第124話 両手剣転向
1月20日の出来事。お爺様達が王都に旅立つ前。
アルがひょっこりロスレーンに帰って来るとメイド達が一生懸命バラライカを作っていた。
使用人食堂の壁に表が作ってあり、一枚出来るとバラライカに数字の紙を入れてその数字を表に書き込んで行く。営業成績表みたいな感じだ。
俺がパーヌの名産に言い出したバラライカだから協力してくれてる?とか思って視たら違っていた。
メイド長のジャネットがメイド教育の一環として、領民を少しでも暖かい冬にするためにメイド達に指導していたのだ。
数字を付けるのはジャネットが検品するためだ。縫いが甘い、雑、不規則な縫い目のバラライカを見て個別に研修する。
公務中も余った時間を利用し、子爵家にある不要で高価な布の端切れ(テーブルクロス、ベッドスプレッド、
テーブルクロスなど各部屋のティーテーブルに赤、青、黄色、レースとシルクの生地が山ほどある。端切れある筈だよ。
結婚適齢期のメイドは上手いし早い、年季が違う、一日二、三枚作ってる。金額も大きかった。毎日一、二枚作るアニーの表を見て応援した。
小遣いを貯めて親に送っても良し、貯金しても良し。ジャネット上手い事考えたな。としか見て無かった。
だから特に気にしていなかった。
お婆様とお母様、リリーさんも三人揃って食事が運ばれるまで縫物をしてる時に事件は起こった。
お爺様が静かに縫物する三人に言ったのだ。
「お前達、貴族たる者が食事前に何をやっておる!」
「・・・」リリーさんが手を止めお母様を見る。
「・・・」お母様が手を止めお婆様を見る。
お婆様が手を止めお爺様を見る。
「貴族たる者が民の暮らしを願い、少しでも寒さを和らげようと努力するのはおかしいでしょうか?」
ぎゃー!お婆様が喋ったー! クララが立ったみたい。
「うっ!」お爺様の勢いが止まった。
「受け取った刺繍のハンカチを戦場で肌身離さず持って領に帰って来るとわたくしに・・・」
「まて!それはいかん!いかん!」
「何がいけないのです?本当の事でしょうに」
「それはそれは嬉しそうに縫い物を握りしめ、自分以外の領民は要らぬとおっしゃる・・・」瞳の中に稲妻が光ってる。
「まて!まて!それとこれとは・・・」
「ちがいませぬ!」ピシャーン!お爺様に落ちた。
「・・・」
メイドが直立不動で固まっている。
イヤ、シュミッツも引きつって固まっている。
「エレーヌ、リリーお続けなさい。貴族の妻の務めですよ」
あの何も言わずに優しいお婆さまの流し目が凄い。
「はい、お母様」
「はい、お母様」
あ!お姉ちゃんじゃなかった(笑)お爺様の養子なら叔母だ。
「ラルフ子爵様は、昔から勇猛果敢で私のお父様も褒められた殿方ですが、勇猛果敢で民を安んじても冬の寒さは・・・」
お婆様視たら前ミウム辺境伯の次女だった!
「まて!待てと言っておろうに、聞け!聞いてくれ!」
「子爵様の
「いや、儂の失言だったと取り消すだけじゃ」
「貴族なら貴族らしく取り繕わなければなりませんよ」
「ぐ!」
ぐうの音も出なかった。
「正直なラルフ子爵様と暮らせて幸せですわ」
「さぁ、お食事が出来ましたわよ、皆さんで美味しく召し上がりましょう」背中に轟く雷鳴は去って行った。
お婆様の呪文しか聞いて無かった俺はビビりまくった。本当に強い人がどなたか解った。理解した。物理じゃ勝てん。
お婆様のアレはいきなり引火爆発だ。
アウトの籤を引いた瞬間に大爆発する。
背中に轟く凄まじい稲妻を男達は見た筈だ。
お婆様はありのままだ、心に何も溜め込まない。
雷系魔法使いの嫁はとんでもなく怖い。
俺がこの家に来て一番静かな夕食となった。
夕食が終わった後アリアがお婆様に甘えに行った。
裁縫を教えろとねだっている。
お婆様が俺を支援してくれていた大元締めだった。
何も言わずに御子を真っ直ぐに応援してくれていた。
俺は大丈夫だ。この人たちがいる限り負けはしない。
絶対にだ。
・・・・
2月初旬。
一週間に一度聖教国に跳んで二時間程打ち合わせをしていた。
腕輪の調整もあったし、実質帝国を聖教国が占領する占領政策の打ち合わせ。二万人が手を繋げる広場とそれを外部に見られないための目隠しの件だ。
神聖ほにゃらら国 (案)
・聖教国が円滑に支配下に置く。何もしなくて良い。
・神との契約で獣人・人共に平等と自分で納得する。
・教皇が国主を兼任する。何もしなくて良い。
・神との契約を民がした後は何もしなくて良い。
・周辺国が敵対する場合は、御子が問いに訪れる。
・聖教国で言う罪を犯した者は、自分から服役する。
・罪を知らない者については許す。
・不正な蓄財と知っている分は国に差し出す。
余りのトンデモ占領政策に大司教の質問が凄かった(笑)
一時避難の候補地は大司教達も考えてくれた。聖教国セントフォールの聖都から程近い丘陵に囲まれた盆地状の草原を一時避難の候補地にしてくれていた。
ここにベースキャンプを作り、帰郷する国別に分けてくれると言う。ロープによる柵や杭が打たれ始めていた。
教皇様が顔を見せる旧年、新年の礼拝などで何万にも及ぶ信者を誘導している教会ならではの知恵があった。
二万人が跳ぶ。跳んだら帰郷する国別に柵に沿って歩くとまた広場。そこでクリーンなどを掛けて、お金や物資を持たせて聖騎士と司祭の護衛を付けてまた跳ぶ。その様な流れだ。金貨も獣人の部落に帰るために通る周辺国の通貨に金塊を変えていくそうだ。
バルトロム部族連合国とリンデウム王国の場合は帝国貨幣がそのまま使えるが、使えない国もあるので金塊で通貨を買わないとダメみたいだ。
金塊を持たすと文字が読めず換金時に騙される。嫌な世の中だ。
すでに護衛で随伴する聖騎士部隊5000名を3月に合わせて招集している。第二陣が5月、第三陣が7月、聖教国全土から聖騎士、司祭、シスターが神聖計画(笑)に招集されると言う。
・・・・
同じく2月初旬
ロスレーンで充実した日々を送っていた。
演習場から副団長達と帰ると三番街のブティックから新しい冒険着と外套が届いていた。少し色が違うだけの同じものだ。
あ!と思い出し、馬車を呼ぶのが面倒でスコッツ武具店に走って行ったら剣帯も出来ていた。割符(さいふ)書いていなかったことに気が付いたのだ。
子供用の胴回りで、ちょっと弾倉帯みたいな感じに肩ベルトが付く。マジックバッグから出した精霊剣を左腰に吊って貰った。同じく子供用模擬剣も吊って貰う。
スコッツさんが不思議がる。
「模擬剣と短剣の二刀にしては左二刀でよろしいので?」
「あ!そうか二刀吊ると二刀術と思われちゃいますね」
「すみません・・・やっぱ模擬剣だけでいいです」
「それと、この肩ベルトに合う投擲ナイフ下さい」
「アルベルト様、模擬剣や抜けない剣なら良いですがナイフとなるとお父様かお母様がお許しになってないと・・・」
おんどりゃー精霊剣抜いたるか!ビーム見せたるか!
えーん、成人前は保護者居ないと売ってくれないのか。
ここでは貴族って知られてるからな。そういう事か。
「それならいいです・・・」
冒険靴も受け取ってお金を払ったらナイフくれた。
視たら息子さんにあげた最初のナイフだった。
「え?」
「これはね、息子が成人の時に渡したナイフでね」
「・・・」
「冒険者で戦争行ってギシレン男爵家で騎士に叙爵されました」
「え?」
アネット(14)の家じゃん。(モニカ姉さまの供回りで学院に行っている男爵家の娘のメイド)
「縁起のいいナイフですよ、大事に使ってくださいね」
「そんな大層な物を受け取れません」
「これはね、騎士になったお祝いでまたナイフを渡したんですが、息子が大事に研ぎすぎて小さくなった奴です。大丈夫です」
「ほら、小さいからアルベルト様の肩ベルトに刺しても危なくないです。お持ちください」
刃が小さいので柄がちょこっと肩ベルトの
「ありがとうございます」
「とても立派な冒険者でございますよ」
最後の言葉が非常に引っ掛かったが、俺へのお守り代わりにくれていたのでもらった。
新しい剣帯付けて大喜びで走って帰った。わーい。わーい。あんまり嬉しすぎて、スコッツが走って行く姿を見送っている事に気が付いてない。
メチャかっこいいぜ!俺の剣帯!シェルのポンチョの中で腕は自由になるしな、ポンチョから出た瞬間に投擲Lv3がうなるぜ!
短くて投げられないのを忘れている。
屋敷に帰っても浮かれている。
自分で気に入った好みの物を手に入れたのは初めてだった。
マジかっこよくね?
腰に拳銃付けたらそのままガンマンだ!
うん!シェル最高!シェルカッコイイ!わーい。
(えへへ、そんなでもないです)
(カッコいいよ!最高にカッコイイ!)
(えへへ、うれしいです)
部屋の中でシェルと大喜びする。
夕食の席で、師匠に呼ばれた。
「アル、この後俺の部屋に来れるか?」
「はい、分かりました。鍛錬です?」
「イヤ鍛錬じゃ無いが、お前の武器を変えるからな」
「へ?今片手剣やってるのですが・・・」
「そうだ、それで変な育ち方になってるから直す」
「へ?」
「まぁ、食事中だ。後で部屋で教える」
「はい!」
師匠の部屋に行くと子供用両手剣を渡された。
「明日からこれを使え」
「え?」
「今日街に出た帰りにお前を見せて貰った」
「気が付きませんでした」実は見に来たのは知っている。
「もう、片手剣で覚える事も無くなってるだろ、太刀筋や姿勢や崩れまで気にするなら、こっちを覚えろ」
「あ!わかりました?」
「お前が固くなり過ぎて皆困ってるじゃねーか(笑)」
「はい・・・」
「まぁ、それだけ吸収させてもらえば片手剣は充分だ」
「充分なんですか?」
「それ以上の手練れになると、スピードも重さもお前ではどうしようもない。剣術も伸びなくなってる筈だ」
「え?そんな事が!知りませんでした」
「一個だけ伸ばしてどうすんだよ(笑)」
「両手剣と短剣も伸ばさなきゃ底上げできないぞ」
「あ!」
お爺様が確か剣術が頂点で短剣術、鎗術や格闘技、盾術とかが横並びだった筈だ。
「わかったか?分った事にしとけ(笑)」
「得意な武術を支える様に、似た武術を研鑽するとその技が剣術にも乗る、それはこの道でやってきた者は体感する」
「短剣振っただけで剣術や格闘術が上がる時があるぞ」
「え?」
「そういう事もあるんだ。恩寵が違っても同じ流れとか、共通の部分が有るのか、足りない技術が補われているのかは分からない。だがそういう物だと知っておけ。だからお前は明日から両手剣だ。何も違わない。剣術Lvが乗る。両手剣を信じろ、信じて振れ」
「はい」
「そんじゃ、その剣帯を貸せ」
「今日新調しました、肩ベルト付きの良い感じのがあったんで」
渡しながら言う。
「そんでか。違うの付けてるなと思ったが、アラン様にでも貰ったと思った。装飾の趣味が良いな、この辺か。ちょっと付けて抜いて見ろ」
「こんな感じですが・・・」
「なんだそりゃ(笑) 抜き方も知らねぇのか」
「右手で柄を掴んで。そのまま円を描いて振って見ろ」
「あ!」
抜きながら斬り掛かれるのだ。
「だろ?(笑)」
「こういう事も出来るぞ」
左手で肩ベルトを引っ張ると鞘の結合部分が肩に乗る、梃子のようになる。
「やってみな」
右手で剣を掴み左手で肩ベルトを引っ張りながらずり上がって来る斜めの鞘で振りながら抜く。
「この肩ベルトの腰のリングの留め金ってこういう意味だったんですね、使ってみないと分からないですね」
「それがねぇと、剣が重みで腰まで下がっちまうじゃねーか、剣を引きずって歩くぞ。アルは似合いそうだな(笑)」
「・・・ですね(笑)」
「だから合ってない両手剣は抜けねぇんだよ(笑)無理に抜けるかも知んねえが、もたつく間に殺される。いきなり殺気向けられたら両手剣なら左からの袈裟懸け。片手剣なら右からの逆袈裟の切り上げだ、そういうのも練習しとけよ」
「はい!」
「お前なら片手剣避けた後に両手剣で返せるさ」
「・・・」そんな世界を思ってゾクッとした。
気配察知早く付けないとな。
「アル特製だからな、お前の長さだ」
「入れるときは鞘を肩に斜めに乗せて逆手で入れろ。
「おぅ、そうだな。鞘だけなら軽く上がるだろ。
「あ!」
「そうだ先っちょ入れたら勝手に下がって全部入る、入りながら重みで後ろに落ちて行く。そいつは模擬剣だから丸いが本物ならもっと入れやすいぞ。」
「かっこいい!」
「だろ!両手剣いいだろ?」
「はい!」
「ガルスの手の平でクルッと回す逆手の勢いでそのまま仕舞うのが一番カッコいいな、それで助けた女はイチコロだ」
アルの目が輝いた。翌日からガルスさんに貼り付いた。
・・・・
両手剣をチラチラ見ながら証文やった。
剣帯と鞘に入れた両手剣と一緒に寝た。
次回 125話 偽りの国
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