第267話  未来への種



4月30日のお昼からスカブの街に繰り出した。

29日の朝から四人は房の門徒衆に挨拶し、明日お山を下りるので総裁にお礼に伺うと伝えていたのだ。


この三か月の修行の総括を四人に聞かせた。


師匠は魔力線の細分化が出来たらもっと上に登れること、エルブルの剣技を知悉ちしつし磨きを掛ければ達成される事を伝えた。エルブルの門徒衆を今までの己の磨いた能力と剣技で跳ね返すのは表の部分。本質はエルブルの剣技を磨く事で内面の身体強化を磨く裏の秘術だった事を伝えた。


実は師匠にそういう理論的な事を言うと頭で動いて調子を落とすのよ、野生の狼におしっこはココと教えてもダメなの。だから修行中はエルブル固有の剣技をひたすら磨けとだけ簡単に言ってた(笑)


アルムさんは、そういう事考えると面白くないと言った。ポコポコ数値が上がるのが面白くて、内面の魔力がどうとか話も聞きたがらない。そんな事より街で売ってる木のおもちゃや色とりどりの服の方を気にした。その気がない奴に何言っても無駄だった。俺がいつか叩きのめして骨の髄から教えてやろうと誓った。


ニウさんは四峰の秘術をすでに体得してるから、次はクロメト・ラナンの剣技を覚えようとうながした。以前導師が俺に言った、魔眼の発動を読まれぬために六門(額)の魔力を満たせば発動の瞬きは消える話。ニウさんの場合魔力がそのまま歩くような感じで見える、情報共有なのか通信用の魔力線がコアさんや美少女戦隊メイドに飛んでるのは視える。巡る魔力が体の魔力に溶け込んで気が付かない。そんなにこまかい濃密な魔力線で全身が満たされてるなんて誰も思わない(笑)


取り合えずニウさんの苦手はあの魔獣ネズミみたいな大群で襲って来る小さい奴だ(笑) この呂布の苦手が魔力切れ起こすほどの大量のネズミだった事は笑える。放出系の範囲魔法はドッカンドッカン魔力減るからだ。身体強化系って魔力使わないからな。


まぁ、そんな訳でスカブの街で四人で飲んだ。師匠が飲みながら二門、一門で二十回以上死んだと大笑いした。師匠は自分を叩きのめして教える事が出来る存在にすごく感謝してた。その道では孤独だったのだ。逆にアルムさんは負けた事を一言も口にしなかった、子供そのままだ。基礎数値が上がる事が一番の楽しみだったみたい(笑)


まぁ、そんな感じだ。



・・・・



ムン国に行っている間も光曜日に帰って来ていた。


すでにタナウスのハイブリッド農場は北海道の農地みたいに見渡す限り畑になっている。百人程が住む村も点在し、酒場もお姉ちゃんのお店もちゃんと稼働してる。隷属して実質奴隷だけど、足を洗って農民を継ぎに村に来たと思い込んでるからお金が入ると発散にも行ける。普通の村人だ。


四月の中旬の光曜日。ドワーフの一族を連れて来た。一族に付いてノームも一族でいっぱい来た。ハッキリ言ってドワーフは髭もじゃで酒飲んで小柄でガッシリな人が多い。でも人に千差万別ある様に、少ないけど小柄で痩せた筋肉無しインテリタイプもいる。特に結婚してない女の人がそうだ、子供を生むと肝っ玉母さん風になってる。ドワーフも人それぞれだった。皮膚の色は同じサル系のインドアタイプだから酒焼けなのか白人が酔ったようなほんのり赤い皮膚、それは人と一緒だった。


ノームは指輪物語のホビットだ。ドワーフがそのまま背の半分しかない小人になっちゃったみたいな感じ。白雪姫に付いて来る鉱山の小人、あれがこっちのノームなんだよ。同じような白い皮膚に酒焼けの様な赤みの差した顔。


但し、欲にまみれたノームは醜悪しゅうあくな顔に変わって行き、ドワーフやノーム自身に嫌われる闇に呑まれたというノームになると人や獣人やエルフ、果ては魔物の物を何でも欲しがり武器を取り集団で襲うようになるという。


グレムリン顔でクレクレと襲う小さなクレリンコ。あのドンゴロスはサービスじゃ無くて戦利品を詰めるために必ず持っていたと納得した(笑) 元々グレムリンはゴブリンやノームの親戚らしいから大人しいモグワイと変異で生まれたストライプほど性格が違えば闇に呑まれたと言っても間違いじゃないと思う。


ドワーフを連れて来た時に色々聞いた。悪いノームを検索して、ドワーフやノームを穴のあくほど見たが、それは闇落ちした極悪人の人間と一緒だったから別に神秘も闇の眷属もクソも何も感じなかった。この世界のどんな種族にも悪人がいる事を知ったら闇に呑まれたノームもフーンで終わった。それよりもドワーフの皆から視えた寝物語の昔話。ドワーフは元々地下帝国を築いて繁栄を謳歌おうかしていた所に大災厄が襲って世界中に散らばったと言う昔話の方が気になった。


話しがれた。


ドワーフとノームは一族で固まると聞いていたので更地を作ってドワーフの一大生産拠点のガンズ街区が神都に出来た。31人のドワーフが作っていたエール工場を長老ガンズが視察し手直しを指示し弟子を現場監督に付けた。


グレゴリ村からも以後は農具の修理、服、靴、家具を買いに来ると思う。


・・・・


そんな中。


ハルバス公爵王弟はロスレーン家の人物相関図を考える。


二月下旬、街路灯が王都コルアノーブルに灯りを灯した数日後。放った密偵の報告書を見て驚いた。年末からアルベルト・ロスレーンがコルアーノに居ない事を知り愕然がくぜんとしたのだ。以来、刻一刻と密偵の逗留地とうりゅうちから送られてくる報告書が届くたびに頭を悩ませる。


思考の迷宮に入っていた。完全に思惑が外れていた。


誰が考えても分かる、コルアーノ全土の魔術証文。見た事もない分かり易いマルベリス商会の決算書を書いて寄こした子供だからだ。あり得ない事だった。ハルバス家の財務担当政務官全てでも無理な仕事だった。


ロスレーン家が領主家全てに送って寄こしたバラライカも考えたのはアルベルトと聞く。寝ていた分考えが深くなったのだろうと子供ながらのその能力を買っていた。


ロスレーン家の躍進は廃嫡の三男、アルベルト・ロスレーンが原動力だと見ていたがどうも様子が違う。刻々と送られて来る報告書が物語っていた。


二月下旬にロスレーン家から王家に献上された街路灯は見事な光を灯し、日の落ちた闇の風景を一変させる物だった。独自の情報網を持つハルバス公も絵図面や魔術紋の写しなどを見るだけではイメージしにくかった。


アルベルト・ロスレーン抜きでロスレーン伯爵家が進んでいるのだ。今回は聖教国の魔法技術の街路灯と言う。次から次に政策を打ち出し、今回の街路灯の代金で新たに貴族家を立ち上げると言う。注文の入った領地の特産や人足を雇い、代金をまた発注した領に返すと言う。


王に三位の貴族家を立ち上げる奏上そうじょうが為され、以後はロスレーンが経済の中心となって動く事が確約された。三位の子爵領地など易々と出来る物では無い。ロスレーンは十年単位の好景気となり、それはコルアーノ全土に及ぶ。


ハルバス公は裏で糸を引く者を探していた。


たぐい稀なる頭脳を持つ存在を探していた。



アルはハルバス公のタゲを外す事に成功していた。第六騎士団のふくろうと呼ばれるベンジャー・ストナウトの報告だ。


十一歳が書いて寄こした領主の道を説く言葉。あれから三年経ってそれなりの男になったかな?とハルバス公は己の持つ影と呼ばれる裏の諜報組織、第六騎士団のベンジャー・ストナウトをアルベルトが冒険者をすると聞くメルデスに送った。


字が余りにも幼い子供の成長を楽しみにしていた。


ベンジャーもメルデスに三日しかおらず、しかもそのほとんどをアルの視認に費やしたため、メルデスで冒険者クランを作ったとの報告しか無かった。クランは十人でもクラン、六十人でもクラン。貴族なら取り巻きを作り、それで身を守る。その様な情報は気にもしなかった。アルの作った型破りなクランの中身が分るはずがない。



ハルバス公は子供の成長を見誤っていた。


字の汚い子供の中身が大人とは思うまいよ。


・・・・


ハルバス公は、仕事に詰まると密偵の報告書を出して読み返す。


神聖国に入ったアルベルト・ロスレーンはそのまま首都に建築中の大教会を大喜びで見た後、リンデウム王国に入ってそのまま海沿いを回ってサント海商国を目指す経路と書いてある。


神聖国首都でコルアーノの駐在政務官(貴族院より出向)に少なからぬ路銀を借りた借用書が同封されていた。リンデウム王国には駐在政務官がいないので路銀が心細く平民宿暮らし。天気が許せば街の外で冒険者よろしく野営をしていると書いてあった。


海沿いを回ればあと三か月でサント海商国なので駐在政務官に路銀を送って欲しいとの事だ。


旅から旅では無理もない。ハルバス公はフッと笑った。



今日も報告書が届いた。


政務の傍らハルバス公は微笑みながら読み進む。


その報告書にはベンジャーがそぼ降る雨の中、腹を壊し痛みに耐えて一行を追った時に助けてくれたと書いてあった。


・・・・


ベンジャーが先を見ると馬車が停まっていた。痛みに集中力が落ち、気が付くと姿を現す距離に近付いてしまっていた。どうせ一本道と腹をくくって近付いた。


「どうかされましたかな?」

声も掛けずに黙って通り過ぎるなどあり得ない時代だ


「車輪が動くと馬車がガタガタしだし、木を削ってをすれば直るかと思いまして」


「ふむ、あと二時間程で日も暮れる時間、野営になるならお気を付けなされよ・・・ウッ!」思わず腹を押さえてしまった。


メイドは気が付いた。その濡れた顔が雨の物では無いことを。


「ご体調が!・・・お悪いのでしょうか?」

「いや、あと三時間で次の街に・・・」


目をつむり痛みをこらえて言っているのが誰にでもわかった。


「今薬を!お待ちください!」

「かたじけないが、すまぬ・・・」脂汗を流して言う。


薬をもらおうと馬上から手を差し伸べた。降りるなどとてもじゃない痛みだったのだ。馬を降りたら二度と乗れなくなる事が解っていた。


手を差し伸べたまま。ベンジャーは失神した。


翌日目覚めると天幕の中に居た。静かに長く降った雨も止んでいた。たくさんの衣類が布団代わりにベンジャーに掛けてあった。脱がされて、執事の物と思われる夜具を着せられていた。横に着ていた服が畳まれて置いてある。密偵が相手から受けたほどこしに感謝すると共に、過去一度も無かったこの様な失態を恥じ入った。


ベンジャーは何度も吐き気を催し悪い物に当たった症状なので腹を壊したと思っていたが違った。急性虫垂炎が破れて死ぬ寸前だった。腹の中が膿で汚染され脂汗と高熱、鍛え上げられた騎士団でもそんな物に勝てない。実は体温の異常上昇をコアに観測され、助けるために馬車は止まったのだ。



そろそろと体を動かしても痛くない。腹痛は治まっていた。ホッとした、動けぬほど腹が痛かったのだ。この一行に感謝した。


アルをターゲットすると天幕の横にいる、動かない。モソモソと動き出して服を着た。少々ふら付くがクリーンが掛けられて乾いた貴族服のボタンを一つずつはめて行くと気力が湧いた。


天幕を出ると横にアル様が居た。

切り株に座って髪をメイドに切ってもらっていた。何度見ても可愛い子供だ。十四歳とはとても見えない。ベンジャーはターゲットの情報は一通り入れていた。死病だった事も両親が手を尽くしていたことも、王都の兄弟が二年に渡って医者を訪ね歩いた事も知っている。貴族院に出された廃嫡の理由書も見ている。目の前に生きているのが不思議な子だった。


魔力循環障害。最初は少しずつ体内魔力が乱れて体調を崩す。寝たきりが続きそのうち魔力が好き勝手に体内で暴れ出す。発症から成長は止まり徐々に死に向かう病気。


天幕から出てたたずむとすぐにアル様が気が付いた。


「起きたよ!スカルフさん!」目を輝かす。

密偵が公爵領騎士団の鎧で追尾する訳が無い。


髪を切っていたメイドが釣られて顔を上げる。

「お目覚めですか(笑)」

「お貴族様にお世話になり、すみません」

「え!スカルフさんもお貴族ですよね?」

「格が違います(笑)」

「この馬車の紋章はどちらの紋章ですかな?」


とても気になってる事を聞いた。


「あぁ!それ(笑)」


「何年か前にコルアーノ王国のお爺様が昇爵されまして、伯爵級の馬車が無いって紋章を変えて乗ってたんです。元々他の大陸の馬車だったみたいですよ。僕が払い下げて頂きました(笑)」


「! コルアーノの伯爵家でございましたか・・・どうりで見た事の無い!(笑)」


密偵は馬車の家紋など重要な情報は見逃さない。


「お爺さまも大陸に無い紋章ならとお許しに」

かたらねば打ち首はありませんな(笑)」

「今は、もっと凄い金ぴかに乗ってますよ」

「なるほど(笑)」


「アル様、終わりました」

「ありがとう!一緒にスカルフさんもやってあげて」

「はい、アル様」

「え!私は・・・」


「昨日凄い熱でうなされて髪も髭も汗で濡れて死んじゃうかと思ったの、治って良かったねぇ」


「はぁ、耐えきれぬ痛みでした。まだふら付きます、本当にありがとうございました」


切り株に座ったベンジャーにメイドも話しかける。


「夜半に何度か吐かれて心配でした。食べ物に当たると大変ですものね、簡単に死んでしまいます」そういう世だ。


「お昼食べたら、馬車に乗ると良いよ」

「とても、そこまでは」

「僕も病気で辛い時があったの。だから乗ってね」

「ありがとうございます」



三時間程同道して丁寧にお礼を言って別れた。



別れ際に握手をして言われた。


「あなたに良きことが訪れますように」


それは聖教国の司祭の言葉だった。


ベンジャーは気が付いた。

ロスレーン家の三男を見て来てくれと言われたが領の秘密や新製品じゃ無かった。ハルバス公はこの子が欲しいんだと気が付いた。その推論はドンピシャで合っていたが意味が違っていた。


勘違いしたベンジャーは素直で優しくまっすぐな瞳の可愛い子供を推した。途中で拾った子猫を操って会話を見ていると、アル様が子猫を拾って馬車に乗せた。それからは楽だった。こういう事があった、その時にこう言った、ああ言ったと報告した。助けられた事もあり少し盛ってあった。


当然そのアル様とメイド達は言葉以外に魔力線で会話している。あ!可愛い子猫がいると言い、猫の素性を知った上で拾っている。猫に聞かすためにわざわざ喋る。追って視る事に特化したふくろうと呼ばれる密偵は読唇術で見ていた。大喜びで見ていた、コアにあやつられる偽りの作られた会話を。


推せば推すほど公爵の興味は薄れていった。


政務の息抜きで子供の報告を見る様になっていた。

報告書を読む公爵はいつも微笑んでいた。



・・・・



串焼き屋は見ていた。


ロスレーン領で露店を出していた食べ物の屋台や食堂に1月初旬にに噂が撒かれた。一日の上がりを最低保証し、サルーテに向かえば間違いなく得をすると露店の間で口コミで広がった。それは、サルーテ領が平民区画に土地をやると言う破格の条件だった。


1月16日、ミウム領の執政官がロスレーンに赴任すると共に執政官事務所は大々的に食べ物屋に吹聴した。字が読めない露店の店主も多いので口コミで噂を撒いた。サルーテ領の露店出店希望者受付はロスレーン領都の執政官事務所で2月1日からだった。


執政官事務所で鑑札を受け一番乗りの串焼き屋がサルーテに着いた時は2月2日だった。早くどの様な街でどんな感じで作ってるのか見たくて鑑札を受けたその足で新しい街に向かったのだ。


サルーテの街作って無かった!呆然ぼうぜんと立ち尽くした。


人はロスレーンに行き来する旅人や隊商が100人程度キューブハウスを利用し、執政官に料金を徴収されているだけだった。恐る恐る執政官の所へ鑑札を出しに行くと、早かったな!と笑われて厳重な魔術証文にサインさせられ、露店を決められた敷地内に開いてさえいれば一日これだけが支給されると説明を受けた。


毎日鑑札を持って行くと日銭をくれた。キューブハウスとサービスエリアのお金は取られたが、その二つは一回使ったら絶対外せない施設だった。


三、四日過ごすと露店も増え、嘘じゃ無かったことにホッとした。そんなうまい話がある訳がねぇ!と露店の連中が噂していたからだ。あったとしても割を食う(損する何かの罠がある)とみんなが笑った。執政官事務所に並んでいたのは宿屋や食堂の次男三男で流れの露天商はその日に居なかったのだ。


日一日と露店が増え、売り上げが旅人や隊商の分しか無いので材料もそんなに要らない日が続いたが日銭はもらえた。2月20日までにサルーテで鑑札を提出し露店を開くことが出店鑑札を取る条件だったので二週間経った頃には暇な露店がゴロゴロと街にあふれた。


一か月ホントに暇だった。でも日銭はもらえて他の露店で食べる事も出来る。近くの村から色々売りに来るが肉しか要らない。


2月の末にミウムの人足衆(大工、左官、鍛冶屋、革職人(にかわ屋)、石屋、土屋(焼き粘土屋:レンガ接着、洋カワラ作り)各職人:以後まとめて人足)が材木とレンガの荷馬車を何十台も列を成して千人ほどやって来た。男の露店は串焼き屋だったが朝、昼、晩と焼きまくった。毎日木材や金物を積んだ荷馬車がひっきりなしにサルーテに入って来る。木材を運んできたミウムの人足が何百人単位で山ほど増えて行った。


ミウムの人足衆は鍛冶屋の工房と大工の工房、粘土屋の工房、長屋をすぐに建て始めた。娼婦を連れた馬車の集団がミウム領から二十両以上の荷馬車でやってきた。娼婦たちは寿司詰めでやって来るとミウムの執政官に部屋を割り当てられて新築の長屋にそのまま入居。娼婦と言っても娼婦も村娘もごちゃまぜ、そんなにくれるなら行くー!と応募してきた娘たちだ。親も農村で結婚するより稼ぐだけ稼いで、農民より暮らしが楽な街へ行く方が良いと後押しする。


貞操観念など村娘に・・・あるかも知れないがこの世は非常に軽い。村祭りの晩など普通にチュッチュする経験者が多く、男を選ぶ人生経験を積んで三十歳位で結婚する娘が多い。


三月の末には街中に点在するサービスエリアの横に飯場と呼ばれる木造の粗末な長屋が山ほど建った。何人住むの?と言う程長屋が立った。そして四千人程に膨れ上がった人足が今度はレンガで執政官庁舎を建てて行く。


笑いが止まらないほど串焼きが売れた。酒も出せと言われて露店を改造してカウンターを作り、空樽を置いて串焼き以外のツマミも開発した。客が立て込むと居座る酔っ払いを叩き出して売った。


3月30日に日銭をもらいに行くと執政官が以後は売上保証は出さないので執政官事務所完成予定の一年後、来年3月30日まで店をやれば4月1日に区画整理した土地を渡すと言われた。一年やればたまわった土地に店が立つだろう?と微笑まれた。男の鑑札の番号は一番だった、出店鑑札は先着百人までだった。


串焼き屋はロスレーン家が飛び立った事を実感した。お貴族様のお背中に乗れた!もう後から来た奴はお貴族様のお背中に乗れなくなっちまった。「へへへ!」思わず笑い声が出た。


最初から見ていた。仕事が凄かった、堅かった、毎日金をくれた。流れの露店主との約束を守ってくれた。


串焼き屋は拳を握り締めた。



・・・・


サルーテ一番乗り、ミウムへの待遇。


2月末に第一陣で着いたミウムの人足は事前にサルーテに用意された暖房付き宿泊施設をミウムの執政官に案内され、ここから現場に通う様に言われた。翌日は現場のまだ何も無い広大な敷地に自由に荷物を下ろした。案内されたキューブハウス、そこに住みながら現場で一万四千人の宿泊所の長屋を作れば良かった。


翌日からそのまま着工。何の準備も要らなかった。持って来た道具と材料があれば出来上がる簡単な長屋を鼻歌で建築した。


小腹の空く力仕事の現場、待機していた露店が近くに山ほど店を出す。キューブハウスに帰ると後ろに露店を引き連れて気分良く門外(門は無いが)のハウスまで帰った。


暖房紋で温かいキューブハウスと風呂付、クリーン付きのトイレが無料。住んでる目の前にいい匂いのする屋台が並ぶ。最高の飯場だった。



・・・・


4月中旬。


街路灯を契約した領の中から、領地が近いなどの理由で各地の執政官と人足隊が荷馬車と共にポツポツとサルーテに到着していた。


サルーテの街に着いた各地の執政官は驚いた。すでに整地が出来ている。工事をいつ始めても良い様になっている。領地の灌漑用水や城壁修繕、橋の架橋を行って来たベテラン執政官は度肝を抜かれた。


第一期と呼ばれる工期がある。色々な人足が居住し長い年月の工期で安定して労働力を供給し健康に生活していける基盤を整備する工期だ。


各領はロスレーン家と契約を行い街路灯の対価として仕事が割り振られている。各領の執政官も縄張り(資材置き場や隣り合う現場の作業場所)は守って欲しいと思っていた。ともすればそういういさかいで工期は伸び、意欲は落ち込み悪循環の現場になるからだ。


が!第一期工事は半ば過ぎまで出来ていた。

大きい現場の宿泊場所は街中のサービスエリアに立てられた人足長屋に全員がすっぽり収まった。宿泊場所横のサービスエリアは有料だと言われ、係員にお金を払うと首から下げる1日鑑札が貰える。それを首から下げてると街の至る所のサービスエリアは自由に出入り出来る。


街の外のキューブハウスとサービスエリアは工期外に早く付いてしまった領の人足隊への予備の施設として、案内を受けない者が利用すると両方とも有料だった。


ここに入って下さいとロスレーンの執政官に割り振られる施設と資材置き場は一切無料だった。そう、執政官が仕切って指示を出し、生活場所を確保する必要が何も無かった。執政官は自領に割り振られた宿舎と占有場所を材料置き場と作業場所に割り振れば全て治まる。


執政官は自領に割り当てられた現場に専念した。


・・・・


アランとグレンツによる街路灯の契約は3月15日までに終わっていた。ラルフの謁見前に早々に契約に来たのはアンドリュー男爵家だった。まだ当主では無いが養子に行ったアランの弟サルマンはラルフの三男だった。王都に向かう途中のロスレーンで街路灯を見て決めていた。アンドリュー男爵は中立派で寄り親ラルフがやっておるなら何処どこよりも早く付けてもらおうと王都別邸を訪れた。


アンドリュー男爵とサルマンが領地に帰ると街路灯が出来ていた。二人共が光に彩られた夜景を眺めながら早く頼んで良かった事と、契約に基づく資材と食材の搬入と資金の護送を急がねばと気を引き締めた。


王都コルアノーブルの夜が街路灯に彩られた2月末。街路灯を初めて見た領主が次々と別邸を訪ねて来た。


グレンツはフラウの卒業までの期間、父アランと同道した家臣団と共に計画を煮詰めていた。グレンツの逗留期間は、グレンツ・ロスレーンという人物を各領の領主にお披露目する場にもなっていた。


と言うのも発注が掛かるたびに相互通信機でアルに伝えられ、次々と街路灯は建って行く。設置が済むと折り返しアルから各領の街路灯本数の報告がある。街路灯本数と金額が算出されると家臣団が各領に金額分の仕事に換算して物資や人工賃、輸送費に割り振って行く。当然他領の執政官も精査する。その結果、仕事が早く確実で武官ならではの含みの無い誠実さがラルフに似ていると噂されたのだ。


それは貴族院で執政官をしているヒルスンとマーフの目の前で噂される話だった。各領の執政官が自領の受注契約書を持ってよろしくお願いしますと挨拶して打ち合わせしながらお茶をしていくのだ、聞かない訳がない。ラルフが奏上し三位子爵領を建設する計画はグレンツ主導で行われているが、それはすなわちヒルスンとマーフの将来の居城を作っているのだ。


二人は毎夜グレンツの家臣団と共に王都別邸で各領に割り振る案件をさばいた。ヒルスンとマーフは文官なのだ、目を通さずにいられない。三、四日すると職場でその案件書類を持って他領の執政官がお茶しにくる、国内のローカル規格や勘違いしやすい部分を確認して詰めていく。将来の二人の家を作る話だ、二人にはとても心地よいご褒美だった(笑)


・・・・


公爵邸、侯爵邸の庭園は個別指定の街路灯設置となる。金額1.5倍なのに山ほど受注し、1.5倍らしく細身でお洒落な造形にされていた。


※:30cm×180cm、魔術紋位置170cmが、15cm×120cm魔術紋位置110cmに変更されている。メイドさんが歩きながら腰位置の魔術紋にタッチすれば良い。アルはそれを造形とかお洒落と言っている。棒に魔術紋は変わってない。


各地の領主は驚いた。

領地に返ると街路灯が稼働している。いつ付いたのか聞くと一月も前から稼働していると言う。それは契約の三日後だった。


馬車で走ると領民が頭を下げて感謝の気持ちを述べて来る。馬車に向かって領主様ありがとう!と子供が叫ぶ。たたえられて嬉しくない領主など居ない。


王都で作成した契約書を各地の執政官事務所が吟味ぎんみした。騎士団が護衛し代金をロスレーンへ運ぶ。執政官達は普請の仕事内容が割り振られた書類を精査し、特産の原材料を領の生産上限まで引き上げて送り込む人足を集め出した。


それは火が燃え広がる様にコルアーノ全土に広がって行った。


・・・・


ラルフが領都に着いたのは3月23日だった。


ラルフがロスレーンに着き次第にアランを呼び出すと3月21日に王都コルアノーブルを出たと聞いた。馬車の中でアルに報告された街路灯の本数や内訳と金額。書類を読み上げるグレンツと執務室で速記を行う財務の執政官。


シュミッツ以下執政官の集まるラルフの執務室で契約内容と原材料、人足の数が集計されて行った。検討を行うとアランが帰郷する前後がサルーテでの各領の第一陣の原材料や人足受け入れ事務の始まりと予測された。


・食料供給の荷馬車の増便。

・人足住居の必要数試算。

・サルーテ領代官と指揮執政官の派遣と増援。

・周辺の村長への協力依頼。


執政官事務所では各建設計画について変更や決定がなされるたび執政官が書状を持ってサルーテに往復した。距離は馬で1日の距離、当日にロスレーンに取って返すほども頻繁ひんぱんに移動するためサルーテに馬用の水魔法回復士が雇われた。



そしてグレンツがロスレーンに到着する頃。


何年も止まらない国を乗せた列車が滑りだした。ロスレーンという大きな領地に少ない領民、国の大動脈とも言える交易路を抱えた塩を産出する領地。固く堅実な領地の雌伏の期間は終わっていた。


執政官や人足はサルーテの居心地の良さを褒め称えた。各地から下働きの流民も続々と集まっていた。住みやすい交易路の中心、ロスレーン領都への出店を考えていた大店の次男三男もロスレーンから一日の距離に新たに出来るサルーテ領への進出を考えた。



かつて無い程のスピードで滑り出したサルーテの建設。



次男ヒルスンとマーフが貴族院から、長女モニカとアネットが貴族学院から帰るのは1年後だ。




第三章 冒険編 「完」


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長いゆっくりとした荷馬車の旅ご苦労様です。野営場所に着きました。ご自由にご休憩ください。134話から始まった第三章、異世界冒険編がいつの間にやら267話の大長編になってました。


61話編>見72話編>冒134話編(267話162万文字)


第三章 異世界冒険編 「完」です。ありがとうございました。


第四章 異世界飛翔編 外の世界へ参ります。



ここで一旦休憩して次回は12月1日より始めます。


この267話がアップされる9月11日。5月1日より4か月半、一日当たり大体原稿用紙17~26枚、誤字脱字文法など気にせず書いて参りました。そんなお話でも読めたら良いやと毎日来て下さる皆さんのお陰で続いてる小説です。とても感謝しております。



2022年12月1日、第四章でお会い致しましょう。

              

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