第307話  最初の案件



1月5日タナウス21時


ナレスの家族にペンダントのお土産を渡した後で、馬車で大陸交易路の大ドームまで送った。以後は新年と言わず相互通信機で連絡を入れたらお迎えに上がるので好きに来て下さいと伝える。滞在場所は海の伯爵邸をナレス王家の物と宣言した。迎賓館のお返しだからお気を使わずにと言うと喜んで受け取ってくれた。


・・・・


アルムハウスに帰ると皆が生暖かい目で見る。


「アル、ご苦労だったわね」

「アル君も大変だよね?」

「こ奴は御子じゃ、政治的にも王族とは縁を切れん」

「お相手はリズ王女ですからな(笑)」


「みんな呼んだのに手を振るだけで何で来なかったの?シズクとスフィアも遠目に見てないで一緒に遊べたのに」


「二人にも遠慮させたのよ!リズ様と二人っきりで遊ぶなんて早々無いでしょ?楽しそうに海で遊んでるから邪魔できないじゃない」


「えー!そんなじゃないよ(笑)」

「そんなじゃったわよ!(笑)」

「そうよ、ニコニコしてたし(笑)」


シズクとスフィアも笑う。


「えー!」


「あ!導師とアルノール卿、これ見てもらえます?」


ざら紙を出す。


「何じゃ?」

「何ですかな?」


改変したスクロール魔術紋をざら紙に刻む。


「む、何じゃそれは、何の意味がある?」

「はてさて?」

「3つ吸わせてみるぞ?いいか?」

「どうぞ」


導師が手に取って、アルノール卿に渡す、アルノール卿が受け取ってクルムさんに渡す。クルムさんが手に持った途端にスクロールはグズグズと崩れ落ちた。


「何じゃ?これは。密書の手紙用か?(笑)」

「面白い物を御子様は作りますな(笑)」

「まぁ、証拠を残さぬには良いわね?(笑)」

「面白いでしょ?(笑)」


「これを何に使うのじゃ?」

「神教国の悪口を敵国にき戦争の口実に(笑)」

「なんじゃとー!」

「嘘ですよ!そういう使い方もあるって事です」

「お主、さばくのは知るのじゃろ?」

「はい」

「本当はどう使うのじゃ(笑)」


「悪い国が攻めて来るから今のうちに逃げろと飛空艇で空からきます。そこの国の教会の名で出せば民も信用して戦乱に巻き込まれる前に逃げるかと(笑)」


「これじゃ!恐ろしい御子もおったもんじゃ(笑)」

「その国の教会をかたるのがミソですな!(笑)」

他所よその名までかたるのか?(笑)」


「誰も知らぬ神教国では民は信じませんよ(笑)」

「そういうだまし討ちも神は許されるのか?」


だまし討ちってひどい!(笑)」

「そうではないか!(笑)」

「良いかたりならお許しになるかと(笑)」

「本当なのか!(笑)」


「玄関前の捨て子に両親とかたるのは愛です」


「むむむ・・・」むむむだって!(笑)

「御子様、まさしく愛かと思いますな」

「アルには勝てないわね(笑)」


「何処の戦乱じゃ?言ってみい」

「言えません」

「ん?」

「言えば導師が怒って大魔法撃ちに行きます」

「それ程か!(笑)」

「チノの悪の楽園よりひどいの?」

「あれは明るい悪。今度は暗い悪の国」

「知らぬ方が良いのじゃな?」

「この場の人が知れば、全員で討伐になります(笑)」

「討伐じゃいかんのか?」


「そりゃ悪人でも死ぬより世の中のために人生を使う方が神が喜びますからね、討伐は無益な殺生ですよ。悪人も改心させたら良いのです」


「分かったわい(笑)」


「それでは、お風呂お先に入ります」

「もうみんな入ったわよ(笑)」

「あ!もう22時だ!メルデスで入るよ」

「え?」

「明日の朝はメルデスの仕事なの(笑)」

「戦争の方は良いのか?」

「そっちは午後から行きます(笑)」

「明日はタナウスに来ぬのか」

「はい、ハウスの方も行かないとダメなので」

「アル君、アルム達には休めって言うのに!(笑)」

「儂らには研究せいと尻を叩きおるぞ(笑)」

「真にそうでございますな(笑)」

「・・・話が変わってます!(笑)」


「無理はするなよ、前線には極力出るな」

「はい!」子供か!子供っぽいけど。

「それでは!」

「うむ」


・・・・


メルデスの導師ハウスに跳ぶと20時。

アロちゃんがお風呂の用意が出来ましたと教えてくれる。風呂に入るとフィオちゃんが湯浴み着で俺の世話を焼きながら誘拐して来た人達の職業別、国別の行先、帰るところの無い人の区分けは完了した報告をしてくれた。


仮住まいに一人ずつメイドが付いて生活や心が落ち着くまで様子を見ると言う。俺の方も昨日は調子に乗ってやり過ぎたが、テズ教の陰謀とは無関係国の誘拐だ、一カ月かそこらでは噂も伝わらないだろ。


お風呂から上がると速攻で寝た。


・・・・



翌日1月6日(曜日)


朝の鍛錬に冒険号で波動螺旋拳(という名前にした)の型を反復する。足の踏み込みの音はドーン!からドシーン!になっている。調子こいてヘイヘイヘーイ!とドシンドシン踊る。


拳が終わるとクロメトの剣技の反復練習。すでに型を体に落とし込んでいる、正確になぞるだけだ。


3時間ほど汗をかくと居住区へ行き、雷鳴食堂の朝定食ボタンを押す。トレイを自販機から出しながらコアさんを呼び出す。


ハーヴェスに作戦概要を伝えたか聞くと最小投資の最大効果と参謀のフリップさんが賛同し、無血侵攻作戦のタイムテーブル(侵攻予定表)を大まかに割り振っていると言う。政務武官のバスティーさんは、侵攻予定日の変更と兵士の休息について、当初は物資補給の一週間しか見ていなかったそうだ。これまではカラム憎しの侵攻第一で帝国の国威発揚しか頭に無かった海軍上層部も反省したと言ったらしい。


カラム王族と教皇の誘拐は情勢を見ながら侵攻一週間前ぐらいに行う。その時には練兵場でーヴェス騎士団が取り囲む中に大魔法で連れて行く。神教国の予言は一月十日、三十日、二月一日に行い。三十日の午前九時に砲撃。翌二月一日にカラム王の海賊行為の告白と一緒に退位を宣言しハーヴェス帝国に王位を譲る事を宣言させる。王国民の不安や不満を抑えるために神教国が動くのでレジスタンスなどの反抗勢力も生まれないと伝えた。


・・・・


食事と打ち合わせの後、そのまま管理棟に跳んだ。イコアさんにクランの収支状態を聞く。


現在3000人弱が宿舎、外部PT1200人、合計4200人のメンバーだ。現在はメルデスで冒険者になるならクラン雷鳴に行けと言われるほど定着したので七位の初心者の割合が増えて平均収入は上がってないと言う。


月初めのメンバー面接も七位の紙級が増えて宣誓の儀の貸出金も増え最近では教会にも持って行って無い。城砦都市メルデスはデカイのだ。三万人の冒険者が不自由なく暮らす六万人以上の街だ。武官や文官、商家の子女や従士隊の宣誓の儀だけでも教会は充分儲けてる。


要するに宣誓の儀をやって教会に代金を入れず、帳簿には小金貨一枚貸し出しになってるが、金を貸さずにメンバーにローン払わせてる状態だ。聖教国内部関係者による巧妙な詐欺だ。と言うか俺の詐欺だ。


まぁ、そんな訳で恩寵取得者の報酬も順調に増えて支出も増えている。


現在の寄宿平均メンバー費は一日当たり銅貨4.8枚(480円)メンバーの月額収入平均が銀貨13枚(13万円)中間層がそうなので稼いでないメンバーは悲惨な金額だ(笑)


寄宿メンバーからのクラン収入は月額なんと白金貨2,3枚(4600万円)にも及ぶ。外部PTの平均額は銅貨12.8枚(1280円)で白金貨2.3枚(4600万円)クラン収入は合計で白金貨4.6枚(9200万円)そのうち約四分の一が支出になり。月平均白金貨3.4枚(6800万円)が純利益だ。今の状態なら年間白金貨40枚弱、積み重なった二年間の利益が白金貨30枚超えている。それにミッチス二年間の収益と雷鳴商店の収益を足して来ると白金貨33枚弱(7億円弱)になっている。


今日、クランの休みにメルデスに来たのは、このお金の相談に執政官事務所に行くからだ。


アルムハウスの建物を選びに行った大空洞の倉庫。アルムさんが『この大きい建物何?』と聞かれて答えた『それ学校』。その時にいつかは学校をと考えていたが、今なら学校を建てられるのではないかと思っているのだ。クランに学校を作ろうと思った時に断念した用件が今なら整っていた。


原案は元々あったので、メルデス用に思い付き程度の手直しはしている。


メルデスもタナウスも・・・タナウスは俺がやろうと思えばいつでも出来るのでタナウスで先行したいなとは思っていた。思ってただけで動かず一年経ってしまった。神都も村も更生村も寺子屋レベルで給食も出してない(笑)


ハーヴェス侵攻作戦が始まるまでは、温めていた学校作りに動いて見ようと思った。



アルの小学校原案


・メルデスの公立小学校を作る。

・八歳から十一歳までの四年間を無償で教育する。

・お昼の給食が出る。

・十時から十五時まで(午前二時間、昼一時間、午後二時間)

・授業は算術、国語、歴史、体育各1時間。

・出資はメルデス、各ギルド、クラン雷鳴。

・親は年間の昼食代実費を徴収し流民の子は無料。

・先生は執政官の妻、私塾の講師など学識が高い者

・用地、教職員はメルデスが統括。

・建物、施設、教職員の俸給はクラン雷鳴が統括。

・ギルドは給食と資金管理を統括。

・教室は貴族と平民に分ける。平民は十二歳になった時の夢を聞き冒険者や武官や従士隊なら十歳より体育が武術に。貴族家は宣誓の儀を十歳で行う筈なので魔法の才が出れば体育が魔法の授業に、違うなら武術の授業に変わる。


要するに冒険者から得た資金で永久機関的にグルグル教育が回るシステムを考えていた。クランの冒険者をそのまま教育すると日々の糧を得られないことからクランでの教育はあきらめたが、要するに十二歳前にインターセプトして教育してしまえは民の水準は変わる。七位の冒険者になるにしても八歳から木剣を振るだけでも違う筈だ。


アルは本当はロスレーンでやりたかったがメルデスで稼いだ金はメルデスで使うのが筋だと考えた。


何よりも原案を提示し、執政官に丸投げして検討させた方が良い案になるのはロスレーンの執政官の実力をサルーテで知ったアルには分かっていた。地球と言う異世界システムをこちらの流儀に作り替えるに土地の執政官が一番適任なのだ。



そんな訳でメルデスの代官、ニールセンさんを訪ねた。


「アル様、新年もよろしくお願い致します」

「こちらこそお願いします」

「今日は?」

「これを持って参りました」


小学校原案を差し出す。


「小学校とは?」表題を見て言う。


「それは十一歳までの学校、学院の初等科と同じです。演習場の空地が有ると二年前に大叔父に聞いたのですが?」


「現在未決の案件で空き地はありますが・・・」

「そこに学校を建てませんか?」

「えぇー!メルデスがです?」

「そう!です(笑)」


「取り合えず読んで頂けますか?」

「はぁ」視ると余りに唐突で頭が止まってる。


「メルデス拠出分きょしゅつぶんは敷地と人員と運営です。教職員のなかのトップに運営させたら執政官事務所とは仕事が重複しません」


「俸給まで雷鳴なのです?」


「冒険者から集まったお金で回すだけです、自分の子たちが自分の収めたメンバー費で学校が運営されれば冒険者も身が入るでしょう?私塾は経験者に聞いた所、一人最低でも年間小金貨二枚とか。年間八人以上生徒を取らないと運営費で赤字になるそうですから私塾の講師も生活はきついそうです」


「ははぁ、教育人材も俸給なら嬉しいのですな?」

「元宮廷魔導師や領の魔法士経歴が無い者には」

「名声ですか?」

「名声で他領から生徒が押し掛けるそうです(笑)」

「確かに!(笑)」


「このシステムなら叙任されてない武官や文官、徴税官の吏員りいんの子女も最低の教育は十二歳までに終えられます。高い講師を呼ぶ必要もありません。年間の昼食代程の年間大銀貨一枚であれば楽だと思うのですが、如何でしょう?」


「絵に描くのがアル様ですからな、真剣に検討する価値はあるかと思います。幾つか質問をさせて下さい」


「構いませんが、問題があれば流動的に変えたらいいんですよ?問題点を指摘してもらうために持って来ました」


「問題点以前で申し訳ございません、この午前二時間と午後二時間についての根拠は?」


「現状平民の子は親と一緒に働いてその家庭の小さな労働力となっているのが実情です。いきなり一日学校に出せと言われても親も学が無ければ、そんな学など要らぬと学校に寄越さないでしょう。皆が行く学校にうちの子を行かせたいと思うラインを十時から十五時に思いました。十時まで家で働き十五時に帰ってきたらまた晩まで働くなら許せませんか?」


「なるほど、ギルドが資金管理と言うのは?」


「子供達の昼の給食を食べさせるギルドが試算をして、教職員の俸給と給食代を握れば適正に運営されると思うのです。メルデスでは三万人の食を冒険者ギルドがまかなってます。商人ギルドからお金に強いギルド職員、魔術師ギルドから初級魔術を教えるに相応しい講師。治癒術師ギルドからは子供達の健康や怪我の対応回復士。当然各ギルド加入者の子女も通うのですから協力してもらった方が良いと思いました、執政官が全て握ると各連絡や通達、金の勘定と今以上の人員が必要となります」


「各団体から新部署を作る感じですか?」

「はい、新部署は小学校という団体です」

「執政官事務所も二、三人の派遣なら痛くないかと」

「なるほど・・・」


「施設と言うのはクラン雷鳴で?」

「用地が用意され次第に建てられます」


「ちなみにこの案。領主様は?」


「知りません。ニールセンさん以下の執政官が検討して、不具合を修正出来たら大叔父様に奏上頂こうかなと?」


「ありがとうございます。非常に斬新ざんしん奇抜きばつな着想でございます。これが領主様に承認されれば領に明るいニュースになるでしょう。領都の政務官が驚く案件に致しましょう(笑)」


「よろしくお願いします」

「まずは各派閥のギルド長をまとめますかな?」

「さすが代官様(笑)」


アルが帰るとニールセンは副代官を呼んだ。


「文官に相応しい大仕事が入ったぞ!(笑)」

「大仕事?またサルーテですか?」

「サルーテ以外で以上だよ」

「それ以上って、ご冗談を(笑)」

「本当だよ!戦争以来の大仕事だ(笑)」

「それほどの?」


「多分どこの領もやってない新しい試みだ。この国初の案件だぞ!そんな仕事が入ったんだよ(笑)」


「一体何ですか、それは?」


笑って、小学校原案の書類を指し示す。


「俺はメルデスを任された時ほど嬉しいよ。何も決まって無い、前例がない、全部俺たちがこの国で最初に決める案件だ。俺たちが法を作るようなもんだ、そんな文官はなかなかいないぞ(笑)」


「副代官はその言葉を聞き呆気あっけに取られた」




次回 238話  デコイ

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               思預しよ

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