第380話  されど宗教


9月2日(光曜日)


教会裁判が昼を挟んで休廷となり、自然公園の一画に昼食の用意があると招かれた。


子爵家の家族七人(王都隣の領で子供が夏休み帰省中)と教会の関係者と聖女ユーノ、伯爵家の家族四人が護衛に守られ森の小道を行く。


「少し遅れてうかがいます」


森に入ると小用トイレで遅れると言った。立ち止まるアルの横をクリスト卿が通ると話しかけた。


「裁判は如何でしたか?」

「何も言う事はございません」笑ってくれた。

「それは良かった」

「魔眼の怖さが良く分かりました」


伯爵家の皆も微笑んで歩きながら聞いている。

立ち止まるクリストと伯爵家が少し離れたら言った。


「クリスト卿、少しお話がございます」

「はい、何でしょう?」

「少し外れます、こちらへ」

「はい」


アルの横をクリスト卿が歩き、コア、ニウ、シズク、スフィアの四人と聖騎士四人が昼食会場へ向かう皆から森の小道を外れた。


「皆で幕を持って僕たちを隠してくれる?」

「かしこまりました」


出した天幕を八人が持って森の目隠しにする。


幕の中に隠されるとクリスト卿を昏睡させた。服を脱がせて右肘上を切断する。血が噴き出る中で最大出力の光魔法を継続してぶっ放す。


天幕の中でまばゆい光が編まれていた。


護衛に守られた昼食招待者たちは、後方で行われる事に気付かなかった。



・・・・



天幕の中に入るとバファエル伯爵が我先にブラス子爵に駆け寄った。クリストの決闘事件以来、初めての両者の接近だった。


「よくぞご決断下さった。我が息子をお救い下さりありがとうございました」


伯爵の後ろで聞くカーツもルイーズ妃も兄弟も伯爵の肩越しに丁寧に子爵に頭を下げる。それを見た子爵の横に立つフローラ妃の顔に赤みが差した。蒼白だったのも無理も無い。息子の肘から先が斬り飛ばされたのを歯を食いしばって見守ったのだ。


「バファエル卿、我が家の恥をさらして申し訳ない。クリスト卿の災いは息子がもたらしたもの。救うも救わないもございません。これ以上の災いを止めたかっただけです」


「私には仮にカーツが魔に呑まれようとも・・・イヤ、言うのも止そう。どれほど親にとって身をかれるか考えるだけでも怖い。本当に息子を救って頂き感謝する!」


伯爵と子爵は手を取り合ってお互いの心情をおもんばかった。


皆が席に案内された頃、小用に行っていた大司教の一行が天幕に入って来た。


天幕に入るなり言った。


「わぁ!素晴らしい宴席ですねぇ、木々が色付いてとても綺麗で華やかです」


遅れて入った俺たちの席は空けられていた。入った順の長い机の奥から俺、ユーノ、コアさん、ニウさん、シズク、スフィア、司祭2名、向かいにシスター四名、聖騎士四名。


ここはナレスの北方ほどの緯度で緑豊かな公園。アルの言葉に皆がと秋の彩りを見せる木々を見渡した後、執事に注がれた食前酒に目を落とした。


そんな時にカーツがふと気付き大声を上げた。


「クリスト!」


一斉にそちらを見る一同が驚いた。


呼ばれたクリストは兄に笑って目の前の食前酒を掴んで兄にかかげた。


クリスト卿は右手で杯を持っていた。


場が一瞬静まった。

驚きのあまり息が止まったのだ。


「皇太子様も教皇様と同じ秘術を?」


ユーノがとんでもない事を横でポロっと言った。


「バカ!何言ってんだ!アホ!」バシ!


その会話は決して大きい声では無く、隣のアルに話しかけるユーノと交わしたとても小さな声だった。しかしそれはクリストの治った手を見た一同が反射的に大司教を目で追った静寂に包まれた中のやり取りだった。


どこに顔を向けても目が合った。


ALL(皇太子様?・・・!)


シーン。


ギャー!どうすんだこれ!


「あはは。それでは皆さん!カンパーイ!」

「かんぱーい!」


アルは反射的に目の前の食前酒で誤魔化したがバレバレだった。子爵がスピーチして招かれた昼食会がスタートするのにアルがやった。そして半数が釣られて乾杯したが貴族としてダメダメだった。


でも、そんな事には構わず、バファエル卿とルイーズ妃が俺の前に走り込み、膝立ちで神への感謝の言葉を述べ出した。泣いていた・・・。見る間に使用人も後に続いた。ラウム式に俺を拝む・・・。


伯爵がその状態で感謝を述べる間、教会の司祭、シスター、聖女、コアさん、ニウさん、子爵、護衛の騎士団、給仕の執事、メイドまで全てが膝立ちで俺を全方向から囲んだ。


それは神様扱いだった。



~~~~



「アルベルト大司教様がおっしゃった事は本当だった。ラウム教が全てを収めるとのお言葉は本当だった。今は悲しみよりも神のお側にいる安堵が生まれました。皆さまに顔向けできるこのブラス家の昼食に招けた事を神に感謝します。乾杯!」


ALL「乾杯!」


歓談しながら向かいのテーブルの聖騎士に言った。


「午後からは、いつも仕事で忙しいユーノお姉ちゃんを二人で護衛してブラスの領都観光に連れてってあげて。お金はあるかな? あるならいいね、お土産一杯買わせてあげてね」


「かしこまりました」

「本当ですか!皇太ィ・・大司教様!」


もう敬称が無茶苦茶だ。


「本当だよ。有名な美味しいお店があったの・・・あ!民衆に囲まれるかも?貴族用の高級店の方がいいね。晩も聖騎士と一緒に美味しい物食べて21時頃に教会に帰って来たらいいよ。教会馬車も使っていいからね」


「やったー!大司教様大好き!」


ユーノお姉ちゃんに横からハグされた。



・・・・



お茶を飲んで伯爵と子爵と歓談していたら教会の司祭が提案してくれた。


「大司教様、教会裁判ですが午後は断頭台と思われる裁判が二件です。そこまで裁いて頂けたら私が代われますが如何いかがしましょう?」


「そんな感じでよろしいですかね?」


横にいるブラス子爵に振った。


「教会にお任せします」


視たら夫婦の調停やら、隣人の盗みだったので司祭にお願いした。


・・・・


13時半からの開廷。


盗賊の首領並びに捕縛の騎士団に抵抗して死傷させた三人を斬首とした。人を殺して無い三下三名は奴隷15年、他二十一名は生涯奴隷だ。


もう一件も首領の斬首と手下は生涯奴隷で俺の仕事は終わり。


盗賊裁判に判決を出して司祭に交代しようとすると、名乗りが上がった。


「大司教様!聖女とやらせて下さい!」


ぷー!と噴いた!


降りようとした壇上から振り返り思わず口が滑った。


「聖女は娼婦じゃねぇ!」


あ!マズ・・・。


大観衆が大いに沸く。


「え!あ!違う!俺達と戦わせて下さい」


ALL「(笑)」この物語始まって以来のALLだ。


「聖女ユーノは領都の観光に行ったよ」


ALL「(笑)」


「えー!俺達1位PTがかたきを取りに来たのに!」


「2位冒険者が転んだかたきか?(笑)」


ALL「(笑)」


「え!・・・聖女にやられたんじゃ?」


「あいつらは自分で転んだだけだ!(笑)」


「何だよソレ!折角俺達が!・・・」


「分かった分かった!聖女じゃ無いけどシスターならどうだ?聖女より2歳上の25歳!・・・シスターに抱きついてもいいぞ!(笑)」


ALL「(笑)」


「おー!大司教様!話が解るぜ!」

「やるのね? コアさーん!」


貴賓席で立ち上がるシスター服のコア。


「かしこまりました」


「そちらの1位PTには魔法士もおられるご様子、魔法もよろしいでしょうか?」


「適当にやっていいよ、怪我したら治してあげて。適当でも観客が楽しめるようにしてあげてね?」


「そのように」ペコリ


「みなさーん!大司教を守る護衛シスターコアさんです!聖女ユーノが領都観光に行っちゃったので、聖女に抱き付こうとやって来た1位PTを相手にします。1よりも清楚なシスターコアを応援して下さいね!」


大観衆がドッと沸く。


「おもしれぇ大司教だな(笑)」

「大観衆の前だからサービスしてんのさ(笑)」

「聖女の代わりってんだからヤル筈よね?」

「だろうなぁ、へへっ!」

「本当に抱きつくかな?(笑)」

「バカ!やめとけ、教会を敵に回すぞ(笑)」


「騎士団長、審判をお願いして良いですか?」

「は!喜んで!(笑)」


「両者用意は良いか?」


PT「おぉー!」

「お願いいたします」


「始め!」


1位PT六人は散開する。弓士と魔法士が構えようとして唖然あぜんとした。


コアの周りに10cm程の火球がポツポツと増えて行き、20個以上が周囲を回り始めるのを見たからだ。コアを原子核とするとそれを中心に電子が存在する様に火球が舞う。電子がK殻、L殻、M殻、N殻とその数が決まる様に近距離から遠距離までの等間隔で小さな火球がビュンビュン回る。


コアさんは無手で火球中央に構える。


流石1位。気押されずに弓を撃つが手で叩き落とされる。魔法士がファイアボールを撃ったが着弾せず、ファイアボールが小さく分かれて一緒にコアさんの周りを回りだす。


「何よソレ?魔法が効かないわ!」

「とにかく撃ちまくってみろ!隙が出来たら飛び込む」


連射される弓をバシバシ手で落としながらコアさんがゆっくりとPTに近付いて来る。ファイアボールは吸収して回る火球がどんどん増えていく。


「チクショウ!近接は無理だ。近付けねえよ!」

「前衛後衛はダメだ、周り込め!」

「回り込むしかねぇだろが!熱いっての!」

「ファイアボール撃つと増えちゃうのよ!」

「お前は同じ事「#出来る訳ないでしょ!」」


「皆さん、よろしいですか?」


「へ?」


衛星軌道で回る外周の10cmの火球が襲い掛かって六人に命中する。


ボボボボン!ボボン!


「クソッ!」

「ギャー!」

「キャー!」

「うわー!」

「おわー!」

「ウォ!」


火球が触れた防具が焼けてPTが武舞台を転げ回る。その中でもリーダーは焼けながらもコアさんに突貫して続けざまに火球をボボンボンボン!と余計に食らい武舞台に倒れた。


「これまででしょうか?」


PTのリーダーにヒールして治しながら言う。


「勝負あり!シスターコア殿の勝利!」


「ありがとうございました」ぺこり。


凄い大歓声に包まれた中をコアさんがヒールを掛けてPTの皆を助け起こして行く。


「やっぱり魔獣より人間が一番怖ぇな(笑)」

回復されても毛が縮れたままのPTリーダーが笑う。


「おめに預かり光栄ですわ(笑)」


「どう戦っていいのかも分からなかった」

「連射の弓を叩き落とされるなんて・・・」


「熱くて近寄れねぇしなぁ(笑)」

「オレ何もやってねぇよ(笑)」

「お前は転げ回る役だったんだよ(笑)」

「全員転げ回ってたじゃねーか!」バシ!


1位PTは大観衆に応えて手を振りながら武舞台を降りた。騎士団は目を見開いてコアさんの退場を見送った。


「それでは領都教会の司祭に教会裁判を引き継ぎます」


貴賓席に下がる俺にも拍手が降り注いだ(笑)


16時前。

を終えた司祭が壇上を降りて、教会裁判はこれにて終わったと子爵が宣言した。


帰途の馬車に乗る前にはバファエル伯爵とブラス子爵が固く握手を交わし、ルイーズ妃とフローラ妃がお互いにハグをして互いの馬車に乗り込んだ。


第二騎士団に守られて俺達は教会に帰って来た。


教会に着くと第二騎士団にお礼を言って、バファエル伯ご一行を連れて帰る。


ブラス領都教会17時>バファエル伯爵邸17時。


バファエル伯の私室。


今回の事の喜捨の件を何度も問われたが口にはしなかった。それが目的ではない。


「喜捨とは感謝の気持ちや、自分の幸せな気持ちを周りに分け与えるもので、額の大きさや量はその時の気持ちです。量と言うのは小麦の袋だって喜捨になるんです。多く喜捨しても、少なくても神の愛は変わりません。幾ら喜捨したと誇る物ではなく、ご自分の幸せを周りに分け与えるのが喜捨です。幸せを削ってまでする物ではありません。なぜならその幸せを神が喜んで見ているからです。喜捨で無理に幸せを削ってしまうと神が悲しみますよ」


そう言っておいた。


クリスト卿が言った。


「お父様、お母様。私は今日ほど自分が幸せであると思った事はありません。腕を無くして心配してくれた同期の友人、怒ってくれたお兄様、家族、お母様とお父様のお気持ちや使用人たちの気持ちを痛いほど感じました。今だから言えます、あの事件が無ければ私は腑抜ふぬけでした。あの災いがあったからこそ、この感謝が身に沁みます。私には無くした腕が戻っただけで何も要りません。領都の孤児院を大きくして私のこの幸せを不憫ふびんな孤児たちに分けて頂けませんか?私はそれを見るだけで一生幸せな気分になれると思うのです」


「クリスト、それはお前だけじゃない。俺はまかり間違えば魔眼の者と戦って死んでいた身だ、俺からも同じ願いをお父様、お母様にお願いする。自分が親にどれ程愛されているか、この家に生まれどれほど幸せだったのか今日ほど思い知った事はない。俺もクリストと一緒に見る度にこの幸せを思い出そうと思う」


「無理にそんな事はしなくていいですよ(笑) 一晩考えてもっと良い案もあるかもしれません。執政官とも相談して、1か月経ってもお考えが変わらなければ感謝の印にそうして下さい。貴族として借りだとかそんなのは嫌ですよ。神様には貴族も平民もありません。人として感じた感謝の分だけ周りに配れば良いのです(笑)」


「でも・・・詰まるところ最後に感謝の念に行きつくのは正解です。そうやって感謝する事が神への正しい信仰です。神様、神様と願っておがむのは間違いです。自分に起った嬉しい事を神様に感謝し報告するのが祈りであり信仰です。


フラベルを見て下さい。災いを周りに配ればどうなるか分かりましたね?それは自分に帰ってきました。感謝を配ればどうなりますか?・・・そうです、それは自分に帰ってきます。


悪い事が起こったら何が原因で起こったのか考える事が出来るならば次に備えるための警鐘けいしょうですよ。悪い事が起こっても感謝して次の一歩に備えましょう。そういう意味でクリストさんの災厄は終わってみたらそのままクリストさんの血肉になり感謝へと変わっています。すなわち、その苦難を乗り越えたことで新たな認識を手に入れて前に進むのは神の導きですから感謝に至るのは正解です」


「教会の者は説教臭くていけませんね(笑)」


「それでは失礼いたします」


アルは、バファエル伯爵家の家族に何も言わせず、にこやかな微笑みで手を振りながら消えた。



「あの大司教様は世のことわりを説法できるのだな」


「私も思い当たる事が頭に浮かびました」


「私も拝聴はいちょうしてその様に感じました」執事長。


「次の光曜日は教会に行くか?(笑)」


ALL「はい!」



そんな話を知らぬアルは教会に帰って


信じるも宗教、信じないも宗教、されど宗教だな(笑)


※良い事も悪い事も人生には起るが、宗教に絡めようが、絡めまいが、人は身に起った事が切っ掛けで大事な事に気が付き前進していく。そんなことわりは結局のところ本質教義に行きつくのかな?とアルは笑っています。


・・・・


バファエル伯爵邸17時半>ブラス領都教会17時半。


教会に帰るとブラス子爵から教会裁判への喜捨の相談がしたいとの使者が来たと聞いた。司祭を視ると俺になるべく喜捨を取って来てほしいと願っていた。孤児院の36人の子供を食わすお金が重かった。子供一人一日銅貨5枚×36人×30日×12月=一年金貨六枚大銀貨四枚銀貨八枚。(648万円)


俺も子爵家の子供だった。一か月の旅行に白金貨一枚弱(現地通貨1650万)も10歳で持たされた。この子爵領はあの時のロスレーンよりかなりデカい。


せめて白金貨一枚(1000万円)あれば運営に余裕が出来る。子爵邸にコアさんと聖騎士二人で向かい、門番に教会の大司教が来たと伝えるとすぐに執事長がお迎えに来てくれた。


子爵の執務室に二人の執政官が呼ばれた。最初に教会裁判で生涯奴隷を沢山作った事のお礼を言われた。


極悪人は観衆にウケるので盗賊の判決は全員斬首が当たり前の世だった。しかし俺が略取奴隷を大陸から奪ったので略取奴隷を買って運用していた鉱山も奴隷が少なくなって困っていたのだ。


現状は流民や貧民に衣食住と賃金を与える事で鉱山運営が行われている所だった。今では鉱山の採掘量がだいぶ落ちてるのが分かった。


全部俺のせいだが知ったこっちゃない(笑)


今回生まれた生涯奴隷は人手が足りない亜鉛鉱に送られると言う。亜鉛はとても重要で合金の作成に無くてはならない鉱物だった。例えば銀貨に混ぜないと銀は酸化して黒く変質してしまう。銀貨の鋳造は銀、銅、亜鉛の合金で出来ているのだ。


この生涯奴隷の労働価値とラウムからの日数と旅費、忖度などを含めて白金貨20枚(2億円相当)を喜捨したいと言う話だった。どんな計算か知らないが、決して安くはない。隣国のラウムからの旅費も換算したら八人と聖女の出張料金も入れてそうなるのかもしれない。


くれると言うのでもらう算段で交渉した。


分割で毎月大銀貨五枚(月50万円、年600万円)で割ると三十年分以上もあるので喜捨を毎月孤児院に払い出して欲しいと言うと理由を聞かれた。孤児院の子は一日銅貨五枚の食事を食べている事、司祭、シスター込みで大人数の食事を作る事で平均してその金額で収まっているが、教会裁判の報酬と喜捨に大部分を頼りきりでいつもお金の心配をしている事。司祭やシスターは時には個人の報酬すら教会運営に使っているので大銀貨五枚あれば今までの収益も含めてお金の心配が無くなる事を告げた。


ブラス子爵は執務机に座って喜捨の話の行く末を執政官に任せて聞いていたが執政官が側に行き、子爵の耳に寄り添って相談した。ブラス子爵は笑顔で頷いているから悪い話じゃ無いな。


「大司教様!正直に申しまして、生涯奴隷分の労働価値は以後何十年と働いた末の金額です。今ある金額と言う訳ではございません。今回の喜捨は金蔵にある分でまかなうのです、白金貨20枚の支出はかなり無理して提示させて頂きました。ラウム教国から遥々来て頂いた大司教様や聖女様の御業に安値は付けられません。今回の喜捨の額には領都の凶賊に当てていた懸賞金も入っており、生涯奴隷の収益も未来に見込まれます。領主様より出来る限りの喜捨を提示しろとの厳命でこの金額になったのです」


執政官の告白があった。


「あぁ!そういう事でしたか。そうですよね、領が儲かってると思いました(笑)」


「儲かっておるのは確かですが、各所への投資を決めた後の予算は乏しい物なのです」


「分かります」


「大司教様はそんな中、一括ではなく月に大銀貨五枚と言って下さいました。それは犯罪奴隷が稼ぐ金額では微々たる金となります。大司教様が教会裁判でおっしゃったように、盗賊の手下は生涯奴隷と定める様な贖罪しょくざいの規範を教会が示して頂けるなら領も潤い、孤児院の食費の分は大銀貨五枚と言わず孤児の人数分の喜捨を恒久的にする事も可能となります」


「・・・なるほど・・・(笑)」

さすが呼ばれるだけある執政官だ、落とし所が秀逸。


「斬首するより、犯した罪と使った税を償わせる方向で司祭に申し含めましょう。斬首は首領のみに規範を改めますね」


「お話の分かる大司教様で助かります!ブラス領も助かります」


「話が分かると言うよりも、斬首しない方が本人の為でもあるのです。己が犯した罪の贖罪しょくざいを背負って犯罪奴隷として生きる事は神の教えに背きません。コアさん、その様に通達をお願いします」


「かしこまりました、大司教様」


「領主様、決定してもよろしいでしょうか?」


「うむ、それで良い。お陰でフラベルの被害補償にも余裕が出るだろう。ラウム教会の慈悲に感謝いたします。書類が出来たらサインしよう。魔術証文を作って大司教様にお渡ししてくれ」


「司祭も喜ぶと思います。ありがとうございます」


20時近くに『教会人員一名に付き、月銅貨150枚(1万5000円)をブラス領が恒久的に喜捨を行う』との魔術証文を受け取った。


ブラス子爵は六人から五人兄妹のエミール卿(17)を魔術証文の受け渡しに立ち会わせた。今回の騒動の決着を夏休みで帰省の跡継ぎに見せたのだ。


食事の誘いを固辞して早く教会に魔術証文を持って帰りたかった。俺よりもコアさんやニウさんが馬車の中で嬉しそうなんだけど(笑)


孤児院では丁度食事が終わったばかり。帰って来た俺の報告を受けて教会の司祭やシスターは驚いた。ついでにシスターにお腹空いたと夕食を頼んで俺も驚いた。子爵邸で食べて来ると考えて俺たちの分が無かった。留守番していたニウとシズクとスフィアは遠慮なく食べていたし、俺と目が合うとシズクとスフィアは満足げにお腹をさすった。どこで覚えて来る!完全に人間だ(笑)


領に保障された恒久的な喜捨など聞いた事も無い。領の情勢の仔細とそうなった経緯を教会スタッフに話した。


以後の教会裁判では極刑は盗賊であれば首領のみの斬首、できるだけ死罪を無くし生涯奴隷を領地に増やす様に教会裁判の規範を言い含めた。塩の薄い余ったスープを飲みながら・・・。


俺達(コアさんと聖騎士二名)はそのまま小汚い食堂まで走った。


20時過ぎに食堂は閉まっていたけど店の中に灯かりがあるのでドアをバンバン叩いて『食べさせてー!』と叫んだ。


「誰だい!店は終わ・・・アレ?あんたたち!」

「お!大司教様じゃねーか!(笑)」

「バレちゃったー!(笑)」


「夕食食べて無いの。何かない?」

「あぁ、いいよ!入んな(笑)」


「朝のパンが固いからふかすまで待ちなよ」

女将さんがカウンターの中で言ってくれた。


「ある物で四人前でいいな?」大将。

「うん!」俺とコアさん、聖騎士の二人。


「親父ー!大司教様だから残りもん全部食べてもらおうよ、店をわざわざ開けたから特別料金で!(笑)」


「えー!(笑)」


「バカ!残り物は晩飯だ!お前の分出してやる」

親父さんが娘に言い返す。


「そんじゃ、特別料金でエール出しておこうかな。あんな面白い教会裁判見せてくれたお礼だよ」


「俺からも追加しといてくれー(笑)」

「あいよー!」


食事前にエールが四杯机に並び、夕食を運んできた食堂の家族と一緒に教会裁判談義をしながらの食事になった。昔話の魔人災害がそうやって起こった事すら知らなかったし、魔眼を鍛えると聖女ユーノ様みたいになるなんて凄い事だとラウム教を褒めてくれた。


21時に教会に帰ると聖騎士二名とユーノお姉ちゃんが待っていた。領都で民衆にだいぶ囲まれちゃったと笑う。異国の知らない土地で魔眼ショーで暴れ、観光と買い物が出来てストレス発散出来たみたい。


そのまま神聖国に連れて行き、ステレン教皇に無事に他国の教会裁判が終わった事を告げお礼を言った。


最後にユーノお姉ちゃんにマジックバッグを選んでもらって、薄い緑に赤のラインが映えるバッグを悩んだ末に決めた。認証して4㎥の容量なら何でも入ると言うと、ユーノお姉ちゃんは大喜びでマジックバッグの練習をした(笑)


聖女ユーノは神聖国に任期五年目(4年6か月)となる。聖教国の遠方任地は大体五年と聞くから多分導師かアルノール卿が来年の春に迎えに来る筈だ。ユーノと別れる前にマジックバッグが渡せて良かったと思った。


リノバールス帝国に乗り込んだ当時11歳だったアルの味方が導師、師匠しか居なかった時から心細いアルに面白可笑しく賑やかしてくれた神聖国のお姉ちゃんだった。




次回 第381話  想念の至宝

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