第98話  キャンディル到着



導師が聞く。

「用意は良いの?」


片手で馬に触れながら、もう片方の手で導師を掴む。

アルと師匠が導師に頷いた。


「行くぞ」


キャンディルに跳んだ!


目の前に厩舎がある。

後ろにはレンガの大きな家。11月中旬、清んだ空気と大きな木が邸宅を囲んでいる。木の間からは遥かに連なる峰々が見えている。


良いところだなぁ。

夜に見た街とは大違いと思った。


「本当に、一気に来られるんだなぁ」

師匠が感嘆して言う。


「盗賊の時と一緒だったでしょ?」

「全く一緒だな、距離が長くても一緒だった」

「話しておらんで、馬を入れよ」


平然と言う老師が逆に面白かった。


「導師は跳びまくって慣れてるからしょうがないです」


「そうだな」

二人でいそいそと厩舎へ入れて馬具を外しだす。


「馬具はここに置いておけ、後で手入れさせよう」


「は!」

「はーい」


「置けたの?参るぞ」

屋敷の表玄関に回る。 


導師がうちの家では使ったことのない柔らかな風の魔法で両開きの玄関ドアを内側に開ける。


「誰か?誰かおらぬか!」


「はい、ベント様・・・え?ベント様?どうなさったのです?」


「どうなさったも無いもんじゃ、帰ったぞ」


「おかえりなさいませ」

「皆を1階の応接に集めよ、アルムも呼んでこい」


・・・


「アネットが最初か、こちらリード・オーバン男爵じゃ、客間に案内せよ。長逗留になる」


「オーバン卿、荷物を置いたらこちらに戻ってくれぬかの?」


「承知致しました」


正式な礼儀で呼んでるから、そういう風にしないとな。


爵位持ちは家名で呼ぶ、係累は名前で呼ぶ、親しい間柄になると当事者間で名前呼びでOK。お父様の場合はアラン卿、お爺様の場合はロスレーン卿、親しくなるとラルフ卿。


師匠は平民から男爵に一気に2階級もあがり家名が無かったので王家から家名と家紋と男爵位の棒給を賜った。男爵本人なので家名で呼ぶのがその本人を表すのだ。


ベント卿は宮廷魔術師筆頭となった時に伯爵級の定められた王家の俸給を受け取っていた。伯爵にも序列があり4位は領地を持たぬ名誉爵位の俸給。賜った爵位は名誉爵位であるため。キャンディル家の係累を表す家名(一代で消える名前)を授かる。


正式には導師はベント・キャンディルムと言うが誰もが知る伯爵位階1位(領地持ち)の名門レンツ・キャンディル伯爵の実弟なのでベント・キャンディルと呼ばれても間違いではない。


王家の宮廷魔導士の筆頭は伯爵位階4位だ。宰相や騎士団長も伯爵位階4位。うちの国では王家直轄領と公爵領に都市持ちの伯爵が3位(継続爵位)うちの領ではギシレン男爵、ミリス男爵が都市持ち3位だ。


宮廷魔導士は武官。皆が子爵位階4位(一代)に叙爵される。だが10等級の序列がある。細かく分けないと戦争や紛争の解決の度に昇爵や叙爵が増えるからである。任官爵位が上がると一気に俸給が増えて王家が困る。


手柄を上げたら位階を1等級上げて俸給5%アップ。そんな感じでこれも昇爵扱いだ。

(あっちの公務員給料の号給やなぁ。と思った)


宮廷魔導士のような超が付く知識階級は親が大貴族だ。次男、三男は親が叙爵や領地を与えるのも良いが、王家に仕えれば箔も付き叙爵(1代)もあるので競争も熾烈だという。子爵家の次男が役付き叙爵で最高職の伯爵4位もあるのだ。


話が逸れたが、アルとリードが応接に戻ると8名のメイドと5人の執事が揃っていた。


3人がお茶とお菓子を出されて飲んでいたらノック。


「アルム、参上しました」

「よい、控えよ」


アルムと言う人はエルフ女性だった!


「アルムさんは執事長の横に並んだ」


余裕こいてお茶を飲むしか無かったが、ガン見した。エルフは耳が尖ってるのを鵜呑みにしていたが、尖ってる度はミスタースポックの方が圧勝だ。エルフVSバルカン バルカン勝ち!


マジ25歳ぐらいに見えるけどテンプレなのかな?


「皆揃ったの」


「今回帰って来たのは、儂の研究課題を取りに来たためじゃ。用意が出来次第に発つつもりじゃが20日前後は掛かろうと思われる。


この横におるのがリード・オーバン男爵、こちらの可愛いのがラルフ・ロスレーン子爵の孫、アルベルト・ロスレーンじゃ。儂の護衛を頼んだオーバン卿の弟子じゃ。


皆、2人の事をよろしく頼む。それとアルム。逗留中のアルベルトの護衛をお前に任す。アルは魔法が使えぬでの、キャンディルの街中で何かあってもいかん。儂の護衛には英雄の誉れ高きリード卿がおる。偶にはじじいの護衛で閉じ籠らんと、子供の相手で街を遊んで来い」


「承知しました」

護衛って事は高齢者確定かも。


「それでは、キャンディル伯の元に参る。準備を頼む」


末席の執事がすぐに出て行った。先触れだよ。


「二人共来たばかりで済まぬの。しかしキャンディルに来た以上は兄上に紹介せぬ訳に行かぬ。先に済ませておくぞ」


「アルよ、兄上も稀代の大魔術士じゃぞ」

「え? それ程とは思いませんでした」


「子供の頃は兄上には何一つ勝てなかったでの」


「えー?それで賢者と言われるまでになったのですか」


「キャンディル家とはそういう血筋の家なのじゃ」

「儂は魔法の道に行けたが、兄上は領地があったでな」


「多分アルに会えば己の道を誇ると思うのじゃ。儂がアルに会えたように兄上も我が道を誇ろう」


「奇跡とは思います。師匠の武 導師の法を見て感じます」


「そうじゃ、神に導かれておるとしか思えぬ」


「儂の兄上は大きいぞ。お主の庇護はあの方しかおらぬ」


「老師がそこまでおっしゃるとは」

「庇護ですか?」


「まぁ、己で見よ。ガッカリするかも知れぬぞ(笑)」


30分ほど経って馬車の準備が出来た。


俺と一緒で何分掛かってんだ!て思うだろ?馬車を蔵から引き出して。ただでさえ綺麗なのに磨き始めるからな(笑) 馬も厩舎から蹄鉄や不具合無いか確認して一頭一頭連れて来る。馬車に繋ぐ。


馬車が出来上がったら邸内を一周し車輪を確認して正面に寄せる。御者の執事は大汗だけどクリーンを掛けて涼しい顔で主人を待つ。知らないと現代人はビックリするの。


あっちの母ちゃんなんて夜勤明けで起きて化粧してると思ったら、帰って来た俺に!と言って3分後には車で向かってる。こっちの世界は、行くぞ!と高らかに言ってから3~40分お茶を飲んで待つ。貴族はそうなの!


キャンディル伯爵邸に着いたのは11時頃だった。屋敷じゃ無くて宮殿だよ!焼肉のタレじゃねーよ、本物だ。


視たら約800年前の品でござったわ。ハンパないわ。


伯爵の執務室に呼ばれて、横にある打ち合わせ用の部屋に案内される。使用人を外に出して。遮音の魔法を導師が掛ける。


「ベントよ突然参ったと思えば物々しいの?」

「少々、外に漏れるとマズイでの」


「先に、その二人を紹介しても良いと思うがな(笑)」


「兄上、まずこちらはリード・オーバン男爵。オード戦役の英雄じゃ、今回来た名目は儂の護衛。隣の子供はラルフ・ロスレーン子爵の孫、アルベルト・ロスレーンじゃ。アルはオーバン卿の弟子と言う名目で来ておるが、まこと、儂の弟子じゃ」


「ほう!王家が男爵に叙爵した英雄か!お初にお目にかかるオーバン卿。ベント、お主弟子をとったか!久々じゃのう。まぁ良いわ。儂はレンツ・キャンディル。伯爵家の当主じゃ、よしなにのぅ」


ノックの音がして、お茶が運ばれてきた。

皆が無言の苦しい時間が過ぎる・・・ふう。


「して今日は何用で来た?」


「このアルベルトのステータスボードを見せに来たのじゃ」


「ふむ、何かあるのじゃな」

「アル、頼む」

「はい」


アルベルト・ロスレーン 10歳 男

ロスレーン子爵家三男  健康

職業 暁団長 リード・オーバンの弟子


体力:59 魔力:- 力:37 器用:337 生命:45 敏捷:32 知力:641 精神:665 魅力:84 幸運:87

スキル  

身体強化Lv1 格闘術Lv1


加護 創世の神々(63神)

    現世の神々(191神)

    創造主、ネロ

     豊穣の神、デフローネ。

     戦いの神、ネフロー。

     審判の神、ウルシュ。 

     慈愛の神、アローシェ。

     学芸の神、ユグ。 


「な!」


「兄上、手紙に書いた事は偽りじゃ。兄上の前で見せなければ意味がないでの。神に導かれて祝福の御子に出会ったのが本当じゃ。兄上がどう思うのか聞きたいの」


「魔力が無し、魔法も無し。そしてベントの弟子か・・・このステータスの加護さえ見せなければ何ともなるまい。大丈夫じゃ」


「ちなみに魔法は何を覚えておる。アルベルト」


「アルとお呼びください。恩寵はこうです」

身体強化Lv2 格闘術Lv1 馬術Lv1 投擲Lv3 威圧Lv1 魔力眼Lv1 魔術紋Lv1 火魔法Lv1 光魔法Lv1 水魔法Lv1 無魔法Lv1 時間魔法Lv1 土魔法Lv1 風魔法Lv1 雷魔法Lv1 氷魔法Lv1 聖魔法Lv1 闇魔法Lv1 魔法防御Lv1 物理防御Lv1 多重視点Lv1 恩寵付与Lv5 状態異常耐性Lv10 精神耐性Lv10 麻痺Lv10 恩寵強奪Lv10 恩寵分解Lv10 ステータス封印Lv10 恩寵防御Lv10 麻痺耐性Lv10 毒耐性Lv10 インベントリLv5



「すさまじいのう、正しく神の御子じゃ。ふむ魔力眼を与えたか、でかしたベント、正解じゃ。害される前に育てねばならぬ。我が国に降りた至宝じゃ。御子に関わらせて頂くだけで光栄な事じゃ」


害されるって・・・俺って害されちゃう存在なの?


「兄上、アルと3か月過ごしました。アルに天啓が降りて参ります。我らはと言っております」


「知らされるとは?」


「兄上まずは聞いてくれ」


導師はキャンディル伯爵にマルベリス商会の一件。宿で付いたメイドを見て神に知らされたと言い出した件より詳細に流れを辿りながら昨日の晩の義賊の件を語った。


「そんな事が・・・」

「アル、証文のみで良い。出してくれぬか」


でインベントリを仕分けし、量が大体分かると応接のお茶セットをワゴンに戻した。


魔術証文と債権奴隷魔術証文を応接机一杯にドサッと出す。ともすれば崩れ落ちそうなほどの量であった。


「こちらが債権、こちらが奴隷債権です」


「キャンディル領のマルベリス商会から奪った金品については後程マジックバッグがあればそのまま移します。ここでは大変な事になります」


「キャンディル滞在中にこの金利に証文を書き替えますのでキャンディルの領民をいち早くお救い下さい」


商売スキル、算術スキル、魔術紋スキルをLv10にする。


伯爵の前にある奴隷証文の金利部分を書き換える。


「こう変えた瞬間に払いきれない程の金利は消え、払い過ぎていた借金は逆にマルベリス商会に貸し付ける証文に変わります。この数を証文の分だけ取り立てるのも文官が大変です。回収は導師と私で行って参ります。奴隷解放手続きと債権回収出来たお金を領民に返してやってください。まさしくキャンディルの民の財産が搾取されていたのです。ご協力下さい」


「この証文をどうやって手に入れたと言えば良い」


「マルベリス商会が昨日の晩に義賊に襲われたと全ての街に噂をバラ撒きます。借金取りから逃がすためです。


すでにロスレーンは36名の奴隷を開放いたしました


伯爵家は奴隷の賃金をマルベリス商会に払わなくすれば良いと思います。証文が無いので何も言わぬ筈。


証文が無ければ借金奴隷にもあらず・・・と言いますか・・・伯爵が証文持ってます。そのまま開放すれば良いかと」



「キャンディルの領民のために済まぬな、この通りじゃ」


伯爵が目下の者に頭を下げた。


「御子よ、キャンディルの民は知らずともこの恩は忘れぬ。何でも申してくれ、協力は惜しまぬ」


アルはそれを聞いてあ!と思った。


「王国の詳細な地図、戦争の様な物に使用する地図をお見せ下さい。それを持てば王国の民の財産が搾取されたり、隠されたりする前に取り返す事が出来るのです。これは武の無い戦争、マルベリス商会と国の財産を取り合う戦争です」


「ふむ、国の、民の大事じゃ。お見せしよう」


「導師、全ての街が回れます」



・・・・・・・・・・・・・・・



昼食に呼ばれた。


俺と師匠を家宰、メイド長に紹介して以後は出来る限りの便宜を図る様にレンツ様は言い含めた。



食事後、邸内を案内して貰い、書庫も自由に出入りして良いと言われ、魔術紋の登録までしてくれた。奥にある機密書類の書庫まで行き、この棚の魔法書は一度は見ておく様に念を押された。


魔法大家の秘密がそんなんでいいのか!気にするわ。


そして、アル、リードとレンツ様と呼び合う様になっていた。


地図を見せて貰った。伯爵の用意したマジックバッグにキャンディルで回収した硬貨を入れた。証文についてはキャンディル滞在中に書き換える。


王国の地図を眼で視て覚えた。レンツ伯の残留思念を読み、街のイメージを把握して行った。



王国地図

https://gyazo.com/7d7093f86f93ea24dfeb599efb26d4a3



以後の伯爵との連絡では執務室の隣の部屋を転移専用部屋として使うような事も決められた。


午後を使って3人でキャンディル領の各街に跳び、噂を撒き散らした。今回は時間にも余裕が有り走り回る必要も無い。証文が無くなった事を面白可笑しく伝えるだけで楽だった。



--------------



16時ごろ3人で帰り、晩のために寝た。


今日は、19時の夕食後から導師と国中を回る。予定終了は1時を予定。師匠は野放しだ。シュッとした耳に当たると良い。


(愛好家ではない、人族2人と猫族1人の源氏名カードがあったので、いじるために耳、耳言ってるだけだ)


かくして義賊は現れる。

規則正しい生活しながら現れる。


食べる鍛錬模擬戦食べる書換え証文寝る昼寝食べる跳ぶ義賊寝る就寝


キャンディル領の畑の成長促進もある。ケツカッチンでチョッパヤで回ったら王都、公爵領2、侯爵領1、辺境伯領1、伯爵領3、子爵領5、男爵領14、の領都本店と支店を終わらせた。


夜の街で店見つけて奪って一瞬でいなくなるガンダルフと巡る弾丸ツアーだ。闇に紛れ泥棒する神の使徒にウケる。イヤ、これは靴屋が寝静まってから靴を作る妖精の絵本と同じ行為だ。


マルベリス伯爵領にある商会の本店で奪った収益表に国中の各領都の本店、支店の名前と収益表があったので以後はピンポイントで各領のマルベリス商会に跳べたのがチョベリグだ。


魔術証文の書き換えは、受験勉強を彷彿とさせる凄まじいスキル連打だった。ふと視線を感じて窓を見るとアルム(護衛)が窓の向こうでガン見してた。初日の書き換えで魔法使いとバレた(笑)


やる事が余りに定型になり過ぎて、日付と数字を視ただけでそのまま魔術証文を書き換えする程も熟達した。一日分が終わった後は魔導師の宅急便でレンツ様まで届けて貰う。


7日間で終わらせた。


証文書き換えを鬼の様なスピードでやっていると。アルム(護衛)が背中に引っ付いてきて遊ぼう遊ぼうと子供の様にせがむので参った。と言うか、アルムをおんぶして書き換えをやっていた。


おんぶするために魔力巡らしてるんじゃねぇ。



嘘である。


アルムに抱っこされて書き換えをやっていた。




次回 99話  穢れの聖女

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               思預しよ

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