第272話  流れる景色


エネイ王国、カシノの街、貴族宿。


カスタ救出は、22時には終わっていた。


アルは帰るなりクリーン掛けてドボンと温泉の湯船に浸かった。すぐにアルムさんが湯浴み着で入って来て聞きたがったので説明した。代官とこの街のボスが税金の分け前を話していたのをカスタの母に聞かれて、家族ごと口封じに殺されるところだった事を話した。


アルムさんは以後、罪人を移送する時は連れていかない。護衛か連絡用の留守番だけお願いする。


自分で考えてもあの転移はひどいと反省した。まぁ、アレのお陰でシャドの能力を知れたから無問題モーマンタイだ。この街クラスの大きさでプロット全部巻けるってマジで凄い事だ、これからだいぶ手間が省けるな(笑)


・・・・


朝5時に東門で荷馬車を待ってたら、夫婦の荷馬車に声を掛けられた。


「何処まで行くんだい?」

「パリス教国の方だけど」

「次のルージ村だけどどうだい?」

「次の村だよね?幾ら?」

「一人大銅貨四枚もらおうかねぇ?」

「そんじゃお願い!」


「少し待っておくれ、四人分の朝と昼を買って来るから」

「え?僕たちの分も買ってくれるの?」


「そうだよう、違うもの食べたらどっちが豪華でも嫌だろ?」


「あ!あはは。ありがとう!(笑)」

「そうよねぇ!あはは(笑)」大ウケアルムさん。


(アルムさん、露店で休憩のおやつを何か買ってくれる?僕イタズラして来る、すぐ戻るからね)


(何するのよ?(笑))

(いいこと!)


旅立つ街に噂の種を植えに行く。


街角のおばちゃん二人を発見。話しかけに行く。


「代官と街のボスが税の取り分で揉めたって」

「え!」


「今、守備隊が言ってた、何か知ってる?」

「マーヤが噂が早いから聞いてみるよ」

おばちゃんは横の家に入って行った。


あ!もう出発の時間だ、何か聞きたいのに!


(そんな事は大きい声で言っちゃダメだよ)

(やっぱ、怖い話かな?(笑))

(怖い怖い!ダメだよ?)

(うん、そんじゃまたね)

(気を付けてお行き)


「マーヤも聞いて無いってさ(笑)」

「だそうだよ、さぁ行きな(笑)」


見つけたおばちゃん二人に聞かせただけだ。



今日には代官が居ないと騒ぎになるだろ、使用人はどうしても金が散乱した机を見たら怖くて報告してしまう。執政官も第三者に暴かれた書類を見て隠しきれないとそのまま騎士団を呼ぶだろうな(笑)


緘口令かんこうれいを敷いても噂が先行してる。噂が先行してるならと少しずつ関係者も安心して漏らすさ(笑)


パリス教の信者の義賊に討伐された結末を。


※アルはボスや代官に使われてるだけのチンピラや使用人は誘拐してません。盗賊まがいの命を奪う者、奪った者、奪う命令をした者とその家族だけ更生村に連れて行ってます。


アルムさんの方が帰って来るの遅かった。


「早いじゃない」

「うん、噂の種を植えてきた」

「どんな種?」

「偉い人が税金を分けてた話の種」

「(笑)」


すぐにおばさんが荷馬車に帰って来た。


「はい、大銅貨八枚」(6500円)

「助かるよ!この街に入るのに夫婦で大銅貨二枚要るんだよ」


俺たちは貴族で払ってない。


「僕らも助かっちゃった、空荷で早いし!」

「助かった同士だね!(笑)」


アルムさんが笑った。


アルも笑ってよろしくね、と馬に癒しのヒールをした。


・・・・


ここはムン国の隣、エネイ王国。


大きなカシノの街を出て、次のルージ村へ向かっている。道以外はほぼ密林だ。とんでもなく田舎に進んでる気がする。

ロスレーンはコルアーノの大動脈とも言える国内、国外の交易路なので次々と街があるが、道を一本街道へ外れると大体こんなもんだ。


人の良い夫婦は敬虔けいけんなパリス教信者だった。パリス教の色んな話をしてくれた。そのほとんどがアルの視た物であったがアルムさんにとっては違う。アルムさんが神様がご褒美をくれたり奇跡を起こす話に食いつくから俺も話を聞きたがって援護してやる。


・パリス様が穢れを追い払った。

・パリス様が怪我人を一瞬で治した。

・パリス様が喉が渇くと泉が湧いた。

・パリス様の足跡に砂金が続いていた。

・パリス様が神の啓示を受けた。

・パリス様が神の約束の地パリス教国を目指した。


宗教国は言って見たら神の代弁者だからこんな形式が多い。


神の代弁者としての地位を作って君臨する。この人の場合基盤を引き継いだ者が御威光を利用してんだけどな。まぁ商売と言うか職業だからな、人がすがりたくなる神の思想を売って稼ぐ商売。


間違ってるけど皆が信じて優しくなるならそれは正解だ。


・・・・


水魔法のヒールを馬にサービスしながら進むと休憩挟んでも馬足が伸びて九時間ほどで14時過ぎに付いた。


ここも村で門番いないけど、すでに町だな三千人居るわ。門から入って柵で囲われた家畜を見ながら通り過ぎて行く。曲がりくねった道の横に池やら畑やら大きな木をくり抜いた水場がある。メインストリートに出るとそれなりの商店街があった。


「宿屋さんはあります?」聞かないとな。


「四軒ほどはあるな。この先に一軒あるけど待っててやるで聞いて来な。宿が無かったらあんたら姉弟ぐらいは泊めてあげるからね(笑)」


「ありがとう!」


宿屋の前に停まってくれたので荷台から降りて聞きに行く。アルムさんも荷台から立って降りて来る。


「二人泊まれますかー」

「空いてるよ!」

「お願いします」


「空いてるそうです、ありがとうございました」


「あれ、良かったねぇ!」夫婦で喜んでくれた。

村に帰ったらなまりが出てる。


「またねー!」手を振って見送っておく。


宿屋に入ると女将さんに言われた。


「また可愛い二人だねぇ、別嬪さんだ!姉弟かい?」

「そうです!」


この世界は二十歳ぐらい離れた兄弟が普通にいる。俺とアルムさんの十歳差なんて普通過ぎる。


「208号の二人部屋ね。今日の晩は十八時から二十時までに、明日の朝は五時から七時だよ。二人で銀貨二枚ね。(16000円)桶とタオルは部屋に有るから裏の井戸で水汲んで拭きなよ」


「はーい」と言いながら食堂脇の階段を上って行く。


しっかり料金取る分、平民が泊まるのに申し分ない部屋だった。桶やタオルや石鹼の実まで置いてある。地球で言うソープベリーと同じ種類だ、日本なら無患子むくろじの実だ。種を取って果肉をこすると泡が出る。


部屋に入るとアルムさんに聞く。


「タナウスに用事ある?」

「別に無いわよ?」

「山横に森があるから狩りに行こうか?」

「行っとく?(笑)」


「朝から馬車に乗って体が鈍るよ」

「だよねー!(笑)」


二人で宿を飛び出した。


「森に行って来るけど、肉とか料理してくれる?」

「お!持って来たら一品付けるぞ!」

親父さんが調理場とのカウンターから顔出して言う。


「期待してるよ!」奥さんも言う。

「何か美味しい獲物って居る?」

「居たらオークが一番旨いな(笑)」

「わかったー!」子供が言う。


「出て行っちまったよ!アンタ!」

「怖がると思ったんだよ(笑)」


「ホントにもう!」バシ!


・・・・


「この森オークいない!(笑)」

「だよねー!オークのコロニーには狭すぎよ!(笑)」

「森の中心まで2kmじゃ飢えて村まで来そう!(笑)」

「飢えなくても森出て来るわよ(笑)」


「おやじめ!」

「あ!でも小さめの豚や鹿がいるわよ」

「それでしょ?」足跡を指差す。

「それそれ!」


「これ80kgぐらいかな?大森林の十分の一」

「ミニ豚ちゃんだね」

「うん、最初子供と思った(笑)」


「それでも30kg肉が取れるから宿に充分じゃない?」

「一匹捕って半分小分けで半分宿に持って行こう」

「それがいいわね」


~~~~


「あそこ!地面掘ってるの見える?340m」

「あ!ちょっと待って、射度が無いから木を巻くわ」

※射角度の取れる枝の間から曲げて撃つわよ。


エルフィンボウに普通の矢を番える。小玉の精霊が矢に並んで乗って行くのがマジ可愛いんですけど!視えるから楽しい。山ほど乗った時に放たれた。ビーン!


撃った瞬間、二人一緒に走り出す。

精霊ホーミング追尾式誘導が矢を右にスライスさせていく。


40m走ったら、土を掘っていた豚がドテッと倒れた。


「当たった!さっすがー!」ゴルゴか!

「でしょ!弓は得意なんだからね!」へっへーん!

笑いながら駆け寄って行く。


ロープを出して足に掛けながら言う。


「精霊が喜んで矢の周りを回ってたよ!」

「気配が分かる様になった?」

「うん、なんとなく」ハッキリ視えている。

「アルムは居るのがハッキリ分かるわ」

「あなたエルフだし(笑)」


「血抜きの間に鍛錬しましょ」

「うん!」


後ろ足縛ってそのまま木に吊るして、急速に冷やす。首と足を切って血抜きする。まだ15時になってない。


お互いに剣術恩寵と身体強化をLv1にしての訓練。Lv3でもLv5でも本質は一緒だがLv1の方が剣戟が遅くなり本人の思考速度は変わらない分、より集中して丁寧に受けて剣筋を深くトレースするから鍛錬になるのだ。Lv5以上の技量を持つ者がそれをやると弘法筆を選ばず?ただの模擬戦とは全く違う鍛錬となる。


ラナン 二門 変幻自在の攻撃  アルム

クロメト三門 攻守バランス   アル


これで模擬戦して戦うだけでお互いに基礎数値が伸びてお互いの剣筋や足捌きが身に付く。半端ない簡易鍛錬法だ。お互いマジにスローな攻防になるのでギルドならともかく街中では出来ない。変な奴が遅さに見ておれずに教えに来るレベルだと思う。



ちなみにお山にいた時のように16時間ぐらいで何かの数値が1。空き時間で二時間集中してやれば七、八日に1上がる。勿論今日は時間が有って森の中だから三時間は出来る。


お互いに一歩も引かずに打ち合い読み合うし、アルムさんも本気だから消耗もすごい、だから上がるんだけどね(笑) 俺はお山の九十日で各数値合計47上がったけど、多分 多重視点と並列思考で亀のように受けて防御しながら視まくったから少し基礎数値の取得が早いんだと考えてる。


「アル君、アルム力が1上がった!」

「早いねー!おめでとう」

「こんなに簡単に上がると悪いよね?」

「ん?あ!ズルっぽいよね(笑)」

「そうそう、言えないよ」

「クルムさんに怒られたら負けなきゃダメよ」

「分ってるわよ。まだクルム姉のが強いわ」

「(笑)」


チョンチョン豚を冷やしながらやってたら血抜きが終わった。大きなバナナの葉っぱが勿体ないのでその辺の大きな葉っぱで包んで行く。3kg×九個とバラ肉が3kg×二個になった。


「ちょっと宿に届けて来るね」

「アルムも行く、一人じゃ変よ!」


冒険者の背嚢はいのうに入れて二人で半分ずつ持って行く。アルムさんがついでに食べられる山菜や木の実を取ってインベントリにヒョイヒョイ入れて行く。


「30kgは子供が持ってたら変だった(笑)」

「そうでしょ?(笑)」


「オークいなかった、豚がいた!」

3kg×四つを宿のカウンターに置く。


「おー!豚なら上等!夕飯豪華に酒付けてツマミに煮込んでやる!」


「「ありがとう!」」


「もう一回森行って来るね!」

「気を付けてな」

「うん」


17時まで1時間半やって久々に力1上がった!


部屋に帰ると桶を持って井戸水を汲んで階段を上がって体を拭くポーズだけ取る。鍵を掛けてアルムさんとチャチャッとハウスに跳んで風呂だけ浴びて帰って来る。


アルムさん待ってたらソファで寝た。


「アル君!豪華な食事の時間だよ!」

18時とすぐ起こされた(笑)


食堂まで降りて声を掛ける。


「夕食もう出来ますかー?」

「あいよー!待っとくれー!」


村のメインストリートが見える窓際に座る。


「食堂にアルム達しか居ないね(笑)」

「宿帳は結構埋まってたけどね」

「まだ明るいからじゃない?」


プレート持った奥さんが出て来た。


「お待たせ―!うちの一番上等なセットだよ!」

「わーい!豪華!」

「品が多いー!」


「エール二杯とその小皿の豚の煮込みと川エビのフライが食事の後から来るからね」


「ありがとうー!」


ロールパン二個 サラダ、野菜と豚のシチュー、小皿の豚の煮込みに、小エビのフライパン揚げ、デザートのオレンジ。


「鍛錬後は、こういうガッツリいいなぁ」

「いいよねー!」


「鍛錬は朝ばっかりだから忘れてた(笑)」


「このパン今日焼いてるわよ!」

「ホントだ!ふっかふか」


メインストリートを隊商が通ってそのまま荷馬車を裏に置いて井戸で顔や体を拭いている。帰って来たな。ほぼ食い終わってて良かった。量も品数も違い過ぎるから気を遣うわ。


シレッとプレート返してエールとツマミを受け取って来た。川エビこっちのが大きいの揚げてある。プリプリで塩が効いてエールが旨い。


すぐに隊商の人達18人が入ってきた。一日満足に働けた顔してる。


一品付いた豚の煮込みを美味いと食べる隊商の人達を視た。パリス教に文句ある人はやっぱいない。嫌いな人いないと勉強にならないんだけど(笑) それはそれでホッとするのは何故なぜだ。


「あんたらその豚の煮込みの一品はそこの姉弟のお陰だからね!美味かったら食事後のツマミで頼んどくれよ。一皿大きいの乗って銅貨四枚だからね、ツマミなら二人でつつけてエールが進むよ!」


「お姉ちゃん達、明日出るのかい?」

「パリス教国まで行くわよ?」


「あ!残念!逆方向だ、チクショー!(笑)」


ALL「(笑)」

「ありがとうねー(笑)」


「女将さん、エール四杯と煮込み二皿」

「あいよー!エール四杯に煮込み二皿~」

「こっちもエール四杯、煮込み一皿、川エビも一皿」

「あいよ!エール四杯、煮込み一皿~、川エビ一皿~」


~~~~


「あんた達、パリスに行くならエスジウに出た方が早いの知ってるかい?」


「ロフトンは山が多くて時間が掛かる?」

「知ってるなら良いよ(笑)」


「ありがとうございます、エールお願いします」


「アルムもー!」

「あいよー!エール二杯~」



・・・・



朝、井戸の前で顔を洗ってると横のアルムさんが言う。


「アル君、コレ」

「あ!売ってた?ありがとう!」


ニャカの木の芽。ハブラシだ。木の先端の細かい毛がカールしてトウモロコシの毛ほども細く短く程よく固い繊維質。磨いて行くと少しずつ抜けて行く。お貴族様はちゃんとした豚毛の歯ブラシだけどそんなの見せたら一発で身分がバレる。


「昨日、雑貨屋さんに聞いてみたら持ってた」

「よかった、一週間でだいぶ毛が減った(笑)」

減るというか歯にはさまって抜ける。


「五本ずつ買ったからまだ大丈夫よ(笑)」

「僕も見かけたら買っとく」

「私たちニャカが無いって変」

「毛が取れたら部屋で磨くんだよ(笑)」


「最初からそうすればいいじゃない」

「全てコルアーノ基準じゃダメなんだよ」

「そうなの?」

「色んな事を知る旅も兼ねてるのよ」

「パリス教の啓示だけじゃないの?」


「色々な国の平民生活を体験するの」

「なんでよ?コルアーノや貴族じゃダメなの?」


「アルムさん初めての物を見る時、食い付きが凄いよ」

「えー!何それ、いきなり何?(笑)」


気付いて無いんかい!


「えーとねぇ」

「うん」


「腕輪の時、すっぽんぽんでも気にしない程」

「・・・」


「転移の時、説明聞かずに跳んでく程」

「・・・」


「湯が勝手に流れてくるお風呂であんなに夢中」

「・・・」


「腐乳出して貰ったら腐乳から目が離れない」

「・・・」


「オーク倒す時、僕がアタタタしたら大喜びする」

「・・・」


「良いんだよ!それはいい事なの!」


「えー!」


「すごく良い事なんだよ」

「そうなの?」


「一日の良い使い方だと思う、それは目の前の物を良く見てどんな物だろうと知ろうとする事。僕は啓示で知ってしまうんだ。だから見る事をおろそかにして良い方向に流す事を優先して振り分ける事ばかりしてたんだよ。


せっかくの見るチャンスに焦って右から左に丸く収めて、見た目は良くなっても僕に何も溜まってなかった気がするの。だから最初はコルアーノで自分勝手に作った基準を元に戻したい。物をコルアーノ基準で見るのを止めてニュートラルな目で見て違う国の事を知ろうと思うの」


「ふーん」


「だから、皆が使うならニャカも使う」


「わかんない(笑)」


「こだわらなくていいの、無かったら他の使う(笑)」


「・・・」


「アルムさんはそのままでいいの!一日はみんな一緒だよ。走り回って見る景色は流れる一日。馬車に揺られて見る景色も流れる一日。ただ目に入って来る景色を良く見られるのは馬車なんだよ。今の僕に必要なのは景色を見られる馬車の方だと思う」


「ふーん」

「分った?」


「わかんない」

「・・・」今のふーんは何のふーんだ!




次回 273話  四峰の名

--------------


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