第361話 懺悔
8月17日(土曜日)深夜未明
ラウナン王国、ニベの街。森のたき火亭。
「アル様、アル様!」
「え!・・・コアさん?」
「男が怪しい行動を取ってます、視て頂けますか?」
「え!」目が覚めた。
「どこにいる?」
「今、宿の周りを二周うろついてから南へ」
検索するといた。街路灯も何もない真っ暗な道を南に進んでる。教会が目当て・・・え!放火?リケットの教会に放火ぽいぞ!
慌てて起きて桶でザブザブ顔を洗う。
「この宿を放火しようとしてたみたいだけど何か変。教会に向かったから教会かも知んない。コアさんはこの宿死守で」
「かしこまりました」
言い残して一瞬で着替えて教会に跳んだ。
教会の暗がりから男が来るまでの15分で充分視終わった。男を見張ってる男達も視終わった。まぁ宿に放火に行ったらコアさんが対処するでしょ。
・・・・
男には八年前にこの教会に捨てた子供がいた。子を産み落とした時に嫁は亡くなっていた。泣きじゃくる乳飲み子をどうしようもなく教会の前に捨てた。
捨てた時に荒れた。荒れに荒れまくった挙句に土地で勢力を伸ばしていた元締めの世話になり仕事を受けては飲み明かした。身体強化で半グレの奴らを暴力で〆ればよかった。それで飲んで暮らせた。
奥さんを亡くした傷が癒えた頃には簡単に縁が切れなくなっていた。それでも小口の仕事で呼び出されると飲み代稼ぎは辞めたと断った。仕事の頻度は減り、新旧元締めの縄張り争いの加勢を最後に縁が切れたと思っていた。
いつのまにか子供が気になり裏手に借りた部屋から教会の敷地で遊ぶ我が子を眺めて冒険者として暮らして過ごした。それで充分だった。
そんな中、何年ぶりかで呼び出された仕事で脅された。五日前から今晩までに冒険者宿、森のたき火亭を燃やす事。火の手が上がらなかったら教会の子供に注意しろと言われた。
若い時には定宿にしていた森のたき火亭だった。知り合って訪ねてきた奥さんと食事をした事もある宿だった。夜の来るのを息をひそめて待ち。裏道から近付いた森のたき火亭をグルグル回って目に焼き付けていたが、迷った挙句にどうしても火を付ける事が出来なかった。自分の人生や思い出を否定する様に思えたのだ。
火を付けるぐらいなら孤児院の子供を力の限り守って死のうと思い詰めた。
・・・・
森のかがり火亭の大将は厄介な男だった。
大将の親父は50歳過ぎまで冒険者で頑張って2位(金級)まで行ったあと森のたき火亭を始めた。今の大将は85歳になった
親子共々爺ぃに至るまで筋金入りの家族だった。気に入らねぇと『やるのか?』とヤクザを脅す程も肝が据わっていた。
みかじめの値段が気に入らねぇなら俺が安く回ってやるだの、祭りの場所割りまで街の皆の前で『おかしいんじゃねぇのか?』と元締めの痛い所を突いて来る。根性の据わった2位冒険者の大将に、元締めの堪忍袋の緒が切れたのが粉ひき小屋の街区割りだ。
街区によって粉ひき小屋を使える割り当てがある。新しく参入して来た店を引き合いに出して街区が持っていた使用権を縮小した。
その時に森のたき火亭の大将が言ったのだ。
「元締めよ!お前さんこの街新しいだろ?そもそも昔から粉ひき小屋の割り当ては一番長く住む長老がやってたんだ。俺が子供の頃はな、皆に尊敬される長老に憧れたもんよ。聞いてみな?そんな決まりはみんな知ってる。何でいつの間にか現れたお前さんが仕切ってんだ?こんな住んでる者の数で割らねぇ街区割りで誰が納得する、なぁみんな?何故かあんたと同じ時期に来た執政官に言って街が大揉めだと元の状態に戻すように言うがどうだ?うちの爺ぃが長老代わりに仕切れば文句も出ねぇよ。こんな会合も要らねぇよ」
ALL「そうだそうだ」
ALL「つるんでんのか?(笑)」
ALL「好き勝手も大概にしろ!」
元締めはキレた。
街区割りなんぞどうでもよかった、宿屋の泣きっ面見たくて放火を指示した。使い捨ての半グレを使って。
・・・・
視たアルは、あるあるだと思った。
田舎ほどコミュニティーの結束は強いのだ。汚れ者という村の掟で
ここは田舎だ、人口はいるが皆が顔なじみで子供のころから知っている、45年もやってる宿屋で2位の冒険者の親子はコミュニティーの拠り所だ。
ゾンビ映画にもそのようなコミュニティーの精神的支柱の役があるように、アメリカの西部劇でも町の信頼の厚い保安官が流れ者に釘を刺す。揉め事は起こすなよと・・・。
ランボーの最初もそうだな、流れ者を街のコミュニティーに入れて面倒を起こされたくない警官が町はずれに車で送り二度と来るなと言う。
他所者は土地のルールを知らないから傍若無人に映る。街のルールを知らないとは、まるで禁煙場所と知らずにタバコを吸っている者に注意に行く様なモノだ。ルールを知らない者に罰金取りに行ったらそりゃ揉める(笑) 月極めで借りている駐車場に余所者がここ空いてるじゃんと車を止める様な揉め事だ。
自由自在に世界の辺境まで行ける地球であれば人の流れが速すぎて人間関係も希薄となり誰が何をしても無関心になるが、一生をそこの土地から出ずに寄り添って生きていく者達は違う。井戸の権利者(掘るのに尽力した者)を知らない、順番も守らない、汲んで良い水の量も知らない。村のコミュニティーとは寄り添って生きていく分、ルールも皆がお互い様と一歩引いて決められるのだ。一歩引かぬ者が来たら揉める。
流れ者は揉め事の元だから出て行けみたいな風潮だ。門番が税金払うの嫌なら町に来るな。これはマジで正解なのだ、訪問者は怒る権利すら無い。コミュニティーが作った街だ、それを束ねる領主が作ったルールだ。
ゾンビ映画は極端だが、ゾンビが徘徊する何も無い所に汗水垂らして生み出した秩序と物資ある村。逃げてきた人達を受け入れた挙句に、ルールを知らぬいつもと違う動きをしたり、間抜けな事にゾンビを連れて来てコミュニティーは滑稽なゾンビにやられて面白おかしく滅んで行く。受け入れてもらった奴は主人公だから助かる。まぁ映画だから山あり谷ありのテンプレだ(笑)
※匪賊:町や村の体裁を取ってやってきた者を毒牙に掛ける大盗賊や盗賊村から近隣の通行する者たちを襲う大集団。斥候を近隣の村に生活させていたナレス北方の騎馬民族の盗賊団みたいな存在。
ゾンビより酷い魔獣や流賊、盗賊。当然街も注意して暮らす。そのぐらいの自衛をしてる世界だから流れ者の冒険者や旅人を泊めて揉め事を起こさない宿の大将は一目置かれる。西部劇なら酒場や宿屋の主人が保安官みたいなもんだ(笑)
そんなコミュニティーで新参者が偉そうにとバカにされた。
ね?アルアルでしょ!(笑)
そんな住人の揉め事を使徒が裁けば、名折れとなるわ(笑)
・・・・
あーあ!教会の前から動かねぇよ・・・。
こんな時間から教会見張ってバカじゃねぇのか、夜中の1時半じゃねーか。孤児院襲って子供
あー!ホントにもう!
確かに見張ってるけども、子供なんか見張ってねぇよ。家を出た時からお前を見張ってんだからな(笑) 2時を過ぎても動かないからどうしようか考えてたら、男を見張ってる元締めの手下三人が痺れを切らして近付いてきた。宿に火を付けずに教会の入り口階段に座って動かない男を
「おぃ、まだ火の手が上がらねぇなぁ?」
「今から行くんだよな?」
「可愛い子供のために燃やしに行くよな?」
視たら
まぁ、このおっちゃんには抗えない混沌かも知れないな。
「ふう」一端息を吐く。
アルはこの世の人が知らないかっこいい変身ポーズを取った。
冒険服>
アルは大人冒険者になった。
森のたき火亭の親父の顔になった。一応仮面も用意してある。夏祭りで売っていたリズとお揃いで踊ったアル様マスクだ。(それは変身の意味あるのか?)
メイド部隊がリズ様マスク、執事部隊がアル様マスクを被って教会の広場で踊っていたから村でもそうなんだろう。国民には先日祭りの仮面と認識された。村では男女がそれを被って普段の日常を忘れお互いに体を寄せて踊るのだ。
暗がりから登場しようとして止めた。街全部が暗がりなので自分で教会の上にライトの魔法を灯した。
ライトの魔法で元締めの手下が警戒した。
「お!なんだ?」
「明かりが点いたぞ」
「なんだ、誰がやった?」
それにこたえる様に暗がりから声がした。
「天知る、地知る、
教会横の暗がりからゆっくりとアル様マスクが登場する。それは明かりに照り映えた異様な仮面を付けた者だった。
大きなチャッキーが暗がりで現れたようなもんだ。
皆がチビる。
「なんだ? 誰だ!」
「どこの者だ?」
「ここのシマは・・・」
打ち消すように異様な者は言う。
「ひとつ、人の世の生き血をすすり。
ふたつ、
みっつ、醜い世の悪を、 正しに参った神の使徒。
誰だと聞いたな?
ある時は隠密使徒。
ある時は真実の使徒。
またある時はネロ様の使徒。
その実体は・・・誰であろうか?
知る人ぞ知る、我が名はリケットマスク!」
リケット教会(の横)から出てきたしな。
余りにも異様な仮面を付け、芝居っ気たっぷりの精神病患者を一同が唖然と見る。誰だと言うから名乗ったのに、ポカーンとされるから正義の味方っぽい名前をもう一度言った。
「ネロ様に変わり天罰を与えるリケットマスク!」
シャキーン!とポーズを決めた。
(アッちゃんカッコイイ!)
「野郎!」
言った瞬間縮地でぶっ飛ばす。
その場の回し蹴りで二人目をぶっ飛ばす。
目を見開いてアル様マスクを怖がる三人目の手下。俺を怖がらずにマスクを怖がるとはコアさんもやってくれたな。何がアル様マスクだ、こんなスベスベの光沢ある奇妙奇天烈な仮面を流行らせやがって!
※ペコちゃん人形の顔がチャッキーになってるような照りの良く効いたマスク。
ブベベベベベベ!と、違う怒りが
ぶっ飛ばされた三人目は道をコロコロと転がって行った。
放火を依頼された冒険者のお父さんに闇の衝撃。
「家に帰って寝ろ」
ゆっくりと来た道を歩き出す冒険者を見送って元締めの家に跳んだ。下っ端だから応接までしか知らなかったので検索して寝床を探した。
寝床に転移する。
嫁と寝てる元締めをベッドから引きずり下ろす。
何が起きたのか分からぬ元締め。
「キャー!」
嫁が異様なマスクマンを見て本当にチビる。
「黙ってろ!死にたいか?」
暗がりでチャッキーに言われて、目を見開きプルプルした。
「おい!放火魔!行くぞ」
そのまま元締めは消えた。
・・・・
かがり火焚かれる西門に元締めと手下たちが町の中心街からロープで引きずられながらズルズルと運ばれてきた。
門のかがり火に浮かび上がる異様な仮面の男。男は四人の男を束ねて苦もなく道を引きずっている。見つけた守備隊員は森に住むマクンバ(心霊呪術族)が出て来たと思った。街で人を捕えて森に連れて行こうとしてると思った。
例えたら、居酒屋帰りに暗がりで人を担いだプレデターに会っちゃった気分だろう。
大人のチャッキーが人を捕まえて来たのだから。
守備隊員は槍を構えながらチビった。
門の二人が詰所の二人も応援に呼んで見守った。
「守備隊よ街に巣食う悪を退治して来たぞ」
「止まれ!お前は誰だ?」
「ネロ様の使徒、リケットマスクだ」
一同ポカーン。
「こいつらは冒険者宿、森のたき火亭に火を付け、冒険者を殺して犯人にしようとしていた。放火未遂だが処罰はこの国に任せる」
「お前たちはたき火亭に放火しようとしたな」
「はい火を付けようとしました」たき火亭だけに。
「それは誰に指示された?」
「元締めに指示されました」
「お前はたき火亭に放火しろと指示したな?」
「指示しました」
「確かに守備隊に引き渡すぞ」
「待て!」
「何を待つ?」
「お前は何者だ!」
「ネロ様の使徒、リケットマスクだ!」
計算されたカッコいいポーズを取る。が毎週テレビで変身後のポージングとキメ台詞を見て肥えている視聴者では無い彼らには、不思議な呪術的意味のある踊りに見えた。
加勢で出て来た二人の守備隊員も一緒にポカーン。
「神の使いは忙しいのでな、さらば」
チャッキーは身をひるがえして闇に消えた。
俺は帰り次第にコアさんと交感会話してそのまま寝たが、交感会話中にコアさんが大爆笑した。あのセリフはその為に秘蔵していたと予測して笑った。隠密使徒の(ネロ様の天命、
帰ってそんな会話してたら4時に寝た。
・・・・
8月17日(土曜日)
西門にリケットマスクが現れた朝。
「朝食の用意が出来たそうです」
とコアさんに起こされた。7時前に女将さんが用意が出来たと呼びに来たみたい、爆睡していてノックも気が付かなかった。。
ノロノロと起き上がって桶の水で顔を洗う。
「(守備隊に呼び出しの大将が)宿泊客の朝食を早めに作ったそうです。出来てるので女将さんが暖かいうちに食べて欲しいと」
普通の宿の朝食時間は6時から9時だ。
「にゃるほど・・・分かりまちた」目が開かない。
ネムネムで朝食を取っていると、食堂に座る心配そうな女将さんに隣の商店の老夫婦が寄り添って
先程7時にリケット教の司祭が守備隊に連れて行かれたと視てワロタ。ここの大将は元締めと何があったのか聞かれるために同じく7時に連れていかれた。取り合えず守備隊も動機や揉め事の元を押さえたいよなぁ。
冒険者のお父さんまで守備隊は掴んでなさそうだな。ここ二、三日は様子見てお父さんに類が及ぶなら子供と一緒に助けるか、と思いを巡らす。
父とも告げて無い娘の為に一時は死ぬ気になったんだ、
あっちの世みたいに
しかし魂にはその意味はとても重い。
心から
子を捨てたお父さんは昨日自分の命を差し出して
ネロ様の使徒 リケットマスクがな。
あーっはっはっはっはっ!
お茶を飲み終わった俺は心で笑って二度寝に帰った。
次回 362話 アル様マスク
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