第336話  子供脳と大人脳


3月18日(曜日)


起きるとドネスクが凄い事になっていると聞いた。


ドネスクのテズ教大教会前。


王城まで同行するよう通告しに来た騎士団にニウさんが言った。


「貴国から使者が来て仔細しさいは承知の筈、国と国がすでに話し合っている。国同士の話など神にお仕えする一介の司祭には及びもつかぬ事、それでもと言うのなら私と手合わせで勝てば同行しよう!」


大教会前で騎士団に大音声で答えたニウさんは、そのまま格闘術の構えを取ったのだ。その言葉を遠巻きの王都民が聞いていた。


相手は無手の司祭。と身体強化で応じた騎士団員は遊ばれてしまった。倒されてない。こうされた方がよろしいと武術指南されてしまうのだ。


プライドも観衆もある手前、大変鍛錬になったと礼を言い、帰って来る騎士団員と驚く騎士団長。


現地時間9時現在、三人抜きで四人目を指導中だそうだ。


「何でまたそんな事に(笑)」


「騎士団が昨日の失態を取り返そうと、また教会前広場で整列して『神教国に仔細しさいが聞きたい、王城まで同行願いたい』と大音声だいおんじょうでやったからです。やはり神の御座おわす教会には押し込みたくないみたいです」


「ニウさんもなんでそんな事言ったの? 騎士団の連中だって大喜びで応じるに決まってるじゃん(笑)」


「民衆が囲む中で手合わせに負けたら大人しく従うと言われたら騎士団も食い付くと思いまして(笑)」


「確信犯かい!そりゃ食い付くわ!(笑)」


「騎士団に勝ち続ければ武術教練師範も来るかも知れません、手合わせしてもよろしいです?」


「神教国を名乗って負けられないよね?(笑)」

「かしこまりました」


「イヤイヤ!僕がやらせてるみたいじゃん。何それ!」


「アル様が負けられないと!」

?って返事を待ってたでしょ!」


「アル様のめいは絶対です」


「もう!めいの前に騎士団に勝ってるよ!(笑)」


「今五人目でございます」

「かしこまりました」

「アル様!(笑)」


朝食まで冒険号でリルを振り回して来た。


・・・・


朝食を食べ終わった頃、守備隊の小隊長と北門の守備隊長が訪ねて来たとメイドさんが案内してくれる。最上級の応接で二人は待っていた。


俺は守備隊長に話しかける大司教の後ろに座った。


「おはようございます、今日は?」


「昨日は盗賊団の一味を捕えたにも関わらず、昨夜は取り調べに遅くなり報告出来ず申し訳ございませんでした」


大司教(ニウさん)が答える。


「いえ、盗賊団だったのですね?魂が曇った者を小隊長にお知らせしただけです、何もお気になされずにお仕事に励んで下さい」


ニウさんは昨晩の交感会話でどのようにアルが視えていたのか知っている。


「王都が掛けた懸賞金を持って参りましたのでお納め下さい、お尋ね者三人分です。こちらにサインを」


置かれた小袋を視ると金貨二枚と小金貨1枚が入っていた。(110万円)


「我らは討伐はしておりませぬ、討伐したのはまさしく守備隊。それは守備隊の懸賞金です。隊長様より隊員の労苦の褒章ほうしょうに御使い下さい。私共には過分でございますれば、お察し下さい」


「いえ、その様に言われましても。守備隊としましても・・・」


「見れば本日も小隊長様は違う様子。毎日集まる野次馬から護衛下さる守備隊の皆さまには感謝しております。感謝のしるしとしてその報奨金で王都を守る守備隊員の慰労をお願い致します。神教国の感謝をお受け取り下さい」


シレッと神教国の名で押し出すニウさん。


「・・・大司教様(笑)」


「我らも神への感謝に喜捨は頂きます。同じ事、守備隊に感謝して喜捨せぬでは笑われますな(笑)」


サインして受け取りを差し出し、ダメ押すコアさん。


「この場の者しか知りません。サインしましたよ(笑)」


いも甘いも噛み分けた世を知るニウさん。


「大司教様、ありがたく頂戴いたします」


北門の守備隊長が帰った後、俺はポツリと言った。


「結構な口上に感服いたしました(笑)」

「アル様には及ぶところではございません」

「何よ、それ!引っ掛かるよ!」

「アル様ほどにはなかなか・・・(笑)」

「何がなかなかなのよ!何笑ってるの!」

「アル、小隊長が外で待ってるわよ」

「アル君、行こう!」


その日のS.A作りの護衛から守備隊の本気度が変わった(笑) 喜捨では無い、心から神教国の神職を守ろうとしてくれたのだ。


「あの人怪しいです」は今日も忘れない。



・・・・



昼休憩の時に噴いた。


ドネスク大教会に来た騎士団十二名が全敗を食らって退散。


騎士団がまた出直す、と去ると教会に帰りかけたニウさんに腕自慢が挑戦してきた。三位や二位の冒険者達だ。朝から騎士団と手合わせを行っていたニウさん。教会前広場で司祭が騎士団と戦っていると噂が噂を呼んで腕自慢の冒険者達を呼び寄せてしまっていた。


噂を聞いて見に来た者は、戦いではなく己の技量を試す手合わせだと知り気軽に挑戦して来た。教会前の広場はドネスク王都武闘会と化したが、12時になるとニウさんが昼食だと教会に引っ込んでお開きになったそうだ。


・・・・


昼食後にラムール会長から4月5日(光曜日)にハムナイからの移民の面接を行いたいと言って来た。


晩はお父様が受けた街路灯の注文をこなしに行く。

今回注文の領は一年間領都で街路灯を使った後に案を練り契約をしていた。井戸の周囲、城門の周囲、川への階段とトイレの周囲(川の支流を下水として使用し共同水洗トイレがあった)など細かな指示があった。


暖房紋を付けた領の噂を聞いて邸宅の暖炉に付けてくれと契約する耳の早い領主も居た。


・・・・


毎日S.Aを作って行く中で、宰相や宮廷魔導師も見学に来たが魔法の呪文すら聞けなかった。大司教が錫杖を振るい胸に押し抱き黙とうするとS.Aはみるみる出来ていく。魔力がそのまま具現化して行くので呪文の無い精霊魔法とは流石に見抜いた。宮廷魔導師が見た事も無い異国のシュっとした四角四面の魔法建築だった。(キューブハウスのごとき遊びも文化も何も無い実用一点張りのアル式建築である)


目の前で大司教(ニウさん)もここは猫にしようと錫杖を振り、猫の彫刻をゲートにチョンと作る。大司教一行がS.Aを公園に作ってる間に護衛のアルムさんとクルムさんが空いた場所に遊具やテーブル、椅子を同じ無詠唱の精霊魔法で作ってるのを目撃してポカーンとしていた(笑)


・・・・


ドネスクのテズ教大教会前の広場は三日間の激闘の末、ニウさんが勝った。ドネスクの王都にニウさんに勝てる者はおらず。昼まで付き合うと昼食だと教会に帰ってしまう。騎士団も近隣の街教会の司祭を訪ねて連れて行こうとしたが、司祭に負けて同行は叶わなかった。


いつしか神教国の司祭に勝てる者は王家の家臣として丁重に迎えられると噂まで立った。だから挑戦者も絶えない。


ドネスクの王は教会の司祭にも勝てぬならテズ教国を脅そうが攻めようがそれを預かる神教国が折れる訳など無いと以後手を出さなくなった。王も教会は神の御座おわす所と神罰を恐れた。


・・・・


王都のS.A建設が佳境に入った3月23日。


ドネスクと同じ様に文句を言って来たコモンは守備隊が教会に押し込んだ。ニウさんは押し込む守備隊を察知していたがテズ教のスタッフを転移装置で逃がした後、わざと押し込ませた。


祭壇の前で祈るニウさん。


口上を教会前で述べた後、これより捕縛すると宣言した守備隊。教会側の抵抗も無く扉を開けた守備隊員十名は祭壇前のニウさんに言った。


「国としての見解の相違が見られるため、問題が決着するまで捕縛する。教会の者をここに連れて来るように。手荒な事はしたくない、大人しく従ってくれ」


「守備隊と王都教会も見解の相違が見られるようですな。捕縛出来る物ならやってみなさい」


司祭が祭壇の電柱状のシンボル像にすがった・・・様に守備隊には見えたが違った。


司祭はそのシンボルを持ったのだ!


超飛の蛇矛じゃぼう6mまでは無いが、4mの電柱シンボル持つニウさんも凄かった。


持ってズイ!と守備隊十名に近付くと礼拝堂の机のスレスレをブオン!と振った。守備隊の隊員達の眼が点。明らかにニウさんよりシンボルの方が重いのだ。


80cm程の剣と2m程の槍を構える守備隊の武器に丸太のごとき4mのテズ教シンボルが横にブン!とがれると武器が礼拝堂に飛び散った。尚もブンブン振りまわして近付くニウさんに恐れをなして守備隊は逃げ帰った。


すぐに騎士団三十人が教会を取り囲んだ。

そこに丸太の様なシンボルを引っ提げるニウさん。


領都の民が見守る教会前広場。


「司祭が抵抗などせず大人しく捕縛されよ!」


「神はこう仰っている!」


何ておっしゃってるの?と聞き耳を立てる騎士団と王都民は眼を疑った。何も言わずにシンボルを振りまわして司祭が騎士団に襲い掛かったのだ。


「神はこう仰っています!」

右打席でブーン!と騎士団をかっ飛ばす。


「神はこう仰っています!」

返す左でブーン!二、三人が腹に食らって飛んで行く。


「ええい!あのシンボルを押さえよ!小隊前!」


六人が身体強化を巡らせニウさんの前に立つ。それぞれが三、四人分の強化を巡らせ右振りでも左振りにも対応するフォーメーション。


「神はぁ~こう仰っていますぅ~~!」

「来るぞ!止めろ!」


三人で九人から十一人分のパワーを出す身体強化。シンボルを受けとめようと身がまえた三人が腹に食らって吹っ飛んだ。平幕がツッパリで小錦をぶっ飛ばしたようなもんだ。


観衆も含めて皆が目が点になって時が止まった。


シンボルが止まった直後に身体にしがみ付こうとしていた小隊の三人の身体が止まった。それは見事に同僚がかっ飛ばされたからだ。気が付くと返すシンボルが左打席で三人を飲み込んだ。棒立ちの分、溜めも効かずにかっ飛ばされていた。


騎士団三十人対ニウ司祭の仁義なき戦いが始まった。


「神はこう仰っていますー!」それしか言わない。


頭のおかしいイカレ司祭を騎士団は恐れた。恐れても捕縛命令である、撤回など無い。命令で教会に向かうがすぐにかっ飛ばされて撃退され、騎士団の増援が来てもペイと捨てられ、大量の兵で教会に向かったがそれでもテズ教のシンボルを振り回す一人の司祭に敵わなかった。


ぶっ飛ばされている間に、騎士団の団員達は神に罰を受けている様な気分になった。それしか言わないのだ。テズ教信徒が教会に反旗をひるがえしている事は自分達で分かっていた。


命令に従いながら次第に恐怖に取り憑かれた。


王都教会で手を焼いた騎士団は、王都の周囲の街で司祭を武力で捕えようと向かったがことごとく撃退されて帰って来る。


そんな事が繰り返された後に命令は撤回された。騎士団の団員達はホッとすると共にお互いに経験した事や思った事を口にした。


神教国の司祭は(神に仕えず鍛錬ばかりの脳筋で)シンボルを振り回して叫び回りとコモンの騎士団皆が酒飲んで荒れた。あの怪力は身体強化Lv8だとかLv9だとかに囁かれた。


さすがに教会及び司祭に飛び道具や魔法を使う事は無かった。司祭を捕えて神教国との交渉に使おうとしたのだが、これ以上教会に敵対すると神罰も下りそうな上に、交渉どころか戦争になる事を恐れた。司祭がこんなに頭おかしく叫び回り、ど強いのに戦争になったらどうなるか良く分かった。相手は武装国家の宗教国、地域の揉め事以上の混乱にしたくなかった。この世だから地域の揉め事で済むが、今でいえば他国の大使館員を武力で連れ去ろうとしている行為だ。


俺はジェルの武勇伝を楽しみに待ったがジェルに当たった騎士団はいなかった。


・・・・


3月25日の午前中に王都のS.Aを建て終わって守備隊にお礼を言い神教国大司教一行は王都コルアノーブルを後にした。神教国の名目上サント海商国を目指す最短経路のルシール伯爵領都(3位)方面へ向かう。小高い丘に差し掛かった時に霧を濃くしてそのままタナウスに跳んだ。


・・・・


ガナンのハーヴェス艦隊の報告では、補償交渉は終わり海賊行為を行っていた商人の接収もあらかた終わったそうで艦隊は帰国の途に就くと報告を受けた。


新年開けてから取り掛かった大戦阻止の動きも夏までには決着しそうだとホッとした。テズ教、ラウム教の周辺国との軋轢あつれきはまだ決着していないが信徒国一国との争いなら調停する自信はあった。


後は艦隊が帰った後にサンテ教国をキャン言わすだけだ。この様な陰謀も知らずいつも通りにハーヴェスの行いに神託を出し信徒国を破滅させる所だった交戦的な宗教国などいらない。サンテに売ってるお守りを戦勝祈願でハーヴェスに売りに来やがって。神を信じる者に欲にまみれてかたるのは詐欺師そのものだ。


そこに教訓や愛の欠片も無い。かたるなら幸せになる方向でかたれだ。北の海商王ルーベンス・セシリは宗教国に否定的だったがそこには真実を見抜く目があった。不幸なのは宗教国のトップとのみ話をして、末端の帰依した者と親交を持たなかったことが誤解を生む結果となった。


富と権力を持たぬ帰依した司祭は(神を勘違いはしているが)大いなる神と同じく民に寄り添い導き、世の不安を消そうと良い方向に努力する。心身ともに曇っていないのだ。(知っている俺が言ってはいけないが)神を信じ神に尽くす事はそういう事だと思う。


だから曇った奴らはキャン言わす。

おれがルーベンス爺ぃに責められたのはそいつらの責任だ。


アルはまた一つ理不尽な八つ当たりの理由を手に入れた。


・・・・


さぁ、ドングリ帽子に金髪を隠した神教国の御子は王都にいなくなった。偽アル一行が王都に着く頃にはロスレーン家王都別邸に家族はいない。貴族学院のアリアと、会った事は無いがミリス家の供回りのジョゼットしかいない。俺を探るハルバス公の密偵も外れた。何より公然の秘密だった不治の病が治った事を非公式ながらハルバス公に語った。もうなにも気にせず国内を歩ける、王都も歩けるのだ。一年間ロスレーンの街に顔を出さないのも疲れた。グレゴリ村の八百屋の行商はノーカンだ(笑)


これで俺は自由になった。王都別邸に顔を出して使用人達に顔を覚えてもらおう!わーい。



アルはハルバス公を視て無いので何も知らない。


結局、明晰めいせきな頭脳を求めたハルバス公爵と恩寵を隠し通したいアルの邂逅かいこうすらもなく見事に埋まり決着した。


危機に過敏で心配性なアルの段取りの勝利だった。


世の常識。単一的な特化能力の恩寵より、物事をグローバルに見て舵取りが出来る人物の方が遥かに国に取って有益だ。異世界人のアルからしたら!を欲しがってる公爵と思ってるが、公爵に取ってはそんな脳筋ならやとえば良いのだ。


アルと公爵の子供脳と大人脳の価値観の違いである。


アルが書いた文言。


武官には武道、文官には文道、農工農民、職工には作道、学院には導道、商人には利道、領主の道は如何いかに」


それを見て驚愕きょうがくしたハルバス公爵。子供の認識にあるまじき文言だったのだ。マルベリス伯爵が家訓とするほどに・・・。



そしてアルは自由になった。




次回 337話  陰謀の終幕

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               思預しよ

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