第376話 神敵認定
20時過ぎに教会を訪れる者がいた。
第一騎士団の心ある小隊長が伯爵邸の動きを伝えに来た。団長も教会を心配していると言う。
アライン・ペンテは牢の中の長男を気の済むまで打ち据えた後、自室に閉じこもった。そんな夫を
ジータ伯(次男)が止めても第三騎士団に密命を出したそうだ。団長は密命の中身までは知らぬがと小隊長に語ったというのだ。
小隊長は教会の襲撃を示唆した。
「ご丁寧にありがとうございます。教会には何も危害を加えることは出来ません。神を信じぬ者の末路をその目で見て下さい。そんな者に負けるラウム教ではありません」
「何人来るか本当に分かりません。お逃げ下さい」
「それよりもお願いがあります。神を信じぬ者の末路を見届ける証人となって下さい。よい布教となり神もお喜びになるでしょう」
アルは敬虔な信者に微笑んだ。
「そんな!」
「あなたの信心に免じてお見せしましょう」
ステータスを見せる。
「な!」
「この様な神の加護があるのです。神の使徒を心配するあなたの心はこの時も神々に見られていますよ。教会の事はご安心ください」
「ご武運をお祈りします」
・・・・・
時は戻る。
第二駐屯地18時。
アドリア妃の側付きが直接第二駐屯地の第三騎士団長に面会し命令が届けられた。
その命令は文書では無かった。
アドリア妃の側付きを通じて第三騎士団長に正式に通達は出せないと言葉での命令が下った。それは教会裁判で伯爵家に汚名を着せたラウム教会の憎き大司教にお礼参りをせよとの命令。それは明白な殺害指令だった。
第三騎士団に暗殺者になれとの命だった。
第三騎士団長はすぐに第一駐屯地を訪ねて第一騎士団長に教会裁判の噂を確かめた。第三騎士団にアドリア妃から密命が降りたと言葉少なに聞いた第一騎士団長は(内容は知らぬが)即座にやめろと言う。
第一騎士団長は思い止まらせようと、今回の教会裁判で起こった事やそれに臨んだ自分の胸の内を語った。
慣例で教会裁判の警護と進行の補佐に
教会を敵に回すなと言う第一騎士団長。それでもアドリア様の密命で牢番を引き継がないといけないと頭を下げて第一騎士団長に牢番を譲ってもらった。
あの大司教は
~~~~
駐屯地に戻った第三騎士団長は賢明だった。密命とは伝えずアドリア妃の要望だと第三騎士団員に説明したのだ。
この国の法律で定められる教会裁判。神の御前にて罪人を断罪する裁判は、騎士団が従うべき正当な裁判だと説いた。
この襲撃が公になった場合、騎士団が(
神を恐れぬ者だけが参加せよと説明した。教会裁判に関わっておらず騒動を噂でしか知らぬ団員達は、息子を奴隷にされたアドリア妃の怒りが分かった。
団長は団員が欲を出すのを止めた。それでも行くという者には『アドリア妃の要望を叶えるために賊や罪人の討伐では無い事を知って教会襲撃に参加します』と宣言を強要した。
団長の強要する宣言内容を聞き、ほとんどの者がどれほど恐ろしい命令なのかを理解した。参加せぬ者が罪に問われない為の宣言であることを理解した。
「それでも行きます」
「何故だ!」
「行かなければ第三騎士団の立場もあります」
「そんな物は気にするな!」
「行けば主家の覚えも良くなるでしょうし、どうせ上手く
「今まで通りと思うな。噂は知ってるな?」
「
「・・・すまん」断腸の思いで吐きだした。
それを静かに聞いていた団員達。
義心にも野望にも、これまでの役得を知る者たちが次々と手を挙げて宣誓を行った。
・・・・
8月30日(雷曜日)
深夜0時にそれは来た。
危機感知だろう。空気が重く伸し掛かって知らせてくれた。伯爵家直属の騎士団が襲いに来たらそりゃ危機だわな。目覚めてベッドを起きたと同時に、部屋に控えたコアさん、ニウさんが来ましたと告げる。あと10分程だ。
「訪問時間を知らない人達だね(笑)」
「アル様(笑)」
隷属の首輪を外された長男エルノスと団員が並ぶ。教会裁判を噂でしか知らぬ者たち20人。これで充分だと第三騎士団長に冷徹な笑顔を見せたエルノスだった。伯爵領都の騎士団だ、日本で言う旗本の侍集団が20人居たら寺に押し込むのも
普通なら。
待ち受けたアルが教会の外に出て拡声魔法で言う。
「裁判に不服があるようですねー!」
「ラウム教国の立場を笠に着る悪人に天罰を下す」
「あはははは!自分が悪人と分かってる人が言ってるよ。もう一回言ってー! もう一回聞かせてくれー!あははははは!」
真っ暗の街中にアルの笑い声がこだまする。
街に充分に聞こえる様、真面目な声で言ってやった。それは順序と手続きを経た2案の序章だ。
「国が
集まった皆がポカーンとしてるのが面白い。
「襲えばそうなる。良く考えろ!」
今度は一転、優しい猫撫で声で説得を試みる。
「教会を襲う事に抵抗がある方はお止めなさい。あなたの積み上げた物が全て無くなっても良いなら教会に押し入りなさい。ここがあなたの運命の分かれ道ですよ。神敵になるのか神と一緒に歩むのかを決めなさい」
畳みかけて今度は脅す。
「そこのエルノスはアライン・ペンテに
脳筋には無駄な脅しだった。剣に手を掛ける状態で説明しても考えが付いて行かない。人によって色々と受け取り方が違うから真面目に言ったり、優しく言ったり、説明したり、脅してるのに・・・あーあ!
視て諦め、小さくボヤいた。
「もうヤケクソだな」
団員の前でカッコいい宣言を行い、意気揚々と教会襲撃に参加した団員の覚悟が領地取り潰しと言われて冷水をぶっ掛けられた。そして引くに引けなくなりヤケクソ状態だ。
もう遠慮なくやる。
20名の団員は職業が盗賊になり家名が消えた。
「ほら、神が怒ってますよ。職業が盗賊になったか確かめてみなさい!」
皆が大焦り。「俺はなってない」「俺もなってない」と否定するが、それを聞く奴も盗賊だっての(笑)
「神敵と違うなら職業を見せ合いなさい。見せられない者は盗賊になってます」
見せられる訳が無い。
拡声魔法の大音声で教会から矢継ぎ早に話しかけられる騎士団。教会の騒ぎに気が付いた守備隊が遠巻きに見守る様になっていた。
「守備隊の方たち、教会を襲う賊を捕まえなさい。騎士団の鎧を着たそこの盗賊が逃げますよ?」
守備隊が叙爵貴族の騎士団を捕えるのを戸惑う内に既に逃走する者が出だした。教会を襲うどころではない。ステータスボードに恩寵が何も無いのだ。
逃げた者が呪文の様に
「何だこれは!なんだこれは!」
「これは夢だ!夢を見ているだけだ!」
「ありえないありえない・・・」
それは未知なるものに遭遇した恐怖だった。
色々視る俺にシェルが言った。
(アル様、誘導してたです)
(いきなり何よ、説得よ?)
(あれは誘導でした!)
(イヤ、真面目な奴は思い留まるかもじゃん)
(染まってる者を誘導してたです)
視える奴に何言ってもダメか(笑)
(ですよ)
あ!
(神の奇跡を見せないと・・・(笑))
(シェルも準備してたですよ)
(え?、あぁ守る準備か(笑))
(あれではアル様を守れません)
(わざわざ守る事も無いでしょ(笑))
(シェルの仕事が無くなりました)
(戦闘系の御使いアピールいらんわ)
(えへへ(笑))
俺の後ろで御子服のシズクとスフィアがシュッシュとラプカ寺院拳でアピールしだした。
深夜の街をひた走るエルノスがいた。屋敷に取って返すと家族に脇目も振らず有り金持って闇の中に
逃げられる筈がない。
やるべき事から逃げるとそれは追って来る。
約半数の者は第二駐屯地に逃げ帰った。
そして報告を聞いた団長以下は耳を疑った。『そんな事をすると神敵認定されますよ?』と警告された後にステータスボードがそうなったと聞いたのだ。神の使いがラウム教と言う事だ。耳にした全ての者がラウム教の真の恐ろしさを知った。
ラウム教の皮を被る大司教。
神の使徒ラウムマスクの真の恐ろしさは知らない。
・・・・
8月30日(雷曜日)朝。
朝食を頂いてから、逃げるだけ逃げさせた者を捕まえて来た。昨日、教会を襲おうとした者達は一晩中必死で逃げ、ステータスボードの異変は神を敵にしてしまった報いと信じ、身も心もボロボロになって目が
噂の大司教が街を行進していた。
その行進に続くのは御子が二人、コアさん、ニウさん、護衛の聖騎士が4人、領都教会の司祭2名、シスター4名(留守番2名)。シャドが捕まえた者を二列縦隊で巻いて第二駐屯地に赴いた。騎士団が鎧姿で捕縛されて連れられて行く姿に街の者が野次馬となって付いて行く。
第二駐屯地に教会一行が訪ねた。
対応した騎士団長が庁舎に誘っても第二駐屯地に入らない。拡声魔法で街中と言わず駐屯地中に聞こえる大音声で言う。
「ここに昨夜教会を襲った罪人が8名隠れています。教会にお出しください」
「・・・」
「騎士団長、あなたが何をやろうが結構ですが罪人を
「その様な権限は・・・」
「私は、教会を襲った賊を後ろに13人捕まえてます。どんな権限がいるのです? 店主が泥棒を捕まえるのに権限がいるのですか? アドリア・ペンテが命令を出し、騎士団を使って教会を襲撃させた主犯の捕縛を拒否する第三騎士団長。あなたは犯人を知っているのに捕まえないと言う。野次馬が見てますけど・・・」
騎士団長は動かない。が、目が彷徨う。
「権利、権限を言うなら、ルウムリア王国に認められたラウム教会が被疑者を裁く権利をあなたは否定している。あなたが裁くのではない、あなたの仕事は教会が裁けるように罪を犯した者を捕縛する事だ、領都騎士団の職務を
はぁはぁと息の荒くなった団長は折れた。
「失礼しました。被疑者の8名は確保してあります。被疑者捕縛の準備に掛かります。今しばらくお待ちください」
「賢明な団長で良かった(笑)」
・・・・
アドリア・ペンテを捕縛する騎士団員30名と教会を襲撃した騎士団員20名と長男エルノスを連れて伯爵邸の前に来た。
もうただの行進ではない。
暴徒の集団に見える程の大群衆だ。
伯爵邸の広大な庭を大群衆がズンズン歩く。玄関の前で大音声でアドリアを出すように言った。
教会を襲わせた罪でラウム教国の拷問に連れて帰ると言った。聞いた誰もが固まって動かない。
「・・・」
「しかたがない」
断固とした声で命令した。
「アドリア・ペンテ!教会を襲った罪で引っ立てる、何も持参は許さん。身一つでこの場に出よ」
「アライン・ペンテ!お前が伯爵を引退してまで救った長男、エルノスは教会を襲った。教会を襲った者はラウムで凄まじい拷問が待つ。アドリアも同じだ、もうあきらめよ。教会裁判を
ラウム教の大司教に宣言された全ての騎士団、執政官は驚いた。ルウムリア国王の前で裁くと言った昨日の言葉は本当だった事を思い知った。全ての者が浪人になると宣言されたのだ。騎士団長の血の気が引いた。
嫌です嫌です!と泣き叫ぶアドリアを引きずってアラインが玄関に現れた。
庭にアラインが
アラインは俺の前で涙を流して
大群衆は見ていた。静かに視ていた。
大司教は言った。
「貴族として調子に乗ったのだな?」
「え?」アラインは言葉を聞こうと顔を上げた。
「アドリアは自分が生んだエルノスが奴隷になるなどとは許せなかった。アラインよ、お前も昨日は我が子を斬首には出来なかった、爵位を引退しても助けた。何故、エルノスが裁かれると思う。そういう親の宝を踏みにじり9人も子を殺したからだ。昨日エルノスを痛め付けただけでお前は怒ったではないか。なぜ他の親の苦しみが分からぬ、民の苦しみが分からぬ。それは貴族と言う地位に甘え民の税で食わせてもらう己の立場を忘れて調子に乗っていたという事だ」
「やっとお前の心からの
「ラウム教国大司教、アルベルト・カミヤが宣言する。教会襲撃は神に
神は免罪符によって全てを許した。エルノスは昨日言い渡した
「は!」
宣言と共に多重視点と並列思考で騎士団員のステータスを元に戻した。エルノスのステータスはそのままだ。奴隷に恩寵は要らない、他の者が有効に使う事になる。
「騎士団の者に言っておきます。民の税であなた方は民を守るのが仕事です。教会裁判ではワタワタせず、誠実に罪を憎んで動きなさい。もう裁きは終わりました。ラウム教会は失礼します。皆さん帰りますよ」
大群衆が見守る中、大司教一行は教会に帰って行った。
歩きながらコアさんに言う。
「大逆転で二案はなかったね(笑)」
「一案の
「大司教様、二案とは?」司祭。
「教国では、あんまり腐った貴族は取り潰せという案があったのです。ギリギリ取り潰さずに済んだと言うことですね(笑)」
「なるほど!」ラウム教に誇りを持ってくれた。
※ラウム教は
司祭学校があるのは王都が多い事情から、信心深い貴族家の子女は貴族学校ではなく司祭学校に八年入り回復魔法を学び、領地の司祭になったり、中には家督を継いだ後に領地の教会裁判を行う司祭や上級司祭の領主も少数だがいる。
「また、困った事があれば王都大教会へ手紙を下さいね。手紙を頂けたら助勢に参ります」
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、今回の件は教国が出なければならない案件でした、当ペンテ領都教会の適正な判断で喜んでいます」
「今回の教会裁判は本当に勉強になりました」
「教会裁判の罰金で当分孤児院は食えるでしょう(笑) そういう感じで執政官事務所と教会のお茶菓子代は稼いでくださいね(笑) お茶菓子代は神も許します」
ALL「(笑)」
「ただし、民が真面目に働けば少しずつでも返せる
「そのように
事後の報告用に神教国の司教(以前各国の領都教会に赴任させていたニウさん部隊:今は王都か首都にしかいない)を一人ペンテ領に駐屯させた。
朝も早くからの大名行列だったのでまだ10時を回った所だ。馬車の用意をしてペンテ領都教会に別れを告げた。領都の東門に向けて馬車が走る。次の国、クリスクが待っているのだ。
馬車に一際輝くラウムの紋章を見て大司教が街を出る事を知った住民が、大司教様だ!、大司教様ー!と呼んだり叫んでくれている。窓を開けて手を振った。
喧騒を聞いて気が付いた人も手を振ってくれた。昨日〆た冒険者も笑って手を振り返してくれる。
「てめぇ、二度と
指差す捨て台詞がペンテの領都にこだました。
次回 377話 魔神災害
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