第357話  神聖な者



マルテン侯と庭の楼閣で食事をとっていた。


マルテン領は緯度的に日本の青森県位だろうか?東北だって夏は暑い。芝生に囲まれた百葉箱の日陰の気温では無い。日のあたる場所は暑いのだ。


楼閣は湖水の橋の上で屋根がある。

湖水楼とは言うが大きな池である。栗林公園程の庭園に池だと思えば良い。俺はこの大きさは湖付けても良いと思う、元はナレスの公爵家の家系だからそんな規模だ(笑)


多分、密談というかきわどい政務的な話が多いので食堂を嫌ったのだと思うが突然来てこんな所で差し向かいで食事も身構えてしまう。


アルは執事長の鑑定結果が早く聞きたかった。あの剣は間違いなくリンバス公爵家の四男が持っていた剣だからである。その名をたまわった瞬間に思い出した。忘れていたその名を。


アルが最初に迎えた正月、蚤の市の親父を袖釣込腰で倒して手に入れたマジックバッグ。ドキドキして開錠したら出てきたナレス公爵家の物だった。


実はいわくがある。


アルが手に入れた時にはその公爵家は無かった。存在しない公爵家じゃどうしようもないと思っていたら、今日いきなり名前が出たのだ。そして今なら分かる。ナレスを縦断しスラブに抜けたけがれの災厄に巻き込まれ家ごと無くなったのだ。


その名前、リンバスをもらったアルが四年経ってやっと思い出した。その名前も、必要無いと売ろうとした事も・・・コラ!


タクサルさんに技モノだと言われ無ければ売っていた。タクサルめ!あれから7カ月音沙汰ないぞ!何やってんだあいつは!(半年ぶりに思い出して怒るやつ)


まさかこの縁でリズが・・・イヤ違うな、リズと縁があったからナレスと深いマルテン侯が俺を守ろうとして今日の話がある。名前自体今日知ったんだしな、そんな事言ってたら卵が先か鶏が先かみたいな話になっちゃうよ。


冗談抜きで縁としか思えない。


今、リンバス家(はもう無いが)に近しいマルテン候のお墨付きを得るなら、俺がリンバスとなるのも定められた運命だと思えた。リンバス公爵家の物と視えてはいた、こっそりナレス由来の剣を持つのとナレスの正当な血筋の人に確認を取り堂々と持つのは全然違う。


そんな事を並列思考で考えながら会話している。


「先程の叙爵ですが、そのまま名目だけマルテン領に居る事にすればよろしいです?」


「そうじゃな、元々採掘量の権利の書類にサインすれば鉱山の代官で伯爵位だったしの(笑)」


「あ!」

「ん?」


「世界的に有名な山師の一族を御存じでしょうか?」

「いや、知らぬが伝手があるのかな?」


「世界中の鉱山を掘り当て、鉱山未開発の国と採掘権の折衝を行う世界的に有名な山師の集団、ラムール商会を知っております。鉱山技師を入れるのでしたら一度領地の山を見てもらったら如何でしょうか?」


「世界的な商会が来ても何も出んと思うが(笑)」


「鉱山技師でもありますが険しき山の鉱脈を足で稼いで発見する探鉱の一族と言われています。多分、8月の中旬位から暇になると思いますのでマルテン領も見てもらいましょう。出たら出たでナレスの鉱山技師に相談すれば良いですし、見てもらうだけでも何か鉱物が見つかるかもですよ?」


「そうじゃな、見てもらうだけ見てもらおうか」


「鉱山の代官らしい最初の仕事が出来ました(笑) 何か領地に入る許可証みたいなものがあれば、山に連れて行って見てもらいますが?」


「よし分かった、マルテン領の山に自由に入れる採掘許可証を作らせよう」


「多分10人程の者がそれぞれ山を歩きまわる事になると思います」


「分った、商会の名は?」

「ラムール商会と申します」

「国は?」

「神教国タナウスです」


「お!そこの商人か。信用出来そうじゃ。そう言う事なら領内で自由な裁量を与えよう、領の騎士団に言えば早馬も用意できるし人員の確保も容易になるように儂の通達書も用意しておく」


「色々お世話になります」


「何を言っておる!(笑) 忘れたか?そもそも儂の所まで来たギブラル首長国の王太子を退けてもらっておる。アレはなかなか難儀な問題だったぞ、見合いの約定の貴族家を教えろと来たでの。王太子自らが乗り込む気満々じゃったわ(笑)」


「あ!そこからです?(笑)」


「そこからよ。そもそもあの舞踏会はナレスが近隣の王族に花嫁候補を見に来ませんかと提案したものじゃ。現にスラブの王太子と第一王女だけではなくマハルの第二王子とチノの第三王子の2組も公爵家の長女と婚約した。そんな中でギブラルの王太子が望んだ第三王女じゃ、成立すればギブラル首長国の王妃じゃぞ。常識なら喜んで出さねばならん、今更嫁に出せませんと言えるのか。何て返答するのじゃ?返答次第では紛争や国際問題じゃ(笑)」


「あぁ、そういう。第一王女のお見合いと聞いてました」


「それが第一義ではある。他国の王族が多数来るのじゃ、こちらも多数の王族で対応せねばならん。当然花嫁候補は王家に連なる公爵家の娘たちとなり、どうしても出会いは舞踏会と言う形になる」


「そんな背景の難問だ。ナレス王家が儂を頼った第三王女への求婚問題を解決し結果的には最高の婿を用意した事になった。しかも儂の派閥の三家で収めた。ナレス王家に繋がる者としてこれ以上の誉れがあろうか、笑いが止まらんわ(笑)」


お爺様とお父様と馬で駆け参じた時に最高の笑顔で機嫌が良いのは視ていたアルだ。


「恩に着ておるのは儂だけでは無いぞ」

「え?」


「ロスレーン家は去年街路灯を売り出した。売るだけではない、その代金で各貴族家の特産を買うと言うた。あの様に便利で領が明るくなる優れた魔法道具を各地に建てた。税が民の為に使われ民は喜んだじゃろうな。一旦は金が絡むがその金は自領の特産に使われる。それはロスレーンの優れた特産を貴族家が持つ特産と格安で交換したと同じじゃ。富む領も富まぬ領も代金は同じ、男爵領は半額だぞ。肥料が特産なら堆肥とも交換できるのじゃ。それは税を自領の為にしか使っておらんでは無いか(笑)」


「え!堆肥?」


「そうじゃ、知らんのか。建築関係資材しか買っておらんと?それでは一部の貴族しか笑わん、早計に過ぎるぞよ。ロスレーン領で使える全ての物が買われておる。派閥工作など目もくれぬラルフの質実剛健をよく表す政策じゃ、皆が喜ぶように動いておるのじゃ、だから皆が助けようとする」


アルは不意にネロ様の言葉を思い出した。


おごらずはげみ、親の情深く見守る者』


俺はその者の所へ遣わされた。


不意にロトにつかわされた使使の話を思い出した。魂の正体を探るためにそっち系の神話を漁っていたのを思い出した。イヤ、違う!あれは街を滅ぼしに来た天使だ。アホか俺チガウ!ソンナコトシマセン!


「そんな前向きな感謝とサルーテで勢いのあるロスレーン家ならどの貴族も良かれと思ってラルフの喜ぶことをしようとする。自分たちの立ち位置を含めてじゃ(笑)」


「そう繋がって来るのですね(笑)」

「言ったぞ。ロスレーン家の昇爵なら皆が納得すると」

「はい」


「卿の名付け親のルーミール伯からの情報でお主を守ろうと婚礼に集まった中立派が噂を流した。儂は行かんかったぞ、伯爵家の晴れの席に派閥の侯爵がいては他派閥の貴族はまったく寄れなくなるでの。身内のカレノフミウム伯ぐらいじゃろ上の者は(笑)」


「はい(笑)」


「ルーミール伯も末娘エレーヌの産んだ三兄弟の事は気に掛けておる。長男は伯爵家の跡取り、次男は経験を積み次第に子爵三位に叙爵される、伯は己の名付けた廃嫡の三男をとりわけ心配しておったぞ。心配かけるでないぞ(笑)」


心がこもる言葉に涙がポロっと出た。


「ありがとうございます」

「心配なぞいらんの。聖教国の皇太子殿下じゃ(笑)」


「冗談はさておきじゃ、まぁそういう訳でルーミール伯の為にもロスレーン家の為にも一石二鳥と叙爵されておけ。コルアーノ王国の貴族の席も持っておけば役にも立つ。今は将来に有望なロスレーン家の三男として派閥の政争や貴族の思惑に上がってしまうが今しばらく我慢せよ」


「守ってもらってありがとうございます」


「いや、実は5月に王都のS.Aを見るまで楽観しておった。貴族を押さえるだけなら噂だけで充分とも思っておったのだ。しかし王都のS.Aを見て気が変わった。ロスレーン家の功績を廃嫡から王家の子爵位四位に召し抱えて恩を着せて終わりじゃ勿体ない。聖教国の皇太子を召し抱えるには安すぎるわ(笑)」


(王宮では第一騎士団長(筆頭)、宮廷魔導師一位(筆頭)、宰相(宮廷政務官筆頭)などが名誉伯爵四位のため、第二以下騎士団長、宮廷魔導師、大臣級でも子爵四位、王家がアルを召し抱えるには最高位でも子爵四位の叙爵が上限という計算をマルテン侯はしています)


「なんか楽しそうに見えます(笑)」


「貴族院におる王宮政務官がマルテン侯爵領、伯爵位叙爵の通達を見て、やられたと思ってくれたらうれしいのう(笑)」


マルテン侯はペロッと舌を出した。


・・・・


アルは人と人のつながりについて心から考えさせられた。


人のつながり。


あっちの世は、世界的なアプリ開発をした元社長がモンスターを我々は生み出したと告白して物議をかもした。


人と人がつながろうとする生物的本能を利用して抗えないソフト開発をしたと告白したのだ。


「どうすれば人の時間や意識、注目を?」


という目的で人の心を研究して開発されたプログラム。


「そのためには、ユーザーの写真や投稿などに対して『いいね』やコメントがつくことで、ことが必要だ。これをのフィードバック・ループとして社会のヒューマンネットワークに浸透させていく事で人間の心理に存在する『脆弱性』に付け入るアプリの開発だった。私のようなハッカーが思いつくような発想で開発されたプログラムだ」


そう告白した。同じようなヒューマンネットワーク系アプリ開発は、どの開発者もそれを知って履歴を元にAIが広告や動画に誘導する。24時間という人が持つ時間を奪えば金になるのだ。人の本能や習性を利用して脳内麻薬漬けにしてスマホ中毒とするネットインフラやAIが作られているとも語った。


星下さいみたいやな、イイネそのままじゃねーか(笑)

(お前もクレと書いとるやないか。バシ!)



アルは今回、この対極の人の繋がりを体験した。


マルテン侯がミウム伯の様にアルを大切に思ってくれている事が嬉しくて、良かれと思い開門村、S.A、銀行の三位一体案をセールスした。それは身内に対する愛情表現だった。


他の人もそうだった、俺に良かれと動いてくれていたのだ。アルが八年も会ってないルーミール伯(母方お爺ちゃん)が俺の事を気にかけ心配して中立派に情報を持ち込んでくれたと聞いた時にはショックを受けた。そして嬉しくてポロっとキテしまった。


自分にはコルアーノが滅んでもロスレーンは守る位の軽い考えしかなかった。それこそがあっち特有の軽い考え方なのかもしれなかった。そんなソフトが生み出されて人の繋がりと錯覚させられドーパミンを計算して流させる世界。


この世界は違った。


人が実際に繋がっていた。良かれ悪かれ繋がっているのだ。ロスレーンだけでは生きていけない。それは人が一人で生きていけない事と同じだった。


自分が動く事で、ロスレーン家が動く事で良かれ悪かれ皆が気に掛けてくれる。その繋がりはまさに『情けは人の為ならず』を体現していた。


叙爵より何より、今日の一日はそれを知る為に用意された様に思えた。どれほど人に気に掛けてもらえることが幸せな事なのかアルは思い知った。褒めるのも怒るのも人に構うのは気に掛けているからなのだ、気に掛けて無ければすれ違うだけの人と同じ、無言ですれ違うだけだ。


アルは今まで我が道を行っていた。人はどう思ってるか知らん、と興味が無く気にして無かった。アルは人には興味が無いが、知ったモノは良かれとする方向には動いていた。そしてそれは人も一緒だった、人も周りの人を良かれと思って気に掛けてくれていた。


それが身に沁みて分かった。人に興味の薄いアルだからとても分かった。とても嬉しかった。とても幸せだと思った。


今、アルの頭にドーパミンが出ていた。


異世界で取れた天然のドーパミンだ。



・・・・



お茶を飲み終わる頃にゴアさんが剣を持って来た。


「こちらが史実に記載されている紋章で、間違いなくリンバス家の剣であると言う事です」


「まさかな、そんな数奇な運命を辿る剣とは・・・」


「まさしく!四年も前にアルベルト様がリンバス家の剣を手に入れられ、今日ここにナレス古来のリンバスの名をセフェリ様が名付ける事でナレスの剣を思い出し、鑑定するとリンバス家の剣などと神の奇跡としか・・・」


「・・・」俺は心の中で謝りまくった。


ごめんなさい、ごめんなさい、視えてるんですと。


「神の奇跡と言って良いな」さらに肯定された。

まさしく」チガウカラ!ヤメテ。


「リンバスがけがれと戦った剣か」ソレチガウ!

まさしく!」力強く言ってもチガウ!


「陛下にこの奇運を奏上せねば!」なにー!

「お喜びなさいましょう」なにー!


ごめんなさいごめんなさい。許して!もう言わないで。そこまで神の奇跡じゃ無いの。マジで違うの。リンバス家の家宝としてまつりますから許して下さい。


神の奇跡を目の当たりにした俺は顔の縦線が増えて行った。



・・・・



ナレス陛下も絶句した。


陛下は死病から生還した神の奇跡を例に挙げた。神の教えの国(と勝手に思ってる)聖教国との繋がりを、ナレスとの深い絆を、リンバスの名を与えるその意義を勝手に誇大解釈して神が導いた奇跡と突っ走った。


リンバスは犯すべからざる神聖な家名と認定された。



チガウンダッテ!



お爺様は剣とリンバス家の話をもっと信じた。


うちの家族は神と会ってるからだ。


この話は俺の手を離れた。


もう知らん、勝手にやっててくれ。



そんな神聖な者が青筋立ててお爺様と口喧嘩しねぇよ。


お兄様に高級店に連れてってもらった器なの!


神聖な者はケツが痒いとボリボリ搔かねぇよ。




次回 358話  ドワーフ温泉を掘ろう

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