第88話  同じ軌跡、同じ奇跡



騎士団の詰め所から宿に帰ると13時を回っていた。導師怒ってるかな?と勝手な事したのを反省した。


俺が怒りに震えるのと導師は別問題だ。導師の時間を割いてしまった事を反省した。


ノックの返事で導師の部屋に入ると、師匠と一杯やっていた。


そのままバタンと扉を閉めて、自分の部屋に帰った。


酒飲んでやがった!(笑)


帰りに、こうなってしまった言い訳とか、感じた事を正直にとか、素直に土下座とか考えて損した。あいつらデリカシーとか無いわ。


師匠が笑いながらやって来て言った。


「アル、どうした?失敗したのか?」

おまえらの対応にな。


「成功しましたよ!ボコボコのバコバコにしてキャン言わして男爵の所にボロボロのまま悪事と一緒に送り付けました」


「そんじゃ、いいじゃねーか!なに膨れてるんだよ」

おまえらの能天気に膨れてるんだよ。


「膨れるのは良いから、早く老師に報告しないと」

あ!そうだた!わす


「はい!すぐにいきましゅ!」噛んだ。


導師の所へ行った。


「なんじゃ、儂らが呑気に酒を飲んでたのが気に障ったか?」

ばれてるよ(笑)


「違いますよ、忘れものだったです」

「眼が泳いどるぞ(笑)」


「導師、時間を取らせてすみませんでした」ぺこり。


「まぁ良いわ、悪人は懲らしめんとの。」

「そうだよ、アル。気にすんな」

「リード卿は喜んでおったぞ」


「え?」


「リード卿は平民じゃったでの、そんな貴族を懲らしめるために芝居を打つお主を誇らしげに報告に来たぞ」


「そうだぞ、胸糞悪い貴族なんて山ほどいるからな。みんな貴族に会わない様に会わない様に怖がってる」


「そんな、私が勝手に・・・」

「いや、知ったのじゃろ?知ったからやったのであろう?」


「はい、無実の者を罪人に。我慢なりませんでした」


「それでよい、民のためじゃ。思い知らせてやったか?」


「身体強化で殴って、蹴りまくってきました」


「アル、身体強化全開で俺に打って蹴ってみろ」

手の平を上段下段に広げて構える。打ってこい!


回している身体強化を一気に全力にする。


「ほう、良く巡っておるのう」

ファイティングポーズ取って気が付いた。鴨川会長か!


会長のグローブめがけて・・・バシッ!フッ!バン!

全力でスピード乗せて打った、回転力使って蹴った。


「ヨシ、良い突きと蹴りだ。その体で見事だ」

「これが精一杯です」


「アル、20kgぐらいか?」

ステータスボードで体重と思い、見る。


「今22.7kgですね」

「いいな、4倍位は出てると思う、大人1.3倍位だな」

「ほう、そこまでか。楽しみじゃな」

「これからは手加減覚えろよ」


「全力じゃやって無いですって」


「そうだろうな。身体強化持ってないなら当たり所が悪けりゃ死んでるからな、注意しろよ。殺したらでは済まないぞ(笑)」


「そうじゃな、申し開きが面倒なだけじゃ(笑)」

「そんな、簡単に・・・」


「そんな簡単にバカは奪うんだよ。良い事したな」

頭撫でられた。


「アルよ、お主と一緒に居ると兄と領を良くしようと燃えた若い頃を思い出す。お主は神と共にある、好きにするが良い。儂も協力する。神から知らされた時で構わぬ。出来たらキャンディルまでの道におる悪党共も一緒に掃除してくれんか?キャンディル伯は兄じゃ、儂が責任を持つ。神より知らしめられた悪行なら貴族も裁こうぞ」


「民が暮らしやすい領を作る手伝いならさせて下さい」


「俺も協力するからな。貴族に難癖付けられて逃げ回ってる平民見るのも複雑なんだよ。俺だけ男爵に、貴族になっちまって部下は何も無しだ。今も平民だ。部下4000人の為だと思えば俺も罪滅ぼしになる」


「師匠もありがとうございます」


「盗賊の件も、うちの領にわざわざ来てくれる商人が襲われるのは許せなかったのです、是非キャンディルも同じ様に致しましょう」


「うむ、頼むぞアル、済まぬな卿」導師が頭を下げた。



「もう14時過ぎたの、出るのは明日にしよう。今日の晩も魔法の鍛錬を行うでの。そうじゃのぅ、夕飯後にするか?」


「はい、わかりました」


「アル、俺達も街の外まで出て思いっきり鍛錬するぞ」


「はい!その前に屋台で串焼きかなんか食べたいです」


「ん?お前昼まだなのか?」

「はい、何でもいいので急いで行きましょう」

「馬で出るからな、用意しておく。何か食ってこい」

「はい!」


一番近くの屋台を・・・検索しなくても目の前にあった。

芋とエンドウとニンジンをふかした奴を葉っぱで包んでるやつ。走り寄って見たら、味見させてくれた。銅貨1枚。


塩味が効いて良い感じ!2つ貰ったら寸胴から葉っぱに包んだまま蔓の部分持って出てきた。こうやってふかしてるのね(笑)

その場で座ってアツアツ言いながら食べる。


「この子は・・・そんなお腹が減ってたのかい?」


「お昼食べて無かったんです」

「あんた、あそこに泊ってるんだろう?」

「うん、遊んで帰ったらご飯終わってた」


「えー?なんだい。作って貰えば良かったのに」

「いいよ!これ美味しいし」

「まぁ!美味しいかい?」

「うん!美味しい」


「そうかい、ゆっくりお食べよ」

「もう食べ終わるからいい」

「まぁ、早いね。男の子は」

「美味しかった!ありがとう、おばちゃん」

「また、おいでよ」


ノストリーヌの所へ走って行く。


「おぅ、来たか。早かったな」

「宿の前の屋台で食べました」


「あの芋屋か?」

「あれ芋屋さんなんですか?」


「知らねぇ、どこの町にも有るから芋屋って呼んでるな」


「どこの街にも有るんですね、美味しかったですよ」

「どこにもあるぞ。どこでも好きなだけ食え(笑)」

「いくぞ!」

「はい!」


・・・・


「さて、攻撃の仕方もそろそろ見せるぞ。騎士団相手じゃ出来ないからな、今まで俺が戦ってきた相手を見せてやる」


「はい!」


師匠の鍛えられた装飾の無いミスリルの片手剣が鞘から抜かれる。身体強化が高まり、それが片手剣まで覆っていく。半身の正眼に構えて、集中し相手を見ている。当然俺は師匠のイメージを視る。


師匠の相手が見える、凄まじい殺気だ。お互いに動けないイメージと自分が対峙しているように視る。


動いたと思ったら、とんでもなく早い!俺の目じゃ追えない早さだ。眼だから付いていける、こんなのが居るのか。マジか!剣が受けては攻撃し受けては攻撃する。これが・・・戦争なのか。舐めてた、全然違う!模擬戦なんかと全然違う。入り込み過ぎてその時の師匠の感じた刃風まで感じる・・・


命のやり取りだ。そうなんだ。向き合えよ。そういう事だ。その一刀に賭けないと生き残れない世界だ。スキルもクソもねぇ。一撃で首が飛ぶ。Lvとか俺はアホか!ゲームじゃねぇんだ。関係ねぇよリアルだ。野球と一緒だ!磨いた者同士がやり合うんだ。


爺ちゃんスキルいっぱい持っていた。いいなと思った。あれはその時のために、その時を思って磨いてる物だった。領地を守るため、愛する者達を守るため。真剣に取り組んできた証しだ!



舐めるなよ、良く見ろ!現実がここにあるぞ。

師匠の頬を1cm手前に切っ先が通り過ぎる、触れて無いのに赤い痣が走る、引かれる刃と同じく踏み込むと下から逆袈裟。後ろに飛んで避けると逆袈裟の頂点を見て相手の引いた刃が滑り込んで来る。首を捻って避ける。見えてる。お互いに剣先が見えてる。


お前は正解だったんだ!そんな軽いものじゃねぇんだ。皆がこうやって追っていく物を軽く見なくて正解だったんだ。


こんな良い師匠が俺の側に居てくれた。


こっちにも奇跡があった。気が付かせてくれた。

野球と一緒だった。やっぱり道は一緒だった。


あっちの現実もこっちの現実も同じだ!


追い求めた者だけがたどり着く世界。

追い求めない者もたどり着く世界。それがリアルだ。リアルを見ずにどうやって生きるんだよ。想像じゃねーんだ。リアルを生きてんだよ俺達は。今の足元見ねぇでどうするよ!



そうだ!俺たちは全員磨いてきたんだ。藤井も植田も守田も足立も谷川も加藤も水谷も伊藤も!名門だから強かったんじゃねぇんだ。


一人一人が野球が好きで上手くなりたい一心で願って追い求めたんじゃねぇか。全員のベクトルが同じ方向に向いて、それぞれが力の限り頑張って合わさったからあれほど強かったんだ!


足を止めたらポジション取られる。全員が踏ん張って自分の居場所ポジションを守って来てたんだ。


アルは行きついた。師匠の剣を見て行きついた。


同じじゃねーか!上手くなりたい。このポジションを失いたくない。がに変わっただけだ!に変わっただけだ!に変わっただけだ!


同じなんだよ。この世界も。こっちの方が厳しいから磨かなきゃ生きて行けねえ世界なんだよ。


そうなんだよ俺は・・・駆け上がらなくちゃいけない。優しい人たちを守らなきゃいけない。必死で生きてる人を守らなきゃいけない。俺には出来る筈だ。神様に全部揃えて貰ってる。俺には出来る筈だ!混沌に飲み込まれてたまるか!


そのためにここに来たのかもしれない。

来たこと自体が巡る奇跡なのかもしれない。

だからアルベルトの器があるのかもしれない。


リードが鍛錬を終えてアルベルトを見る。


アルベルトは泣いていた。


リードはアルベルトが見えた事を知った。


「おい!泣いてんじゃねぇ、やってみろ」

「はい・・・・すみません」涙を拭った。


日が落ちるまで鍛錬をした。


宿に帰ると、食事がすぐだった。

鍛錬の時の覚悟を噛み締め、いつもより神妙だった。


魔法の鍛錬もいつもより身が入った。昨日の攻撃弱体魔法(相手に詠唱して弱体化。状態異常にする魔法)の闇魔法:衝撃の続きで闇魔法:暗闇だった。


切実な思いで導師の編込む魔法を見ていた。


鍛錬の後、明日の予定を話しておこうと言われ、師匠を呼びに行った。3人で予定を話していると師匠が突然言い出した。


「アル、キャン言わすって何だ?」

「え!?」

「言ってたじゃねーか、男爵の孫キャン言わせたって」


えー!覚えてたの?脳筋のくせに!もう!リアルに浸らせてくれよ。俺だって偶には本気で考えてるんだからさぁ。


「・・・あっちの言葉です」

「神々の世界か?どんな意味なんだ?」

・・・後に引けなくなっちゃった。


「取るに足らない者を懲らしめる事です」

「それを、キャン言わすって言うのか?」


「分かり易く言えば、悪い事した犬を叩いてしつけしますよね?叩かれた犬は痛いから次から悪さしなくなります。叩くとキャンと言うから、神が取るに足らない者を懲らしめる事をキャン言わすと言います」


「さすが神々の世界よ、含蓄があるのう」

含蓄あったのか、俺も知らんかったわ。


「神々の世界でも地方に行くと違うみたいです。キャン鳴かすとも使ってましたね」また嘘を重ねてしまった。神の地方って。


「儂はキャン鳴かすの方がシックリ来るのう」


「俺もそっちの方がシックリするが、男爵の孫に使うならキャン言わすの方が合ってる気がするしなぁ、これは中々難しい神の言葉だな。考えさせられる」


「難しく考えなくていいかも知れませんよ。神も普通に使ってたみたいだし。こいつに天罰じゃ。キャン言わす!みたいに」あーまた。俺のバカバカ。


(神はそんなことしません)


もうやめて、許して!他の議題行こうよ。


あっちの世界で出来なかった事を異世界でしていた。



   嘘まみれ。



この日、アルはまた一皮剝けた。男から漢になった。

子供なんだけど中身は漢だった。




次回 89話  恩寵ロンダリング

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                思預しよ

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