第211話  糸を手繰る姫



お兄様の婚約の約定書が交わされた日。

昼食後レンツ様御一行を連れてキャンディルに帰った。


食後に手紙を書く時間と俺の配達のお陰で、ゆっくりと取るお茶の時間が無かったので、お茶ぐらい飲んで行けと誘われてご馳走になった。


「12日のフラウは17時には帰っておる筈じゃ、ベントの弟子が迎えに行くと手紙に記しておいた」


「執事のクレバルさんにそう言えばよろしいですね?」


「うむ、それで分かる」弟子の腕輪を見てしまう。

「ご配慮ありがとうございます」


「最近導師は参られますか?」

「相変わらずじゃ、こないだの危急以来だの(笑)」

「それではこれを」大壺3個出した。


「わっはっはっは、ベントは最初に持って来て以来その酒を持って来ぬぞ!(笑)」


「導師は他の仕事が色々と(笑)」

「良い良い、分かっておる(笑)」


「それでは・・・」と言ったら肩をガシっと掴まれた。


「婚約者の話がまだですぞ」

「そのうちに広まるかも」蚊の鳴くような声。


「御子様のお相手です、コルアーノの大事です。しいては中央大陸の大事かと存じます」


顔が近い近い怖い怖い。


そこの野次馬執事長・メイド長!助けんかい!


「御子様、聖教国の聖女様ですかな?」

「違います違います!」


「・・・」

「・・・」目が真剣だ。


「ナレス王国の第三王女です」


「え!」その場の皆が固まった。

「して、その姫は魔法士ですかな?」


「あ!はい、そんな感じです。でもフラウ様の様な魔法士とは違って普通のお姫様です。まだ生活魔法も4つで・・・」


「それが聞けたらよろしい」


「御子様とフラウの間におれば、ダムトル。今日の月はいつじゃ?」


「今晩は19時20分でございます」


「御子様。19時に姫様をここへ、魔眼を授ける」


「え?」


「御子様のきさきは寄り添わなければならぬ。まかり間違って足枷あしかせになってはならぬ。儂が直々に魔力眼を授けよう」


「え?よろしいのですか?キャンディルの至宝が・・・」


「もしかしてその為の至宝かも知れませんぞ(笑)」


「そんなぁ(笑)」


「現に出会っております。キャンディルを助けて貰っておる」


「はい!連れて来ます、19時までに」

「頼みますぞ」

「はい」



・・・・



15時半。


クラン管理棟のクランマスター室に飛ぶ。

何の事は無い。豪華な空き部屋で鍵が掛けてある。内側から開けて外で閉めるだけの鍵だ。そのための部屋だ。


リズの屋敷の裏門に向かいながら双方向通話で呼び出す。


「はい、第三王女邸でございます」

「アルベルトですが裏門開けてくれません?」

「お待ちくださいませ。只今参ります!」


管理棟を出たら左に150mほど歩くとリズの屋敷だ。


50m程手前で裏門が開いた。笑う、メイドがどんなけ走っとんねん。メイドが6人左右に並んでいる。もう・・・王族待遇だな。


「ごくろう。ありがとう!」日本人だから声掛けちゃう。


何も言わずに走った事を気取られない静かなお辞儀をしてくれる。メイド長ナタリー(34)と執事長セオドラ(33)も玄関でお出迎えしてくれる。二人共が女史だ。リズのを受け持つ最高責任者だ。


「リズはいるよね?」

「休日にアル様に誘われないのでねておいでです」


「(笑)」

「喜ばせてあげて下さいませ」

「分った、案内してくれる?」

「こちらでございます」

「セオドラ。この屋敷は総勢何人?」

「姫様入れて27人でございます」

「使用人の夕食は何時から作る?」

「17時から19時までに」

「今日は用意をせぬように」

「かしこまりました」


・・・・


リズの部屋に付いた。


ノックをしてセオドラが失礼しますと俺を紹介せずに入る。俺が来る連絡も伝えて無かった(笑)


セオドラに続いて俺も入る。


「おーい!リズ!」

「アル様!」テテテと寄って来る。目が点だ(笑)


「今日はゴメン、お兄様の婚約の日で朝から実家だった」


「まぁ!教えて下されば良かったのに」

まぁ!(笑)


「今日は教室も無いし、相手の伯爵様御一行の迎えで朝から頭が一杯だった」


「どちらの伯爵様のご息女がグレンツお兄様に?」

「キャンディル伯爵様だよ」

「まぁ!お隣ではございませんか」

幼女がまぁ!とか言うだけで笑える。


「お隣だけど山越えだよね(笑)」


「山の稜線の向こうですもの、お隣に違いませんわ(笑)」


「今日な。夜出かけるぞ、18時45分」

「お食事です?」


「リズが俺の隣に立つ試練だ」

執事長とメイド長が愕然がくぜんとする。


「え?」

「ここで少し待っててくれ」



ハムナイに跳んだ。

今日のご飯遅くなるから要らない話をアルムさんに通信。


レストランに行って聞いてみた。


「あ!御子様ではありませんか」店長さんだ。

「お久しぶりです」

「魔法陣付けてからホントに来られなくなって!」

「タダとか逆に来にくくなりました(笑)」

「お気遣いなさらず。言い付かっております」


「ここは急の予約も出来ますか?」

「何名様でしょう」


「28名、20時半。王族なんだよ、いつもの料理でいいけど」


「王族の方でしたら別室にお通し出来ますので大丈夫です」


「別室あるの?冷房紋付けようか?」

「よろしくお願いいたします(笑)」

「北の中央大陸ナレス王国の第三王女と侍女計28名」

「御子様と王女様はご一緒でよろしいですか?」


「一緒で、席も座れなければ2つに分けてもいいです」


「後は執事長とメイド長が仕切ると思う。全て同じ料理で」


「20時半28名かしこまりました」

「お願いします」



・・・・・



王女邸に帰り応接に皆を集めてもらう。


「今晩皆で他国に食事に行く、他国へは大魔法で飛ぶ。貴族平服、護衛任務の者は帯剣で20時20分この応接に集合。向かう国は南の中央大陸ハムナイ国のレストランだ」


皆の顔が明るくなるが、戦争中とは言えない。


「リズが今晩、御子の伴侶はんりょとなる試練を受ける」


皆の顔に不安が覗くが打ち消しておく。


「安心しろ。食事はリズを祝う食事だ、20時20分には帰れると思うが遅れる場合は連絡する」


「かしこまりました」



「リズは今からサント海商国にデートだ」

そんな口実のレストラン予約の追加だ(笑)


「もう16時過ぎてますが・・・」

「2時間遊べるよ」


二人でサントに跳んだ。


レストランの予約を10人増やしてもらう。

バーツさんの所へ行き、初めての人が多くなったので、同じ人が見つかるなら吟遊詩人のあの話を頼む。

ついでに(姫を隠して)婚約者を紹介して驚かれる。


スマフ商会ランドさんに10人他の伯爵一行も増える話をした。ランドさんにも今度別荘に連れて来る婚約者を紹介する。


お土産屋さんで珍しいお菓子を買って帰った。

光曜日に二人でお菓子を選ぶだけでリズは嬉しいの(笑)


お屋敷でキャンディル伯爵との謁見えっけん後、魔法大家まほうたいけの秘儀をリズに授けて頂くので正装に着替えてもらった。


お子様に磨きが掛かった。7歳が9歳になる。


ナレス王女の正装ってティアラに(金糸の縁取り紫の)タスキに国章や王族序列を表す勲章が付くのな。俺の前に出たリズに、侍女たちがバーッと散って多方向からの王女の身なりを確認する。


パナイわ・・・


知っていたのに忘れたまま「正装で謁見する」と言ってしまって引っ込みが付かない。


メイド長ナタリーと執事長セオドラに(謁見中は入室出来なくても)来るかと聞くと、行くと言うので連れて行く。


18時45分にキャンディル宮殿へ跳んだ。部屋でチリリンする。

執事長ダムトルさん、メイド長マリーさんがお迎えに来てリズの姿に一瞬目を奪われた。二人が挨拶してマリーさんが王女を案内する。ダムトルさんがお付きの方は別室にてお待ちくださいと案内してくれる。


お茶の接待を受けながら座る窓際。日が落ちたばかりの薄暮はくぼに浮かぶ二つある月を見上げて考える。


レンツ伯を視た。

遠心力によりこの星も楕円形だ。その部分の角速度が一番早い。極地に行けば行くほど極点に近くなり角速度は遅くなる。


公転と月の自転はやはり地球と同じ周期だ。(物理法則上の係数は絶対的な真理で同じなので同じようなしきい値で落ち着く)星の引力で衛星はその面をどうしても星に向けてしまう。したがって裏側は見えない。自転の遠心力、赤道と極地で海水が温まり冷やされて深層海流が生まれる。


風が生まれ表層流と深層流で行き違う。月の重力で海が引かれ自転で満ち引きが生まれる。偏西風と貿易風、北半球と南半球、8の字を描く表層海流は北と南で逆さになる。台風の回転も逆さだ。


この星も地球と同じ真理で動く通りだ。

違っていたら物理学の通用しない恐ろしい宇宙だ(笑) 


ただ地球と違うものがある。


月の引力の強い時期。魔素がその時間一番生まれ流れる。生きとし生けるもの、星も含めて一瞬の活動のきらめきを見せる時に魔素が一番生まれるのだ。


その時間に合わせて魔力門を開門させると基礎魔力量が増える。魔力門を開いて湧き出る基礎魔力量にボーナスが乗る。(マジか!)魔力眼を授け第6門を最初に開けると共に全ての門をその時間に合わせて開けて揃えて行く、6回基礎魔力量にボーナスが乗る。


視させて貰う。


俺の時何も無いわ。


俺には基礎魔力量もクソも関係ない。導師楽しやがった!(笑)



・・・・



レンツ伯が王女と話している。


「アルベルトが御子様と呼ばれるのを知るかな?」

「はい、存じております」

「その意味までは知らなかろう」

「え?その意味ですか」

「神がこの世に遣わした本物の御子じゃ」


「・・・」


「アルベルトはまさしく神の使徒なのだ」

「目にしたろう、不思議な術を」

「はい」


「ナレスの姫よ、そなたも導かれて御子の前に立っておる」


「はい、お導きとしか思えません」

「御子の婚約者なれば、足枷あしかせとなってはならん」


「はい、私はなにをすれば宜しいでしょうか?」


「それは神の思し召しじゃ、強くならねばならん。強い意志を持たねばならん。幸運にもこの大陸に遣わされた御子の隣に立つのじゃ、姫はこの大陸の代表程の気概きがいを持たねばならぬ」


「私は・・・」


「不安なのは分かる、しかし姫も選ばれてその場所におる、それにも意味がある筈じゃ、誰も神の前では嘘はけぬ。御子にびぬでも良い、そんな事も神はお見通しじゃ。姫は姫のあるがまま、御子を見つめて横に立てばよい」


「はい」


「今日は御子の横に立てるよう最低限の秘術を授ける、この秘術を以て研鑽けんさんしなされ。結婚する頃には指折りの魔術士になるであろう。儂の孫娘のフラウが来年そなたの姉となる。フラウの持つ全ての魔法を覚え研鑽けんさんされよ。ロスレーン家が盤石ばんじゃくとなるは御子の足枷あしかせとならぬ為と心得よ」


「レンツ様、そろそろお時間です」

「おぉ、そうか。姫様そろそろ始めますぞ」


「あの、何を?」

「魔眼を授ける」


「え!」

「驚かぬでも良い、生活魔法などすぐ覚えられる様になる」


「それでは立って頂けますかな」

「はい」


レンツはリズの腕を取った。



・・・・


アル蔵心の回顧録。

(門を開ける時、リズの吐息といきがヤバかった)



「そう、それが魔力。編込みが見えますな?」

「はい」


「自分でクリーンを掛ける手を見てみなされ」

「クリーン」


「見えますな?」

「はい」


「フラウと会う春まで、単純な編込みを見て練習しなされ、魔力操作を磨かねば複雑になると編めなくなる」


「はい」


「これは御子が神の使徒と知る者だけの他言無用の約束じゃ。無暗に知れると危険を招くのは分かるの? 御子の命が狙われる、神の使いを快く思わぬ輩が必ず来る。姫も重々用心し足枷あしかせとならぬよう研鑽けんさんしてもらいたい」


たまには御子と一緒に訪れて魔法を見せたら、直すべき注意点も助言できよう。リズベット姫、御子様を頼みますぞ」


「はい、天地神明てんちしんめいに誓い研鑽いたします」


「それでよい」

「キャンディル伯爵様、このご恩は忘れません。ありがとうございました」


「よいよい、こうして会えたのが縁なのじゃ、互いに神に呼ばれておるのじゃ。次からはレンツと呼んで下され」


「はい、レンツ様」


「そうだの・・・フラウに師事して半年ごとに儂の所に来るように。魔力の乱れを矯正する、御子様に頼んで来るように」


「はい」



・・・・



扉を開けてレンツ様とリズが入って来る。執事長ダムトルさん、メイド長マリーさんがにこやかに後に続く。


「アル様、終わりました」

「見えるようになった?」

ナタリーメイド長セオドラ執事長は何の話と?ちんぷんかんぷん。


「この世は魔力に満ちております」

姫が少し変わったのは分った様だ。


「良かった!レンツ様ありがとうございました」ペコリ


「よいよい。当然の役目じゃ(笑)」

「遅くまでありがとうございました。今日はこれで失礼します」


「うむ、また二人で遊びに来るが良いぞ」

「「はい!」」


そうやって魔力門が大きくなるにつれて、六門を揃えて魔力量を増やすのね。上手い事誘うなぁ。俺の時ついでにやってたな、導師楽しやがって!(笑)



8時20分ギリギリだった。


王女邸の皆とハムナイのレストランに飛ぶ。

タスキ付いたまんまだった。これ付けて食事っていいのか?(笑)


店長に聞いたら構いませんと言われたが俺が構うわ!


皆をセオドラとナタリーの仕切りに任せて、俺は貴賓室に冷房紋を付けていく。


店とほぼ同じ大きさで椅子はフカフカ超豪華。

冷房紋が動き始めるとさわやかな空間が生まれる。


今度のサント海商国の旅行と今日決まったお兄様の婚約者の話を皆に聞かせた。


オーナーのトリスタさんが挨拶に来てくれたのでリズを紹介する。謁見用に王族のティアラの付いた正装だ。身体は小さくても、そりゃ輝いてる(笑)


ご招待の食事にしてくれた。高いのに!



・・・・



ハウスに帰って一人、小壺を飲んだ。


クルムさんがチクチクしながらと言った。


出窓に小さな世界樹。横にはカラフルな巾着。

アルムさんは部屋の中央を羽やら布やら骨を散らかして何か作ってる。


何も持って無い娘で良かった。納得していた。

引き寄せられる神の加護を持つ者だけで良かった。


幸せなお姫様でいてくれたらそれで良かった。


その気になれば魔眼などアルにも付与できる。しかしそういうのは頑としてやらないアルなのだ。


あるがままに。


御子と知って戦う者。神を信じて歩もうとする者ならいい。リズは違った、考えで我田引水、(クーリングオフでお父様が尻を拭くまで計算する)普通の女の子だった。


アルにとってその普通が良かったのだ。普通の子を恩寵ブーストしてまで自分のPTに入れる気も無かった。


肩書は何であれ、己のステータスボードを見せる気など無かったのだ。縁で婚約者になったら縁のまま結婚すれば良いと思っていた。共に戦わずとも己を磨く役割は有る筈なのだから。



今日・・・運命の人だと思った。


何も持って無いどころか、そこらの聖女や公爵の娘の魔法士なんか足元にも及ばないだろう。


俺の婚約者は王家の姫で今日魔力眼持ちになった。それは魔力を視る最強の眼、魔法使いの宝。


神様が導いてるのか?と疑ってしまった。

キャンディルの婚約者から始まった一連の激動の日。


ネロ様そういうことしない筈なのに・・・。


今日、俺の未来のPTメンバーが生まれた。


金色に輝く運命の糸を手繰るお姫様だ。



アルムさんが今出来上がった水鳥の羽根の根付キーホルダーを見せに来た。


ハミングしながらシズクの巾着に付けた。





次回 211話  幽玄の笛

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               思預しよ

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