
「幸い街道に正面する我が陣は一面しか攻撃されません。守るは容易、突破するには3倍以上の兵がいるでしょう。守るだけでも勝てますが、折角明日の9時と決まったのです。ここは策を用いましょう」
「策とは?」
「初手は魔法戦と決まっておりますれば、その最中に敵陣後方からラマス子爵の獣人部隊で斬り込みましょうぞ。双方の大将が開戦の口上を述べ、魔法戦が始まった当初にはミランダ兵は陣攻めを前に我が陣しか見ておらぬ筈、後方から伏兵が襲えば一蹴でしょうな(笑)」
「おぉ、そうか!」
「は!敵陣後方から魔法と弓を食らわせ、伏兵が切り込んで敵陣を大混乱させますので魔法士と弓士もお貸し下さいませ」
「よし分かった、好きなように連れて行け」
「後方に控える魔法士と弓士も全て先陣にお呼び下さい」
「よし、伝令を出せ。その様に手筈を整えよ」
「は!」
・・・・
9月11日。夜明け前。
両軍とも思惑通りには行かなかった。特にミランダの公爵は閉口した。夜明け前に到着してみると戦う場所が狭すぎるのだ、すぐ側に国境門のかがり火が見える。余りにも難所の山越えに狭い道幅、夜明け前の暗夜で兵が散開も出来ない。
「ここまで狭い間道とは・・・一気呵成とは行かぬか」
「ジリジリと押すしかありませんな」
行軍の隊列が狭い街道にひしめいて後方は遥か彼方で見えない程だった。
カナディオの国境門で夜明けを迎えると戦地の全容が見えてきた。街道幅15m、国境門前まで300m×幅200m。街道をホウキの柄とすると掃く部分が末広がりの開けた地形。それは国境門前の広場の様である。
夜が明けた6時。
ミランダの領地子爵軍3000と援軍の公爵軍9000の計12000の軍。カナディオ軍はそれを見て本当に震え上がった。200m先の広場から奥の山に続く街道は見渡す限りの兵士でどれ程いるのか分からない。
とんでもない数が来やがった!
皆があの大軍に大丈夫か?と内心怯んでいた。
カナディオの作戦はすでに国境門を開けて斬り込む事まで決まっている。第二王子と政務武官(参謀)は敵の数を見て顔を見合わせた。
開戦前の軍議で参謀が吠えた。
「寿司詰めのあんな状態でどうやって戦うのです!」
と本陣の席で一発、参謀は声高らかに説いた。一席ぶつのは王軍の参謀である、作戦はそのまま実行されると武官に言い切った。
ミランダ軍は兵が多すぎて展開出来なかった。後方の街道に兵が延々と続く大渋滞だ。9時の開戦に向けて末広がりになった所に魔法戦用の防御障壁を土魔法で築き、大盾を構えた騎士が魔術師と弓士を守る。
ミランダの魔法士はあらかじめ作戦を言い含められていた。
緒戦は相手国境門の擁壁を破壊する事と相手陣地に火災を起こす事。擁壁は丸太を打ち込んで土魔法で覆った防御壁となっている。
「魔法戦で国境門の擁壁を崩し、一点突破で敵陣内に雪崩れ込む。敵陣から火の手が上がっておれば突入時には士気も上がろう(笑)」
総大将の公爵は余裕を見せて言った。無理もない。海戦では覇権国と言う連戦連勝で植民地を勝ち取ってきた国がミランダなのだ。海からの砲撃と人海戦術での経験が余裕に繋がっていた。
武官恩寵も高い公爵、率いるは公爵軍の精鋭と宮廷魔術師以下26名の手練れの魔法士。その権威で余裕を見せていたが今回は陸戦。海上と上陸地点や平野同士での二次元的な戦いではなかった。戦いの経歴は歴戦の勇者だったが、高低差のある山間で兵が展開できぬ戦場経験や肉弾戦の最前線に立った経験の無い公爵だった。
大軍同士が戦う陣形は互いに兵を展開する低地の平野を挟んで山に陣を張るのが陣形の鉄則。セオリーから外れていた。
・・・・
対するカナディオの陣地では伯爵軍5000、隣の領地のラマス子爵軍2000、第二王子軍6000の13000の兵がひしめき合っていた。戦陣を任された第二王子付きの政務武官(参謀)より魔法士は作戦を言い含められていた。
街道は見渡す限り奥までミランダ兵がひしめく状態。
街道は山と山の低い所を選んで作られる、その低い所に川が流れると片側の山の斜面に街道が作られて片側は山、片側は谷という地形になる。カナディオ側国境門は両脇が山に囲まれている場所だった。
初手の魔法戦は陣から最大射程で街道を狙い前線兵と街道奥に詰める兵士を分断する。分断したらそこに伏兵の魔術師が土魔法で壁を作り後方の兵を無力化する。
街道の両脇に切り立った崖より前線に対する魔法と弓攻撃が行われ、分断したミランダ兵の後方より伏兵が雪崩れ込む。前線が混乱次第に伏兵の魔術師と弓士がミランダ最前線を攻撃。それに呼応して国境門の魔術師と弓士も挟撃した最前線へ雨あられと攻撃する。
「最前線に陣取るミランダ自慢の魔法士を逃がすな!」
戦陣指揮の騎士団長の言葉に応!と魔法士と弓士たちが気合を入れた。
国境門の裏側には色付きの布を付けた肉弾戦を待つ者が6000人も控えていた。そう、機が来れば国境門を開け放ち目の前の大軍に打って出るのだ。ここの先陣にもうさぎ獣人1000人が並ぶ。
「この小さい国境門を落すのにまさかの大軍で来るとはな、陛下の肝入りで援軍に来て良かったわ。陣攻めは3倍の兵が居ると聞く、伯爵軍だけでは危なかったぞ(笑)」
第二王子が言うと皆が笑う。
それを聞いた政務武官(参謀)も王の過保護とも言える援軍は正解だったと思った。
本来ならば攻め寄せられたら山の国境門など早々に放棄して平地で迎え撃つのがセオリー、それは戦陣形の常識だった。しかしカナディオの王は頭に来ていて、ただの一度もミランダに遅れを取るのが我慢できず第二王子率いる6000を国境門の増援として送ったのだ。
戦争前口上は槍に旗を付けた騎士を両脇に伴って国境領主の子爵が国境門前まで出向いた。
「何の通告もなくミランダの隊商を入国拒否し、国内においても追放するとは商人は平民の外交官という言葉を知らぬ蛮族の極み!今日は蛮族を
対するカナディオは第二王子が
「我が王の言葉を教えてやる。軍事国家と思いきや、
お互いに拡声魔法が掛かって丸聞こえだ。本当の事を突かれて耳が痛い公爵だった、派閥利権に踊り過ぎたツケと知っていた。
舌戦はカナディオ軍に軍配が上がった。
口上を述べあって子爵が陣に帰った直後に魔法戦が始まった。
ミランダ側のストーンバレットは擁壁に、ファイアボールの火炎弾と火矢は陣に次々に撃ち込まれた。対するカナディオの魔法や弓は見当違いの高空に飛び街道の方に行く。宮廷魔導士を守る騎士団員が魔法や弓が全く跳んでこない事に驚いた。
驚いた後に着弾を見て意味を知った。前線からかなり後ろの狭い街道に火炎弾やストーンバレットや弓が雨あられと降り注いでいるのだ。ミランダ側がその意味に気が付いた時には遅かった。どうしようもない事態だった。
狙いは小さな白兵戦用の楯を肘に付けた肉弾兵の中心だったのだ。槍や剣など持っても避ける事も出来ぬ寿司詰めに魔法攻撃はどうしようもない。
街道に寿司詰めの兵士は降り注ぐ魔法に爆死で体が千切れ跳んだ。余りの惨状に大混乱で我先に後退しようと将棋倒しとなり、少なくない兵士が圧死した。分断された街道にカナディオの伏兵が土魔法の防御壁を築き終わった時に勝敗は決した。
今度は街道両側の断崖からピョンピョンと飛び降りて来るうさぎ獣人兵1000人とそれを援護する崖からの魔法と弓。前線に取り残された4000人は街道と国境門の両方から殺到した魔法と弓に大混乱になった。いきなり魔法と弓が前後から降り注ぐ大混乱になったのだ。
分断された前線部隊に向かって街道両脇の崖から火炎弾やストーンバレット、エアカッターと弓が降り注ぐ。激烈な魔法で後退する多数の兵士の圧力は凄まじくミランダ軍は自らが作った国境門に対する防御壁まで押し込まれて身動きが取れなくなった。
街道方向から迫る獣人の乱戦。ミランダ軍が後方の断崖から降り注ぐ魔法と弓に備えた時には、国境門からの魔法と弓が前線に降り注いだ。挟撃された4000の部隊は前後からの魔法と弓による空爆の爆心地にいる様な物だった。魔法が収まると国境門が開きうさぎ獣人を先頭に6000の兵士が雪崩込んだ。かろうじて生きていたミランダ軍の2500人は逃げ場も無く白兵戦で挟撃に磨り潰されて行く。倍以上の敵兵に囲まれ次々と討たれる同胞。
両軍がぶつかり合う面では、1対1の戦いではない。2対1か3対1の肉弾戦なのだ。ミランダ兵は心が折れ、戦意も失せ剣を捨てて1500人以上が降伏し負傷兵は200人を捕虜とした。
ミランダの公爵、子爵、宮廷魔導士を最初の魔法戦の最中で消し去った。それは稀に見る大戦果だった。
アルが現地に着いた時には魔法の挟撃の終幕。それはすぐに国境門より兵士が雪崩れ込む白兵戦に移って行った。
・・・・
翌日。
9月12日タナウス2時>9月11日オーランド群島19時。
アルの海賊狩りが始まった。
次回 第388話 うさぎの国
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