第386話  盲目の剣士


9月8日。


アルが朝早くサンザの銀馬車亭を出て王都ラウナンに着いた日。シズクとスフィアと手を繋ぎ、コアさんとニウさんと王都見物や名物に舌鼓を打っている一カ月以上前。


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ダウドは身体と服を洗った身綺麗な風体でコモンドル商店にお礼に行った。コモンドルは良い事をしたとは思ってもまさか二日後、本当に礼に来て仔細を知る事が出来るとは思ってもいなかった。


服こそ繕いが目立つが小ざっぱりと洗われて礼儀正しく店先に控え、コモンドルを待つ姿勢で貴族だと分かった。


これは拾い物をしたかもな(笑)


コモンドルは内心で笑った。コモンドルの近年10年は小金の使い道に困り、この齢にして孫の様な娘を娼館に買いに行き寝物語に街の噂話を楽しく聞く。吟遊詩人が辻にたたずむと飯屋に誘って異国の話を強請ねだったり、裏町の盛り場で酒やギャンブルを面白可笑しくたしなむ老人だった。


稼いだ金はそんな好奇心を満たす事に使い、日々を楽しく過ごす老人がコモンドルだった。伝手の友人も多く、面白い話が聞けるなら酒手も弾むので長く付き合う者も多い。人としての欲からは浮世離れしているのだ。商人だけあって欲で動く者の心根はコモンドルにはよく見えている。欲も無く真っ正直に好奇心のみの本音で付き合うと裏や影のある人間は自然と居心地を悪くして消えていく事も知っていた。


バルガ・シャナクルが言う様に人を見る目の達人と言えるかもしれない。


面白いご仁が現れたモノじゃ(笑) 


コモンドルはこの影の無い清貧を地で行く貴族からどんな面白い話が聞けるのか内心で喜んだのである。


丁重に奥に通されたダウド。

大店に入るのも初めてではない、師のバルガが身体を壊す前には偽名で作った冒険者証で二人ともが3位冒険者として路銀を稼いで逃避行がてらに隊商の護衛もしていたからだ。


ダウドは師から聞かされた言葉を良く理解していた。お礼を言うには仔細を語らねばならず、嘘は名人に見抜かれる。助けてくれた商人を信じて全てを話した。


唯一の貴族足る証しを見せた。ザナークの貴族証と共にダウドの片手剣とナイフには貴族証と同じ伯爵家の紋章があった。二品揃った別モノの品に同じ紋章は所縁の者である証明となる。


(アルが昔売った、帝国こしらえのミスリル剣とナイフの二振りだけが高く売れたのは揃った紋章で由緒ある古来帝国貴族の特徴を備えた剣だからである。アルは知らないのでナレス公爵家のミスリル片手剣と両手剣ですら当時は叩き売ろうとしている)


そして出されたダウドの二枚の偽名冒険者証。

路銀を得る依頼票の難易度を見て怪しまれぬ様に使い分けるのだ。一枚は3位冒険者証、一枚は5位冒険者証だった。


包み隠さず師匠の目の事や今の病状、追手の事もあり師から目を離せない窮状きゅうじょうを話し、短時間であの様な指南をして糧を得ていた事をコモンドルに詫びた。詫びると共に師からコモンドルは名人だからダウドは見切られて負けたのだと言われた話でコモンドルは大いに笑った。


友達から聞いた剣士の話でダウドの人となりを掴んでいたコモンドルは確かにそうやもしれぬと合点がいったのだ。


話は弾んで昼の時間となった。

昼を辞するダウドに師匠をここに連れて来るように言った。それは師が一番嫌う事だとかたくなに断るダウドにコモンドルは言った。


「ここの客間のベッドで養生すれば直ぐに身体も良くなる。聞けば私の方がお師バルガ殿より年上だ、年上の名人の言う事を聞けとお師に言え。年長の言う事も聞けん子供なのかと無理にも連れて来い」


コモンドルは厳しくダウドに言い含めた。ダウドはお師を子供扱いする人を初めて見て面食らった。


「良いな?分かったな?」

「はい!」


ダウドに迷いは無くなった。コモンドル老人はお師と同格の人だと思ったのだ。


・・・・


夕方に洞窟に帰ってきたダウド。


話を聞いたバルガ・シャナクルは弟子を叱らず笑った。笑った後、じっと目をつむり想いを噛み締めた後、優しい笑みでダウドに承諾した。


夕飯は3日経って固くなったパンを使い、ポトフベースのパン粥にして師に食べさせると風呂を沸かしに川に向かった。風呂と言うのはこの洞窟で養生を始めた頃に河原に作った一人分の穴だ。穴に溜めた川の水に焼け石を投げ込んで作る風呂、四日に一度はダウドが師を連れて風呂に入れに来る。


目の見えぬ師を伴って風呂に入れてやる。石鹸の実(地球で言うソープベリー)を砕いて師匠の身体を洗い、今日は調子が良い様だと隅々を洗いながら師の体調を見ていた。


風呂上りに着替えると、師匠は帰る前に一手揉んでやろうと剣を取った。


「え!良いのですか?」

「良い。今日は心持ちヨロヨロせんわ(笑)」


師匠のバルガは草むらで構えている。

ダウドは久しぶりに身体強化をフルに巡らせて細心の注意で師匠を伺う。それは隙だらけに見えるがまったく違う。相手の打ち込みに合わせて自由に変わる変幻自在の剣なのだ。


「心おもむくままに己の剣を出せば良い、しからばお主の技量も自然に出るのだ。何も飾らなくて良い、剣は飾る物では無い」


バルガは3年ほど前に完全に視力を失った盲目である。

出奔した後に徐々に視力が落ちて行った。落ちながらもおぼろに見える姿かたちと殺気や気配によって霞む視力でも弟子に稽古を付けてやっていたのだ。そして生まれた心眼の恩寵。


土地や無機物は見えぬでも殺気や敵意、人の息衝いきづく気配によって立つ者の技量を寸部の狂いなく認知する能力に開眼していた。ダウドの構える練られた魔力を纏う構えや片手剣がそのまま見えていた。達人が剣の求道に磨いたそれまでの経験に裏打ちされたセンサーの感度。それはおぼろげな視力の助けを借りた年月と、いつ襲撃されるか分からぬ常に警戒する鋭敏に研ぎ澄まされた感度。視力が落ちて心眼が開眼し、視力が落ちるに連れて心眼恩寵のLvは上がった。


目を閉じて敵を感じるんだ!と閉じるどころか目を剣で斬り潰して決戦の最中に心眼をいきなり会得する者も居るがバルガの心眼はそうやって会得した。


※「これで勝てりゃあ、目ン玉ふたつぐらい安いもんだぜ」と赤石が両眼を斬って潰した次ページには普通に目が治っている魁!漢塾三巻の剣桃次郎の心眼の会得を指す。



・・・・



翌日から師弟はコモンドルの客間に逗留する事となっていた。コモンドルの連れて来た薬士は1カ月は薬を飲んで養生する様に言った。


師弟はコモンドルを心から信用し、他国の色々な話をお互いに語り合い、愉快な日々を過ごす間にバルガの病状も日々良くなって行った。逗留して1月、ここ最近は眩暈めまいでふらつく事も無くなり、身体を慣らす意味で同行した日帰りの行商の護衛もした。行商の休憩時間にはダウドに稽古を付けるほどに回復していた。


「これなら数日もすれば依頼を受ける事も叶おうよ」


「はい!先生!(笑)」


そんな事を言うほどまで回復していたバルガ。二人は追われて名前もおいそれと晒せない、二つの偽名の冒険者証で路銀を稼いでは追手から逃げる生活に戻ろうとしていた。


そんな日々。


深夜2時にもなろうとする頃、ダウドは起こされた。


「ダウド!追手かも知れぬがまさかにそうは思えぬ、遺恨か物取りかこの店が囲まれておる。13人じゃ、支度せよ」


「はい、先生!」


ダウドが支度している間に矢継ぎ早にバルガの指示が飛ぶ。


「コモンドル殿と使用人をこの部屋に連れてこい」

「は!」ダウドは部屋を駆け出して行った。


廊下で剣を左手に掴んで仁王立ちする寝巻のバルガを見て驚く使用人だが、ダウドに急かされて横を通り抜け客間に逃げ込んだ。


「コモンドル殿、使用人は全てかな?」

「はい、賊と言うのは本当なので?」

「感じでは雑魚なので賊であろうな(笑)」


「ダウド、儂を店先の広間に連れて行け。その後この部屋を守れ、儂を抜ける者がおるかもしれん。以後静まるまで部屋を出るで無いぞ、お前がこの店の者を守れ」


「はい、先生。こちらにどうぞ」

ダウドは師の手を引いて店に誘導する。


丁度二人が広間に向かう最中に、賊がそろそろと扉の閂を外して押しこんで来た。


「来たぞよ、急げ!」

「はい!」


「ここで!足場は洞窟の寝所と同様です」


「よし、戻れ!燭台は要らぬぞ?」

「はい。先生、ご武運を!」


バルガは剣を上げニヤリと笑った。


ダウドが戻る背中のすぐ後ろで賊の悲鳴が矢継ぎ早に起こった。


ドド・・・ダン!

ぎゃー!


8m程続く店の土間から奥に続く上がりかまちの板床に踏み込んだ賊がバルガに斬られて倒れ伏す。


ドド・・・ダン!うわー!ダン!ギャー!

グワー!ガシャーン! 痛ぇ、痛ぇ! 賊が剣を持つ手は宙に跳び、空き手に持つ魔法ランプも腕ごと斬られて床に落ちて割れる。


「この野郎!待ち構えてやがったな!」

「夜中に騒々しいから起きるわぇ(笑)」


「押し包め!」


うがー!ダン!ギャー!ダダン!ぎゃ!カシャーン、パリン!バルガは魔法ランプの魔力を心眼で見切って潰し、敵の視界を奪っている。盗賊が一歩二歩踏みしめる床板の悲鳴と共にバルガはススッと動く足捌きで剣で撫でると賊の悲鳴も一緒にする。


「おのれ爺い!」


そういう賊の手元にはろうそくにガラスが被った燭台の灯りしか無い。流石にバルガも無機質の燭台まで心眼で見られない。


ダン!ぐがー!


言って動いた瞬間、賊が足を飛ばされる。転んだ拍子に燭台のガラスが割れて灯りが消えた。


「・・・」余りの惨状に頭領がゴクリと息を飲む。


「お主はかしらだな?生かしておくか」


盲目の剣士は目線を合わせて言う。

誰も盲目とは気付かない。ミスリル剣から立ち上る凄まじい魔力にも気が付かない。


「ふざけるな!」


頭領はろうそくの燭台を床に置いた。両者の影が広間に揺れる。


「逃げるなら追わんぞ?(笑)」

「うるせぇ!」


バン。ダーン!

刹那に踏み込んで来た賊の頭目と思われる男の手首を片手剣ごと跳ね飛ばす。


「ぐわー!ちくしょう!」


腕を押さえて転がった頭領が先程置いた燭台に当たり灯りが消えた。バルガは左手で持った鞘と右手の剣を入れ替えて、まだうめきながら転がって傷を庇う賊の頭領を鞘で容赦なく叩いて気絶させる。


燭台の全てが消えた暗闇の2時。静かになった血の匂いの立ちこめる広間でバルガが叫んだ。


「ダウド!来い!」


ダウドは剣を構えて廊下へ跳び出した。


「もう終わった。燭台を持っておいで、床が血で滑るぞ」


「はい!先生」


見張り役の二人は凄まじい悲鳴と仲間の怒号を聞いて荷車を置いて逃げ散った。


・・・・


「コモンドル殿、真に世話になった」

「こちらこそ、助けて頂きありがとうございました」


「我らは名を明かさずに開門で旅に出る」


「え!」


「守備隊がすぐ来よう。仔細は明日の吟味になる筈じゃ、他国の儂らは偽名を名乗っても出生など詳しく聞かれたら二人共にボロも出る。消えるのが一番じゃ」


「そんな!大丈夫ですよ!」


「騒ぎを聞きつけた守備隊には今宵は冒険者証で身を立て、開門と同時にシリカを出る。コモンドル殿、本当に世話になったな(笑)」


「旅立ちは王都方面ですかな?」

「うむ、そちらになるな」


「今から荷を作ります。隊商護衛として夜明けに出れば怪しまれますまい」


「最後まで世話を掛けすみませぬな(笑)」

「命の恩人がなんのことやら(笑)」


「お前たち、今からリバ村用の荷を一台作っておくれ。いつもの雑貨売りだ、夜明けと共に出て売ったら明るいうちにすぐ帰って来なさい」


「かしこまりました」


隣近所が通報した押し込み強盗事件。駆け付けた守備隊には、とても強い冒険者の師弟として一月も逗留していた事、逗留の間の最近は2回ほど隊商の護衛として働いてもらっている事。そんな逗留中の盗賊事件だった事を報告した。


11人を斬って倒したバルガの剣技に守備隊は舌を巻いた。



・・・・



時は戻って、9月9日(光曜日)


ヒルスン兄様とマーフ、モニカ姉さまとギシレン家のアネット、アリアの供回りのミリス家のジョゼット。海に行った事のない使用人をサントのレストランに連れて行った。


家族旅行はサント海商国ばかりだよ、でもコルアーノなら海なんか一生に何度も見られないからこの綺麗な海を見せてやりたくてお爺様が企画してるのを皆が分かっている。


初めて海を見る人達のリアクションが面白くて連れて来たくなるんだよね。展望食堂で海を見ながら食べる高級料理にワインと吟遊詩人の物語。テンションマックスでスマフ商会のプライベートビーチでハシャギまくる人達。ランドさんが連れて来た執事の運転する入り江の遊覧船に嬉々として乗って行く。俺はお爺様とお父様と砂浜で酒を飲みながら来年もあるなら王都の別邸の使用人や二つの湖にある別荘の使用人も連れて来ようと思った。


グレンツお兄様からフラウ姉さまに赤ちゃんが出来たと聞いた。お兄様も最近教えられてレンツ様に報告したと言った。3月に生まれるらしい。酒を飲みながらのお兄様と俺の会話を家族が何とも嬉しそうに聞いている。俺も赤ちゃんが生まれる話で幸せに包まれた感があった。


ヒルスン兄様とモニカ姉さまは座って酒に付き合う状態ではない。何度も来ているアリアでさえ供回りと海を満喫するのに忙しい(笑)


15時半までプライベートビーチで遊んだお礼をランドさんに言って辞した。最後にお土産タイムが待っている。


皆が異国の土産産を物色する中、俺は最近流通し出したイーゼニウムの花の意匠の新貨幣をプールしておきたくて、手持ちの旧帝国金貨を有意義な土産に変えようとしていた。


新旧の金に染まる俺の心は汚れている気がする。



・・・・



9月11日(火曜日)


街道を老人の手を引きゆるりと歩く二人連れ。


バルガが言った。


「む!追手か?手練てだれじゃ」

「え!」


「前にそれらしいのがおろう」

「荷馬車の家族しかおりません」


「荷馬車の家族?」


「荷台にお母さんと子供の頭が見えます」

「巡る魔力はタダ者では無いが・・・」


「・・・確かに緊張や焦りを感じぬな」


「御者がお父さんだと思います」


「とにかく立ち合える場所へ儂を連れてお行き」


「はい、先生!」



その時チョレスでシズクとスフィアとコアさんと歌っていたアル。アルを追う視線ではなく、一瞬の後ろ頭しか見られてないので何も気付かない。


「アル様、前の二人連れが妙な動きを」


言われたアルが荷台から視てすぐに分かった。二人連れまで70m。


「コアさん見て!剣術乞食はこんな人だ(笑)」


楽しそうにアルが言う。


交感会話で見たコアさんが超驚く。


「まさか!本当に!」


「魔力の巡りを恩寵の心眼で把握してる」

「はい!盲目とは思えない把握です!」

「あのお爺さんが病気だったんだよ!」


「噂は2か月も前の話だよ!全然乞食じゃないじゃん、高貴な貴族もいいとこだよ。人のうわさってマジで当てにならないなぁ。まぁ尾ひれが付いたらそんなもんなのかなぁ、本当に酷い噂だ!(笑)」


「はい。これはなかなか・・・(笑)」

「波乱の人生だよね?(笑)」


「タナウスに逃がしますか?(笑)」


「連れて行かないとね(笑)」

「やってから?」


「やらないよ!追っ手に思われてるじゃん(笑)」


「そうですね、待ち構えてますね(笑)」

「うちの二人を心眼で見抜くって凄いね?」


「アル様が言う一事を極める部類でしょうか?」

「分かんないけど、魔力を敏感に察知するみたいね」


「こんな人には心のままで行くよ(笑)」

「その様に!分かりました」


この交換会話で家族全員の意思は固まった。ゆっくりと荷馬車は街道を進む。


二人の待ち構える小さな草地の横に荷馬車が止まったのを見てダウドは心底驚いた。こんな普通の家族が手練れの追手なのかと驚愕した。


街道から草地に身構える二人に対する距離は約20m。荷馬車から立ち上がった子供が不意に声を掛けた。


「お爺さーん!目が悪いでしょー?」


「え!」


思わぬ言葉に絶句する二人。


「今ねぇ、神様がお爺さんの目が悪いって教えてくれたのー」


「?」


「神様が治してあげなさいって言うのー。目を治してあげるから今からそっち行くねー?」


「先生、目を治すと・・・」

「目に特化した回復魔法かのう?」


二人の殺気は消えたが警戒は怠っていない。


「神様が言うとは、何の事でしょうか?」

「むう・・・儂も分らんわ(笑)」


余りに無関係な話が出た事で笑いが出た。笑いと共に警戒も緩んだ。アルは安心して荷馬車を降りた。


荷馬車を降りた子供が小走りで街道横の草地に向かって来る。手練れと思われる二人は馬車から降りて来ない。近付いて来る子供はダウドが見ても、バルガが心眼で見ても殺気も何も無い普通のだった。


「怖くないよ。回復魔法をするからね?」

「やはり回復魔法か。すまぬのう」


「お爺さんしゃがんでくれる?」

「・・・む、こうかな?」


「そうそう。回復魔法するよ?」

「すまんな」


バルガはアルのてのひらから放たれるまばゆい魔力の閃光で心眼の視界が真っ白になった。魔力の塊を見たのだ。


まぶしかった?もう見える様になったはずだよ」


老人の薄っすらぼやける視界が焦点を結ぶのをアルは視ていた。


「あなたのシャナクル流は弟子のダウドさん一人で終わらせたらダメだって神様が言ってます。ザナーク王国から神教国が庇護ひごしなさいって言ってます」


「儂をシャナクルと知っておるのか?」


「何故その名を!」


「ダウド、この方は神の使いだ。追手では無い」


「え!」


「儂には見えておるぞ、この方の加護が」


「先生?」


「あなたにも見せておきます」


ダウドはそれを見た。


この世に御座おわす人の神。6神の加護を見た。



・・・・



9月11日の昼前に巡り合った剣士の師弟。


神教国に連れて行き便宜を図った。神都の大教会近くの敷地に道場と家を置いて後はタナウスの剣術教錬(剣術指南役)として道場を構え、政務官や執政官、騎士団と守備隊に引き合わせて回った。その後はメイド部隊に任せてある。


老剣士バルガの過去をフラッシュで追い、その人柄や剣技の根幹を視せてもらった。が舌を巻いた。


追手に後れを取る事は即ち死を意味する。不意打ち、初見の技、遠隔の弓術。暗殺とはアッ!と思った時には死んでいるのだ。アルも充分に分かっているが、そこまでの意識はして無かった。覚悟も出来てるがバルガと比べられる覚悟じゃ無かった。


視界の質が違った。


アルは平常の動きと異なる点を見逃さない。変わった事が視界にあると視界に引っ掛かる。引っ掛かるから注視するし、何だろう?と視る。その視界は鍛えられ範囲内なら変を感知できる程になっている。


バルガは違った、追われる者だった。絶えず虚を突き刺客が襲ってくる境遇。変わった事を見出した時には死ぬ世界に生きていた。至近距離で殺気を見逃した、目の動きを見逃した、剣に動きだす右手を見逃した、緊張するほおを見逃した。見逃せば遅れを取って死ぬ。


視界に入った人間が、己に攻撃が及ぶ範囲に入るまでに判断していた。アルの様に引っ掛かるから視るのではない。気配、殺気、ぎこちなさ、油断ない視線や立ち居振る舞い、緊張する挙動を心視界に入った瞬間に見るのだ。それは変を探す視界だった。


暗殺者に追われる境遇をアルは初めて知った。


見つかれば問答無用で襲われる境遇。24時間安心して寝入る事もかなわず浅い眠りで逃げ続ける20年。人とすれ違う、人に話し掛けられる、不用意に近付く一歩だけで襲撃と身構える日常。追われる立場は自然と人が信用できず身構える生活になる。安心などできない、共に剣を究めようと集った高弟の息子達まで己の無実を闇に葬られぬ様に付き従って倒れて行ったのだ。


暗殺者に後れを取る訳にはいかなかった。


気を張り詰めた、それによって感が強くなった。いわゆる感知能力、勘とも言ってもいい。危機感知の恩寵ではなく視界からの識別能力である。近年6年は視力を弱くするおぼろげな視界で人の変を識別する過程で感知能力はどんどん強くなっていった。霞む目で追手を疑い人を見極めた。そのお陰で心眼を会得した。盲目になっての3年は心眼Lvがみるみる育った。


自然に眼に引っ掛かるアルとバルガ。見る眼が育つ速度は比では無い。それは追われる境遇で育った能力かもしれないが、逆境をも適応してしまう人の不思議を視た。


人間はとても不思議な生き物だと正直に思った。見るのが得意なアルが脱帽して舌を巻いた。バルガは追われる境遇で索敵識別能力を磨いていたのだ。心眼は単なる延長だった。


アルには絶対に無理な事だった。人の器のことわりを知っている。剣に身を立てるのも良い、追手を迎え撃つのも剣に倒れるのも良い。本来それが器に入った魂の磨き方なのだ。アルはことわりを知っている、そこまでこだわらないで剣に行き場が無かったら商人や農民になって磨けば良いと思ってしまう。


意地を立ててあらがうのも磨く方法。それで死んでも磨く人生、道を変えても磨かれる人生なのだ。アルは神の加護や恩寵も無くことわりを知るならバルガの立場なら剣士など我先に捨て商人や農民を選ぶ。


恩寵があってもそこまでギリギリの攻防でどれほどの魂が磨けるのか?とアルは思う。勝負にのだ、なのだ。クレバーに己を磨く方向に進路を取ってしまうのがアルだ。


心眼取得の修練の道程みちのりを視ようとして余りの凄さに引いた。視界に入る者全ての変を感じ取る疑心暗鬼の日々など論外だった。取れるなら取ろうと思った恩寵、心眼に興味が無くなった。境遇ありきの恩寵の取得など考えられなかった。恩寵は道具なのだ、道具にこだわって自身を生死の断崖だんがいに追い詰めるなど論外だ。アルは知ってるからそんな結論になる(笑)


だから人が本来歩むべき器の道を真っ直ぐに進んだバルガを尊敬した。そんな人だから弟子が付いて来るのだ。そして弟子を死なせまいとまた過酷な境遇に抗う人生。


そんなバルガの根底にはリケット教の教えがあった。


・人生の困難は乗り越える神の試練と考える。

・困難、戦いに敗れても神の国で幸せになる


アルはバルガのリケット教への信仰心を神教国の教義で包み込み、神教国がである証明をしないといけないと視終わってから笑った。6神の加護だけバルガに見せて神教国に帰依させようなどリケット様に失礼だと思った。


素晴らしい信者を持つ、居もしない地の神リケット様に初めて妬けた。だから神の用意した試練困難を乗り越えたバルガはで幸せになるとアルは心で締めくくった。


リケット様を妬いてもアルも負けてはいない。リケット教の教義と同じ様な言葉をアルは知っている。


人事を尽くして天命を待つ。


神教国は人事を尽くしたバルガにそう説く。アルの虚言はLv10、大陸を股にかけるレベルである。天命すなわち神託を理由に話しかけた老剣士を見事に騙し切るはずだ。



・・・・



三か月後、コアさん率いるメイド部隊によって幻灯機レターがザナーク王国のイード伯爵家に届いた。


神教国タナウス宮廷騎士団、武術教練1位武官

   バルガ・シャナクル(72)

神教国タナウス宮廷騎士団、武術教練5位武官

   ダウド・イード(35)


タナウスの騎士団と守備隊(元チノの武官)に囲まれた道場で神教国タナウスに叙爵を果たした身分証を浮き上がらせる二人の姿に息子を送り出したファドル・イード伯爵(64)は先生とつぶやき男泣きした。


その1カ月後には子息を送り出した高弟達が少しずつ幻灯機レターの上映会に集められ、追っ手との死闘により息子の最後の戦いぶりがバルガとダウドによってイード伯爵家で


子息たちの最後の言葉は皆一緒だった。


「ダウド、先生を頼むぞ」


それは父が息子に託した言葉そのものだった。


高弟達は己の息子が剣の道のそれぞれに生き、4度の襲撃によって散った事を痛く悲しんだが、王太子派の陰謀から師を守り切った事を貴族の誇りと胸に秘めた。戦争で死ぬのも病で死ぬのも信念に死ぬのも一緒。死が当たり前に近い世で貴族であるならば信念に沿った死を望むのだ。


ザナークは武人の国だった。


以後、ダウドからの幻灯機レターがイード伯爵家に何度も届く事になる。



・・・・


閑話休題。


三か月後はさておき、神教国に心眼持ちの剣士が任官した。




次回 第387話  帝政ミランダの戦争

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