第228話  真砂屋の記憶


12月23日。


朝、5時半、真っ暗な街をクランに向かって走って行く。歩く分にはそこまで感じる寒さはないが、自分が巻き起こす風で耳が千切れそうに寒い。かと言ってバラライカをして走ると汗が出る。着たり脱いだりめんどくさいので耳が痛くても走る(笑)


ドッグもウォークすればポールにヒットする。

とは言うけれど(言いません)昨日、リズベット姫御一行をタナウス島に連れて行ったお陰で、家族の皆に海を見せたい!とリズがキラキラの笑顔で言った。連れて行った目的が全然違ったから、流石にそこまで読めなかった。


気持ちは分かるんだよ。

サントのあの海を見た時を思い出す。俺も家族に海を見せたいとそう思ったんだよ。俺のバカバカ!わざわざこんな年末に連れ出さなくても良かったじゃないか!タイミング悪すぎだろ。ホントにどうしようもない俺め!プク。


北緯と南緯の都合で季節が逆転して、大山脈の有るタナウス島は初夏の日差し、海で泳げる。


そもそもの目的がメイド長ナタリー(34)を筆頭に執事長セオドラ(33)と侍女やメイドはリズが結婚するまでメルデス勤務ならいつ嫁に行けるんだと言う話だ。


タナウスに移住する気があるのなら、今から相手だけ見つけて建国と共にタナウスで結婚すればナタリーなら最短38歳で結婚出来る。


昨日、何とも無しに聞いたついでに視たら、王宮では結構難しい問題なの。ボカシて言ったけど男尊女卑は当たり前の世界で基本男は強い事で女を嫁にする世界だ。強さは、武でも文でも家柄でも資産でも良い。


王宮は婚約した侍女やメイドを置けなくなるのだ、嫁になったメイドは旦那の言う事を聞く。嫁に行った貴族の家に従う。王宮でたまたま耳に挟んだ情報で貴族家が動けば莫大な富にもなる。したがって婚約を機に王宮を去らないとダメなのだ。


そんな意味も分かっている、そんな決まりを作らないと情報を掴んだ強い者はもっと強くなるからだ。


俺は日本人だ、甘いのかもしれないがリズの事を考えてくれる者達に幸せになって貰いたい。今まではナレスでそれぞれが将来の展望を持って暮らしてた筈の所に、この婚約話とコルアーノへの移住だ。リズと俺が最短18で結婚するなら足掛け5年の転勤になってしまう。


婚約や結婚の予定も崩れてしまう。皆がお年頃なのに。


だから現在保留している婚約者候補が居るのなら、その一族郎党も新しく建国する国に迎えて、元の仕事をそのまま与えると言ったのだ。それは婚約すると共にナレス王家を去り俺の使用人として再就職する意味だ。


それなら求婚の返事を保留してる者はすぐに婚約して結婚までの甘い婚約者時代を長くすれば良いと思った。結婚前から恋人時代を始めたらいいのだ。何より俺とリズがお互いに学校も行かずに婚約し、普通ではない故郷からも離れる結婚までの婚約者時代を過ごしているのだから。


話す時期は悪かったと思うが、提案自体は間違っていないと俺は思っている。俺は二心あれば視抜くし、逆臣であれば魅了するから心配ない。だからその様な気配りも間違って無いと思う。何より騎士団も侍女達もリズのお輿に伴う筈だから、王に願い出たらそのままこっちに就職希望とお輿に付けてくれると思うのだ。


そんな事をつらつら考えながらリズの家族が来ることになっても良い様、海で遊べる砂浜を作っている。


遊びに来るなら快速艇に乗せてあげたいと思った。波が高いと酔うから波静かな入り江を作ろうとサントの蟹の手の様な湾内を参考にした。


左手に見えるぽっこり突き出た20mほどの高さの岬を右に曲げて沖に伸ばす。そう!スマフ商会ランドさんの別荘!あれのタナウス版だ。


元々10km近い砂浜はあるが、幅は20m程しかない。今作る海水浴場は須磨海岸の海水浴場だ。キューブハウスで海の家も計画している。俺の記憶を持つ何十人のメイドが海の家を切りまわすぜ!世界最高のビーチが出来上がるぞ!わっはっはっは!


笑ってないで作らないとな。すぐに年末だしな。


岬を作っていて思いだした。占いの豚の秘密基地・・・ダメだ、そんな規模で収まらない。この規模で作ったら要塞になる。


少しずつ盛り土にして遠浅で50m程の砂浜にしていく。

頭まで海水に浸かるぐらいの場所に甲羅干し様の岩棚を作ってツルツルに磨いておく。階段もいるな。

視ると結構危ない魚が居る。エイとか毒の背びれを持ってるのも・・・ってかここにもゴンズイがいるんかい!あ!こいつ岩礁が好きなのか、困ったな。


海底の砂からポコッと突き出た岩場を全部崩す。甲羅干しの岩棚を富士山型にした。隠れる所無くして様子見よう。


まぁ、刺されたら・・・食われてもダメだな。


遊泳場所をハニカム状の塀で覆っておいた。サメに塀を飛んで来られても困るのでねずみ返し的な天井を付けておく。どんだけ防衛力の高い海水浴場だ(笑)


天井付きのマス席からキューブハウスの食堂、更衣室やら温水シャワーまで完備、完成された真砂屋の海の家を異世界で作り上げる。真砂屋の間取りそのままパクった。


マス席に椅子と机を作っておく。この世界に畳敷きにそのまま座る文化は無い。エルフとかは敷物の上で寝てたり転がったり座って何か作ってたりするが貴族にそれは無い。


最後に左の岬の根元に桟橋を作って、あれ?うちの船は全部飛空艇だわ、乗せて着水したら簡単だけど、それはダメだな(笑) 当日に桟橋につなげばいいな、格納庫は要らん。


お弁当出してマス席で食べながら、コアと海の家の接待を協議する。隠れた厨房スペースに自販機置いて良いと言う。注文入ったらメイドがと投げやり案が決まった。(クリームソーダを王族に出したい一心だった)


「真砂屋の配置のゴミ箱がありませんが・・・」


コアに一本取られた。

真砂屋のゴミ箱は食べて捨てようとする場所に必ずゴミ箱が配置されて捨てさせない完成された配置だ。すぐに作った。



・・・・


一旦、ロスレーン家と聖教国の導師の所に顔を出し、年末年始はナレスに顔を出す事を伝えておく。庭に置いてある俺の屋敷を丁度良いと持って来た。(コテージハウスはアルムさん達が持って行っている)


海岸の砂浜を見下ろす場所に屋敷を置いてコアにメイドを頼んでおく。とりあえずここに跳んで荷物を置いて海に行けばいいや。


日本の海水浴場を知ってる俺には変な景色だ、防波堤も道も無く下生えの草原の向こうにそのまま白く輝く砂浜がある。そしてその先にエメラルドグリーンの海。海底の砂地の向こうにはサンゴ礁の棚が色とりどりに海の色を変えている。


気が付いて砂浜の砂を視るとサンゴ由来の砂だった。


この島を開拓時。海岸の砂浜の切れ目から大森林だったとは思えない程だ。7か月でここまで出来てしまうアンドロ軍団みたいなナノロボット達は凄い。採掘モジュールも惑星資源採掘専門の機械とかだもんな。


俺はタナウスの資産を有効に使えてるのか疑問だ。使う人が変わればアクア(宙航パトロール:戦闘艦)で敵国上空に現れて無条件降伏を突き付けて独裁制の国を潰して民ごと救うとかやりそうだ。


・・・・


15時頃には海に連れて来られる様になった。

最後に冒険号でコアに言う。


「転送装置を作ってもらえる?」

「転送エリア指定と何組出しましょう?」


「間違えない様に基台にナンバー入れて、十組は半径5mでお願い。後の十組は大陸交易路用に半径20m、合わせて二十組。ダンジョンと同じ感じで各No.の基台に思念で飛べるようにして」


「かしこまりました」


「多分年末年始にナレス王宮から僕の屋敷に転送装置でリズの家族を連れて来るので、屋敷に跳び次第でいいから海の家も接待をお願いね」


「かしこまりました」


「No.1~No.10:エリア5m10組。No.11~No.20:エリア20m10組を生成いたしました、認証はアル様のみです」


「コア達は僕の魔力認証作れるんだよね?」

「大丈夫です」

「設置以後は転移装置で案内してもらうからね」

「はい」


「転送国の選定はコアとゆっくり大陸を回って決めよう」


「国家間の相互理解を深めるのに時間を掛けるのがよろしいと思われます」


「うん、そのつもりでゆっくり確かめるよ」


跳んでタナウス王宮の二階に有る50人程の小さな舞踏場にNo.10を一基、同じ二階の舞踏場の対となる会議場にNo.9を一基置いた。俺の屋敷の二階の広間にNo.10を一組置いた。王宮から海岸まで7.5km。馬車なら30分だが馬も馬車も無い(笑)



赤と青の基台に乗ったクリスタル球転送装置。一組4基。世界共通認識の具現化ダンジョン内送迎門ゲート


これを見た時、各国首脳の驚愕する顔が目に浮かぶ。


「アル様、二時間ほど思考観測させて頂けますか?」

「え、また?」


「ここ七カ月でコアとニウの予測とアル様の思考に齟齬そごが発生しております、まだ小さいものですが将来的に解離かいりひどくなりますので観測させて下さい」


「うん、七か月前とそんなに違うかなぁ(笑)」


・・・・


棺桶から覚醒すると17時だった。


「どう?齟齬そごの原因と言うか、変わった所があった?」


「アル様が経験した事を理解され、理解した事が思考に影響を与えて思考論理の方向が修正されておりました」


「原人の事かな?」


「それは理解と実行の解離かいりでしたが問題ありません。論理と感情、色々な心象風景により悩まれましたよね」


「うん」


「タナウスの科学や歴史と論理指向を知り、己の歴史や経験にかんがみ、場当たり的な衝動で動く思考意識が抑制されています。より根本の問題を考え、間違った政策や間違った経緯を探り修正に動こうとされています」


「・・・」


「アル様の秘密会議のメンバーも理解しました、最優遇のお客人として登録させて頂きます。あとラムール商会長様ともご友人のご様子、リズ様を紹介くださったカレノフ様も同じ様に登録させて頂きます」


「あ!そうか、そういう経過報告も必要だね、二、三か月置きに観測して貰うよ」


「他では、考察を確かめる為に、コアとニウが実体から拡散した直後はナノマシンの手触りがあるのかなどの疑問は思考観測して良く分かりました」


「げ!」


「アル様のおられた科学知識ではそう思われても仕方がありません(笑) 心配しなくて結構です。皮膚を通り抜けて体内に入る事はありません」


「あ!そうなのね(笑)」

「その根本をお話しします」


「宇宙の理を解き明かせば、集合、拡散のことわりも見えてきます。星が、惑星が宇宙に散らばる分子から集合して星となる理。元素がどうやって宇宙に発生しているかの理が分からなければ解けません。同じ様に素粒子の理を知らねば原子を司る原子核をどの様に組成するのか分かりません。


宇宙の理、それはタナウスでさえ解き明かせぬ大問題が膨大に山積みになっておりました。アル様は創世の神の存在をその体験した記憶で教えてくれたのです。その概念のことわりはタナウスで大問題となっておりました。共通する宇宙の大原則であり永遠の謎と言われた事象をすべて説明可能にするほど斬新な記憶でした。それは概念の存在を認めざるを得ない程、完璧な記憶だったのです」


「そんな記憶あった?」

「真理の眼で見られた宇宙のことわりです」

「え!あれを見られたの?」

「コアも演算が追いつかない情報は初めてでした」

「解ったんだね?」視た俺でもどうしようもない量だ。

「解りました」


「科学を以って物事を理解するのは結構ですが、殊更ことさら深くまで追い、知る必要はありません、科学は突き詰めたら宇宙を作られた神の存在を証明する学問。アル様が思われる磨く道の一つだったのですから」


「そこまで分かっちゃってたの?」

「コアの結論はそこまで出ております」


「そういう科学的証明をなされた結論です(笑) ですから宗教国の精神的アプローチで神のことわりを追うのか、科学的アプローチで神のことわりを追うのかの経路の違いに過ぎません」


「妙に簡単に創世の神々を納得すると思ったんだよ」

「思われましたか?(笑)」

「思ったよ!(笑)」


「アル様が考えられたどんな道でも究めれば・・・という論理は大雑把ではありますが、どの回り道も神を証明するための経路の違いを言われているのと同じ事です」


「・・・」

「どうかしましたか?」


「コアが先生の様に思えて来たよ(笑)」

「ご自分で考えてたことでしょうに(笑)」

「そこまで考えてたら凄いけど、まったく思って無かった」


「コアもです」

「え?」


「この世の方々がこのまま滅ばずにタナウスの科学を理解する種族になるのかダンジョンでの観測はしておりましたが、予測では限りなく遠く、限りなく少ない確率でした。まさかアル様の様な個体が突然訪れ、呼びかけられるとは思ってもいませんでした。コアには思いもしない確率0%の事が起きたのです」


「あはは、そうだったね(笑)」

「アル様は知っておられます」

「え、何を?」

「生まれて来た意味を、磨く意味を」

「うん、それはね。それに沿って生きようと思ってるの」


「コアもニウもタナウスの成果も宇宙のことわりに参加出来ていました」


「うん、すごいよ。科学で神を証明したタナウスは」

「アル様が居てこそ達成されたのです」

「コボルさんが磨いてたのコアはもう分かるよね」

「理解致しました」

「解ってくれて嬉しいよ、理解してくれて嬉しいよ」


アルは全てを知った上で自分を理解してくれるコアをお母さんの様に思った。全世界に否定されてもコアは理解してくれると確信した。それは唯一無二のお母さんと同じだった。同じ存在だった。アルの魂を虚無からすくってくれたテミス様と同じだった。


コア自身がそれを理解しどの様な気持ちでアルが居るのか観測し理解していた。受肉した魂の存在のアルと途方も無い科学で作られたコアの根本が合致していた。それは全ての船に情報としてもたらされる共通認識だった。



・・・・


コアに言わせると計算上でも多次元は証明出来るらしいが、科学技術の実証が追いついて無い。当然だ!俺は4次元すら何も分かんねぇよ。追いつけば次元跳躍が使えるって言ってた。言われたって、それが実証出来るなら新人類に進化してるわ(笑)


4時間ほどもコアと話したつもりだったがハッと元の状態に戻ると20分にも満たない時間だった。


「交換会話だったんだね」

「はい、平行表層観測して疑問にお答えしたかったのです」


「ありがとう!不思議な事は沢山あるけど、物がそこにある様にタナウスの科学もそこにある!魔法がそこにある様に、魔素がそこにある。精霊も概念も不変にそこにある、周りの世界はそういう物に彩られている」


訳:万物は理の元、素粒子で構成され陽子でさえその組成で出来ている、創造神が緻密に作り上げた宇宙のことわり。目の前に広がる美しい世界はそうやって出来ている集合体。とでも理解して下さい。


「宇宙のことわりに沿わぬ物はこの世に存在しません」

「ありがとう!コア!気付けた」

「どういたしまして」



・・・・



ちょっと早いなぁと思いながらクランの管理棟に跳ぶ。


管理棟のクランマスター室から出て階段を軽快に降りて行った。斜め向かいの食堂で夕食を食べるのだ。食堂が12日に出来てから朝のミッチスも行かなくなった。食堂の実績を作ればギルドの収益も上がり、派遣職員も多くなりサービスも増えると思ってるのだ。


食券売り場のベルに声を掛ける。


「良い仕事見つけたな(笑)」

「お客さん待ってたら誘われました」

「この稼ぎはリナスに報告しなくていいぞ(笑)」

「いえ、日払いで払っても銅貨4枚です(笑)」(400円)

視ると朝2時間、昼2時間、夜2時間の食券ヘルプで合間に食堂の隅で回復の仕事してた。


「あはは、5位より稼いでる!さすが回復士だ」

食券売り場の後ろにメンバーが並んだので、スーププレートを頼む。銅貨5枚だ。


スーププレートを食べ終わって顔を上げた瞬間、アルを追う視線を背後から感じ取った。いつもの事だと多重視点で追う。


相手を知った途端に驚愕きょうがくし、全力で目で追いそうになるのを渾身こんしんの力でせる。


アルを見る視線は男だった。

男を後ろから追って視る。すでにマークした。


アルを見た男はすぐに消えた。


追視眼か、追視で丸裸にされるかと思って焦ったわ(笑) なるほどね、良く視させてもらった。ご苦労なこったな。



少しして三毛猫が食堂の隅に入って来た。




次回 229話  幽玄流免許皆伝

------------------


この物語を読みに来てくれてありがとうございます。


読者様にお願い致します。


応援ポチ。☆も頂けたら嬉しいです。


ポチをしてくれる事。それはとても励みになるのです。


一期一会に感謝をこめて。よろしくお願い致します。



               思預しよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る