第120話 Don't Stop Me Now
17時半
教皇様はステレン大司教の白銀のコインを返した。
その意味は日本で言う直訴状。
教皇と7人の大司教の長に対して聖教国セントフォールの議会を経ずに進退を掛けて緊急動議で招集するコイン。
外交部:諸外国の情勢と協力関係保持
内政部:聖教国の民の安堵と生産性確保
教義部:司祭、聖女、御子教育、教義解釈研究。
情報部:諸外国の異常を掴み正常化へ道を探る。
財務部:聖教国の金庫番、計算スキル持ち多数。
教会部:教会、孤児院運営、外部経営部門。
調停部:聖教国の軍部、聖騎士と対穢れ部隊。
聖教国の役職
司祭<上級司祭<司教<大司教<7大司教<教皇
外交部:カマラン大司教。内政部:ドルュン大司教。
教義部:アルノール大司教。情報部:ヨルノン大司教。
財務部:ロッテン大司教。教会部:ミイルフ大司教。
調停部:ウラジス大司教。
※ステレン大司教は教義部に属する大司教。
7大司教を招集した。
俺も後ろから混沌衆に刺されたくない。
7大司教を納得行くまで存分に視た、何処に伏兵がいるか分かんない。あっちのあの身体だってビビってたんだ、子供の今なんてすぐ死んじゃうんだよ。怖いんだよ。
7大司教には各補佐として6人の大司教が付くのだが大司教計42人のうち5人が黒だった。
・一人は邪淫。侍女を母子とし次々と不幸を撒き散らす存在だった。同じケースの大司教も居たが家族として上手くやっている大司教は見逃した。それが人間だからだ。
・三人は貪欲。聖教国の情報を売り、身に余る蓄財を行っていた。
・一人は虚栄。大司教の地位に驕り、自惚れ司教を見下し、教皇を批判し運動し次期の選出を狙う者。
皆の前に大司教を呼び、断罪し御子との誓約をした。
同じく皆に良く言って聞かす。
・邪淫と純潔の美徳 みだらな享楽の罪
・虚栄と謙虚の美徳 自惚れと見栄に踊る罪
・貪欲と慈善の美徳 金銭に対する執着の罪
・暴食と節制の美徳 華美多大な飽食の罪
・憤怒と忍耐の美徳 自制無き逆上の罪
・怠惰と勤勉の美徳 汗無き利益を求む罪
・嫉妬と感謝の美徳 人の成功を妬む罪
ガンジーが唱えた社会悪についても解説した。
・理念なき政治・労働なき富・良心なき快楽
・人格なき学識・道徳なき商業・人間性なき科学
・献身なき信仰
人の陥りやすい物質界の罠を説明しておいた。
この世界にはそんな教えは無いが、7大司教自身が誰しも陥る誘惑である事を人生経験で認知していた。
5人の大司教の恩寵を剥奪はしなかった。ドミニオンの隷属紋(支配)を刻み『自分で悪いと知っている所を直しなさい』とゲッシュ(誓約)した。もう悪事と知っている事は何もできない。
ドミニオンを刻んだ事は誰も知らない。神の御子に注意を受けたぐらいにしか思っていない。 誓約を交わしたので教職への配置転換を推した。
皆、俺を恐れた。全て視通す超常の者。そんな事はあっちの世界から俺は良く分かっていた。知られたら人として怖がられて付き合って貰えなくなる能力だ。よく考えて来た。もう知っている。
師匠や導師にも言っていない。
教皇やステレン大司教に語った様に、7大司教も自分の罪が裁かれるのではと危惧する事について、神の視点で解説しながら人は完全には程遠い事。物質に囚われやすい事、悪い事をしてそれを悔やんで悩んで直そうと立ち上がれば許される事を説いた。
人は必ず躓いて転ぶ事、失敗しない人間は居ない事、聖職者も農民も例え国王でさえも必ず間違い、それを反省して己を磨く事を諭して行った。反省して立ち上がる事こそ己を磨き神の傍に行ける事を説いた。
小さな悪事を解った上で良かれと繰り返すと歯止めが利かなくなる事。歯止めが利かなくなり悪事が溜まると神の世界で必ず罪に問われる事を説いていった。
流石の7大司教も系統立てた宗教の教えなど無い世界での俺の言葉は受け売りでは無く、神の元での本当の話と納得した。
そう、神の奇跡では無く、神の理で帰依させたのだ。
・・・・・
19時を過ぎて教皇以下7大司教が教皇の間から一切出て来ないので(白銀のメダルを使った事を知っている)侍女長が軽食一式を携えてノックした。
ノックの音で会話を止めると19時半だった。
軽食を食べながらも質疑は色々と神の使徒の話に移っていく。大司教の皆が納得する明快な言葉による神の話。誰もがその機会に恵まれ感謝し、帰依の喜びに打ち震えた。
・・・・
教皇は、聖教国に大司教が新しく生まれる時(代替わり)に一度だけ謁見できるという聖教国2700年前の始祖の亡骸を俺に謁見させると言った。
正直そんなもん見たくなかったが”始祖と神の御子を謁見させなければならない”という教皇の意思を尊重した。
聖教国セントフォール始祖の間への同行。
3重の認証紋を教皇様が開けて深い地下に続く階段を降りて行く。教皇、俺、7大司教、ステレン大司教と続く。
地の底深く続く螺旋階段。壁に埋め込まれた年代物の魔法ランプがそれはそれは幻想的な陰影を映し出す。階段の底には石室があった。
始祖が石棺に横たわる。
原初のピューリファイの魔法陣の中にあった。
皆がひざまずき祈りを捧げる中、俺はひざまずく教皇の前で突っ立っていた。そのミイラを視ていた。そのミイラに付いた思念を読んでいた。深く深く2700年分の残留思念を手繰っていった。
並列思考と多重視点で何重にも包まれたベールを2700年分剝がして行く。縋って泣く教皇もいた。暴言を・・・やり場のない怒りを吐く教皇も居た。
残留思念を辿りつくすと、亡骸が器として辿った道が視えた。故人のイメージではない。魂が抜けた今、魂の器として辿った道が第三者視点で視えた。
小さな部族の青年だった。その部族は、イヤもとい。その世界に生きる人間は色々な脅威に襲われていた。青年は自分の部族を失った事を切っ掛けにして、モンスター、他部族、自然の脅威、食べ物、疫病、傷病、風土病。人を苦しめる全ての物を退ける存在を求めた。
部族の祭る神を大声で呼んだ。神を求めた。神を探した。神を見つける旅をした。神は何処にもいなかった。何処の部族にも神がいた。誰もが苦しんでいた。神を祭る世界中の者が苦しんでいた。
旅の中で恩寵を持つ者がいた。
魔素ある世で先天的に持って生まれる異能者だ。恩寵が素晴らしい物だと理解した。恩寵の力を求めて旅をした。
そしてダンジョンに行きついた。
そこで神に会った?
神に願いを聞き入れられアイテムを貰った?
何言ってんだ?現世で神と触れ合う?在り得ない。
どういうことだ?何故そんな奴がいる?
そんな物をなぜ突然手に入れる。都合良すぎるだろ。
あ!
・・・今はいいわ。とにかく情報を拾おう。一生を。
青年の人生を辿った。
凄まじいまでの人生だった。
世の辛酸を訪ね歩く非情と懺悔と苦闘の旅。
人の世の幸せを求める者が人の情を捨てる旅。
同じく追体験して自然と涙があふれた。
そうして手に入れた魔法を視た。覚えた。
そうだ、これは俺と同じだ。
今の俺と同じことをしている。
民の幸せを願い、恩寵の使い方がシステムにまでなるように使ってる。宣誓の儀に生きている。
聖教国はこの青年によって2700年後も生きている。
俺は立ち尽くして泣いた。大粒の涙が溢れて止まらなかった。
青年の死にも立ち会った。年老いた青年は大往生だった。
その後の石室の歴史も見た。
教皇と大司教がたたずんで泣く御子を静かに見ていた。
御子が一歩進んで始祖の頭に手をかざした。
石棺はピューリファイの半円球に囲まれている。
ミイラの頭上に刻まれた石棺の魔術紋を解除した。
頭上の隠し扉から青年セリムの遺品が出て来た。
教皇と大司教が驚愕した。
オリハルコンの腕輪と指輪。
俺は腕輪を嵌めた。
その腕を天に掲げる。ミイラの前で掲げる。
魔力を込めた。原初のホーリーブライトが発動した。
装飾魔法の無い本物のホーリーブライト。
後世の単体魔法ではない範囲ホーリーブライト。
人を幸せにするために奪った神の祝福。
俺がここに来たのも巡る奇跡なんだな。泣きながら思った。
受け継いだぞ。その夢。
教皇、7大司教、ステレン大司教が祈りの姿勢で頭を伏せる。
・・・・
教皇の間に帰ると始祖の遺品について説明した。
腕輪は当時、始祖が聖教国を訪れた世界中の人にステータスボードを与えた原初のホーリーブライトの腕輪。そしてステータスボードを与えたことで恩寵取得者が増え、その力を使った侵略や略奪が世界に激化した事。
倫理(正邪の集団規範)や道徳(人としての善悪)を知らぬものに与える事が如何に危険であるかを思い知った聖教国はステータスボードに制限を掛けた。そしていつしか国の体裁を持たぬものには与えないことを明言した。
300年経った2400年前に腕輪の魔法が再現された。
以後研究され現在の見栄えの良いホーリーブライトの魔法になって行った。
2400年前に部族、豪族が大きい集団になるにつれて中央大陸の言語が広がり出し一般化した。現地言語、ネイティブの言語が吞み込まれた。発音をその様に変え、その時に初期中央大陸語の聖教国となった事。(聖なる始祖の教えの国)
指輪は核心であった。
恩寵強奪の指輪。当時の侵略や略奪を行った悪人から恩寵を奪いそれを元にして現在の魔法の基礎理論が生まれた。
それは始祖による恩寵と魔眼狩りでもあった。今でも魔眼狩りは継承され儀式として聖女と御子教育に残っている。
特権を与え教育し、心が荒み悪用前に保護するのだ。
聖教国はこの世に無くてはならない存在だった。
それをサラッと説明しこれは人間には早すぎると皆の目の前で消した(インベントリに入れた)悪に渡ればどのような災厄が訪れるか皆が分かっていた。
残った腕輪を目前に始祖の物語を語って聞かせた。
話が終わる頃には皆がすすり泣いていた。
多分、伝承は有るだろうが、この様に濃い実話を聞くのは初めてだろうからな。皆が目を閉じ情景を浮かべながら静かに聞いてくれた。最後にセリムの夢を、2700年もの始祖の夢を伝える聖教国の素晴らしさを讃えておいた。
神の御子の賛辞がこの人たちには褒美なのだ。
始祖の夢を引き継ぐ聖教国に、帝国の奴隷問題は御子が裁くので協力をお願いして今日はお開きにした。
最後に教皇の間から出ようとする情報部のヨルノン大司教を呼び止めた。
帝国、ガゲッツ公爵領。領都教会のロス司祭宛の手紙を書いて欲しい事。何も問題無く解決に向かうので諜報活動は以後中止する事を指示して欲しいとお願いした。
話が終わり次第にリノバールス帝国に跳ぶので急いで書いて欲しい事を伝えた。
-全ての大司教が去った教皇の間-
俺は教皇に噛んで含める様に語りだした。
始祖は各地を回った。その時、腕輪と指輪を持った豪族を知った。豪族に持たせれば世界に災厄を振り撒く存在となる。
豪族を騙しダンジョンの中へ誘い、豪族のパーティーを毒殺し腕輪と指輪を奪った。
始祖は恩寵を持った者から指輪で強奪を繰り返した。当時恩寵を持って権力者に寄り添う者は恩寵を失い、詐欺師と呼ばれ権力者に公開処刑された。世界を巡り恩寵と人を狩る苦闘の旅が始まる。
覇権を唱え虐殺する大豪族の恩寵を奪い殺した。魔眼の強大な力で民を扇動する豪族から奪い殺した。世に振り撒かれる災いの元を刈り取る旅・・・
恩寵と魔眼狩りをセリムの弟子と孫弟子が引き継いだ。300年掛けて聖教国は世の災いの元を刈り取ったのだ。恩寵魔法の再現で魔法の基礎理論が生まれるまで続いた。
そして弟子から報告と共にセリムの棺に返された。
それは生涯にわたる人の果てなき欲望との戦い。
それは混沌の世から秩序を取り戻す戦い。
始祖は強奪と殺人を繰り返したが、世のため人のために恩寵を使う事を一生を通じて神に誓っていたこと。
そうして集めた恩寵を研究して今の魔法が生まれている事。
生涯に渡り、攻撃魔法の愚かさを説き、それを広めることは世に災いを振りまく事を説いた。異端魔法の始まりである。
己が罪を被り神の前に立つ事を覚悟し大悪となった。
身を捨て大悪となり聖教国の礎を作った。
この話は、聖教国の揚げ足を取る者に伝わらぬ様言い含めた。
もしも聖教国で伝えるならば、以後の教皇の間だけの最大の秘密とし、伝えるも伝えないのもあなた次第と委ねた。
俺が握り潰す話では無かった、この国の教皇が決める事だ。
そして俺は走り出す。
始祖の夢を継いで走り出す。
Don't Stop Me Now
次回 121話 教皇の腕輪
----------------
この物語を読みに来てくれてありがとうございます。
読者様にお願い致します。
応援ポチ。☆も頂けたら嬉しいです。
ポチをしてくれる事。それはとても励みになるのです。
一期一会に感謝をこめて。よろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます