第313話 返る呪詛
1月15日、16日、17日は誘拐して来た奴隷を衛星都市の保護下から、希望する地へ解放した。
今までに誘拐した奴隷は布教でゲッシュし、マリン市街で10日間預かった。お陰で皆が落ち着きを取り戻していた。出身国、やっていた仕事、家族構成、奴隷になった経緯、帰りたい場所をメイドが事細かに聞いていた。
奴隷から逃げたがっている事を確認するだけだ。
アルは獣人返還の聖騎士団の様に何カ月も旅をして送り届けられない代わりに本人が望むようにしてあげた。今回獣人部落に跳ぶと国の迫害が酷くなり村が移動していた。検索で追っかけて親戚や知り合いの部落、同族の部落まで送って行った。奴隷人気の獣人部族が襲われて壊滅していても、同じ種族のいる土地を探して連れて行った。
敵国の捕虜になった兵士は身代金が払えないと戦争奴隷となってしまう。そんなのは元の国に送り返すだけで泣くほど感謝してくれた。二度と兵士にはならない、戦争に行かないと誓っていた。
口減らしで売られた子供(成長して大人になってる)や親の借金のカタに取られた子供はそのままタナウスに保護した。男も女も子供も母子もいる。新年に誘拐して来た奴隷は四万二千人だが結果的に身寄りのない、行き場のない六千人の者がタナウスで暮らす事になった。
合成食糧なら山ほどあるタナウス。食べ物に困らず与えられた畑を耕して働きさえすれば生活出来る。大空洞の倉庫から村の家セットを持って来てコア達が開拓した土地にポコポコ置いて行く。
開拓された平地に小川を引いて道を作り家を建て、
村に住むのは元奴隷。
隷属して忘れさせても良いが、あえて暗い過去に
奴隷と言っても下は5歳、上は90歳まで居る。タナウスにはメイド部隊と執事部隊、街には住民に扮した住民部隊まで居る。身寄りのない者はロボの擬態家族の子供や使用人にした。この夫婦が両親と思い込ませるだけだ。いきなり5歳~12歳位の四人子持ちのロボ夫婦になるが、一緒に暮らして本当の家族になればいい。大人になったら自分の足で旅立てばいい。
奴隷暮らしが長かった者には、住み込みの使用人で街の商店や掃除婦で
しかしそんな神都に適応できる者はごく一部だ。
獣人の大人から子供までは種族で森に家を作り、獣人の生き方をしてもらうし、成長して街に出るなら自分で生計を立て独立したら良いと思う。自立するまでタナウスが村を支援して行く。
モデルケースが出来たら良いのだ。前例が出来たら同じような境遇の者を各村は温かく迎えてくれるはずだ。
俺も偉そうなことを言ってるがタナウスの超科学が無いと一歩も立ち
俺のやる事は希望の場所に送って行き、開拓した村の予定地にポコポコ家を置く事しかやってない。たまに水源が遠くで洗濯や水浴びが不自由だったりしたら近くまで支流を引いてやるだけだ。
この世の水浴びや洗濯が不自由とは、歩いて1時間以内に川や池が無い事だ。日本で育ったアルには信じられない話だが大陸には普通にある光景だ。朝起きたら暗いうちから家族総出で往復2時間の水汲みなんてざらにある。小さな子が4リットルほどの素焼きの
タナウスの場合は村の近くに川の支流を引き、支流の水が畑に使いにくい場合に畑に給水紋を作り吸魔石をはめ込む。メイドが魔力を補充することで湧き水の様に水が流れて小さな水路を通って畑に水が流れて行く。
井戸を作るより給水紋付けた方が楽なのだ。村にはメイド部隊が村の異変を感知したり、連絡事項を村に周知するので滞在してる。メイド部隊がいるなら給水紋で水を出せば水汲みも短縮され畑の面積も増える。
大きい水路も小さい水路も元は開拓村で導師が叫びながら川の支流を分岐させた小さな水路。今ではアルからメイドが学んで小さな水路など苦も無く作る。たまに村を見に行くと畑の水路で小さな子供が水に浸かって水遊びしている。畑の中の一番小さな水路は幅40cm深さ20cm程しか無い。
話しは水路に
世の中が辛過ぎて、貧し過ぎて犠牲になる人達。アルは焼き印を治してやりながらその暮らしを視ている。虐げられて逃げ場も無く人として扱われない奴隷で過ごした日々を視てしまう。なるだけ視ない様にしている。アル自身が視た追体験で痛みを感じ、鞭打たれたミミズ腫れが浮き出る程も入り込んでしまうのだ。
物も言わずにその時起こった事を視るだけだ。
かって地球で行われた
そんな翌日の朝は武術にのめり込む。視たイメージを粉々に拳で打ち砕く。眼をそむけたくなる記憶をバラバラに斬り裂く。
自分の生きる世界の現実をバラバラに打ち壊す。
何回も何回も反復する。そのスイングが無意識化で行われる様に体に覚え込ませる。この世界のスイングは拳で行う、剣で行う。来た球に無意識で反応するのと変わらない。
それは、来た害意に無意識で反応する様に・・・。
・・・・
1月19日(風曜日)
朝から冒険号に跳び、神教国の審問官(ナノロボット)を20人ハーヴェスに連れて行った。テズ教、ラウム教、カラム王国の関係者に騎士団が尋問し、両国が調書にするためだ。
昼食終わったカラム、ルージュの教会で14時半。
クランのイコアさんから相互通信で連絡が来た。
(先程ニールセン代官の使者が見えました。小学校に関する関係団体の了承も
「分った、メルデスは9時半か。今から顔出すよ、クランは変わりないよね?」
(何も問題はございません)
「はーい、ありがとう」
・・・・
カラム14時半>メルデス9時半
10時にメルデスの執政官事務所に顔を出した。
会議室に案内され(俺が一番上座だった)ニールセン代官以下5人の執政官と小学校案件の報告を受けた。
・メルデスの公立小学校を作る。
各ギルド団体とも教官の派遣人員は確保する。クラン雷鳴、もしくは領からの俸給が条件。
・8歳から11歳までの4年間を無償で教育する。
8歳から11歳までの人口比率では一学年500人前後、2000人程を予定する。小学校の校舎は2500人収容なら良い。
・お昼の給食が出る。
給食の費用負担に関する聞き取り調査を各ギルド構成員の親に実施した所、月に大銅貨7.5枚(7500円)、年換算銀貨9枚(9万円)の賛同が得られた。
・10時から15時まで。
(午前2時間、昼1時間、午後2時間)
小学校の試験的運用であれば問題ない範囲。
・授業は算術、国語、歴史、体育各1時間。
歴史は低学年8歳のみ。9歳からは選択制で冒険者、鍛冶、裁縫、商業、調理、木工、調薬などの実習を3年行う。(ギルドあざとい!と内心ワロタ)
・出資はメルデス、各ギルド、クラン雷鳴。
ギルドの出資は各ギルドの奨励、構成員獲得のための教育に使われるのであれば実習教官の手配や実習の実費はギルドが負担する。
・親は年間の学校に通う子供の昼食代実費に見合う金額を徴収し、流民と貧民の子は無料。
各ギルド、執政官も未来のメルデスを支える労働者に投資するのは賛同している。
・先生は執政官の妻、私塾の講師など学識が高い者を
執政官事務所と各ギルドが推挙をして教官を選任する。
・用地、教職員はメルデスが統括。
メルデスの中心位置となる、北東第三演習場を用地として領主に奏上する。(南の第一は現在使用中、第四は北部のため立地が悪い)
・建物、施設、教職員の俸給はクラン雷鳴が統括。
その様に上申する。
・ギルドは給食と資金管理を統括。
現状の施設を拡充せずとも原材料があれば2000食の供給が可能。配膳よりもギルド食堂方式で児童にプレートを取りに来させる方が現実的。
・教室は貴族と平民に分ける。
平民は12歳になった時の夢を聞き冒険者や武官や従士隊なら10歳より体育が武術に。貴族家は宣誓の儀を10歳で行う筈なので魔法の才が出れば体育が魔法の授業に、違うなら武術の授業に変わる。
貴族300人、平民1700人の教室を隔離する案が大勢を占めた。(子供の喧嘩や怪我などが恐ろしくて貴族の子と一緒にグランドで遊ばせられない)
演習場を3:7で分けて施設も完全別とする案をアルは出したが、これについては領主の意見待ちで、貴族の学校については下手すると出来ない可能性や、領が主導の完全別団体になりかねないと言われた。
アルとしては概ね良い方向にまとめてくれていたので、各執政官に握手を求めてお礼を言い、その様にミウムの政務官(領主付き執政官)に上申する様にお願いした。
例年なら1月7日にはミウム伯は王都に向かってるそうなので現在は不在との事。春まで領主の回答は無理との事。ミウム領都に上申書を出すのが御用馬車が出る1月26日の風曜日以降と聞いた(笑)
え!と視て、この世界はこんな速さだった事を思い出した。執政官たちは今日の会議で問題点が出た時に1週間の
雑談でミウムの人口比率が大体分かった。
1歳~12歳は平均500人×12=6000人。
13歳~75歳は平均800人=50400人(冒険者含む)
75歳~130歳は平均160人=9000人
メルデス人口65000人、うち冒険者32000人。
※流民、貧民3000人は人数に入ってない。日雇い、手間取りの日銭で生活。
メルデスの人口分布はこんな感じだった。
メルデスでは1年に500人が生まれる。13歳から他の領の冒険者が流れ込み75歳近辺までは人口をグッと押し上げる。それ以降は冒険者を辞めて田舎に帰ったり、子供の働く領地の家に移り住む。75歳以上では元々のメルデスで500人生まれた世代が病気や戦争で160人までに減ってしまう感じだな。
コルアーノは大きな戦争は簡単に起こらなくなった。戦後の日本と同じく人はこれから増えて行く。高度成長経済の拡大再生産が既に始まっている筈だ、人に投資するなら今だと思う。
コルアーノは緩やかなインフレと安定による領内の総生産に格差が出て来るかも知れない。ロスレーンやミウムの様に潜在的資源がある領地は富み、無い領は食料生産か手工業の完成品産業、特産物に頼る堅実な経営しかない。運営が下手な領は徐々に
・・・・
執政官事務所を出ると11時半だったので、そのままロスレーンに行ってお爺様に今年の謁見の日程と予定を聞きに行った。
「お爺様、謁見の日程ですが、家族は全員です?」
「グレンツ夫婦は残る。他は全員1月25日に執政官も連れて王都に行く。ヒルスンとマーフの退官式、モニカと
「って事は、街路灯の注文は受けるのですね?」
「パーティーに行けば話も出るだろうしな(笑)」
「わかりました」
「春以降の注文は冬期限で同じ様に返答する」
「はい、結局シュミッツの研修旅行が(笑)」
「アル様、構いません。こんな時期です(笑)」
「そうじゃのう、帰ったらまとめて休ませるか(笑)」
「そうして下さい。もう2年も忙しいままです」
昼食を呼びに来たが俺はカラムの教会で食った。そのまま辞して帰って来た。
・・・・
ロスレーン12時>ルージュ17時
ルージュの宿に帰って寝る前に交感会話。
アルが動き回っている間にも参謀以下の政務武官による統治、占領政策や戦後の補償金交渉などがあり、聞いておかないと流れが分からない。
・今朝、神教国より審問官を派遣したがその後の情勢を聞く。神教国とハーヴェスが尋問証言の真実についてお互いに世の証人となる事に同意したと聞いた。
・明日20日の朝9:00~順次ハーヴェス指定の王城広場のA・B・C地点に第一~第三騎士団が待機。輪の中にカラム王以下事実関係を知る重鎮。テズ教黒幕。ラウム教黒幕を誘拐してくる。
・各騎士団による軟禁と尋問。隷属による海賊行為の謝罪とハーヴェスへの投降、王位移譲の宣言と動画撮影。
---2月1日以後----
・海沿いの国家、各王家を誘拐し、陰謀の動画を見せて海賊行為に加担していた謝罪と補償金の交渉。応じなければハーヴェスに軟禁、本人による身代金交渉。
・海賊行為に加担していた商会を有する領主への損害賠償。応じなければハーヴェスに軟禁。本人による身代金交渉。鹵獲された商船の返還と補償。
・テズ教圏とサンテ教圏の接する国境のコアさんによる高空偵察。戦争の動きがあれば当事国の王に警告して止める。
元々はハーヴェスの滅亡阻止が勝利条件と考えたアル。
戦後交渉のシナリオを見たら、テズのシナリオに乗った信徒国が受難にも思えてきた。そこにはハーヴェスが絶対に譲れない国対国の体面や世に知らしめる大義が掛かっていた。
ハーヴェス帝国と言うプライドで海賊を追っていた。帝国の看板に賭けて海賊を潰していたのだ。それは未開の後進国を植民地にするのとは違う精神だ。かって地球では白人以外は人では無かった時代があった。それを知っているアルにはハーヴェス憎しにはなれなかった。それが法でそれが当たり前だと信じてる世界で、違う世界の者がルールを破ってはいけない。
だから自国を含めて属国の船をも守ろうと身銭を切って海賊を追うハーヴェスが好きだった。そこには意地と誇りがあった。陰謀さえ無かったらカラム王国に勝手に攻めて勝手に勝て!と応援こそすれ無視するつもりだったのだ。
アルがハーヴェスを応援したら、海賊行為に加担した国はタダでは済まない内容になっていた。
走り出した列車は止まらない。終着駅まで止まらない。人としてどうなんだ?と考えたら止まれない。人の弱みを見て害意を向ける者を許せない。
勝利条件を揃える事に集中しろ。
枝葉の出来事なんて大戦と比べたら、痛みですらない。
俺が書き換えたシナリオだ。それが歴史になる。
シナリオに加担した国が痛みを伴うだけだ、しかしそれは民の知らない加担なのだ。民が痛みに泣くのだ。それを思うとやるせなくなる。
国の
気持ちは沈み堂々巡りの疑問が回る。
これが終わったら略取された大陸奴隷を誘拐しよう。
アルは未来を見る事にした。
明日1月20日(
俺の書いたシナリオが動く。
次回 314話 暴れる子には勝てぬ
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