第76話 置き土産
三人が出立する日は、三日後に迫っていた。
アルは朝から師匠に馬術を習っていた。
従者頭のモース(32歳)が
「早駆けする訳じゃ無いからな、そこまで出来たら充分だ、朝食後は毎日ノストリーヌ(馬)と練習して仲良くなるんだぞ」
師匠が充分と言って少し安心した。ニンジンをやって顔を撫でているのを見て、気が付いたように師匠が言う。
「そうだ!馬車で出かけるときも繋ぐのはアルがやれ、馬具の装着も覚えておけ、旅の間はアルが世話をするんだからな」
リード師匠は今までの集大成で騎士団と三日間の模擬戦を行う事とした。9時半から17時半までミッチリだ。
二ヶ月間の旅である。個人の長所と短所を個別で教授し留守の間の鍛錬に当てる。それは攻撃に長がある者に、受けに長がある者を組み合わせる。そんな目的もあった。お互いに目指す物が明確になるのだ。
師匠がいない期間の午前は技量の似た二人の組み合わせで模擬戦。午後は車座で勝ち抜き模擬戦を延々と行う。これは師匠が留守にすると騎士団がガッカリしそうだと師匠に吹き込んだ。
キャンディル領に行く前にすることがあった。
アルは粉まみれ事件から一週間に一回ほど孤児院を訪れていた。孤児院の件で思惑があったのだが旅で早める気になった。
シスターがステータスボードを持っていないのだ。
孤児院の子供が大人になり今の孤児たちの面倒を見ているだけのシスターだからだ。亡くなってしまった育ての親のシスターは教会の者ではあったが、食べさせるのが精いっぱいの孤児達に宣誓の儀は行えなかった。
ある意味、都合が良かった。
ステータスボードを持たないシスター3人に光魔法(回復)Lv1を付与した。
師匠と導師に秘密を告白して何も言われなかった。導師には俺の言葉は神の言葉だと言われたのだ。スキル群を見せても否定されなかった。心の重荷が取れた今は何も怖くなかった。
悩んだ振りしてランザフ先生を訪問した。
自身が生を永らえさせた患者が訪問したのである。奇跡的に子爵家の子は回復していた。ランザフ先生のスキルは魔力が見えるのでは無かった、魔力感知のスキルで魔力の流れを診ていた。元気に訪れたアルの巡る魔力を見て驚いた。
驚いて見ているランザフ先生にアルは相談を持ち掛けた。
「ランザフ先生と同じ暖かさを感じる人がいますので一度会って頂けませんか?」と言うとランザフ先生も興味を持った。
ランザフ先生を馬車に乗せ向かう教会。
孤児院のシスターは元孤児院の孤児で本物のシスターではない事。死の淵から奇跡的に治った事を教会に報告に行こうとして知り合った事。知り合って一か月間見てきたがランザフ先生と同じ暖かさを胸の所に感じる事。もしかしたらランザフ先生と同じ魔法が使えるかもしれない事を訴えた。
教会に到着すると三人のシスターに言った。
「僕が病気の時に直してくれた先生だから診て貰ってね」
ランザフ先生は魔力が見える、光魔法を付与した事で不自然に四門が開いているのに気が付くはずだ。(四門:心臓の横の身体の中心線にある魔力門。光魔法を付与した瞬間に門が開いたのをアルは魔力眼で視ていた)
「ランザフ先生も気が付いて驚いていた」
「ステータスボードは持ってないのだね?」
「はい、誰も持っておりません」
「今から回復魔法を掛ける、真似してご覧」
ランザフ先生が自身の魔力でシスターから回復魔法を発現する。
「ヒール」
シスターの手からヒールが発現する。
「同じように魔力を動かしてやってごらん」
出来るに決まってるさ、最初から光回復持ってるもん。
「ヒール」
シスターの手から回復魔法が発現した。
「むむむ!」ランザフ先生の超驚く顔(笑)
「試しだ、私に見える様にステータスと言ってごらん」
「ステータス」
「むぅー!これは・・・分った」
二人のシスターも普通に発現した。
「ランザフ先生、うちに隠遁の賢者様がちょうど逗留中です、三日後に立たれますが、お会いになられますか?」
「なんと!お会いできるのか!」
驚いて、敬語が飛んで子供扱いされた。子供だけど。
「こんなステータスボードも無いのにヒールが、魔法が使えてるなんて聞いた事が無いので・・・」
「そうだな。ご相談してみよう」
導師の所にランザフ先生を連れて行き、何食わぬ顔でランザフ先生が興奮して光回復魔法を報告するのを聞いていた。
導師が俺を見まくってくるのをガン無視。
「うむ、その様な事がステータスも無しにのぅ。ランザフ先生、儂もその様な事は聞いたことも無い。神の奇跡じゃと思う、逆にその者達に宣誓の儀は与えてはならぬぞ。
「ランザフ先生、三人のシスターは回り持ちで先生のお手伝いは出来ないでしょうか?シスター一人が働くことが出来たら孤児院が少しは楽になります」
「うーむ。そうだなぁ、ステータスボードも無いでは治癒術士(薬士や医者協会みたいの)ギルドの権威に掛けて認めないだろうしな。宣誓の儀が無いのにスキルとは教会も説明が付かぬだろうな。宣誓の儀にケチが付くな。やはり教会も認めぬなぁ・・・
・・・貴重な回復魔法士が三人も増えたんだ、領地やこの国にはめでたい事だ。良い事なのだ、騒ぎ立てては悪い方向に行きかねんな。何か身が立つように協力しよう」
ヨシ!強力な助っ人ゲットだぜ!
何の事は無い。こうなると思ってた。俺はあの世界でステータスボードが無くてもスキルあった上にLv上がったんだから。
導師は朝からずっと新しい家の図面を書いていて、話の最中もチラチラ机を見ていた。来客とか相談とか、マジ迷惑過ぎて笑える。ランザフ先生連れてきた本人が反省するわ。ドアに向かった瞬間に体が机に向いてたからな。注文住宅はメラメラ燃えるよな(笑)
そのまま演習場に向かうと騎士団が大の字になって転がっていた。お貴族様達の顔が泥まみれだよ。
視ながら1/3の転がってる人達に身体強化と得意な武技を1上げておく。全員が一気に上がると奇跡になるからな。師匠のスパルタで上がった事にしないとな。
スキルの位階が上がるのは大体5年~10年らしい。戦争で命のやり取りをすると早く上がったり、強いモンスターを倒すと上がってるらしい。子爵家の騎士団も公爵家級にならないかな。イヤ、公爵家級知らんけど。
晩に爺ちゃんと父様に同じ様に恩寵を上げる。婆ちゃんとお母様の得意魔法を上げる。うちの婆ちゃんは雷婆ちゃんだぞ。お母様は雪の女王様だ。(マジ若いんだって!)
明日は・・・居ない間の保険だな。
翌日。
東門の守備隊を訪ねた。守備隊長が自身でお茶を出してくれた。
「今度導師のキャンディル行きにお供することになりました。それでお願いがあるのです」
「何でしょうかな?私に出来ることがあれば」
「打ち捨てられた教会の孤児院の事なんです」
「ふむ、何かありましたかな?」
「私が居ない間、見守ってあげてくれませんか?」
「見守るとは?」
「警備の見回りに立ち寄ってお茶を飲んで頂きたいのです」
「は?茶をですかな?」
「はい、守備隊の休憩場所として孤児院なら良いと思うのです」
「そりゃ、良いでしょうな。個人商会よりずっと良い」
「守備隊のお茶は小遣いから出しますのでお願いします」
「なんと、そこまでですか。何かおありでしょうか?」
「今、教会が綺麗になった事で、三番街に行かずに四番街のみなさんが打ち捨てられた教会で簡単にお祈りしていかれるのです。その時のお布施が問題です」
「ほう、なるほど。して?」
「お布施ではなく、私が孤児院への寄付箱にしたのです」
「ほうほう!」
「守備隊で孤児院の寄付箱のカギを預かって欲しいのです」
「ふむ。アル様が孤児院を保護しておるのですな、分かりました。鍵を預かり毎日休憩させて頂きましょう」
「隊長!ありがとうございます馬車で案内致します」
「アル様、副長も三名連れて行きますのでお待ちを」
守備隊員が毎日10時と15時に二名ずつ30分の休憩を教会で取る事が決まった。孤児院への寄付箱は神の前ではなく入口に置かれてしっかりと固定され、鍵は守備隊長が持つことになった。
子供用と大人用の模擬剣もスコッツ武具店で購入して教会に常備した。一緒にロスレーン領守備隊立ち寄り所の看板も注文し、分かり易い場所に付けてくれるように頼んだ。
(模擬剣は日本の木刀とは違う、マジ本物と同じ重さの鉄だ。両刃の剣が多いので両刃の部分は刀の峰の様になって切先は丸くなっている。師匠が無手から始めた模擬戦なので騎士も身体強化は使わなかった。剣になっても師匠はトンと当てるだけなので騎士団も使わないのに慣れてしまった。本来は身体強化同士で振り回すガチな代物だ。身体強化していると少々過剰に当たっても何もない。俺は抜けてる所あるからさ、今思い出したんだよ。ゴメン)
腕白坊主に剣術Lv1を付与した。悪に走ったら剥奪する。
教会の裏の菜園を任される小さい子は農業Lv1。冬の隙間風を止めるのが上手い子に木工Lv1。すばしっこい子に格闘術Lv1。面倒見の良い子に家事Lv1。女の子には家事Lv1、料理Lv1、裁縫Lv1を割り振った。教会一丸となって回る様に付与していく。
坊主達に吹き込んでおく。
「毎日守備隊が来るぞ。お願いしたら稽古してくれるかもよ?上手くなれば守備隊に入れるかも!守備隊の人に教えて貰えるなら羨ましいなぁ。でもまじめに練習しないと、とっちめられるかもな?」
天まで昇るように
稽古も怪我しない様に隣の空き地でやれよ。
怪我してもシスターがいるさ。
12歳になったら伝手から仕事を探してやればいいさ。皆が育ったら少しずつ豊かになるさ。
生きる辛さが分るお前たちが変えるんだ。
小さな幸せを知るお前たちが作るんだ。
次回 77話 消えない椅子の跡
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