第296話  教義伝道師



12月29日


タナウス14時>メルデス12時


頭に花咲くイケイケな赤ピクミンを見捨ててメルデスに来た。


ギルドカウンターで1位の冒険者証とタグを受け取ってたらイコアさん達も来た。ホントこの人たち日本人みたいに時間にキッチリで嬉しい。それに比べて2時間後と言われて酒飲んだらぶっちぎるワールス人め!じゃないわ。元々は俺が勝手にダンジョンに連れて来たんだった(笑)


しかしワールスの魔道具屋の店主と深層PTの斥候がタナウス住む言うと思わなかった。ワールスのコミュニティーとか友人とかお客とかどうなのよ?他人事ながらそっちを心配しちゃう。俺が日本人だから?確かに外人は長期休暇で遊びに行く感あるけどさぁ。


地球の外人さんなら充分あり得る事に気が付いた。しかもベガもクレアさんもセレブなのは間違いない。そう考えたらバカンス長期休暇で気に入った国に逗留とうりゅうするのが普通の感覚かも?


あんな寄生スライム入った魔獣を住ませたし、アレに比べたらベガやクレアなんて可愛いもんだ。しかし、スライムがあんなに強情だと思わなかった。身体が柔らかい分、精神が固いわ・・・。


思考が横道にそれていた時、イコアさんが1位のタグを首に掛けたのが目に入って気付いた。


「イコアさん、雷鳴の序列名札を今から変えるね」


「アル様、良い考えが」

「ん?」


「頂点を雷鳴マスターのアル様とPTの名札。次に副クランマスターの私とPTメンバー。その次に2位の序列を作れば、調べない限り1位の札は要りません。仮に調べたとしても序列順は変わりません」


「ありがとう!1位にイコアさん達の名札入れようと思ってたの。1位より副クランマスターの方が序列で正解だ」


「それなら、私が名札を掛けておきます。タナウスでベガ様とクレア様がだいぶ飲まれてます。今日はダンジョン最下層で緊張し心は疲れているはずです。時差変調も加わって心身のフラフラで酩酊状態めいていじょうたいと思われます」


「そうか!様子が変だと思った(笑)」

「そう予測しております(笑)」


「二人共タナウスのお金持って無いしな、両替商も無いし、宿屋も無い。休暇のバカンス滞在もへったくれも無いから二人昏睡させて朝まで寝せてタナウスの時間にするよ(笑)」


「それがよいかと。戻り次第アロアを返します」


「お願いね。あ!イコアさん待った!」

「はい?」


「これ、ベルに渡して。1年間クランの皆を守ってくれてありがとうって。ベルは俸給や1年ごとの昇給無いからね、僕からのご褒美ほうび


「かしこまりました」


イコアさんが水属性指輪を受け取った。


・・・・


タナウスに跳ぶ。


大笑いで乾杯する二人を昏睡こんすいさせ、シャドが簀巻すまきにしてアルムハウスの空き部屋に跳び、水着にアロハで寝かせておいた。朝まで寝たら疲れも取れるだろ。ファーちゃんに明日の朝食以後は部屋はそのまま使わせ、滞在期間中のタナウス通貨をワールスと等価レートで交換と伝えた。


二人が起きたら賢者に紹介する様にエルフ姉妹にお願いした。


・・・・


そのまま、コアさん達に連絡を取る。


「コアさん、もう王城出た?」

(出ました、もうすぐ演劇場に着きます)

「僕も一人芝居見に行ってもいい?」

(どうぞ(笑))

「そんじゃ、ニウさん執事だから僕と見よう」

(かしこまりました)

「馬車ってどうなる?劇場で待つの?」

(一旦王城へ帰り、17時に劇場に来て頂きます)

「分ったー!今から劇場に行くね」

(はい)


タナウス14時40分>ナレス12時40分。


劇場の3Fの人気ひとけが無い死角、階段下に跳んだ。


階段から王宮馬車で検索すると300m程先から向かって来てた。ドンピシャだ!


王宮馬車が停まると貴族服の二人が降りて来るのを劇場前で出迎える。ニウさんが御者に17時にここへ来るようにお願いして馬車に帰ってもらった。


この時間からだと17時まで今日出演の3人の一人芝居が全部見られる。


合流した二人に劇場のシステムを説明しようとして止めた。もう二人共勝手は分かってるし、そう思って朝にナレス通貨の皮袋も持たせた。


「アル様、セオドラ様がこれを」

皮袋だった。大銀貨4枚と銀貨20枚入っていた。


「私も頂きました」

同じものをニウさんが出した。


むむむ・・・。


いつの間にか俺のエントリープラグにサードチルドレンが乗り込んでL.C.Lに腰まで浸かっていたので、さっさと栓を抜いておいた。


---L.C.L排出中---



将を射んと欲すればまず馬を射よ。異世界にもそのがあった。(ありません)


「もらえばいいから、好意は頂きましょう」

「かしこまりました(笑)」絶対思考予測されてる。


コアさんが女性なので人形劇。俺とニウさんが男性なので一人芝居を見た。男性が一人で人形劇はやっぱ不自然だ。


一人芝居は今日も4幕。


・田舎をバカにし村を出る若者。俺は皆とは違う特別な物語の主人公になると、街の大店おおだなの丁稚奉公から始める青春時代。商人には商人の辛さがある事を知るのは番頭時代。良い事も有り、悪い事も有り、気が付くと人生半ばを過ぎていた。特別な人生など何処にもない事を知る。しかし悪くない人生がそこにはあった。農民だろうが商人だろうが同じだった。そんな人生に気が付いて家族に看取られる商店主の思い出話。


・従士隊に雇われて胸躍る待遇と試練、狭き門をくぐり民を守ると誓う騎士団叙爵。戦争に取られて次々と死んでいく同じ騎士団の仲間。雲霞うんかの様に迫る敵の軍勢。日々生き残った事を感謝して、若き騎士団員は仲間の亡骸を埋める作業をしている風景。


神はいるのか?慈悲は無いのかと泣きながら仲間を埋める騎士が舞台で叫ぶ。そして暗転、敵の若き騎士団員も仲間の遺体を埋めている、神はいるのか?慈悲は無いのか?と墓の前で屑折れて泣く姿で幕が下りる。



・怒りんぼな司祭がいた。遅刻する、祈りも冠婚葬祭の祝詞のりとが覚えられない助祭(司祭の卵)を怒る。それを司教が諭す、ゆっくりと10秒数えてから怒りなさい。最初の5秒が言わずにおれない烈火の怒り、後の5秒は怒って口に出した自分への言い訳だと諭す。10秒我慢が出来たら、その10秒で己が見えると言う。これから司祭が目指す上級司祭の認識も自然に身に付くとさとす。


司教様に言われた事を司祭は良く考えた。神と心で向き合う職業だ、自分と対話出来なければ素養が無いとも言える。怒りんぼな司祭は10秒を我慢して助祭と対話することでいつしか反省していた。


遅刻した助祭を怒った、悪いのだから当たり前。怒ったのに助祭は下を向き謝らないのはもっと悪いと怒りが燃え上がる。他の司祭は軽い注意で怒らないのに、との陰口を以前聞いたのを思い出してもっと怒れてしまう。確かに最初は烈火の怒りだった。気分が落ち着くと助祭に叩き込む必要な教育だと自分に言い訳していた。


解決策や仔細しさいを問わずに形だけの上辺を見て怒るだけの自分。それは具体策も説かない相手への否定の怒りだった。自分の思った時間に来ない助祭に怒れた。丁寧に教えた祝詞のりとを覚えないのは怠慢たいまんだと怒った。全部自分の思った事と違う場合に怒っている事に気が付いた。


人は思惑おもわく事を知った。


司教様は過去の自分にさとしていた、自分がさとされたように。助祭から司祭、上級司祭、司教。人は皆その時、その地位でしかられ、さとされ学んで育つことを司教は知っていた。



・並みいる軍の上層部、各大臣以下の政務武官、政務文官がそろう軍議で政務武官が笑った。『この大事の前に何を言っておるか!』言葉が叩き付けられた政務文官も怒る。『小事とお笑いか!武官だけで戦争が出来るとお思いか?』


宰相は二人を見て思う。

若者たちは大事の前の小事を知らないと微笑んだ。

大臣たちを引退させる者はまだまだおらんな、と未来ある若者達を楽しみに見ていた。いつか起こる大事の為に小事を日々積み重ねた宰相は国力を知っていた、解決策もあった。


大事、大事と目の前の武功に騒ぎ、解決策を出せぬままに小事と笑うことも、荷駄隊の物資がこの辺りで心細くなると進言し、軍上層部から要求される進軍スピードの関係上、解決策を出せぬまま軍議で指摘し小事と笑われ怒ることも成長の為の通過点だった。


物事の大事も小事もまだ理解していない(軍議に出るまで登って来た)若き政務官を宰相は優しい目で追っていた。


そんな宰相に目配せしてが口を開いた。※宰相は王の下の大臣のTOP、下に外務大臣、財務大臣、政務大臣、軍務大臣などを率いる。


「進軍とは制圧地域が伸びると言う事だ。だから以後の補給を続ける事が出来る。会敵すれば敵を打ち破るまで進軍は出来ぬ、制圧して無いのだから当然だ。


荷駄隊を増やせば進軍スピードが落ちてダメと言う。逆に進軍スピードを保てる地域なら制圧地域も同然。荷駄隊を先行させても良いし、そもそも最初から置いておけばよい。遅い荷駄隊を別に追いかけさせてもよい。隊商を装い敵地で交易し物資を集めても良いな?


敵地で有利な丘に布陣する為の進軍スピードならば目的地でどの道止まる。それはそこまでが制圧地域だと言う事だ。戦う者を後顧こうこうれいなく戦わせるのが文官の役目。制圧地域を増やし死守するのが武官の役目。それは前線の補給物資を絶えさせない事に繋がる。


小事がお互いに寄り添い積み重なって大事になっておる事を知れ。武官も文官も己の目の前の仕事しか見えんでは大事には程遠いぞ。


それを行うには斥候で補給場所の情報を細かに集めねばならんな。敵味方不安定な地域では民に扮した隊商での現地調達も良い方策になるかもしれぬ。斥候の情報を元に送り込む消費物資を計算し政務文官は用意せよ。物資は政務武官がとどこおりなく合流地点で本体に供給できるように算段さんだんせよ。その様に両者お互いを信じて万事ばんじ臨機応変りんきおうへんに対応せよ。現場の対応は軍務大臣が専門で儂は分らんがな。少なくとも儂は今まで軍務卿軍務大臣とそうやってきたぞ(笑)」


政務大臣は場の政務官に優しく諭すように説明した。


宰相は神妙に聞く若者たちを嬉し気に眺めていた。


・・・・


アルは人生の哲学を聞いた気がした。

体験しないと語れない本質を語っていた。イヤ、説法と見ないと分からない話かもしれないと思った。視ると聖教国の隣国ガルウェイ連邦国(海辺のサナトリウムに居た聖女の故郷)、伯爵家の三男だった。街の司祭を務めて、民と寄り添い語らって来た人だった。


現場の毒された忖度そんたくに貴族家出身の気位の高さからびる事が出来ず、若くして教会を飛び出した人だった。伯爵家の出身だけあって学も有り、自領の文官の道を歩まず家の口利きで聖教国で学び伯爵家を出た人だった。歌や演奏は得意、詩吟しぎんも出来る事から今の職になっていた。



それは神を語らず人を語る説法だった。

神を語らず人の心を打つ優しい言葉を並べていた。


実際アルは司祭たちの忖度そんたくを知っている。領主が用意した教会に(聖教国でございと)タダで住んで税も払わず、聖教国の。それなら良いが実情はそんな訳などない。領地の絶対君主が領主なのだ。


宗教はどこの国でも民の不安の種を解消する道具だ。そうやって進化してきた心の学問だ。そのシステムが高度に発達して職業に昇華し、不安の種を教義に沿って教え心の平穏を得るものだ。未開の部族どころか自我のある魔獣までそういうものを作ってすがると神自身が教えてくれた。


民が教会で神を側に感じ不安をらし心の安寧あんねいを得るのだ。だから領主は宗教を推奨すいしょうするし教会も建てる。


そんな政治的な効果はさておき、領主の機嫌を損ねるのは得策では無いことを大人なら誰でも知っている。それを忖度そんたくと言う。権力が存在する人の世で生きる上で人間関係が滑らかに回る潤滑剤なのだ。


特権階級の言葉と認識して圧を掛ける貴族は当然いる。逆に高圧的にも関わらず気付かない貴族もいる。平民には逆らえない存在が貴族だ。人間はみな平等だけど、序列でトップダウンしないと字も書けない、読めない民を導く事は出来ないとアルは知っている。そうやって構築されたシステムを壊さずに忖度そんたくすればいいのだ。


若いと反発もするしあらがいもする。それはと同じだ。子をしつける父親、アルには愛が視えるから父親を怒れない。子には理解する尺度も引き出しも無い。アルには分かっている。


そして自然に愛のある言葉の肩を持ってしまう。親に逆らう反抗のために作られた言葉を視ると子の肩を持てない。


長くなったが、今、若き元司祭が吸収し昇華した説法は、親と子のどちらも包み込む優しい言葉だった。


アルには一人芝居に見えなかった。それは神の教えを説くでは無く人の世の倫理や道徳、栄枯盛衰えいこせいすいの法を説くだったのだ。アルにはとても真似の出来ない話のプロによる説法だった。


神を語らない法で人を説く説法。


この人をタナウスに欲しいと思った。世の汚さも必要悪と考え直接的に神を語る自分には無い感性が欲しかった。タナウスの教会を自由に任せたいと思った。この人の教会説法をアルが聞きたいと思った。


元聖教国の司祭にアルは接触する。


アルは幕に消えたクラウスにニウを使者に立てた。一人芝居に感銘かんめいを受けた貴族のパトロンを気取ったのだ。吟遊詩人はそうやって貴族家の庇護ひごを得るし、地球のその時代には芸術家という職種の音楽家、彫刻家、画家は貴族の援助により才能を開花させた世は変わらない。


・・・・


その日は朝、昼、夕の3公演の一人芝居で同じ演目を演じていたクラウス(赴任した教会から逃げ貴族名は捨てた)は突然声を掛けられた貴族からの食事の誘いに喜んだ。家には妻も子もいるのだ、孤高の人生哲学を語る者も食わねば生きていけない。


一旦家に帰って妻のカルドに貴族に食事に誘われた事を話すと妻は心配した。民の悲哀を解説の様に語る芸風は知っていた。貴族の施策しさく風刺ふうしする話もあったのだ。カルドも商家の娘で学があった。クラウスが演目で言わんとする事は理解していた。


それまでは、街から街に移り住みながら異国の面白おかしい話や、悲しい話、聞く者皆が義憤ぎふんに湧き上る話を聞かせて投げ銭で食っていた。渡り歩いたナレスの王都に来るとバスカーが自由に演じる事の出来る多目的の演劇ホールが王都に出来る事を知った。街角に立ちながら楽しみに待った。


出演出来たら雨の日でも稼ぐことが出来る。


※バスカー:大道芸人、街頭パフォーマーなどの総称。吟遊詩人も軽業師も街頭演奏も他国の政情講談もこれ。日本ではガマの油売り(一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚……と紙を切って切れ味を見せた刀でチョンと斬ったフリで、たちまち治るガマの油を売る大道芸)、南京玉すだれ、奇術、猿回し、バナナのたたき売り(その流暢りゅうちょうなユーモアに富んだ口上を楽しむ)


演劇場のこけら落とし、最初の興行から出してもらった。流しの講談師のクラウスがネタで笑わせる、泣かせる、怒らせるのは3カ月が限度だった。


そもそも飽きられ投げ銭の稼ぎが少なくなるから渡り歩くのだ。雨の無い温かい舞台に立ちたかった、己の話芸を今一度研究した。


ナレスの定番は何故愛されているのか、なぜ飽きられないのかを考えた。それは悲哀ひあいと希望がそこにある事を知った。その話を自分に例えて自分の体ごと観衆に観てもらう事を知った。


最初は自分が辿たどった失敗の悲哀を語った。皆が泣いてくれた。話芸の悲哀に己の失敗の悲哀と重ねて泣いている観客に気が付いた。誰もが出口の見えない悲哀があった。そしてその悲哀に向き合い一緒に寄り添うのが司祭の仕事だと分かった。政治的な経営術が司祭の本分では無いのだ。そんな事は世を生きる上で知っていたが、観客の泣く姿に若い自分の間違いを理解してくれる人がいることを知った。


その人達はリピーターとなった。


以来6カ月、若き司祭の時に民に向き合って聞いてきた。流浪の末に経験を積んだ今なら語れるその悲哀を自分の言葉で語った。


今日、お貴族からの食事の話に喜んだ。パトロンになってもらえるかも知れない。月に一回程の話芸で食っていける道が開けた気がした。学の高い者に価値が有ると認められる演者の階段に登った気がした。



・・・・



リズに王家の馬車の迎えを断った。用事が長引き王城の夕食に出られないと相互通話でお願いした。


アルはクラウスの後の一人芝居をニウと楽しんだ、人形劇は一回3幕の3話を、2つの劇団が交互にやっているそうで二つを見た後にコアも一人芝居に合流した。


クラウスの番が来る前の3人目の公演が終わると、近くの空きのあるレストランに予約を取り、クラウスの履歴をニウさんとコアさんに交感会話で見てもらった。今日の4つの話が出来るなら、神教国の教義をもっと身近に分かり易く手本を示して伝道する事が可能ではないかと思っていると話した。


あえて聖教国関係は出さない事にした。ここ二、三年で広がった御子様語録集もクラウスは知らない。そもそも教会行ってもそんな大金(銀貨3枚:約3万円)を平民は喜捨しない。だから光曜日の教会説法で一つ一つの題材について司祭の説法を聞くしかないのだが、その根底にある語録の言葉は知らないし光曜日はクラウスの稼ぎ時だ。


17時過ぎにコアとニウが劇場にクラウスを迎えに行く。10分掛からない場所だ。クラウスは案内された個室に待つアルを見て驚いた。まさか貴族の子供だとは思わなかった。


肩に降り出した粉雪が乗っている。外套を壁に掛けてコアに引かれた対面の席に座った。そんなクラウスに神教国の教義書(御子様語録集:薄い本)を丸投げしてみる事にした。


「クラウスさん、私はアルベルトと申します」

「クラウスです。お呼び立て下さり感謝します」


「今日は食事をしながらクラウスさんにお聞きしたいことがございました。不躾ぶしつけながらお時間を頂き申し訳ないです」


「私に聞きたいことですか?」


「はい。私の国はナレスと違う国ですがこの様な教義の冊子で神を説いております。クラウスさんにとってこの教義は有りですか?無しですか?ダメな部分が有れば教えてもらえませんか?」


クラウスに手渡された冊子。

食事をしながらで良いので読んでくれと言う。


奇天烈きてれつな質問だった。宗教の教義の是非を聞かれたのだ。あり得ないことだった、どんな教えの教義も神がもたらした聖なる経典となる筈なのだ。今こそバスカーをやってるが、聖教国の司祭学校を出ているクラウスには到底ありえない質問に驚いた。


その経典は正解なのか間違いなのか聞かれた。間違っている所を教えてくれと言った。それは神の経典を批評ひひょうしろとの言葉だった。


アルはワクワクしてクラウスの返事を待った。


「悪い所はありません」

「しかし、あなたは顔をしかめました(笑)」


クラウスは驚いた。子供に内心を見られたのだ。


「しかめた理由をおしえてもらいますか?」

「・・・」ケチなど付けられる訳がない。


「芝居で語った率直な意見が目的です」

「非常に綺麗過ぎる教義で守れる者がいません」


「守れと書いてありますか?」


・家内仲良く、親と子を大切にしなさい。

・獣人・人には親切、仕事に熱心でありなさい。

・獣人・人を恨まずうらやまず罪を憎みなさい。

・腹を立てずに悪口言わず正直に生きなさい。

・笑顔の絶えない楽しい人生を歩みなさい。


なので守れと言う事では?」

「親が子に守れと言って子は守りますか?」


「守りませんね(笑)」それはクラウスの事だった。


「子が気付いたら、この意味が分かるのでは?」

「子を持てば親の愛に気付けますね(笑)」


「この教義は神の教えが書いてあるだけです」

「・・・?」


「子に強要するものではありませんよ?」

「!」


「そうです。気付いた人が分かればいいんです」

「教義なのに?」

「教義なのに(笑)」


「・・・?」


「それは、芝居の話と一緒じゃないですか?あなたの話はお話を楽しむ物じゃ無い。あなたのお客は自分の人生を振り返り共感する事にお金を払いに来てませんか」


「私の話との繋がりが分かりません」


「宗教は強制する物じゃないです。民に寄り添う教えに共感する者が喜捨するものです。あなたの話と同じと思うのですが?」


「あぁ・・・そういう」


「あなたにうちの国に来てこの教義の分かりやすいお話を民にしてもらいたいです。もちろん家族がいるなら来てもらって構いません。衣食住すべて面倒を見させて頂きます」


「その国とはどちらでしょうか?」

「神教国タナウスと言います」


浅学せんがくで申し訳ないのですが、どちらにございますか?」


「それでは魔法大国、神教国の御業みわざを見せましょう」


「魔法大国?御業みわざ?」


「ニウさん、コアさん少し待っててね」

「かしこまりました」


「お立ちになって頂けますか?」

「こうですか?」


「その上着も脱いで行って下さい」

「え」

「そぐわないので」

「はい」コアさんが受け取る。


「はい、目を瞑って下さい」

「はい・・・」


跳んだ。


「目を開けて頂けますか?」

「え!まだ明るい」

「この国は夏です。やっと陽が落ちる所ですね(笑)」


「戦争のない国、神教国タナウスにようこそ。そちらのテラスから神都を見て下さい」


「噴水があんなに!」

「はい、綺麗な飲める水が豊富にあります」


「あなたにこの国で芝居と同じ話を民に聞かせてあげてくれませんか?その対価でこの国にあなたが住んで暮らす平和を約束いたします」


「あなたが来てくれるなら家を用意いたしましょう」

「そんな事までして頂けるのでしょうか?」


目を見てゆっくりと頷く。


「街を見ましょうか?」

「はい」


クラウスの腰に手を置いて、海の見える丘の噴水へ跳ぶ。


「このような南国の国です」

「はぁ」

「少し歩きましょうか」

「はい」

「まだ神都には住民は少ないのです(笑)」

「チラホラと見えますね」

「国全体で20万人ほど居ます」

「それ程までに?」

「ナレスの何倍も有りますが神都は少ないですね」

「こんな感じで住民たちが住んでます」


「ここに住んで頂こうと思ってます」

「え!教会ではないですか!」

「教会の横のその家も狭いですかね?」


「私に神を語る資格など無いのです。お許しください」


「神など語らなくて結構です」


「え?」


「神に祈る国ではありません」


「・・・」


「神に感謝を捧げる国です」

「え?祈らないのですか?」


「感謝の祈りと言うなら、そうなりますが・・・基本、心で神に感謝していたら良い国です」


「・・・その様な国が?」


「神の話はしなくて良いです。民の不安に寄り添う愛があればいいです。民の心のり所が神ならば神の話をしても構いません」


「神の話を構わない?」


「そうですね、より心の平穏や人生を説くクラウスさんのお話の方が民の心を打ちます」


「その様に神の事をおっしゃってはなりません!」


クラウスが怒った。


「良かった。神を信じてくれていて(笑)」


アルはにっこりと笑った。


「世で神を信じなくてどうしますか!」


「これを見て下さい」


ステータスを見せた。


加護 

  創造主、ネロ

   豊穣の神、デフローネ。

   戦いの神、ネフロー。

   審判の神、ウルシュ。 

   慈愛の神、アローシェ。

   学芸の神、ユグ。 


「神教国へようこそ!」


「・・・」


司祭学校で聞いた加護の者を目にして驚愕している


「さぁ、一旦帰りましょう」


ナレスの個室に帰った。

コアが上着をクラウスに渡す。


「おかえりなさいませ」


「お誘いはしました。支度金は必要でしょうか?ナレスのお金で渡してもすぐに使えなくなります。神教国のお金で渡しておきますので奥様にもお見せになって下さい。金貨も有りますが金貨で買える物が無いんです。うちの賢者も月銀貨10枚(10万円)で食べて行けますのでね(笑) クラウスさんは何人家族でしょうか?」


「5人です。賢者ですか?」

類稀たぐいまれな魔導師に賢者の称号を(笑)」


「5人なら支度金は5人分。小金貨1枚(20万円)、大銀貨2枚(20万円)、銀貨9枚(9万円)、大銅貨9枚(9千円)、銅貨10枚(1000円)渡しておきましょう。神教国で5か月分の俸給です。銀貨10枚で5人家族が1月暮らせますからね。家は無料で住めます」


机のお金をオーストリッチのお洒落しゃれな皮袋に入れて渡した。違う国のお金持って帰っても使えないからと子供の喜ぶ異国のお菓子オレンジのポテトチップ果物パイナップルと中壺1個(4リッター)をで持たせて帰らせる所がアル品質。


「新年の興行もありますよね?」

「1月10日まではあります」

「分かりました、1月10日に・・・」

「今から妻を説得します。必ずや神教国へ!」

「ありがとうございます」

「今度はいつお話を聞かせて頂きましょう」

「明日の晩に必ずや!」

「神教国はお子さんの学校もありますからね」

「ありがとうございます」


クラウスは皮袋を外套のポケットに入れて、ずっしりとした外套を着てドンゴロスを持ち粉雪舞う外に飛び出して行った。


嬉しそうに小走って行くクラウスを視送った。


嫁を抱え上げてクルクル回る姿が視えた。


経験から本質を語る教義伝道師のわざの対価には安かった。若い過ちで辛酸しんさんめる事で気付く認識も宝なのだ。宝には安い俸給だった。




次回 297話  おやつは露店の芋

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