第196話 二人の泣き顔
ミウム辺境伯がクランを視察に来た日。
夕食はロスレーンで取った。
前日の晩にグレンツお兄様が帰って来ている。
明は記憶だけで知っている。当時5歳だったアルベルトをグレンツお兄様が特に可愛がってくれたのだ。
学院に旅立つ時に愚図って泣いたぐらいだ。
そのお兄様が8年ぶりに帰って来た。
思い出を持っているからこそ明は恥ずかしかった。アルベルトが心から大好きなグレンツお兄様だったのだ。明がキュンとなるほど甘酸っぱいアルベルトの記憶。やっと会えるのだ。何を置いても行かねばならなかった。
夕食前に
夕飯を家族で食べている時にグレンツお兄様が食堂に入って来た。PTの3人を紹介しようとドレスを着せてきたのに全部忘れてしまった。
「グレンツお兄様!」
見た瞬間に泣いていた。
明の心にもない言葉がほとばしり出た。
「僕生きてた。生きてたよ!」
「アル!大きくなったなぁ!ホントに寝たきりだったのか?」
お兄様の嘘は知っていた。
二番目のヒルスン兄様が学院に行く前に体調を崩す事が多くなっていたがヒルスン兄様ですら寝たきりを知らない。家族も言わなかった。学院に入ったモニカ姉さまに二人の兄が聞き、ゆっくり死に至る病で寝たきりになった事を知ったのだ。
それを聞いたグレンツお兄様とヒルスン兄様は王都で事あるごとに医者を訪ね魔力循環障害の事を徐々に知って行ったのだ。
家族が毎年王都に行くと、色々な医者の所見を兄弟が家族に話す。お爺様とお父様はすでに手を尽くしてその位の事は知っていたが、もしかして否定の言葉が出るかもと、知らぬふりで悲痛に死の肯定を聞いていた。
アルは視て知っていた。
でも3年近く寝ていたアルが知っていてはいけない情報だった。アルはその痛ましい家族の気持ちを知っていた。痛いほど分かっていた。視る事、それは情報も状況のビジュアルもその人の気持ちも共感し追体験するからである。
封印してきた分、家族の想いがアルベルトの記憶とそのまま合致し、家族の行動や悲しむ気持ちと共感する事で明そのものがアルベルトと記憶と心が同化している唯一の気持ちでもあった。
王都でその会話を静かに聞いていたメイド達は皆知っている。どれほどアルの死病が家族に影を落としていたかを。
そんなのが全部まとめて出てしまった。
グレンツお兄様を見た瞬間に全ての記憶と、視て共有したすべての想いがあふれ出た。
そう言ったグレンツお兄様も泣いていた。
家族がそれを見て泣いた。メイド達も泣いた。
妹のアリアも大泣きした。
アリアがハッキリ気付いた時には寝たきりだった。
皆がハンカチが絞れるほど泣いた。
アルの叫びはそれ程にも魂の叫びだった。
昨日の晩、初めてアルベルトの止まった時間が動き出した。明100%が覚醒した時間では無い。6年前に寝たきりになっていたアルベルトが昨日の晩に起きたのだ。
連れて行った3人も大泣きした。
シズクは俺の心が読める分すごかった(笑)
俺に負けないほど泣いた。
アルムさんが後ろから抱いてくれて気が付いた。
泣きながら3人を紹介した。
部屋に付いてくれたアニーが静かに言った。
「アル様が起きた時を思い出しちゃいました」
「生きてたのはアニーのお陰だからね、ありがとう」
二人とも泣き顔で目が潤んでいた。
・・・・
翌日。
朝からクランに跳んで読み書きしてから実家に帰って食事した。
グレンツお兄様は当分忙しいらしい。
騎士団の歓迎会や執政官の歓迎会など仕事が終わった後にパーティーが目白押し。今年は二人が帰って叙爵があるので、4月1日に領地で叙爵された武官も文官も同期なので叙爵パーティーを待っていたのだ。
8年ぶりに帰って来た直系の嫡子だから、そりゃ大変だ。
グレンツ・ロスレーンとアイン・オブライエンの帰郷パーティーは10日後の光曜日の昼に庭で行うとお爺様に言われた。
アインは
料理長の所へ行って、帰郷パーティーに何かいる?と聞くとあのパンケーキのデザートを是非お兄様に食べさせたいと言う。
俺と一緒じゃねーか!
前から
キラリと歯を輝かせてサムズアップ!
お爺様に聞きに行ったら、リフォーム屋敷の披露パーティーと同じ様に家族と使用人で全員参加でやる方式にすると言うので、こないだの肉は用意してピリ辛とエールは置いておきますので気が向いたらやって下さいと言っておいた。
料理長に現地調達の肉とピリ辛とエールや酒を見繕って3日前に渡すと伝えておく。
今度は俺もゲストだ。よく食べて飲んで楽しもう。
トイレいるだろと屋敷とコテージハウスをまた置いた。
・・・・
お兄様の帰郷パーティーの話を聞き気が付いた。
これからうちの3人をパーティーに伴う事が普通になる事を。パーティーと言えば基本貴族だけだ、護衛や執事を伴わないのはありえないので貴族服を作ろうと思った。(主人に付いて回る護衛は平民であっても貴族服に帯剣が普通でパーティーでも違和感が無い:女性の護衛は男装となる)
PTを連れて2番街の貴族用の礼服屋に行った。
俺は前回作った白の1サイズ大きい濃紺と白の礼服を作る。背は10歳位だけど成長が1年に10cm近くも伸びると前もって作っておかないとダメなのよ。アルムさんに作った注文票から、クルムさんに同じものを作ってもらう。シズクはアルムさんの見て覚えてもらう。
ミウム伯の視察とお兄様と会えたことで昨日は疲れたが、不思議と心は晴れていた。
3人は新年にロスレーンの街を歩いて4番街は良く知っているが、新年の休みには
そう言えば!と案内ついでに半年以上も開門村で伐採した木がインベントリに入っているので同じ材木屋に売りに行った。枝打ちも何もしてない木を並べ、切り株も全部置いてきた。薪になるだろ?
言い値で執政官事務所に代金を持ってってと指示する。
ミリスやギシレンの男爵家の木がロスレーンの財政になる不思議。もうロスレーン領内はアル様無双よ!領地の役人(文官)には顔が売れているから許される(笑)
4番街の広場に賑やかな蚤の市が立っていた。
3年前の平日は広場の端っこの方だけで、賑やかなのは光曜日しか立って無かった。そりゃ新年はもの凄い市が立つけどね。
3年間でロスレーンは4万人を超えている。ロスレーン領は冬でもヘクトとパーヌに雪が残るだけで、降っても5cm位だから結構流民が住み着くんだけど。それでも人口は伯爵家になって急に増えた。
なんて考えてたらクルムさんが呼ぶ。
行ってみたら、あっちの世のあいうえお表が売っていた。目から鱗!こっちにもあるんかい(笑) まぁこっちの世界の
取り合えず買ってセイルス商国かサント海商国で探そうと思う。
先生達喜ぶぞ。てか・・・キャプターのあのカード型のめくる奴もどっかにありそうだな。
アルムさんが貝で出来たビーズのブローチとクルムさんが同じ店で貝のキラキラボタンを友達の分まで買っていた。村には無いから喜ぶわな。シズクは目で盗んでいた(笑)
パーヌへ跳んで壺の酒を仕入れがてらに知ってしまった盗賊を狩る。13人しか居なかったが、
師匠だってぶっ飛ばすけどここまでやらん。
鹵獲品を買い取ったつもりで女の旅費を
オスモさんに領境にそって100本ほど「これより先ロスレーン領、盗賊は鉱山奴隷を覚悟せよ」と立て札を建ててくれと金を出そうとしたら、読める盗賊は少ないと言われて頭を抱えた。
2本の看板を交易路の領境に立ててもらう事にした。
・・・・
ヘクトで昼を取り、セイルスで以前読み書きの教本を買った商会に来た。絵本や中央大陸語の教本を流通させている商会だ。
買って来たABC表を見せると、これですねとすぐに出てきた。あの時勧めてくれよと泣きそうになった。
なんか昨日から涙もろいな。
やっぱ貴族用の豪華な奴は私塾用の10倍高い(笑)
こいつらヒルだ!貴族を食い物にする蛭だ!
私塾用が安くて小金貨1枚(20万円)通貨価値は等価。
平民が買えるか!ふざけんな。と思っただけだ。言って無い。
蚤の市のが1枚あるので3枚買った。
キャプターのカードもあった!初級、中級、上級まであった。木製5mm×100枚 金貨1枚(50万円)上級の単語は俺でも書けないのが一杯ある。俺7歳までしか勉強やってねぇよ。俺が習ってたのはせいぜい中級までだった(笑)
危ねぇ!貴族学院でアホ丸出しだったかも?
明日から俺も上級カードで覚えないと!
私塾用を初級、中級、上級で4セット買う。
すっごいアホみたいなコルアーノ用地図も買った。
大体のコルアーノの領地が円で表され、領地名(貴族家名)と紋章が書いてある地図だ。生徒にロスレーンとミウムだけは叩き込む気満々で買ってしまった。
赤色と青色と黄色のチョーク(初めて見た)も買った。クランメンバーが身銭切った金を蛭に吸われるようでやるせない。
視たら貴族が教会の孤児院に寄進するとか、子供が生まれた時にプレゼントするとか、富裕層の平民相手の私塾にしか売れないのでマジで高かった。
トイレを借りる振りして跳んで、教室の砂黒板とペンと砂ならしの定規、砂と砂の補充コップを持って来た。
ダメ元でこんな物ありますが売ります?と見せる。
お安く私塾や孤児院なら導入できますよ?貴族様の寄進が有効に孤児に行き渡りますとセールストーク。
値段交渉になった。
負ける訳がない、こっちは視てるんだ!(笑)
1セット銀貨2枚(2万円)
100セット試験導入で売れた。わーい。
追加注文は1~2か月で受け付けると言った。
商店主を視ると100セットの売り込み先は商国の大手私塾幼稚舎に決まっていた。商国の商人は子供をそういう所に預けて読み書きを身に付けさせるのね。
ヨシ!少しは取り返した!
金額の入った納品書を
最近溜め込んでやがるからな。
月初めに銀級を引き連れて凄い金額をギルドに取りに行き地面に固定された認証金庫に貯め込んでる。リナスが棒給を渡すから皆が頭が上がらない(笑)
「アルは商売が上手いわねぇ」
「クルムさんの裁縫で作った物も売れるよ」
「私は作った物の相場とか分かんないのよ、騙されそう」
「えー!自分が幾らだな?って思った金額でいいんだよ」
「売れなかったらどうするの?」
「僕から給金貰ってるんだから趣味でしょ?売らずに自分で使えば良いんだよ」
「うーん、売れないと悲しくなりそう」
「そりゃ期待してたら悲しみもあるかもね(笑)」
「今から100セット作るから見ててよ。笑えるよ」
海商国に跳んだ。
・・・・
砂で1㎥の箱を作って7分目に砂を入れる。
多重視点、並列思考、真実の眼、土魔法をオーバーラップさせて砂をならす定規、ペン、砂の補充用カップを作る。予備込み110セット。
草の生えてる土手に行って土を裏返して黒土を出す。
一気に110セットの砂黒板を作る。
大穴が出来るが土魔法で埋めて終わり。
「ね?大金貨1枚(200万円)稼げちゃった(笑)」
「それ詐欺よ!砂じゃない!(笑)」
「詐欺じゃないよ、欲しがって買うんだから(笑)」
「アル君、それは私も酷いと思う(笑)」
「えー!これ僕が考えたのにー!」
「だって地面に書いたらタダじゃない」
「森のエルフとは違うの!(笑)」
「違わないわよ!」
「そう思ってるのはあんたらだけなの!」
変な言い合いしてても仕方ないので、葡萄ジュース飲ませて黙らせる。3人置いて納品に行った。
一つでも欠けたらセットでは無くなるのでと、110セット持って行くと10セットは多いと5セット分買ってくれた。
砂浜に帰ると海の獲物を色々採っていた。エルフほんと
海藻や貝とか・・・アサリ採ってサザエ採らねぇのか!それ採らない方が反則だぞ!美味いんだぞ!見るだけならキモイわな。美味くてもお兄様のパーティーで出すと嫌がらせだな。視て探すともずくや天草があった。
3人が飽きるまで砂浜で模擬剣を振り回した。あっちでキャーキャー言ってるから森のエルフも海は嬉しいみたい、こないだ泳いでたしな。
獲物も捕り飽きたみたいなので造船所に歩いて行く。砂浜を3人が手を繋いで付いて来る。
造船所のミールさんを訪ねると船体色を聞かれた。
空を飛ぶので1号は薄い青、2号はアイボリー(雲ぽく)にしてもらう。
「空飛ぶと分からなくなりますねぇ(笑)」
空を見ながらミールさんが言う。
「見たらみんな怖がりますからね(笑)」
「後1月後ぐらいに完成しますよ」
「8か月もありがとうございました」
「艤装が何もありませんからね(笑)」
「あ!この船を」と1号の前のレールに快速艇を置く。
「何です?」
「魔動回路増やせます?(笑)」
「やりますか!(笑) 置いて行ってください」
「すぐに出来るんです?」
「ノズル変えるだけなので、1週間もあれば」
「バーツさんの所の軍用に!(笑)」
「分かってます。内緒でバーツさんにツケときます(笑)」
「あはは!」
「でも皆が助かってるんですよ!あの魔動回路」
「え?」
「みんな軍用の最先端で魔力少なく出力高いんで」
「魔導帆船も早くなる?」
「入港が3日は早くなって、海賊船も追いつけない」
「あー!」
「軍船だから魔力気にしなきゃもっと早いですがね、商船は無駄省いて船員の魔力分しか動かさなくてもそれでも早い」
「頑張らなくても普通に早いのね(笑)」
「船乗りは宝なんでね、簡単に増えないから海賊とやり合わないのが一番良いんでさぁ」
「なるほどねぇ・・・」
「2~3月が凄かったですよ、十傑の船が全部魔動回路の付け替えで海商国の造船所が全て埋まって大儲け(笑)」
「そんなに?」
「そりゃそうですよ。3日違えば往復で6日だ、海商国の商人は6日あったら6日分稼ぎますからね。造船所の取り合い(笑)」
「あはは」
「うちらが大儲けとか笑って言いますが、会長さん達は何十倍と儲けて厳しい顔してますからね、まだ魔動回路変わらないのかーって怒られてましたよ!(笑)」
「商人の戦争してますからねぇ、あの方たち(笑)」
大壺を渡してサントのお菓子を買ってメルデスに帰ってきた。
時間が有ったので教室行って壁に色々張って、カードも教壇の机に置いてきた。
クランハウスに行って納品書と領収書を見せたら事務員がみんな教室にすっ飛んで行った。元ギルド嬢たちが懐かしい懐かしいと言う。やっぱ私塾はカード使うんやね。
無駄使いと怒られるかもと思っていたのにリナスは普通に金くれたので驚いて視た。クランの収入支出の帳面は付けるが付けてるのは俺の金だった。
会社と個人で分ける考え方が無かった(笑) 無くなったら俺に言うだけだった。だから俺の無給も普通だった。リナスは何の疑いも無く俺は無給だった。
会社と個人で俺は分けていたが無給に気がついた。
半年経って気がついた。
リナスの野郎が溜め込みやがってと、領収書見せて泡を吹かすつもりで自分の金使ってた。
次回 197話 傭兵の爺さん
-----------------
この物語を読みに来てくれてありがとうございます。
読者様にお願い致します。
応援ポチ。☆も頂けたら嬉しいです。
ポチをしてくれる事。それはとても励みになるのです。
一期一会に感謝をこめて。よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます