第130話  神の御業




帝国議会が始まるまで、目の前の事をやって行くだけで一日が簡単に過ぎた。


傭兵団の宿舎を金鉱の街に使ったら武装解除した武器や防具や財産を部屋から出さないとダメ。入れ物が無くなったから一時保管で預かるとゴミの山になる。


インベントリの中にゴミがどんどん溜まっていく。


使えそうな衣類や日用品は全部大空洞の倉庫に入れておく。選別の時にこの武器、防具を獣人達に分けないとヤバイ。



・・・・


朝9時半。

王都にお使いのメイド長、ジャネットを迎えに行った。


ら・・・


宿の玄関前に立つメイド長、恰好はよそ行きの夫人だ。宿の横に隠れるお爺様がいる(笑)

まぁいいや、やったのは俺だ。


平然とジャネットに近ずく。


(アル!こっちへこい!)

コソッと言うけど、視えてるから!


宿の横に隠れるお爺様にコソコソと行く。

ジャネットも玄関前から俺に付いて来る。


「ベント卿の大魔法を習ったそうじゃな(笑)」


「弟子ですから」

「うむ!よい」


「3月20日と4月1日にも王都に用事を思いつくが良いぞ」


笑うわ!そう来たか!


「わかりました」


「それとの、グレンツは自分達のバラライカを取り次第に三兄妹で学院を練り歩きおってな。公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家の学院生と供回りにバラライカを撒きおったぞ。お陰で弟と妹はよしみも出来て安泰じゃ(笑) アル!よくやった」


「流石グレンツお兄様です!」


「儂は諸侯のパーティーに出席して謁見が終わり次第に帰る。アランとエレーヌとアリアはグレンツの任官後じゃ。それまで客人(副団長)を頼むぞ」


「お爺様も良かったら迎えに来ますよ」


「何を言う、うちの領を何人の貴族が通ると思っておる」

「あ!」

「そうじゃ、儂も他領に落とさねばならん(笑)」


「わかりました。それでは私は死にそうなので帰ります(笑)」


「死にそうなら早く帰らねばの(笑)」


「ジャネットはもう行ける?」

「はい、アル様」

「お爺様、それでは!」

「ラルフ様失礼いたします」

「うむ」


お爺様に手を振りながら俺の部屋に跳んだ。


ジャネットがマジックバックから色々出して行く。


「後でいいのに」


「いえ、この様な高価なものを預かる訳には参りません」


「3月19日と3月30日の朝行って3月21日と4月2日の朝にあそこの宿で良いのかな?みんなあそこなの?」


「はい、あそこが定宿です」


「ジャネットが行ってすぐ皆と会えた?」

「2日後に到着されました」

「そんじゃ、丁度良かったんだね」


「はい、私がグレンツ様にバラライカを渡して、その後ラルフ様たちが宿に皆様をお呼びになられて晩餐の会食でグレンツ様が語っておられました」


「皆元気だった?」

「それはもうお元気でした」

「そっかー!良かった!(笑)」


「そんじゃ、今度は何の用事を思いつこうか?」


「アル様(笑)」



・・・・・



その日からはライトス教皇様と各国の首脳陣を訪ねた。

教皇様と御子服の俺が一瞬の転移で各国を巡る。首脳会談の後、護衛も無い気ままな観光に教皇様は大喜びだった。


まぁ一番喜んだのは神の大魔法とまで教皇様に呼ばれた転移なんだけどさ(笑) 導師も言ってたけどこんな魔法は聖教国でも知らないみたいだな。


突然周辺国の首都教会に教皇が現れる。

教会司教から聖教国の教皇様がお忍びで会談の伺いを立てると、首脳は予定をキャンセルして翌日には首脳会談の席が設けられた。


小さな御子を連れた教皇は首脳陣と非公式に会談しリノバールス帝国の略取ルートと地図を見せた。各国の首脳は自国から子を奪う奴隷ルートに驚愕した。


聖教国が周辺国を憂い、神の業を持って奴隷解放を行うと共に、リノバールス帝国を神の名の元に滅する事を伝えた。



   聖教国が帝国を滅すると言ったのだ。



聖教国が事実を明るみにした後、帝国から賠償金を取ろうと安易に考えた周辺国首脳陣は口を閉じた。


   滅する。帝国が無くなると言ったのだ。



周辺国も聖教国の歴史を知る。ステータスボードや聖魔法、秘匿される中央大陸最高の魔法技術。

そのXデーを静観し、聖教国の実力を測ろうとした。



協力的だったのである。


・その国に帰属を望んだものは大人も子供も1人に付きその国の通貨で見舞金の金貨4枚(200万円)相当を持たせる。クリーンの魔法を掛けた上で周辺国指定の騎士団演習場に聖教国が逃がすこと。その者達の見届け人として聖教国の大司教が付き添うこと。


・その国に安寧を望み帰属を望んだ者の身分を保証し落ち着くまで見守ってやること。拉致被害者は護衛と共に安寧の地へ導く事。その代金においてはその国の相場で見舞金より取るのは構わない。


・獣人においてはその国の行きたい部族の森に無条件で行く事が出来るよう身分証を発行し、街に入れ、宿が取れる様に配慮すること。


周辺国は国をまたぐ大事件に驚き聖教国に協力したのだ。


盗賊や人攫いが横行する世の中でも、獣人村を国が襲い拉致して奴隷とするだけではなく、拉致した獣人の世話に他国の子供を組織的に攫うなど考えられない大事件であった。



・・・・



3月5日13時


聖教国が用意した一時避難場所。

そこは全国から召集された聖騎士軍団が駐屯していた。

周辺警戒に聖都の聖教騎士団と聖法騎士団が当たっている。


その数5000名の軍の天幕や幕舎が凄い状態に乱立する。(5000名に上級司祭、司祭、シスター(女性司祭)が含まれる)


食料集積所や行き先仕分け所にもシスターがひしめく。

中央大陸共通語は無論、行き先により3か国語も話せる司祭も全国から駆け付けていた。


議会が始まる5日前。急いでも2か月掛かった大作戦である。


聖騎士が遠く離れて解放予定地を取り囲む。


13時07分。

大地が心なしか揺れた。


何もない草原にパッと奴隷23000人が手を繋いで現れる。

@な感じで手を繋ぎアルは輪の内側に紛れている。


数字で言うのは簡単だった。それほどの群衆。


何もない草原の盆地にいきなりそれが現れる事に皆が驚愕した。

しかも奴隷が手を繋ぎ固まって右往左往しない。


連れて来たアル自身が奴隷を視て、震えて手順を間違えそうになって慌てていた。


とんでもない憎悪と復讐の念に囚われる者がいたのだ。一度奴隷として諦めた者が、助けられ放心状態になる者と復讐の炎を燃え上がらせる者となった。犯罪隷属紋、それは犯罪者であれば贖罪にしかたないと諦める程の憎悪であっても攫われた者には怒りと憎しみしか生んでなかった。


自由になった際には武器を取り、命を捨てて帝国に雪崩れ込む激情に駆られる者が多数いた。犯罪奴隷紋が今まさに激情を抑えているだけだった。


アルは震えながらも繰り返したシミュレーション通り手順を進める。震える手で輪の中央で間違えぬよう誓約の紙片を取り出す。



神の誓約を皆の前で読み上げる。


・家内仲良く、親と子を大切にしなさい。

・獣人・人には親切、仕事に熱心でありなさい。

・獣人・人を恨まずうらやまず罪を憎みなさい。

・腹を立てずに悪口言わず正直に生きなさい。

・笑顔の絶えない楽しい人生を歩みなさい。


そのまましばらく動かない様にも言う。

皆の心の中を、激情に囚われた者を視て行く。


それから「これからは自由に生きて行きなさい!」と呼びかけて古い犯罪隷属紋を片っ端から解除して行く。まだ俺のドミニオンの隷属紋が生きている。


暴れ出さない事に安堵した。暴れ出した途端に麻痺させて、もっと誓約で縛らないとダメだったからである。


自由になった奴隷たちを縛らずに済んで安心した。


復讐をさせると泥沼になるからである。帝国民にも同じことをして忘れさせるのに、恨んだ獣人が襲う様になってはもう復讐の連鎖に収拾がつかなくなる。


大人しく心が軽くなっている獣人に安心した。


鉱山以外の知らない世界で生きる事が怖い者を選別する。

自由に金鉱山で生きて行くことを許す。今までの生活に戻る事を望む者は良い暮らしを約束する。外の世界は自由だけれども自分で身を守らなくてはいけない。


話しかけて行く。個人の自由な意思を尊重する。


子供の時に攫われた故郷へ帰りたい者を選別する。

焼かれた村のあった国に帰りたい者を選別する。

帰る場所は無くても行きたい場所を選別する。


二択ずつゆっくりと選択させて選別していく。


金鉱山に帰りたい者はこっち。

帰りたくない者はこっち。


獣人達は聖教国の綱の張られたエリアに選別されて行く。

行きたい国は何処ですか?と確認されている。


麻袋に入ったパンなどの食料、砂糖菓子、水、果物、お金をシスターや侍女たちが説明してあなたの物だから自由に食べてよいと言って聞かす。親が子供に砂糖菓子を食べさせている。


それを見るだけで痛ましい。心がきしむ。

余りの痛ましさに世話をする皆が泣いていた。

大粒の涙を流しながらも笑って世話をしている。


自分の国が分からない者は俺が視た。

その者だけではなく親とそこに至るルーツを視た。

親の名前は知っていた、親が生きていれば会える。



結果


攫われた者は故郷へ帰りたがった。 6000人

村ごと焼かれた者はその土地へ帰りたがった。8000人

外を知らぬものは、金鉱山に帰りたがった。9000人


何も言えなかった。自由も無く自分で決めた生き方すら出来ない人達。本来であればを自分から望む人達。身の守り方を知らない人達。外の世界を恐れる人たち。糧の捕り方を知らない人達・・・生まれながらの鉱山しか世界を知らない人達。


鉱山に帰りたがる者には、家を用意する事。好きな物を買える様にお金を渡す事。家族の安全を守る事を約束して返した。これから金鉱山の街の住民になってもらう。


リハビリが必要だった。自由から教える必要があった。働いた対価に生きる糧を得る満足を教えたかった。お腹が空いたら好きな物を食べて美味しいと家族で笑える人の生活を知って欲しかった。



・・・・



聖教国教皇の言葉通りだった。


周辺国の王命。通達を受けた半信半疑の騎士団が駐屯する演習場に、攫われた子供達が大人になって帰って来た。

皆が大金を持って帰って来た。騎士団の駐屯地への転移は国が保護するための措置だった。


皆が社会を知らぬ7~8歳に攫われているのだ。

その国の大森林に住む獣人部落も襲われていた。


コルアーノ王指定の演習場に大司教と900人が現れる。

チノ共和国元首指定の演習場に大司教と800人が現れる。

サント海商国国主指定の演習場に大司教と1000人。

リンデウム王指定の演習場に大司教と800人。

セイルス商国首相指定の演習場に大司教と700人

ナレス王指定の演習場に大司教と600人


皆が神の御業を目撃した。


帝国地図

https://gyazo.com/ca9f52debe16679d8c2ca9f38f5f616e


ガリュタン自治区のジプシー:移動型獣人部族、バルトロム部族連合国へは種族ごとの獣人グループに俺が持つ盗賊狩りの武器と防具を自由に与えて聖騎士軍団と司祭と荷馬車と共に9200人が各地10カ所に転移した。


その土地はモンスターの生活共有圏なのだ。聖騎士軍団の護衛無しに無防備で歩ける土地ではない。


聖騎士部隊と獣人達が目の前で消えていく。


教皇と7大司教と師匠と導師。

歯を食いしばり、怒りに震える教皇と7大司教だった。

次々転移して行く者達を日が傾くまで見送っていた。


演習場に送って行った大司教は一週間で迎えに行く。


聖騎士軍団は毎月1と15の日に同じ場所に迎えに行く。

獣人は古くから部落ごと襲われることが多かった為に孤児は部族の皆で育てる風習がある、同じ種族でまとまって種族の治める土地に帰れば受け入れて貰えるのだ。


神の御業を目撃した周辺国は聖教国の力を思い知った。


聖教国がその気になれば王宮に直接聖騎士が雪崩れ込んでくる事も可能な魔法だった。付き添った大司教の要望通りに帝国拉致被害者を丁寧に扱った。



そして帝国の行く末を静かに注視した。





次回 130話  神聖国イーゼニウム

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                思預しよ

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