第319話  砲撃の現実



1月29日。


明日、神都司教のクラウスさん、妻のカルドさんと3人の子供。御料農園の農吏員が三人タナウスに来てくれる。御料農園の作物を作る村はナレス王都と変わらぬ気候だが土地が南に行くにしたがって高くなっていくので標高600mに位置する。


そんなナレス村に心配事が一つある。


領都の温暖な地のモンスターは南に追い払ったが、このナレス村周辺の大森林にはモンスターが普通にいるのだ。トロール、オーガ、オーク、ウルフやゴブリンに交じってドリームイーターと言う爪長ザルってダンジョンに居たでしょ?アレが森の縄張りにいる。ウルフやサルは群れで狩る、悪知恵持ってるから心配。


今回の新しいナレス村(ナレスを模倣したテーマパークみたいだ)はモロに騎馬遊牧民(元北方騎馬民族)の解放地だ。


遊牧民の家畜は群れとはぐれるとモンスターに襲われる。人が襲われる前に家畜が襲われるので被害は聞いてないけど、今や家畜を守る遊牧民VSモンスターの戦いになってるの。安住の地ってなかなか無いね(笑)


遊牧民は布教されてるので人に害はないが、馬やヤク、羊やヤギが大量に群れを成して草を食べまくる。家畜の群れが村に来たら畑の作物など、ひとたまりもない。


そんなモンスターや家畜の放牧地帯なので村をオーバーハングのデカイ城壁で囲った。ツルツル(サル対策)の城壁外に幅100mの石畳でサルが飛び移る木も生えない様にした。


こんな土地なら危なくて冒険者しか外出られない。余暇や買い物をするなら神都でした方が良い。街でも海でも遊べるように転移装置で神都と結ぶ事にした。(直線距離で青森から九州ぐらいある)


以後は寒い地方から移住する避難民が出たら徐々に村民(ナノロボット)を入れ替えて行こうと思う。騎馬遊牧民の様に自衛する戦力を持ってる村民はなかなかいないと思うので農民に扮したナノロボットは少しは常駐しないとダメだ(笑)


最後の仕上げにサービスエリアを村の中央に立てて街路灯をポツポツと建てて行く。


※北方騎馬民族は移動する最小単位が六十人から最大で二千人だったが、この地は野生の狼が群れでいる。時期になると群れが集まって500~10000匹の単位で夏冬の移動を繰り返すので、移住後一年経った騎馬遊牧民は襲われない様に2000人~6000人単位の固まった部族になっている。


※小さな単位の遊牧民は移住後すぐに、北の外れに交易村を何個も作ってタナウスの塩を始め食品、嗜好品と遊牧民の家畜や乳製品、革製品と交換する拠点に住んでいる。



その日の晩、カラム王国侵攻の任を受けたハーヴェスの艦隊はルージュ港近くの島影に錨泊したとコアから報告を受けた。明日の1月30日、日の出と共にルージュ湾内にて全船二十三隻が周回しながら大砲を一発ずつ計二十三発撃ち込むらしい。


※侵攻艦隊は魔動軍船三隻、武装商船二十隻。


無血侵攻計画無ければ街は廃墟だわ。


2月1日の9時~12時に港町ルージュの民心を掌握、13時に空砲を鳴らした後、六千人の占領部隊が政務官三百人を連れてを開始する計画は変わらない。


俺はやる事をやった、後は起こる事に対処するだけだ。



・・・・


1月30日9時。


ルージュの街はずれの村落の一軒。昨夜未亡人エルマ(36)の家に夜這いに来た雑貨屋のタクル(25)は熱烈な歓迎を受けて朝まで絞り尽くされて寝ていた。


店は遅刻しても親父がどうせ開けてる、少し位遅れても言い訳すれば構わない。遅く起きたエルマがベッドで転がるタクルの朝食を作っていると大きな音と甲高い音が聞こえて来た。


ドン! ヒュルルルル~ ドカーン!


タクルの裸の体がベッドから浮いたあとで着地した。


エルマは何かしら?と台所の窓から外を覗いた瞬間に、なだらかな丘がドカーン!と派手に弾け飛んだ。着弾の後の土煙りで辺り一面が見えなくなった。


跳び起きた裸のタクルが異変を知ろうと服も着ずにシーツを腰に巻いて裏口から外に出て、穴の開いた着弾地点にソロソロと近付いてるとまたも音がした。


ドン! ヒュルルルル~ ドカーン!


タクルの体が地面から2cmも浮いた!


今度は100m先に密集して生えた木が吹っ飛んだ。まるで10円ハゲの様に木々の緑が無くなり赤茶けて掘り返された土がむき出しになった。


地面に転がってキーンとする耳で放心状態でいると、近所から大勢の人が同じ様に穴を見に来てタクルと同じく転がって放心状態になっていた。


気が付くとエルマにビンタされてた。


「しっかりしなさい!逃げるのよ!」


タクルはエルマを連れて逃げた、手をしっかり離さずにルージュの中心部にある家の雑貨屋まで逃げた。


店で迎えた親父は驚いた。

素っ裸の下半身シーツの息子が裸足でエルマを連れて逃げ込んで来たのだ。一緒に連れられタクルの親父と目を合わすエルマは左手にティーポットを持ったままだった。


タクルの新生活が雑貨屋の離れで始まる切っ掛けとなった1月30日朝、それはハーヴェス艦隊の砲撃だった。



1月30日朝9時から始まった砲撃は約五分置きに続いて11時にようやく止んだ。


「何だ何だ!何なんだ?」という言葉が何万回も叫ばれた後、砲撃が止むとビラがカラム王国中に降って来た。これは魔力で消えてしまう紙ではない。その代わり、撒かれた数は人口の1/100」



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民よ信じよ!神を信じよ!テズ教を信じよ!


ここ二年、近海を荒らした海賊は全てハーヴェス帝国によって討伐とうばつされた。各国の交易船を襲い海賊行為を行っていた卑劣ひれつな国も判明した。その名はカラム、ルーミス、ラパス、モン、ガナン。


カラム王国、東経62度、北緯37度。

周辺国地図。

https://www.pixiv.net/artworks/103781828


カラム王国の王族は上記の四国に海賊船での略奪りゃくだつを持ちかけた主謀者しゅぼうしゃであるためハーヴェス帝国がカラム王国を討伐とうばつに来た。


しかしカラム王国の討伐とうばつは神託を受けたテズ教が許さない。


神託をこの地にもたらしたネロ様が許すはずが無い。


現在各地の海賊行為の被害額を協議中である。カラム王とハーヴェス皇帝との補償交渉の仲立ちをしているテズ教を信じよ。約束された地の民の暮らしは何も変わらない。ハーヴェス帝国軍には何もさせない、民に対する略奪などさせない。気を確かに持ってテズ教を信じ両国交渉の行方を見守れ。


神託は絶対である。


不安ある者はテズ教会をおとずれよ。そこに安息はある。


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ルージュの街は騒然そうぜんとなった。そりゃなるわ!(笑)


上を下への大騒ぎだ!

皆が丘の砲撃を見た、湾内でひしめきながら大砲を撃ち込むハーヴェスの大艦隊を見た。皆が大砲の威力に震え上がっている。山に続く丘に木や緑が無くなったのだ。赤茶けた丘になってしまった。


お茶屋のお婆さんが鍋持って教会に逃げて来たし、サンダルもかずに何故かザルを持って家を飛び出て来た人もいる。ガチガチと歯が鳴って、木彫りのネロ様を握り締めて怖がってる。エーン!


1月10日の神託どころじゃない!

砲撃が始まって10発落ちた頃にはもの凄い数の信者が教会に逃げ込んだ。裏の広い敷地も何もかも群衆に占拠された。


皆が神像に祈った。外にいる人は膝をついてテズ教のシンボルに祈った。心から自分の故郷を愛してる人たちだった。俺は目の前でガタガタ震えるパニックとなる群衆を見て、俺がとんでもない事をした?俺が引き金を引いた?と余りに凄い光景に俺自身が震え上がった。


助けを求める人の洪水を見て震え上がったのだ。


なんでこうなった?なんでこうなったと自問自答して思い出した。これは想定内だ!こうなるに決まってる!想像力が少し足りなくてビックリしただけだ。


考えに考えたシナリオ通りだが、思うのと見るのが大違い。こんな大パニックで怖がるなんて思わないよ。


次第に落ち着いた。カラムを助けるための最短距離だ。OK!何も外してない、何も外してないから落ち着け!


本来なら侵略によって廃墟はいきょにされ、国土荒れ果てた後にハーヴェスが降伏しカラム王国は二つになるが、廃墟となった故郷は帰ってこないのだ。俺は足の踏み場もない教会で祈る群衆を見ながら落ち着くに従って、この事態を引き起こした恐怖から徐々にこれで良いんだという安堵あんどに満たされて行った。


でも家財道具をまとめている人も多かった。逃げだす行商や隊商の荷馬車、乗合馬車の取り合い。乗せてくれ乗せてくれと両手に荷物、子供を連れた人々が街を彷徨さまよった。目の前にハーヴェス軍の大艦隊が居る、ルージュの人々は皆が見た。なぎ倒されて行く木々を、大穴が開く丘を。


俺は砲撃が始まってから集まった人に何度神託を信じなさいと言ったか分からない。神託を一から説明して、約束された地の未来を信じなさいと説法しまくる。砲撃の音の中でだ。すがりつく人の目を見ながら、神を信じますね?と優しく納得させていく。


11時に砲撃が止んで降って来たビラ。今度はそれを手に持ってわめきながら群衆の第二陣が教会に押し掛けた。これなんて書いてあるか読めないと涙目で怖がった。


お陰で俺の虚言がLv10になっちまった。何万人か知らないが嘘を言いまくってたらそうなるわ!神の使徒が虚言Lv10なんて知られたら恥ずかしくて死ぬ。まるで神をかたって稼ぐどっかの宗教だ。それどころか俺が作った神教国自体がこの世界の新興宗教だし、神を語るだけに救いが無い事態だ。


まぁ、こんな洒落しゃれをこの場で言う自体俺が吹っ切れてる証拠だ。混沌も秩序も関係無い。視たく無いを自由につらぬくだけだ。


昼になっても食べ物屋も店も何も開かない。その内ルージュの街の無事を確認した騎士団と守備隊の伝令が街に走り、街を歩かず家や店に帰る様に触れ回った。そんなお触れが執政官事務所から出たのは大司教達が執政官の鎮静に朝から駐在していたからだ。


港は艦隊を見る野次馬でごった返していると言う。


教会前のお茶屋は15時にお客を取り出した。


夕方になって騒然そうぜんとしたルージュは治まって来た。朝の砲撃以来ハーヴェスの軍船は湾内に錨を降ろして静まったからだ。一切攻撃してこない軍艦を遠視の恩寵を持つ者が視た。武装商船の甲板上からルージュを見ている凄い数の兵を言いふらしたが、民が一部騒いだだけで静まった。


兵が降りて来ないと分かったら街の皆も落ち着いた。執政官事務所で落ち着き払う大司教一行の姿がある。テズ教の仲介で両国が補償を話しあってるのは正確な情報だと街を預かる代官には分析されていた。ハーヴェスの戦い方はこうじゃないからだ。無茶苦茶むちゃくちゃな雨あられの砲弾で誰も居なくなった廃墟の街に大量の兵が上陸して蹂躙じゅうりんするのがハーヴェスの侵攻だ。



俺はシスターにうながされて17時にタナウスの宮殿に戻った。


ルージュ17時>タナウス14時。


メイドさんに状況を聞くと、ナレスから来た一行が今大山脈の交易トンネルを出た所と言う。


今日の昼の会食料理はお客が吏員(御料農園担当執政官から農業技術職で雇われている平民)であることから一般の食堂の豪華版クラスの食べ慣れた料理を予定とのこと。


子供が三人いるから子供が喜ぶ料理にしてねと蛇足だそくを言うと、大人も喜びますよとメイドさんに一本取られた(笑)


俺はテズ教の御子服のままで家紋で彩られた宮殿前広場で出迎えた。ロータリーをくるりと回って宮殿前のポーチにピタリと停まるナレスの王宮馬車。連なる荷馬車はうちの執事隊によってロータリーに沿って停められた。


まずはナレスから派遣の農吏員の馬車の扉を開ける執事長のニウさん、馬車から下りた三人をコアさんが案内する。コンコースから玄関の動線に居並ぶ代官のベルンさん始め執政官たちとメイドと執事が拍手で出迎える。


「神教国タナウスへようこそ!」

俺は玄関の中央で三人を握手で迎え入れる。


「昼食を用意しております」

にこやかに言うとニウが先導して農吏員を案内する。


農吏員の後ろにクラウスさん、妻カルドさんと三人の子供がオシャレな貴族風の平民服で並ぶ。


「お久しぶりです。奥様は納得下さりましたか?」

奥さんのカルドさんをチラリ見ながら言う。


「えぇ!こちらの貨幣で信用してくれました」

「クラウスにチャンスを下さり感謝致します」

奥さんが深々とお辞儀をしてくれる。


「積もる話は昼食で致しましょう(笑)」


・・・・


昼食の最中に、農吏員に荷馬車の作物の植え付けなどの予定を聞いてみた。人員さえいたら陽が落ちるまでの四時間だけでも畑に戻したい幼い苗があると言うので昼食後から早速村で作業となった。最初が肝心と一週間は村に泊まると言う。一カ月は神都に来る間が無いと言うので別の提案をした。


「ナレスに奥さまやお子様は?」


三人ともうなずいた、タナウスは光曜日が休みなので落ち付いた一ヶ月後にまとめて休日を与えるのでナレスへの帰郷を許した。


ナレスの陛下へはこちらから伝え、毎週末のつち曜日にはナレス王宮の待避所から帰省する事を提案した。


三人とも喜んでくれた。


クラウスさんには、建国前の国なので神都大教会司教 5位の俸給で月銀貨十枚を支給する事を一緒に会食する代官、執政官に聞かせ神都の大教会は民心の安堵あんどになうので内政部でベルン都督の下に付くと教えておく。


そして、最新の御子様語録の宗教上の教義的な意味をクラウスに教えてくれる司教様が2月1日(明日)神教国に来られると言っておく。一カ月ほど神教国教義を教わった上で説法や執務を始めてくれとお願いした。


合わせてニウから身分証が農吏員三人とクラウスさんに手渡された。


余りに美しく魔力を込めると浮き上がる身分証に一同が驚いた。聖教国の御子で皇太子がこの国に居るのは、聖教国の始祖を導いたのがタナウスだからだと言い、聖教国の宣誓の儀のホーリーブライトは元を辿たどればタナウスの大魔法だと(本当の事だが)うそぶいた。


Lv10だからもう嘘も秘密も気にしない。嘘も本当もごちゃまぜで解禁した。(解禁と言うか異世界に来てからずっと嘘つきだったから、解禁してもありのままだ)


アルは転生して五年の努力の末に秘宝、を手に入れた。努力は実ったのだ。



・・・・



昼食後にお腹をさする子供達(9歳のニコリス 7歳のライナ 5歳のメラ)とクラウスさん夫婦をメイドと執事達に任せて見送った。


農吏員三人と荷馬車十台はシャドが巻いたとたんにナレス村へと跳んだ。計ったように拍手で出迎える農民達は皆コアさんが動かしている農民隊だ。


跳んだ途端にシャッキリ仕事人に変わる農吏員。納屋に保管する種子と今から植え付けを行う苗を荷馬車からテキパキと分けて行く。


苗は水に浸かる物、箱の湿った土に植わるモノ。苗を出しては土を落とさない様に言い付けて農民隊に指示して行く。最後の荷馬車は堆肥と良い土のブレンドだった。視ると丁寧にブレンドした完熟の土を選別して持って来てくれていた。土の中に微生物が沢山住むのが良い土みたい。


耕作されて裏返された畑に入り、この位と穴を開けて苗を植えて行く、その手元を観測して一分の隙もなく真似て植える農民隊のみなさん。その手つきを見て、そのまま続けなさいと指示をして、次の苗の注意点を次の者たちに教えて行く。


植えた後に水をどの位と指示して、次の苗に行く・・・。


次々と素手でいじられる畑。

村全体の1/100にも満たない耕作面積でも見る間に小さな苗で埋められていく。何も無い土の上に緑の葉っぱが綺麗に並んで行く姿。俺はなにか美しい芸術を見せてもらった気がした。


こうやって育てた自慢の子供達を美味しいと買ってくれる人達が待ってくれていたらグレゴリ村のリーダーたちも夏野菜行商に身が入るよ。


少し見ていて・・・感服した。


もうね、陛下の命を受けた人達なの。国の威信を掛けた国家プロジェクトをになう人たちだった。ナレスの旗をこの村に立てて帰る気概きがいが有った。


ナレスと気候はさして変わらない。


二時間ほど一緒にお手伝いした。俺の御子服の汚れを気にした農吏員さん達にクリーンを掛けてホッとさせる(笑)



・・・・



2月1日のルージュで見られるハーヴェス軍上陸の晴れ舞台に花を添えるに相応しいセレモニーを考えていた。保護している獣人を説得し、衛星都市マリンにカラム出身の獣人達を迎えに行った。少々せていても健康になっているので良いだろう。あの犬獣人兄弟が喜ぶ姿が目に浮かぶ。


明日全てが動き出す。


この東中央大陸に事実が伝わるだろう。カラム王国もテズ教もラウム教も主役は舞台を降りた。


さぁ、もう止まらない。シナリオも出来ている。

国のトップに濃い膿が溜まったら外科治療しかない。

テズ教のシナリオに乗った国の膿を出す闘いが始まる。




次回 320話  ウエイ系とDQN系

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