第195話 カードキャプター
翌日朝(5月2日:ミウム辺境伯クラン雷鳴視察日)
5時から貴族服で待っていると導師もおめかしして跳んできた。
「ん。アルだけか?エルフの娘たちはおらんのか?」
「ミウム伯に朝食を出すのでお屋敷でドレスに」
「お、そうじゃの。あの屋敷なら良いじゃろ」
「やっぱ辺境伯をお迎えするのは大変ですね」
お茶を用意しながら苦笑する。
「大貴族を迎えるに礼を失する訳に参らん」
「キャンディルム伯でも?」
「バカもん、名誉伯とは格が違うわ(笑)」
お茶を飲み終え、そろそろか?
5時15分に玄関に出て導師と雑談しているとキラキラしてない黒塗りの馬四頭の貴族馬車が家の前に停まった。本来なら家の使用人が馬車を待つので導師は最初に姉妹を気にしたのだ。
導師と一緒に家の前に出て、御者が馬車の扉を開けるのを待つ。
「ミウム伯。拙宅にお越しとは酔狂な(笑)」
「キャンディルム伯!お元気そうですな!(笑)」
「なんの、ミウム伯も!研究の協力に感謝しておりますぞ」
「領に賢者が滞在しておれば、協力もしますとも」
「ミウム伯、あの戦争以来じゃ、良い物を渡しておきましょう」
ゴニョゴニョ言いながらポーション瓶を秘かに渡す。
視たら2番目の息子夫婦に子が居ないと貴族名鑑で見た導師。奥さんは5年前に名前が変わっていた。強壮の薬を夫婦に渡せと言っている。ミウム伯は押し抱いて受け取り。何度も礼を言う。用法は執事が書き留めている。
「それでは、儂は失礼させて頂く、弟子をよしなに」
俺は御者に抱っこされて乗せてもらう。
いたずら心で聞いてみた。
「大叔父様。導師から何を頂いてたんです?」
「うーむ、アルベルトにはまだ早いな、貴族に大切な物じゃ」
「へー、貴族に大切な物?」
お付きの執事とメルデスの代官と執政官2名が微笑む。
6人乗りの馬車に御者が2名、お付きの近衛が2名馬で従う。
馬車の御者席の窓を開けて指示する。
「門から演習場に入って30m程先にクランハウスと馬車置き場がありますのでそこまでお願いします」
「かしこまりました」
「アルベルトよ、この代官のニールセンから報告を聞いてな、是非演習場を見たいと思ったのだ。このニールセンは
「ニールセン代官。半年ぶりですが先日は研修所の推薦枠を20名も下さり感謝します」
「いえ、領で成した者には正当な評価が必要です。毎月加入者数もあがり、成果も5か月間連続で上がっています。それを一銭も掛けずに実現した手腕を領主に報告したまでのこと」
代官から視ると、12月中に初期のメンバーを集めて資金をプールし、1月から始動したと思われている。
アルは最初から営利を考えていない。自分が恵まれてるから、字も冒険者のイロハも施設で教えて食えるようにしたかっただけだ。
「正当な評価とはお恥ずかしいです」ぺこり。
「謙遜してはなりませんぞ」
馬車が止まった。
御者が観音開きの扉を両脇から開けてくれる。
御者にクランハウスにお茶の用意が待っていると伝える。
ミウム伯が被せて言う。
「子供の読み書きに護衛は要らぬ、茶を飲んで待っとれ」
護衛が笑いながら馬を引いて馬車に続く。
「皆様、こちらでございます」
いつもより5分ぐらい早い。
集団の気配に先生が出てきた。
「アル様!これは」
「ミウム伯とメルデス代官の視察(笑)」
「お人の悪い。教えて下さいよ~!」
「済まぬな(笑)」
「いえ、滅相も無い!」
「こちらが3位冒険者のキャプター、実技と共に朝は読み書きを教えてくれています」
「今日は宜しく頼む。カレノフ・ミウムじゃ」
「急な訪問で済まぬ。ニールセン・デジフだ」
「は!」
教室に入って貰って、砂の石板の説明をする。
「よく考えましたな」
「これは良いな」
「平民、貧民出身の冒険者なので、こんな文ばかりです」
冒険者ギルドで貰ってきた依頼票の使い終わった奴を見せる。
「身近な文章から教えておるのだな」
「元々が喋る事は出来るので、喋る単語を教えてやれば依頼表も早く読める様になりますね」
「アル様!そろそろ時間です」
「代わりに案内お願いね」
外へ出て行きチョレスを弾くと寮の中がザワザワしだす。
「アルベルト。お主が起こしておるのか(笑)」
「大叔父様、平民はアラームを持ってませんよ(笑)」
「そうじゃのう、6時の鐘じゃ遅いか(笑)」
「4つの教室がございますので覗いてやって下さい」
「うむ」
依頼票が大分読めるようになれば絵本を読んでやる。絵本に出て来る絵と単語を見せて、ざら紙に綺麗に書いてやるとそれをブツブツ言いながら単語を石板に書いて練習する。
違う教室ではキャプターがざら紙に絵を書いて裏返すと字が書いてあるカード型のめくり遊びをしながら反復練習で字を教えていた。書けなかった子は脱落した単語を練習する。キャプターは元私塾の先生だ。
そうかと思えば飴屋の老夫婦は私塾で学んだ真っ当なこの国の勉強の仕方を踏襲した教え方をしていた。一字一字の発音と2~4文字の組み合わせからである。
全ての教室が生徒に教える愛に
貴族が物心つく3歳ごろから先生についてマンツーマンで教わる事を12歳(教官の子供を除く)~21歳の冒険者が学ぶ。
裕福な平民しか学べない事を、学のない冒険者がギルド買取の10%を払えば宿舎に泊まれて先生に教えてもらえる。
・依頼票が読めるようになる。
・冒険者のイロハを学ぶことが出来る。
・恩寵取得の先生を得ることが出来る。
実はギルドに20%のクラン費を納める者はアルに無利子で金を借りて宣誓の儀をやった者だとの報告を受け、代官は
皆が分かっていた。領民へ早期に宣誓の儀をさせれば間違いなく国力が上がる事を。演習場と宿舎を有効活用していた。
「アルベルトもやるのう。演習場を視察する」
その一言で決まった視察だった。
アルに用事の教官が、教室の貴族を見て固まる。
チョイチョイ手で呼んで「何だった?」と平然なアル。
今日の教習は午後から天気が崩れそうなので大山脈はやめて浅い大森林か武道場で実技の教習に変えるとの話。
「ミウム伯とメルデスの代官が視察に来たから朝の時間にサーキットで揉んであげてから行って(笑)」
「分かりました(笑)」聞いていた文官たちも笑う。
7時になると先生ありがとうございましたと生徒は帰っていく。
そのまま武道場や演習場で鍛錬する者や身体強化を掛けられて泣き叫ぶ者達を横で見ながらクランハウスに行く。
「儂もこんな時期があったのう(笑)」
「武人は誰もが早いか遅いかで通る道ですね(笑)」
昨日作ったざら紙のグラフと共に帳簿を代官に見せながら、メルデス3万人の最底辺の冒険者を考えると最終的には1000名以上にはなるという展望を語っていく。
毎年平民や貧民が必ず社会人になるのでこの様な施設は必要と思わせる様に誘導する。
領の将来の為だよ。とそれとなくプレゼンした。
読み書きの先生が欲しいために、飴屋の老夫婦は演習場に住ませたと言うと皆が笑ってくれた。
「それでは朝食に参りましょう」
石畳の道を通ってお付きの9人を連れて屋敷に歩く。7時半に集まっているPTは前日に教官の教習を聞いて、参加しようとするPTだと説明する。
右手の寮の前で出発前に集合するPT。
車座になって何処を狩るか話し合うPT。
若いが故に大声で我を主張して笑いあうPT
希望に溢れる顔が明るかった。皆が懐に余裕があった。
大体、8時から8時半に寮前に教官が来るので、各PTがお目当ての教官の教習(大森林の狩り)に付いて行く方式を解説する。
「全ての教官がオードを含め2度の戦争に参加した者達です」
「うむ、一緒の戦場に立っておったか(笑)」
屋敷に招き入れると貴族は食堂へ、御者は使用人の食事机(キッチンの中)へ案内された。
ミウム伯、執事長、代官はうちの執事が席を引きナフキンを用意する。他のメイドも皆担当の席を引く。容姿も体格も年齢も違う使用人が完璧に調和して客を迎え入れる。
食事が出て来る間、うちの冒険者PTのメンバーを紹介した。
「この二人の姉妹エルフ。アルムとクルムはベント卿の護衛をしていた関係から仲間になってもらいました。こちらのシズクは卓越した魔法を持っており、共にPTを組んでおります」
3人がドレスでチョイとやってお辞儀をする。
そのまま末席に座らせて食事にする。
客待遇の場合は貴族平民関係ない。平民(貧民)のお婆さんをお爺様が一緒に食事しようと提案したのと同じだ。
「演習場の道に併設した店のセットでございます」
皆の前にセットが置かれると共にメイドが食べ方を教えている。メイプルシロップを掛けてアイスクリームを切って乗せながら食べるだけだ。
ミウム伯は領民が未来に向かって励む姿に感動していた。視て満足した。ヨシ!俺はよくやった!お爺様ありがとう。
出窓からは、外でトレーニングする風景が見える。
皆がパンケーキを食べながらそれぞれ近くの人と語り合う。
「美味しいですな!」
「この1月前に?」
「この様な飲み物があるとは」
「これは家族で来なければなりませんな」
「大銅貨3枚!このセットが?」
「お店だとバニー焼きかパンケーキですね」
「いやはや、及ぶ所では無い」
ミッチス経験者のメルデス文官が色々と情報提供。及ぶ所ではないと執事長が降参していた。
平民なら驚くだけで終わるセットも貴族には通用しない。物を知っているからこそ、美味しさの凄さが分かるのだ。とても大銅貨3枚の代物ではないのがバレる(笑)
ハイエルフの世界樹的な秘密だから美味しいよな。ヨーデルはハムナイから輸入したら目の玉飛び出るぞ。バニー焼きはウサギ獣人のソウルフードだし。アイスクリームはエルフの精霊魔法特有のお祭り限定のデザートだ。
※ヨーグルトドリンクはミッチスで単品注文が最も多く、店ではよく出る=ヨーデルと呼ばれていたのでアルも最近そう呼ぶ。
食後のペパーミントティーを飲みながらミウム伯が言い出した。
「アルベルトよ、領民の為に尽くしてくれている事、嬉しく思う。儂はラルフとルシアナの孫が
素直に答えた。
「あーよかった!お爺様にロスレーン家の者が宿屋になるのか、税を取る貴族になるのかどっちじゃ?と笑われた時に肝が冷えましたが、大叔父様に喜ばれて肩の荷が下りました(笑) やったー!合格出来た!」両手を上げて万歳する。
「ラルフの奴めがそんな事を抜かしたか。それはラルフにも感謝せねばな(笑) そうじゃ、合格じゃ!」
「いつもこの様な視察がしたいのう」
笑いながら代官たち文官を見る。
「ここまでの成果はなかなか見られないかと(笑)」
「ふむ、さもあろうな(笑)」
歓談しながら演習場を出て行く教官と20人程のメンバーを窓から眺める。教官もメンバーも笑いながら元気よく歩いて行く。
ミウム伯は上機嫌で10時まで語らった後に帰った。
その後は大変な事となった。
ロスレーン伯爵家のアル+ミウム辺境伯家の身内のアルとなった。冒険者は貴族は別の世界の事と思っている。
ミウム伯とメルデス代官がクランを視察に来たことはその日の昼のギルド大食堂でニュースになった。ギルドの視察に来ないのに、クランの視察に大貴族が来たのだ。
エターナルフォースブリザード! 相手は死ぬ。
そんなのにアルはなった。
アルという核の傘に守られようとクラン希望者が殺到した。クランマスターの面接に受かれば無利子で宣誓の儀が受けられ、上がりの10%を納めれば固定の宿泊所に泊まれ、3位冒険者に冒険者のノウハウを教えてもらえるクランなのだ。
お貴族様の作ったクランと恐れて腰が引けていた冒険者達。大貴族と代官の視察が入った事でクラン雷鳴の凄さが再評価された。
5月の一月で200名も増えて一気に900名を超えた。
良いこともあった。
名が売れた事で金級2位の引退する冒険者が集まった。富や名声など求めていない。若手に己の技術を託して死にたい連中だった。75歳の教官は本気度が違った。
とても優しく仕事に厳しい鬼教官である。
パンケーキのミッチスに来る貴族の意識が変わった。システムに従う貴族が続出した。領主の紐付きの店で貴族風を吹かすバカはいない。平民もおめかしして来る店なので差別を工夫し貴族はカウンターに返すトレイに硬貨1枚の心づけを置くようになった。
※(ミウム領のミラン男爵が来た時、男爵が大層喜んでトレイに銀貨1枚(1万円)を置き、お付きの者が大銅貨1枚(1000円)を皆置いたのが始まりだった)
アルはそんな1月後の事を思ってもいなかった。
伯爵が帰ると執事とメイドにパンケーキセットを食べさせ、お昼に屋敷はすっかり片付き、撤収していた。ミッチスからずらりと並んで運ぶメイド隊も1日で消えた。
いきなり家や店が現れる事は、皆が慣れていた。二三日演習場の端に船を置いてる時も有った。
当然ツッコミ入れる者もいる。他領の情報収集者だ。調べてみるとアルの家は隠遁の賢者が領主に許可を受けた家であり、弟子である事が分かると納得して引いた。
その頃には各地に残る隠遁の賢者伝説が国中に広まっていたのだ。
水源が遠い村に一夜にして用水路を作った伝説。
冬を前に一夜にして畑が実り、幸せになった村人伝説。
家を一瞬にして建て、畑を一瞬にして裏返す伝説。
盗賊を一瞬で捕まえて鉱山奴隷にする伝説。
洞窟に部屋が出現、かまどを仲良く使えと諭すプレート。
聖教国の密命を受けて帝国を亡ぼした伝説。
都市伝説の様に吟遊詩人に語られていた。
全て事実だったが、賢者のちゃんちゃんばらばらが必ず入っていた。
コルアーノ王国でその名はスーパーマンだった。
次回 196話 二人の泣き顔
------------------
この物語を読みに来てくれてありがとうございます。
読者様にお願い致します。
応援ポチ。☆も頂けたら嬉しいです。
ポチをしてくれる事。それはとても励みになるのです。
一期一会に感謝をこめて。よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます