第77話  消えない椅子の跡




阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずが演習場にあった。


二日目の騎士団は違っていた。

男爵を殺す気迫の身体強化全開で模擬戦に来ていた。

死ぬほどしごかれた者の中に恩寵が上がった者が出たのだ。剣だったり、槍だったり、盾だったり、身体強化が上がっていたのである。


団員は思った、男爵に扱かれるのは戦争参加と同等だ!と。


武術恩寵だけではなく身体強化も上がる実例を見てしまった団員は身体強化込みで死ぬ気で男爵に向かった。精も根も尽き果て気絶するほどの鍛錬だった。大の字でのびてると水を掛けられハッ!と気が付く。


そして恩寵は上がっていた。



三日目、確信を持った団員。取り分けLvの上がって無い団員は目が血走っていた。5年から10年で上がるLvが皆上がる。俺もすぐそこだ!全ての精力を傾けて模擬戦に向かう。


恩寵の上がった団員もしごきの経験値が凄い物と認識したために男爵の模擬戦を俺も俺もと取り合いになる。団長が恩寵の上がって無い者優先で仕切る。そして最後は模擬剣が上がらない程も疲れ果て、男爵に蹴られ引導を渡される。皆がまで丁寧に可愛がられた。


そして夕方、気絶した団員共が演習場に泥まみれで転がる。


水をぶっかけられて皆がフラフラと立ち上がった。ふと見ると期待の物が付いていた。


騎士が泣く。心が泣くのは止められない。

この世界に無いは理解されていた。



眼で視た物は忘れない。全員キッチリ付けておいたさ。



丁度時期に来ていた団員はLvが連続で上がり驚愕した。


車座となって身体強化を行い決死の模擬戦を行う。


 子爵家名物は誕生した。


この試練は団員脳筋の心を繋いだ。心がスクラムを組んだ。気絶した者は魔法の桶と呼ばれる井戸水をぶっ掛けられる。スックと起きた団員脳筋はクリーンで綺麗にされる。


そんな騎士団何処どこにも無かった。

(言っておくがこの宇宙に無いから)



・・・・



アルはこの三日間動きに動いた。



ステータスボードを持たないロスレーンの貧しい人達に朝から晩まで恩寵を付与しまくった。


その人にするのだ。その人が普段は何してるのか視てそれに沿った恩寵を付与しないと経験が恩寵に貯まらないから意味がない。


三番街、四番街の野菜を売りに来た農民、屋台のおっちゃんやおばちゃん、貧民街の雑炊売っているおばちゃん。貧民街の子供たちがいつも何やってるかを視て付与していく。


やっぱ街の中だとステータスボード無い人とすれ違うのはなかなか難しい。街の中では小金貨(20万円)貯めて宣誓の儀を受ける者は多いのだ。冒険者は無いと恩寵付かないから話にならない。


貧民街でステータスボード無しの人で検索して付与をした。12歳から老人までの10人ぐらいのコミュニティーを見つけて全員裁縫Lv1。ステータスの補助無く針子名人になったお婆ちゃん見てビックリした。


あっちの世界で言う人間国宝だ。緻密な刺繍を頼りに糧を得て生活する。恩寵あろうが無かろうが人としては関係ない。ブーストしてるかしてないかだ。


こういうの見てると恩寵だのスキルだの言っても道具に過ぎないのが良く分かる。便利な道具だ。使い様で正義にも悪にも変わる。お金と一緒で溺れる者も出るし、顎で使う者もいる。


その一つの道を極めたお婆ちゃんには頭が下がった。裁縫を極めたお婆ちゃんが食べて行ける。自分も覚えたら食べて行けると社会人になったばかりの12歳までいる。皆が寄り添う裁縫コミュニティーなんだぞ。嬉しくなっちゃうじゃん。


食べ物屋の屋台なら料理Lv1、行商(農家から買って野菜を売る)なら商売Lv1、農家が行商来てるなら農業Lv1、鍛冶屋の裏で鉄鉱石を運ぶ12歳の子供は鍛冶Lv1。


冒険者ギルドで視て採取依頼を普段受ける者には年齢やベテラン関係無く採取Lv1を付けてやる。これはステータス有ろうが関係ない。少しでも稼ぐ手立てと街に貢献してもらうためだ。



・・・・・・


四番街。

馴染みになったスコッツ武具店に冒険者の旅用の天幕、携帯食、これから冬に向かうために外套なども仕入れた。(当然割符さいふでシュミッツ払いだ)


寝る前には、水を弾くロウを冒険者用の靴(ミドルカットのバッシュ)に塗り付け革に馴染ませた。


メイドのアニーと演習場当番のメイドは孤児院に針仕事で一日置きっぱなしだ。お茶のセットも食材も持たせてある。朝送って行き、夕方迎えに行く。シスターたちと一緒に昼を作ってお祈りを捧げて来いと言ってある。ノーマは師匠と演習場だ。


ボロでもつくろえば十分着られるんだ!!と、あっちの国民精神総動員をメイドに言いながら針仕事をさせる。裁縫Lv1の子がやり方を盗めば以後は大丈夫と思っている。


今日から守備隊の隊員達も寄っている筈だから、お茶の接待もシスターと子供で見て覚えたらいいさ。これから自分達でやって行くんだからな。


(外面には一切出さずに、内面がツンデレている)



・・・・



この三日間の最後の日。


夕食前は師匠、夕食後は導師の鍛錬だが。スキルを付与してから夕食後は新しいスキルの報告会になっている。不具合や運用法を三人で検証する時間と言おうかそんな感じ(笑)


今日は遅くなるからとアニーに上がってもらった。


師匠の縮地、縮歩恩寵は睨んだ通りだった。縮地は固定距離1m、5m、10m単位を一回だけ瞬間移動出来る。再使用時間1分。縮歩は10歩まで瞬間移動出来る。1歩1mで刻めば10回連続使用出来る。再使用時間1分。


要するに身構える敵の裏に縮地で現れ奇襲。縮歩で10歩まで自由自在にその場で奇襲。その場で位置を入れ替えて騎士団を捌ける師匠に瞬間移動の10歩があれば楽勝で1分耐えられる。1分後には10mの遠い間合いで仕切り直せる。


縮地と縮歩は互いの長所と短所を補う攻撃スキルだ。同じ様なスキルと思うが全然違うのだ、魔法の範囲攻撃の直撃を抜けられるだけで余波は有るだろうが即死は避けられる。鬼の身体強化IIを持っている師匠は簡単に死なねぇ(笑) 物理攻撃の補助スキルだけあって縮地も縮歩も魔力は全然大丈夫らしい。



魔爪根まそうこんは見えない刃だ、魔力眼が無いと何が起こってるかも分からない。魔力眼で見る師匠はマジ禍々まがまがしいシルエットだ(内緒だが魔獣のスキルだからな)片手に5本の30cmの刃が爪から伸びる。両手で10本だ。それでいて自分の魔力で生成しているからなのか自分には無害。


「師匠、見えてるのです?魔爪根」


「見えてないが、先端までどうなってるか判るぞ」


「    」声は出ないが頷いておいた。


まぁなのかもな。


斬れまくるらしい。大喜びの師匠が子供の様だ。大喜びで振り回してる時、導師に「あんまり見せびらかすとこうなるぞ」と魔力を乱されて一瞬で刃が無くなりと反省していた。



最初から必殺技で戦うヒーローいないからな(笑)



導師は導師で、インベントリの仕掛けが面白いと言う。


時間も止まってる様だと言っている。俺も分らないが、それ次元魔法だからな。時間魔法がある以上、次元魔法だから次元だけなんだろうさ(笑) 名前順になるとか大きさ順になるとか種類順になるとか入れた物が綺麗に分類されるらしい。というかそれがインベントリだっつうの。意味は俺しか知らないけど。


そうそう、導師は家の図面をうちの爺ちゃんに渡したら、転移の魔法を検証するのにが嬉しくて朝まで転移しまくって昼まで寝てたらしい。今では最初20秒程かかったのが10秒位になったと言う。


良く聞いたら、見えてる場所はすぐ跳べるが、見えてない場所はキッチリ場所を思い出してその空間にマーキングしないと飛べないらしいのだ。まぁ有りがちなんだけど。


そんな訳でスキルの報告が終わると鍛錬だ。

スキル付与の日から模擬剣と模擬ナイフを師匠が二刀持って襲いかかって来るのを一刀の模擬剣で捌いている。道中の護身は剣だからだ。


視えて反応は出来るんだけど身体強化込みで追いつけない速さまで行くと負ける。強化をグルグル回しても、今じゃ家のみんなが回してるから追いつけないよ。


導師が最近効果があると言い出したからだ。

慣れる事によって魔力制御も上がり、魔力の移動も早くなる、急所に魔力を集中するのが早ければ早い程ダメージも少ない。魔力量が上がるとか、身体強化のレベルが上がるとか以前の問題で有効だった(笑)


身体強化系は使用魔力が小さく持久型だから魔力量はそんなに関係ないわな。使用魔力が小さいのは分かるが俺は魔力の流量と早さをイメージして回すからどうなるか楽しみだ。使用魔力は俺には関係ないからだ。


導師との鍛錬はかなり良い所まで行っている。


魔法障壁は物理、魔法の二種類が有る。その二種類の障壁を覚えると二つ同時に張る事が出来る。ここまで出来てやっと魔法使いは戦闘が出来るらしい。今回旅に出るので、前倒しして教えて貰えたのだ。魔法障壁はその耐久力を越えると霧散する。


そこで魔法防御(物理)を山折で作れば?と言ったら導師が成功させた。正面から突かれるベクトルを山折で流すのである。魔法使いは接近戦はしないが弓や投擲の範囲では守らないといけない。


そこで山折の魔法障壁である。元々の耐久力は上がらないが角度を付ければ付けるだけ直接のダメージは薄くなり長持ちする。


俺が作って見せて、物理攻撃の重さと早さをベクトルで解説して角度でどれ程のダメージが軽減されるか示すと導師も成功させた。戦争では魔法使いの両側を盾持ちの兵士が守るために非常に有効らしい。


回復魔法も自分で体験して分かった。

光魔法の回復は細胞の活性化でその部位が再生される。最上位になると欠損も再生するのがそこから来ている。無理やりの活性化なので本人の体力が消費される。


水魔法の回復はある物を癒すのだ。傷で痛い癒す>その場所が治る。欠損して水魔法のヒールは癒して塞がる。生えてこない。ある物を癒す。気力も満ちる。だから疲れたら水魔法。馬にも効く。水魔法のヒールが優しく感じるのは嘘じゃないのだ。


バッテリーの急速充電とパルス充電みたいな違いだと思った。パルス充電はゆっくり癒しながら治す。急速充電は無理やり活性化して直すみたいな?


そんな事を待ち構えてはいないが眼のイメージ力で活性化した光魔法のヒールなら大効果が有るのでは?とラノベ効果を期待している。


鍛錬が終わった後、お爺様を訪ねた。

メイド長のジャネットも一緒なので話が早い。


アニーの話だ。

俺のいない間のアニーに休みをあげられないか?と相談した。寝込むようになってアニーがずっと付いていた。病状が悪化するとランザフ先生を呼んでくれた。アニーが気が付かなかったら俺はいなかったかも知れないと話した。


苦しかった記憶が俺の心に染みついている。苦しくて目を開けるとアニーが目の前にいた記憶。俺が小さい頃熱を出して寝込んだ時の母ちゃんと一緒だった。心配そうな顔をして覗き込む母ちゃんの顔を思い出すだけで泣けてくる。


ベッドの脇に敷物がむしれて消えない椅子の跡が有る。それをお爺様に伝えた。


お爺様は理解してくれ、メイド長も微笑んでくれてる。


一カ月の間、アニーに暇をくれると言う。実家のロストまで騎士を付けて馬車で送ってくれると言った。お土産も沢山持ってメイド長も付いて実家に事情を話してくれると言う。一カ月経ったらまた護衛付きの馬車で迎えに行くと言ってくれた。



「明日渡そうと思ったが、ロスレーン家の身分証じゃ」


話が終わるとお爺様が子爵家の紋章の入ったカードをくれた。


「二か月、お預かりします」

「うむ、行ってまいれ」



旅の身分証である。





次回 77話  キャンディルへの出立

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