第182話  覇権国の冬


2月14日。


朝、老夫婦のゼスとヘーゼに教室と砂の石板の使い方を教えた後で俺の先生を見てもらった。


皆が普通に喋れるから文字を最初から教えていく、喋っている簡単な言葉を単語から書かせて覚えさせる。皆が冒険者なので見慣れている達成済みの依頼票を用意して読めない単語を読み書きで練習させている。


老夫婦は目をパチクリさせて驚いた。孫の5歳のイースまで一番前で勉強させる雇い主。5歳から20歳まで一緒に座って読み書きを習う教室。


生徒たちには60人は教室が狭い事を伝えて、明日からゼスとヘーゼに隣の教室で教えてもらえと伝える。その日の1時間が終わる頃には二人は教室を回って一緒に教えてくれていた。


アルが毎朝チョレスで読み書きの時間を教える。

教室の外では、朝勉強する者を見て意識が変わる者が出てきた。PTメンバーが読み書きする1時間を鍛錬に当てる者も増えた。


目にしたアルは、剣を振るだけじゃなく教官の太刀筋を真似ろと一言二言アドバイスして帰る様になった。


・・・・


そんな日が続いた2月18日の晩。

夕食で30Fに到達した3人の報告を聞いた。


アルは用事が無ければ昼からダンジョンで鍛錬はしていた。遅々とした歩みであっても用事が無ければ午後からダンジョンで鍛錬していた。


俺は一月の下旬に攻略の限界に来ていた。

12月に32Fアルラウネをやってる最中に演習場の譲渡があり、攻略が止まっていた。1月8日からはクランが始まるとお昼の連絡にサントに行きはしたが、午後の3~4時間にはダンジョンで鍛錬し1月の下旬には44Fに達していたのだ。


そして44Fで俺の限界が来た。一人の物理攻撃じゃ対応しきれない。Lv5の身体強化と剣術Lv4でダメ。殺されかけて魔法でやっつける。


43F~44Fが俺の境界線。44Fだと剣術Lv4でダメ 43Fだと剣術Lv4で行けるが短剣術Lv3でダメ。42Fだと短剣術Lv3でなんとか倒せる。


基礎体力や恩寵効果で底上げされた俺の総合力が物理で通用する限界地点だ。この42Fなら恩寵を育てるのに最高の場所と思うので、総合力の底上げがてら42Fで鍛錬しアルムさん達のPTが30Fに到達するのを待っていたのだ。



・・・・


2月19日。


翌日の朝にエルフの宝を二人に渡した。


・精霊の指輪 精霊を良く集め魔法発動が早くなる。

・エルフの髪飾り  恩寵遠視

・エルフの耳飾り  地形効果:森

・エルフィンボウ  精霊弓

・エルフィンアロー 具現の矢筒

・妖精の靴     瞬足の靴(魔法の靴) 

・つる草のベルト  姿勢保持のベルト 

・精霊剣      精霊の力が宿る剣



エルフの髪飾りは髪留めのバレッタだ。

渡した二人はその場で髪をお互いに編み込みバレッタを頭の後ろで止めた。


シズクはを作って留めていた髪をワンテールにしてバレッタを自分で作って留めた。(紺のワンピ見て俺が赤いリボン付けたら・・・と思ってからいつからかデカイのつけていた、俺は何も言わなかった。言ったら負けの様な気がした)


精霊の指輪を装備すると発動がメチャ早くなったと言う。呪文が間に合わないと言う。それ俺と一緒!呪文要らない(笑)


エルフの耳飾りは俺の教皇のクラウンと同じく自動装備で耳に貼り付く。


精霊の剣とエルフィンボウ、エルフィンアローは腕輪の武器枠装備で即時変更出来るように伝えた。


妖精の靴は基礎数値に応じてスピードが上がるみたいで、元から俺より早いのにもっと差を付けられた。ちくしょう!


つる草のベルトをした二人が一番輝いた。そこらじゅうにくっつき虫で大喜びだ。


シズクも装備を真似して、なりきりエルフでくっつき虫だ。生まれたての精霊でも漂ってるし、シズクその気になれば飛べるだろうしな。くっつく必要あるのかって話だ。


皆に家の中でやるの禁止にした。やったら取り上げる。天井見上げてくっついてるの見たらお客が卒倒するわ。



お昼まで大森林で色々装備に慣れ馴染ませた。



午後から31Fに潜った。大問題のPTが完成していた。



襲ってくるシルバーウルフを待ってるのが俺だけだった。PTに犬が来る前に殲滅される。3匹で来ると俺の分が無い。


4匹来ると俺が盾役だから盾の分を残して3匹だけ瞬殺で盾が受けるのを皆が見てる。

 

     このPTおかしくないか!


PTリーダーでありながら自分が一番弱いというか、一番ショボイ、おこぼれを貰ってる感がハンパない(笑)


まぁ、恩寵の経験値として入るのは俺だけ?

進めばいいのか?

一人でギリギリ倒せる敵で経験値稼ぐより、皆と深い所で強い奴で稼ぐのも一緒じゃなかろうか?


そんな結論になった。31Fを認証してギルドに食事に向かう。


エルフの耳飾りに問題があった。

心がザワザワして寝られないとアルムさんが訴えた。自分が居る所の地形効果を森にするみたいだ。思ってた迷彩効果じゃなくて、森地形にいるエルフの能力に補正されるんだろうな。


外して寝ろ!と部屋に突っ込んだ。言いに来るな!(笑)


アルムさん、森の地形効果で攻撃力落ちたら笑う。



・・・・



2月20日。


翌朝、生徒の勉強を教え、自分の書き取りをしていたら事務のリナスが来た。


問題が発生していた。

俺が生活魔法や身体強化を奨励したので、宣誓の儀を受けるために小金貨を借りる奴が続出し、チンピラの高利貸しがクランに取り立てに来ていた。笑うわ!


そりゃそうだ!そうなるわ!


急遽、クランの全員集会になった。

色々やってくれるわ!子供育てるのは大変だ。


最近思っていたことをまず話した。


「冬の間、ペーパー級の依頼で過ごした奴!お前らは冒険者を良く分かっている!褒めてやる。獲物が捕れるか分かんねえ博打の冬、間違いなく金が入る依頼を選ぶのは何も恥ずかしくない。とても立派な事だ。これからもその様な堅実な判断を期待する」


そういう奴をバカにする風潮を視たからだ。


「わかんねぇ奴が居るみたいだな(笑)」


いきなり話した訳を説明しないとな。


「それはなぁ、リスクを考えた上の行動だからだ!」


「いいか?大森林の熊はオークとどっこいだ。オークは打撃に強く、武器使うからオークが強いと思われてるが人間にとってはどちらも強敵だ、変わらねぇ」


「自分のリスクに見合わねぇ依頼料に誤魔化されるな。リスクと報酬が釣り合う依頼を完遂しろ。身の丈に合わねぇ敵なんぞ相手にするなよ。怪我したら何日も狩れなくなる。絶えずリスクと己の技量を見極めて適正な依頼を達成しろ。季節や状況、その日の天候も踏まえて堅実に生きる選択をするのが冒険者だ」



「後なぁ・・・」



借金してる奴とは聞かなかった。


「最近宣誓の儀を取って、励んでいるらしいな?」と聞いた。


「恩寵付けなきゃ弱いもんな?(笑)」と笑って言った。


「最近ステータスボード持った奴はどれぐらいだ?」


皆がおずおずと40人程が手を上げる。

視るとここに来てたった2か月で金を貯めた自力組もいた。冒険者宿に払う分を貯めたらありがちだな。堅実な奴いるわ(笑)


でも1/3の13人はPTや街金からの借金だった。


「借金で取った奴。この後俺の所に来い」


「宣誓の儀をまだやってない奴!俺が無利子で金を貸してやる。クランの加盟料と同じでギルドで10%から20%に天引きを上げる。それで良ければ貸してやるから宣誓の儀を受けたい者は前に出ろ」


「一日平均クランに銅貨6枚のやつは12枚になるだけだ(笑)」(600円→1200円)


宣誓の儀やって無い奴が全員出てきた。持って無かったらみんな欲しいよな、早く恩寵取りたいよな。そんな奴らが210人もいた。うちのクランに来る奴はなかなか貯まらないわな(笑) ステータスボード持ったら、先輩PTに教えてもらえよ。


「クランハウスの前に並べ!リナスにPTと名前を言え。今日の稼ぎからギルドで20%引きだからな!覚えておけ。返し終わるまでクラン抜けられないからな(笑)」


「名前をリナスに申告した者はこっちに来い!」


来た奴からホーリーブライトしてやる。

頭の上からレインボーが降り注ぐと皆の目が点になる。


「俺は聖教国の聖騎士叙任なんだよ(笑)」


聖教騎士団のプレートアーマーに変わる。フルプレートとビギナ・ギナのヘルム、カッコイーイ!青のデカい角盾と片手剣を構えてやる。教官の顎が外れそうだ。まぁ見せてやれば皆納得する。


俺が8時になっても帰って来ないのでハウスの3人が見に来た。


「アル君忙しそうね(笑)」

長蛇の列を捌く俺にアルムさんが笑う。


「うん、沢山ステータスボード持って無くてさぁ」


「それでやってるのね(笑)」

「うん」

「アル君て先やってるんだよね?」

「ん?あ、あぁ42Fまでね」


喋りながらホーリーブライトしてやる。

頭の上からレインボーが降り注ぐ。


「今日は3人で32F行って来るよ。頑張って!」

「うん、ありがとう!」


ホーリーブライトしてやる。

頭の上からレインボーが降り注ぐ。


・・・・


「全員終わったな?みんなステータスボード持ったな?今日も一日頑張って来い!」


宣誓の儀でPTから借りた借金は金を返して天引き20%。街金に借りた8人の分は、俺が直々に返しに行く。



・・・・


金を返しに行って、暴れて良い店は1軒だった。

悪さしてない他の3軒の金貸しは普通に礼を言って返してきた。



「おめえの所か?うちに取り立てに来やがったのは?」


「坊主。なんだ?」

「クラン雷鳴のマスターだ」

「は?坊主がか(笑)」

腹パンで一人目ぶっ飛ばす。


「話が進まねぇ、うちに来た奴はどいつだ?」

「そんなの分かんねぇよ!」

「わかんねぇ奴に聞いてねぇよ!」

腹パンで二人目ぶっ飛ばす。


「分かる奴連れて来い。証文も持ってこい」

ソファーにドカッ!と座る。


ここまでやったらやっと貴族と思ってくれた。

お茶を出してくれたので味わって飲む。


したのが可愛く震えながら証文持って来た。証文を舐めるように見る。見事に十一だった、返せる訳がねぇ。


「お前が取り立てに来たんだな?」

「はい」

「いくら取り立てに来たんだ」

「銀貨2枚です」(2万円)


元金を返させずにジャンプさせてた(笑)ミナミのルールやな。(※元金返さなくて10日に2万円の利子で元本の支払いを先延ばしにする、これをジャンプと言う)


「おめえ、それだといつまでも返せねえの知ってるよな?」


「・・・」


「計算出来ないわ、読み書き出来ない奴に何やってんのよ?うちの事務も脅したな?もう何したか分ってるな?」


ブルブル震えてる。


「そうだよ!銀貨2枚で伯爵家が来ちまったよ!」

「震えてねぇで店主呼んで来い」


会長が奥で神に祈ってるよ(笑) 可哀そうに。


店主が来た。部下の不始末に出て来てエライ!


「おめえが店主か?」

「はい、手前の店でございます」


「おぃ!冒険者は十一で銀貨2枚返せるって思ってるらしいな?当たりだよ。10日でそれぐらいは楽に稼げるよ。そんなのはいいよ。でもなぁ、留守に取り立てて利子まで追い貸ししちゃダメだなぁ」


「・・・」


「そんな事より・・・なぁ?」


「伯爵家に借金取りが来た件はどうしてくれるんだ?伯爵家を呼んでくれてありがとうよ・・・2



「あそこの演習場、ミウム伯から直々に俺がたまわってるのよ。が金無いみたいじゃねーか!」


バーン! 机を叩いておく。


「度胸あるよね?この

「・・・」

「いい使用人使ってるなぁ?」

「・・・」

冬なのに脂汗が凄い。


「証文寄こしな」店主が証文を寄こす。


机に手づかみの白金貨をザラザラ出す。


「証文の金額は幾らだ?俺が払ってやる」

「結構でございます、結構でございます!」


ロスレーン伯爵家と言うつもりか?」


「滅相もありません!」

「幾らだ!」


「小金貨2枚と銀貨4枚大銅貨2枚でございます」(242000円)


「留守に取り立て追い貸し積ませて、11日目の計算は合ってるな。さすが金貸し。店主もあっぱれだ!めてつかわす」真顔で嫌み言う。


蛇の様にねちっこく貴族の厭らしさをかもし出す。


「さーてと!お返ししなきゃなぁ!」


不意に大声を出す。


「・・・」店主がビクッとする。

「・・・」可愛い顔が震え上がる。

「そんな細かい金持ってねぇよ、釣りをくれ」

机の山から、白金貨を1枚前に出す(2000万円)


「街まで態々わざわざ出てきて細かい支払いだと困るなぁ。伯爵家は割符さいふで物を買うからなぁ、細かい金はねぇんだよ、釣りは小金貨でくれ」


証文を破る。


「しばしお待ちを・・・」

「そこのお姉ちゃん、お茶もらえるかな?」

「はい・・・」声かすれてるぞ。


奥で大揉めしている。そのままお釣りと足代を出すか、100枚の小金貨渡して釣りと言うのか揉めている(笑) 笑うわ。


小金貨100枚持って来た。(2000万円)


「お釣りでございます」

「おぉ、ご苦労!」皮袋の小金貨を受け取る。

「なんか重いな」


皮袋から一枚抜いて可愛い顔のおでこにパーンと張り付ける。おでこに小金貨がはまった。


「・・・」歯を食いしばって耐えている。


「事務員を脅してくれた駄賃だ取っておけ」


ねっとりと脅す。


「・・・」


「痛そうだな?ヒールを下賜かししてやる」

お茶を頂きながらおでこにヒールしてやる。


マルベリスの両替商になるぞ」

主人の顔を下から覗き込む。


「・・・」


「返事がねぇなぁ、分かったのか?」

「分かりました」

「分ればいいんだよ。分からなきゃ消えるだけだ」


アルが帰ると金貸しの事務所は皆放心状態になった。


あんな小さな子供が・・・貴族の恐ろしさに震え上がった。


可愛い顔のおでこにコルアーノ一世の肖像画が付いた。


この世に労災認定は無い。



・・・・



460名中、宣誓の儀210名分の小金貨をシレンとパーヌの教会に105人分(2100万円)ずつ持って行く。


儲かっているメルデスの教会に持って行くことは無い。


白金貨1枚分にもなる金だ。2つの教会で司祭が自費で出してた赤字の分を回収してもらった。特にパーヌはこの春にも司祭の交代が来るはずだ。パーヌの司祭は5年目なのだ。


ロスレーン領の司祭として任期を全うしてくれてありがとうとお礼を言う。驚く司祭に内密ですよと杖と冠とローブを見せて教皇の代理と明かす。その上で司祭が出した分はこれだけと取り分を分けた。次の司祭は楽に運営できると喜ばせた。必ずご家族に土産を持ってお帰り下さいとお願いする。


シレンもパーヌの司祭も聖教国では妻や子がいる。


俺はパーヌへ来たついでに壺をしこたま仕入れた。



・・・・



その頃。

ミランダとハーヴェスの首脳陣は事の重大さが軍事だけで無いことが徐々に分かってきた。植民地の収奪船が帰って来ない。大航海時代には3か月掛かった航路を1か月で走る魔導帆船が帰って来ないのだ。軍備が消えた事件は遥か彼方の植民地まで及んでいる事実を知ったのだ。


ミランダ、ハーヴェスによる軍船の護衛を得て交易していた国の魔導帆船(商船)は護衛契約を一方的に破棄された。護衛無しで海に出た商船は海賊やに襲われた。


国旗を上げて航海するから良い獲物になった。到着するはずの輸出品が相手国に到着しない。輸入したはずの物資の商船が入港しない。覇権国に依存していた国も被害をこうむった。


ハーヴェス商圏のそんな国々にワールス共和国商圏の巨大な80m級魔導帆船が入国して交易して帰る。豪商率いる商船は大砲も積む魔導帆船(商船)で海賊相手に戦闘もこなす船乗りだった。


ミランダも同じである。大量の輸入品の代わりに輸出品で支払う筈の交易船が相手の国に届かない。時には軍事力にて対価を支払っていたのが護衛すら出せなくなり、植民地からの収奪船も帰って来ない。隣の国には海商国圏の巨大魔動帆船が積荷を積んで入港していく。


兵器産業は最先端。

原料が全て自国には無いほど多種多様なのだ。

石炭が無ければ精錬できない。火薬も原料が無ければ作れない。鉄鉱石が無ければ作れない。木が無ければ船は作れない。輸入も輸出も出来ない国には物が集まらない。



覇権国の冬が始まった。




次回 183話  ギルド長との密談

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