第311話 はぁ?
1月13日(火曜日)
ラムール商会の番頭タクサルさんと会った。
昼からタクサルさんと宿の一室で会議中。
俺は視てタクサルさんのやりたい事を知ってるが部下は何も知らない。会議の輪の外で静かに話を聞いていたら交易がどういう物かやっと分かってきた。
この世に外国為替取引など無い。
無いから魔石や宝石で、その国の貨幣と言うローカルルールに基づかない世界で通用する価値のあるモノで売買が成立する。商人は持って行った品物を売れば魔石や宝石が手に入る。しかしそれでは美味しくない。持って行った国の特産(多くて安い、希少で高い)を仕入れて帰る。往復ビンタで商売して旨味を増すのだ。
今回ルージュに入港したタクサルさんを乗せた魔動帆船は武器を降ろして品物を積む。中型船への積みかえはタクサルさんには関係ないみたい、降ろして清算で終わり。買って帰る積荷も30日までに間に合うので何も心配していない。
問題は、テズ教国圏とラウム教国圏の港街に現在向かっているラムール商会の魔動帆船である。
タクサルさんはまず、自分の管轄の魔動帆船8隻についての位置を大体割り出して、2月1日に戦争が終わった情報が何日後にどの国に
アルは隣国でも2~3週間は掛かるだろうと思っていたが全然違った。内陸の馬車による情報伝達速度では無かった。海上輸送で利益を得る商人の情報伝達速度は並みの早さでは無かった。
カラム王国隣国で5日間、その横は9日、その横は12日と早くなって行く。
海上を直線で結ぶ直行船があるからだ。
アルは話を横で聞き、舌を巻いた。
タクサルさんは各地の港に跳んで、船が何日に着くから積荷を先に買って港に用意してもらう計画を練っている。
通常は船が着くと荷降ろしを行っている間に帰りの積荷を物色し、用意してもらい2週間ほどで武器と積荷の差引勘定を行って決済後に船に積み込み出港する。
なぜそんな事をするか。魔動帆船から積荷を降ろす時間も量もあり積荷を降ろしてからの確認作業もある。積荷を降ろして確認が終わり代金が決定するまで時間があるのだ。その時間に相手の商会と商談をしてその国の積荷を都合してもらい差引勘定となる。勘定が済んで初めて船主の荷物となり積み込みが許される。勘定が終わってから積み込みでまた時間が掛かるのだ。
各魔動帆船が港に着く前に、現地で積荷を買ってしまう。港に積荷を事前に用意しておく意味。
その意味はこうだった。
積荷同士の差引勘定をすっ飛ばす。
積荷の武器を降ろし、数量の確認と勘定をしてる間に支払い済みの積荷を積む。荷降ろしの勘定を受け取り次第に逃げる作戦。仮に積んでる最中に情報が届いても物品の取引は済んだ後だから代金の心配せずに大手を振って積み込める。
いつもの物資は現地の価格変動を見ながら安い物を仕入れて高い所で売るが、今回は違う。どこの国でも確実に売れる物で勝負を掛ける。
タクサルさんは武器商人。単価がもの凄く高い物を売っているからどうしても宝石がメインの取引。80m級の魔動帆船が空荷で帰るのが勿体ないから積んで帰って2倍、3倍になる品物を買って行く。
ただし武器が暴落すると商品と積荷の差引勘定してる間にひっくり返されると困るので動いている。国の発注、領主の発注を商会が受けて取引している場合に貴族がバックだと貴族を盾にゴネられる。
アルは話を聞きながら交易船の商人はどんな事をやっているか勉強していた。折角の知り合いなので協力はする。アル自身が神聖国のガラクタを換金して世話になった人なのだ。
15時過ぎまでに部下と共に煮詰めたタクサルさんの前に有る図には、各船の入港日と積荷の価格予想、現地の物資のお目当ての品目が書かれている。そして期限に間に合わない魔動帆船も書かれている。
隣国のセラスとルーミスに向かう船が赤マルで囲まれている。入港予定が20日後の2月3日、積荷が揃う10日後の2月13日、差引勘定後の出港は1週間後の2月20日。
戦争終結の情報がセラスとルーミスに伝わるのは2月6日前後。絶対間に合わない魔動帆船が2隻あった。
「タクサルさん、大きな魔動帆船使ってる商国連合の船って関係国に深く入り込んでます?」
「そうだなぁ、武器だけで済む訳ないから物資はだいぶ入り込んでるだろうなぁ」
「その人達も助けるつもりありますよね?」
「あるけどその国の商会の耳に入れる位しか出来ないよ。ほれ、この期間までに積み込みを終わらせないとな。食糧なんかは何処でも売れるから良いんだよ」
「あぁ、そっか。武器が一番暴落する可能性があるのね?」
「武器に限らねぇよ、国が商人に命じて品物買うのに命じた国が無くなったらどこが金を払うんだよ。ハーヴェスが払ってくれるならいいが、カラムにある物は全部ハーヴェスの物って、占領されたら入港してる船まで取られるぞ」
「えー!武器だけじゃ無いの?」
「あぁ、そうだよ、武器なんかてきめんに値が落ちるだろうよ。どっかの国との戦争なら分かるが、ハーヴェスが砲撃に来るなら戦争ブームも一気に冷えるさ、剣や鎧じゃ砲撃に勝てねぇよ(笑)」
内容知らないとそう考えるよな。実は武器を運び込んでる国はハーヴェスが来る事を待ち望んでいる(笑) アルの考えでは戦争が始まった!ともっと高値で武器を買う可能性さえある。タクサルさんにはそんな博打を打たせたくなかった。一般的な考えではタクサルさんの思う通りなのだ。
国や領に売るのは簡単だが、その金は元を正せば民の税だ。アルはタクサルが今のうちに手を引いて勝ち逃げ感のある引き方をしてもらいたかった。
「補給港が封鎖された時、青くなりましたよね(笑)」
「そうだよ!あんなのに勝てるか!(笑)」
「そんじゃ、積荷はまだ間に合うとして、この間に合わない魔動帆船2隻を港の近くに動かしましょう」
「え!そんな事出来るのか?」
「そんな事言ってないで行きますよ」
部下の見守る中、タクサルさんを部屋の外に連れてきた瞬間にシャドが巻く。そのまま魔道帆船に跳んだ。
「ここは?」
「見ての通り魔動帆船の船室ですね(笑)」
「行きますよ!」
魔動帆船ごと目的地のセラス近海まで跳んだ。跳んだ途端に船が急激に傾いた。
「ダメだ!タクサルさんが船室を跳び出して行く」
後姿を視て血の気が引いた。
「スフィア!来い!」
スフィアが現れると剣を持ったシズクも来た。
「無風にしてくれ!」無風にする魔法なんて知らねぇよ!
「はい!」
たちまち船の傾きが直った。知らなかった、タクサルさんを視てヤバイのが分かった。帆走中は右から風を受けて左に25度ほど傾いたまま帆船は走る。その位置のまま左からの風をいきなり受けたら船がバランスを崩して一気に右に傾こうとする。荷崩れや反対に傾く勢いで最悪船が沈む。
「戦闘中ありがとう!すぐ帰って竜を殺して!」
「はい」
2人は消えた・・・今あっち11時だ(笑)
いきなり甲板上に現れて帆走する船に指示を出したタクサルさんが戻ってきた
「なんだなんだ!何した?」
「済みませんでした、風が逆なんて思いもしなくて」
「良いんだよ!いきなり無風になったのは御子様か?」
「はい、お祈りしました」
「本当かよ!」そこにツッコミか(笑)
「船はもう大丈夫ですね?」
「おう、指示を出して無風になった瞬間に皆が気が付いて帆を直したからな、風の強さも計算に入れないとな、風を受け過ぎても危ないんだ」
「多分あと3日でセラスに着きます」
「本当かよ!一番到着が早い船になっちまった」
「そんじゃセラスに話を付けに行きますか?」
「3日じゃ物資も揃わないけどな(笑)」
「そっか!普通に積荷を頼んでも間に合いますね」
「そういう事。船長に普通に持って行けと伝えて来る」
「はい」
船長を船室に連れてきた。
「リノバールス帝国の後に出来た神聖国の御子様だ。うわさ位は聞いたことあるだろ? 今回は御子様の大魔法で船を跳ばしてもらった。セラスまであと3日の位置に船が居る。稼げる物資に替えてさっさと帰れよ(笑)」
ニコリとアルは笑ってタクサルと消えた。
・・・・
もう一隻の魔動帆船に跳んだ。これはルーミス行の武器だ。
今度は船長を先に船室に連れて来て帆を畳ませてから跳んだので何も影響は無かった。海の上の風が強いのは思い知った。
「ルーミスへ2~3日の場所です。これでいい?」
「充分だよ、お釣りがくる」
「取り合えず俺の動かしてる船は安心だ。各地の商会に連れてってもらえねぇかな?」
「2年前に行った商会です?」
「そこがデカイから大きな取引してるかもしれない」
シャドが巻いたら南半球の国に跳んだ。
「はい」
「ここで待ってますね」
「すまねぇな」
・・・・
「御子様。大丈夫だった!」
「大丈夫だったの?」
「カラム周辺まで足を延ばす船は無かった。この辺は農業国だしな、基本武器屋は用無しなんだよ(笑)」
「そんじゃ次行きます?」
「頼むよ」
結局、カラム周辺国と取引しているラムール商会の船はタクサルさんの抱える8隻の魔動帆船だけだった。他の船はハーヴェスやミランダ、リンダウの先進国に火薬用の硝石を売ってるので関係ないという。タクサルさんはもう3往復も8隻の船で取引したと言うからそれは戦争でも起こらないと
海域はワールスの商圏なので、うち以外にも武器を供給してる商人がいるかもしれないとタクサルさんは言った。
もう17時で暗い。一旦タクサルさんと分かれて魔動帆船が積んで帰る積荷の発注は明日の仕事にした。
・・・・
タクサルさんと分かれて宿に帰る途中。
悩みながらも10分だけ武器関係で検索してみようと思いなおした。知り合いが紛争のゴタゴタに巻き込まれて欲しくない。
飛空艇を出して周辺国を視野に入れ、武器供給で検索すると新たな事が分かった。国境を紛争国に接しないテズ教圏やラウム教圏の国々は紛争当事国向けに武器を大量に増産して陸路で運んでいた。
紛争が起こってもそんなに早く決着すると思ってない。開戦すれば長期戦になる事が国首には分かっている。時間があるから今は焦って武器を揃える時期ではないと思っていた。ゆっくりと安い武器を探して集めたら良いのだ。ラムール商会の武器は単なる輸送コスト上の問題で海路から買った方が有利な国のみが発注していた。
その中でワールスの船が大砲用の火薬原料の納入をカラム周辺国に行っているのを発見したのでサントのバーツさんを経由してワールスに警告しておく事にした。カラムの17時過ぎはワールスの22時過ぎ。サントなら12時過ぎで連絡するのに丁度良かったのだ。
「バーツさんいますか?」
(え!御子様?御子様ですか?)
「そうですそうです、突然すみません」
(何かございましたか?)
「重要な情報がありますのでメモの準備をお願いします」
(はい!)
「ハーヴェスの対岸とも言えるカラム王国が2月1日に滅びます。滅んだ後ハーヴェス帝国になります。カラム周辺国は戦争が近いと武器を購入してますが2月1日にハーヴェス帝国がカラム王国を占領した後は武器弾薬は暴落します。現在ワールス商圏のケント商会と言う所が周辺国に火薬の原料を中型の魔動帆船で納入しています。以後注意する様にワールスの方へ連絡をお願いします」
(は、はい!カラム王国が滅びるのですね?)
「帝国が滅び神聖国になったのと同じで無血でハーヴェスに変わります。ハーヴェス相手に戦争を起こす国は無くなり安定に向かいますからね。周辺国が買い溜めた武器や火薬が余って暴落しますとお伝えください、ケント商会も今運んでる火薬の取引が済んだら手を引くように忠告して下さい」
(わかりました、御子様が絡んでるのです?)
「私は今回ハーヴェスの味方です(笑)」
(は?はい!)
「内緒ですよ、損しないようにね(笑)」
(ありがとうございます)
バーツはこの後、ワールス共和国の国首ランジェロ会頭。ハムナイの武器商人ラムール商会長と相互通信装置で連絡を取る。
商業国家連合(商国連合)幹事国の会談である。
カラム王国がハーヴェスに変わる情勢の検討だった。
相互通信機の運用は3国間でタイムラグ無しで通信が可能だ。
その通信はそろそろ寝ようかと思ったランジェロが執務室の椅子を立った時、執事長が呼びに来た事から始まった。
「ハーヴェス帝国がとうとう動くみたいです」
「は?」
「先程御子様から連絡があり、カラム王国をハーヴェス帝国が滅ぼすと言ってこられたのです」
「何ですって!」
「その原因は儂が作ってしまったかも知れん」
「ラムール
「一昨年の11月の末に軍船3隻分大砲を売った」
「何処にそんな大砲あったのです?」
「御子様の国の大砲を売って貰った」
「御子様の国って宗教国からですか?」
「そうじゃ、世界最強の国から買った(笑)」
ALL「えー!」
「大げさな、たった3隻分じゃぞ!」
「イヤ、宗教国が世界最強で大砲を持つなど(笑)」
「そっちか。大砲関係なくあの国は世界最強じゃ(笑)」
「確かにリノバールスを滅ぼしましたね(笑)」
「3隻ですか?」
「ミランダとハーヴェスで3隻分ずつ売った」
「ミランダも?」
「自国の船も海賊から守れなかったからな」
「少ないですね?」
「軍船三隻。・・・他国を攻めますかね?」
「しかし、ハーヴェスに御子様が付くと
ALL「えー!」
「なんでまた。・・・まぁ、良いか(笑)」
「御子様は商国連合の味方では?」
「御子様が付くなら軍船は関係ありませんな(笑)」
「御子様なら関係ないですな(笑)」
「御子様って商国連合案の時のお子ですよね?」
「そうです」
「そうですな」
「御子様は神託を聞かれるのですよね?」
「神託か、最初はそんな話だったな(笑)」
「最初は神託でしたな(笑)」
「もう盟友じゃ。話すか?」
「そうですな、同じ場所に立たないと語れませんな」
「お二人共何を仰ってるか分かりませんが?」
「今だから言う、御子様は神の使いじゃ」
「左様、神託では無く神罰を下されたのです」
「はぁ?」
次回 311話 神にもウザイ
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