第109話 固まるビクトリオ
翌日、アニーに起こされて夢見心地で着替えさせられる、アラーム無しで起きるとシャッキリしない。
昨日は眠くなるまで証文漬けだ。クソったれが、面倒なもん残しやがって。(自分が持って来たの忘れてる)
まぁ、それでも後始末は進んでいる。インベントリ内で各領を仕分けできるのが良い。纏まり次第にキャンディルとロスレーンの対処例を載せて返還すればまた賢者伝説になるだろう。
ふふふ。それを考えると何故かイライラが納まる。
部屋で顔を洗ってシャッキリした。
昨日の冒険者との稽古で課題は見つかった。
甘い刃筋の%を少しでも無くしたい、その一太刀でやられる事もあるのだ。
アニーをベッドの脇に寄せて無刀で型を行う。
昨日の剣筋を思い出し、なぜ刃筋がぶれるのか良く分かった。窮屈な切り上げだから肘が楽になろうと、楽になろうと徐々にぶれるのだ。
「こうやって、こうやって、はい注意!」と拍子を付けて覚えて行く。相手の卓越したスピードや技、角度と色々と視える物に対処して行くと、いつのまにかそれしか見えなくなる、基礎の枝葉に気が行かなくなる。
一本打ってしまった渾身のホームランを見てしまうと、気が引っ張られて崩れるのだ。大崩れしないうちに修正する。上手い奴ほど修正が早い。
気が付くとアニーが端切れを繕っている。あ!
しまった!気になっちゃった。駄目だコレ。気分を変えないと上の空じゃ意味無くなる。
アニーに外を走って来ると鉄棒を持ちながら言う。
「はい、アル様。行ってらっしゃいませ」
まだ暗い寄りの紺色の世界に飛び出す。
半端無く寒い、顔が切れるわ。
食事に間に合わせるように全力で走る。
7時に部屋に帰ってアニーに使用人食堂集合。と言い捨て、明日から走っても部屋に戻らないから、時間になったら勝手に行って食えと言う。アニーが裁縫を止めた手で呆然としていると、もう子供じゃ無いんだからそれぐらいしろと言う。
無茶苦茶な貴族だ。
走って外に出て、外から使用人食堂に入り。そのままトレー持って使用人に並ぶ。皆アニーがいないのを不思議に思うが、まぁどうでもいいので捨てておく。
言っておくが、使用人の食事だって美味しいんだぞ。
翌日から並ばなくても良い様に、ホカホカが机に置いてあった。
・・・特別扱いは要らないけど、分かればいいんだよ。
アルは気が付いていないがこの所、3か月間はカルチャーショックについて行けずに子供の癖にやさぐれているのである。
自由自在、天下御免の放任主義で育った明。自分の思う通り、やりたい事で制約されたことが無いのだ。
アレはダメこれはダメ、貴族の風習、儀礼がどうの・・・慣れて来る5~6か月頃までは知らない事を教えて貰ってありがたいなぁ。と思っていたのだが、色々と慣れて解って来た頃から、貴族の制約、子供の制約を課される度にどんどん溜まっていた。心の中で叫びまくっているのだ。
子ども扱いされすぎて人格が変わったぐらいだ。
貴族の何々と言われるだけで、”中身は同じ人間だろうがよ”と毒付く程もやさぐれている。もう少ししたら治るので許してあげてほしい。
使用人食堂で優雅に茶を飲む姿だけ貴族だ。
茶を飲んだらアニーに部屋で待機と言い庭に出る。
食後の鍛錬は騎士団員の全ての武器に合わせて剣で捌いて行く。やる事は変わらない。一つ一つの捌きと返し。一つ一つの受けと返し。正確な刃筋で丁寧に丁寧にトレースする。アドリブで入れられる所に足払い
今のアルは武術に
小さく細かく魔術を使えとは導師に言われている。実際にアルもやっている。魔法使いの魔法の鍛錬法。それはあくまで一般の魔法使いの場合だ。
一般的な魔法使いの鍛錬は朝に満タンの魔力で魔法の練習を行う。昼に魔力が溜まったら練習を行う。夜に寝る前に魔法の練習を行い魔力を減らして寝る。
これが魔力の量に限りがある魔法使いの場合だ。
アルの場合は魔力が無尽蔵だ。わざわざ魔力を考えて練習することなど無い。
極小の発動後3m先で消えるファイアボールを最初は2秒に一発の間隔で撃てていた。今は1m先で消え、1秒に2発撃つ程も慣れてきている。風魔法は火魔法程も気を遣わなくて良いので弾丸の様にバババババと圧縮空気を連射だ(笑)
水魔法など害が無いのでミスト状の一本の線で何時間でも出せる。
それは出した指から風で流れて飛んでいく霧状態の線だ。各魔法の発動紋(発動前に手に作る魔法陣)など今では親指の腹ほども小さくなっている。細かすぎて収束し導師ですら読めない緻密な編み込みである。眼があるから出来ている。
こいつはそういう奴だ。小さくしろと言われたら考える、どうしたら小さくなるか考察し試して納得しながら磨く奴なのだ。納得しないといつまでも進まない所もあるが、納得したら盗賊を追ってる最中でもやっている。
時間も場所も必要な武術に対してイメージや考え方で鍛錬を短縮したり出来る魔法は、その気ならトイレでも出来るのだ。空き時間や待ち時間、暇つぶしの鍛錬に丁度良い。
今はプロテクトの魔力吸収紋を見て、継続の魔法陣の魔力吸収紋を一般の魔法防御(物理)の編み込みの中に作り、付与した人から魔力を吸って自立する防御が付与出来ないかをトイレで考えている。
※クリーンの継続の魔法陣の様に、吸う限り解けない防御なら色々使えそうとアルが言い、導師と開発の競争中。
話は逸れたが、あっちで賢介に言われた言葉。不幸や人生と戦ってると思われる程も野球に打ち込んでた奴だ。受験となったらあれ程ブレずに勉強やる奴だ。アルは明100%だから変わる訳が無い。
9時に師匠の所に行き、庭で30分模擬戦をしてもらう。
全然当たらないわ、遊ばれるわ。成果が全然わからん。
最初の頃の模擬戦。師匠の(手加減された)攻撃を受けたり躱したりは普通だった。
攻撃の型を教わってから攻撃しても受けてくれないんだよ。反撃と避けるばっかで当たらないんだよ(笑)
昨日初めて冒険者に受けて貰ったけど、受けから返し、流す捌きからの返しの確認ばかりだったんだよね。相手の攻撃を受けて返す。流して返す。2人共が攻撃と防御が同じ数でしょ?
俺から襲うなんて無い筈だから、防御から攻撃を確かめるのに役には立ったけど。師匠の場合は違う。受けたら変幻自在に剣がすり抜けて来る(受けられない)流すと流れないから返せない。攻撃しても掠りもしない(笑)
何やってるか分からない。必死で剣を振るだけだ。
ボクシングの空振りと一緒かも知れない、騎士団と同じく剣が鈍って疲れてどんどん遅くなる。そりゃこんなに当たらなきゃ疲れるよ。神経削って体力削られて終わりだ。
模擬戦なのかと言えばそうなんだろう。事実冒険者の剣は捌けるのだから。
30分模擬戦やって部屋に帰ると、アニーが布のバラライカを首に巻いて具合を確かめていた。
「アル様、これいいですよ。充分暖かいです」
「でしょ!安くて洗えて暖かいバラライカ(笑)」
「先程ビクトリオが用意出来たと知らせに来ました」
「そんじゃ、出ようか」
「はい、アル様」
出来たバラライカを巾着に入れて外套を取りに行くアニー。
俺は・・・この外套と冒険者の服がいつも一緒だな。
そのままクリーンを服だけ掛けてバラライカ付けて用意した。
玄関でビクトリオに3番街の服飾店に寄る様に言った。やってないと気になる。今日もやって無かった(笑)
また3番街の門に馬車を置かせてもらう。
裁縫コミュニティーのあった方(貧民街)へずんずん向かっていく。アニーとビクトリオがマジ怖がっている。絶対行かない所だろうからな。そんな俺も領主の孫ってだけで叙爵とか無い。無法者にはただの子供だ(笑)
前に検索した家の窓から覗いてみると、新年2日目でも裁縫やってた。わーい。
扉をノックする。
子供と思われたが、後ろのアニーとビクトリオ見て血相が変わる。お婆ちゃんが出て来るまで時間が掛かった。
「お貴族様が、この様な所へ何のご用でしょうか?」
「中に入れて貰おうと思って」
「え?・・・ここはお貴族様が・・・」
面倒臭いのでお婆さんの脇を通って入った。
「あ!」
中で皆が針を止めて固まっている。
勝手に暖炉の前に座った。
「お婆ちゃん、みんなって今、何作ってんの?」
「え?」
平民の子かと思ったがメイドと従者を連れている。
「今、みんなチクチク縫ってるの、それなぁに」
視ると、お貴族の子供が興味を持って聞きに来たと思ってる。
「コレなぁに?」
座って縫っている人の布を聞いてみる。
「あ!これは靴下でございます」
「これは?横に聞く」
「私はまだ下手なので赤ちゃんのおしめです」
「ふーん」
「これって誰がお仕事くれているの?」
「・・・」
視た。売り物が出来たら売りに行っている。
結構貧民街以外でも売れていた。売れなかったらお婆ちゃんが馴染みの店に持って行き安く買い取って貰っていた。俺には税とか商売の事で何か言われそうとメチャ警戒してる。
「今日さぁ、お願いがあって来たんだけど」
「お願いですか・・・何でございましょうか?」
「この首の奴作ってくれない?」
バラライカを脱ぐ。お婆ちゃんに渡す。被れと言う。
慌てて被るお婆ちゃん。背伸びして紐を締めたり、緩めたりして使い方を教える。
「暖かい?」
「とても暖かいです」
「みんな冬にしてたら暖かいよね?」
「暖かいですが、毛皮は私どもには・・・」
「アニー!作った奴見せて」
「アル様、こちらです」
アニーが渡してくれた布のパッチワークで出来たバラライカをおお婆ちゃんに渡す。
「これやってみて」
お婆ちゃんにやらす。
「これも暖かいですね」
「風のある外ならもっと暖かいよ」
「これ、お婆ちゃんの所で作れるよね?」
「作ろうと思えば・・・簡単なので」
「布ってある?一枚じゃ無くて端切れでもこうやって出来るよ」
「どんな柄でも、作ってくれたら靴下と同じ値段で全部買うよ」
「・・・」
視て分かっている、靴下1足分とバラライカの布面積はそんな変わらない。端切れを組み合わせるお陰で布の余りも使える。作った分だけ買ってくれると言う。
「作ってくれるなら、先にお金払うけど・・・」
「本当でございますか?」
「うん。作ってくれる?」
「それで如何ほど作りましょうか?」
「これで、作れるだけ作ってくれる?」
銀貨50枚(50万円)出した。
安い靴下なら100足分だ。
靴下1足大銅貨3枚~5枚(3千円~5千円)が平民の安い靴下の相場らしい。靴下1足縫って大銅貨1枚~2枚の手間賃だ。貧民や農民など履いて無い。
お婆ちゃんどころか、針子みんなの目が点になっている(笑)
「街の人だけじゃ無くて、農民も難民もみんなが寒くない様にしたいんだよ。安い布や少々高い布でも端切れで作って手伝ってくれないかな?」
「やらせて頂きます。ありがとうございます」
「そんじゃ、お婆ちゃんがこのお金を預かっててくれる?」
「この様な大金はダメです」
目が泳いだ末に、針子一人一人に銀貨を2枚(2万円)握らせた。針子は11人居たので22枚。残りは出来た分を清算して欲しいと言う。視たら、貧乏な人間が大金を持つと碌な事が無いと心配している。さすがお婆ちゃん、色々知ってるね。
「みんな聞いたね?市が立ってる間にそのお金で手分けして見栄えの良い布、端切れの布を値切って仕入れて来るんだよ、仕入れた布の分だけ自分達の仕事が増えるんだ。お貴族様が仕事をくれたんだよ、みんな張り切って作るんだよ」
「私は今から、これの縫い方を勉強するからね、みんな今日は頑張って仕入れておいで」
「お昼は今から用意するから、お昼は帰って来てね」
針子の皆は目が点になりながら布を仕入れに出て行った。時間を見ると10時20分だ。話を始めて15分しか経ってない。やっぱ俺はこっち側の人間だわ。せわしく動く方だよ(笑)
ビクトリオに美味しいパンを頼み、アニーに野菜と肉と塩コショウ、小麦粉を出してシチューをお願いする。お婆さんの家の台所から、勝手に鍋やらナイフやらまな板やら出してアニーに渡す。
カマドに火を入れ好き勝手する子供貴族。しばらくするとビクトリオがパンを買って来た。茶を煎れてくれと茶器を勝手に使い4人分の茶を煎れさせる。11時30分頃になったら鍋を持って、朝の通り道にあった露店で焼いていた大きな肉の塊ごと買って12時に帰れと言い付ける。
茶を飲んで一服したので、ビクトリオに冗談を言った。
「針子だって値切ってる、教会の孤児院に持ってくとか何とか言って値切って来い。子爵家の執事が針子に負けるなよ」
そもそも貴族は街の買い物で値切らない。でも値切らないと貴族の沽券に関わるとアル様は言う。
固まるビクトリオ。
執事教育に露店の焼肉を丸ごと値切るという項目は無かった。
昼に針子が布を抱えて帰って来た。わーい。
半端の布は安いみたい。使い様が無いなら捨て値だよな。
ビクトリオが買って来た肉の塊。皆の注目の中で削いでパンに乗せてやった。牛のケバブだな。シチューも美味しくて皆がパクパク食べている。食べ終わったら近くに有る孤児院に鍋ごと持って行かせた。
値切りの話を聞かれる。とビクトリオがビクビクしてたのでわざわざ聞かなかった。視ておいた(笑)
帰って証文やろうかな?と早々に屋敷に帰ったらお爺様からの言付けがあった。
新年2日目、怒涛の午後が待っていた。
次回 109話 ピンピンコロリ
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