第72話 生活魔法
魔力眼を授けられた翌日。
アルベルトは普通に見えるが変化していた。
アニーの想いに囚われるのも間違いではない。
求道から目を逸らすのは物質的な事ではない。逃げるなと導師が言った意味をアルは理解していた。
野球の道に今の自分を添わせる事で迷いが解けていた。明は家事も妹の世話にも向き合っていた。そして野球から逃げて無かった。眼を逸らさなかった。
導師の言葉を己に当てはめて検証出来た。
アルの反省は合っていた。求道では己が思い悩むほど道は外してない。本質を歩んでいる。周りに目を向けて、己に足りなかった配慮に気が付いた。だから反省して向き合った、アニーと一緒に過ごす日を作ろうと思ったのは間違いを正したのである。
欲する道から逃げていない。逃げていなければ
そうで無ければ魔法と武術を一緒に学ぶ事をあの導師が許す訳が無いのだ。究めるのに山に籠るのもいいさ、戦い続けるのもいいさ。求道は目を逸らさず逃げなければ同じなのだ。
己の迷いは吹っ切れた。
己のやる事を再確認出来たアルは清々しく心が晴れていた。そう、一皮むけていたのである。
迷って泣いて反省する。
例えつまらない事でも本気で迷って本気で泣いて過ちを悔やんで反省して立ち上がる。それで心は新たに再生される。
再生されたばかりの弾んだ心で生を満喫して行う練習。同じ鍛錬でも輝きが違った。体に深く染み込んでいく。
今日は特別に美しいと見入るアニーしかいない。
そう、一晩で内面が別人になった程も変わっていたのだ。『男子三日会わざれば
アル自身も気が付いていない。
身体強化でスムーズに魔力を巡らしながら走る。
魔力眼も一緒に使えている。見ている景色が蛍光ペンで輪郭されてるような景色だ。確かに見辛いが自分の物にするには必要だと割り切る。必要な鍛錬と思えば自身の栄養なのだ。
型の練習も今は改良されている。
1の型、2の型、3の型と増えて行くのをズルズルと行えば時間を取られ反復が薄くなる。各型で共通の捌きは削除した上で、新しい捌きだけを統合し1の型に付け足して行く。
剣の捌きと後の先でしか無かった1の型が新しく付け足されて進化して行く。全ての武器を捌くための型に進化して行く。
目を
アニーに次の雨の日、10時半から17時半の予定で街に買い物に行くので靴屋さんと練習着を作れる店、武具の手甲と小手が見たい事、食事の出来る店を調べておいてくれと伝える。
毎日演習場に行くそのままの状態。馬車で出る事。御者、世話になるその日の当番メイドは連れて行く。師匠と導師も助言を頂く為にその日の朝食時に誘ってみることも伝える。四人から八人の食事になる事を伝える。
視ながら心で、アニーごめんよ。そしてありがとうと呟いた。
朝食時。やはり使用人の
アニーがアル様の朝食を厨房に伝えに行く。それが出来る前に使用人の朝食を食べてしまうのでアルの食事はその時間に用意される様になっていた。アニーどころか執事長のシュミッツの小言も蛙の面になんとやら。
「使用人の食事を摘まみ食いなどと!その有るまじき振る舞いは貴族として
皆がわんぱく小僧の貴族様と温かい目で見ている。
(こいつ20歳越えてますと教えてやりたい)
アルの弾んだ心でアニーとの食事の会話も弾む。
武具の事をアニーが分からない様で不安そうなので、食堂で家族に付いているシュミッツに説明し、騎士団に武具を収める商店をアニーに教えてくれと伝えた。
次の雨の日にアル様が参る事を商会長に伝えておくとシュミッツは快諾した。アニーは心配が無くなったようだ。16歳なんだ、初めての知らない事は心配だよな(笑) アルの癖に16歳のアニーを心配する。
食事が終わると9時半まで練習。
すでに型は自身の体にほぼ落とし込まれている。今は視ている型との差異を少なくし重心位置をより安定させ、早くする事を課題にしていた。
受けは崩されない様、より低く重心を中央に保ち小さく受ける。流しはより大きく円を絶えず意識、返しはより早く、最短に。イメージの師匠と寸部違わぬ形で、イメージより小さく、大きく、早くなっていく。そこに無い団員の全ての武器を捌いて行く。
汗が噴き出す、己の世界に入り込む、型しか追わない心。
己が極めた目と極めた眼を使って駆け登っていた。
この世の人族と同じ方法で捌きを鍛え上げていた。
9時半に師匠の部屋へ行く。
その日、リードは気が付いた、確かにアルは変わっていた。何が変わったのか分からない。昨日の馬車の突然の雰囲気の変わり様と目の前のアルはまさしく別人だった。技がキレている、弾んでいる、躍動している。
己の磨いた技がこれ程も伝わる事が嬉しいと思った事は無い。相手の攻撃を受ける、流す、返す。その攻防が見える。まだ幼い少年が技の芯を外さず、意味を理解して目の前で弾む。
毎日休みなく騎士団と模擬戦して見せてきた物が伝わっている事に己の日々が間違って無い事を確信した。
嬉しくてつい言ってしまった。
「そこに足払いを繋げて見ろ、こうだ。うむ、そうだな。それなら、こういう発展もある。一緒に繋げて行け」
リードも初めての弟子だった。
この一言でアルは足癖の悪い奴になってしまうのである。リードは悪くない。悪いのは一心不乱に打ち込むアルだ。
演習場に向かう。
今日は白兵戦用の武具、鎧を双方着て盾と片手剣同士の模擬戦だ。近代戦闘の馬上戦もこの格好で行う為に騎士団では最もポピュラーな装備である。(馬上戦は片手は手甲にバックラーと
白兵戦を見学しながらアルは盾の使い方を視て学ぶ。受けの角度、振りおろし、振り上げ(勝ち上げ)盾の陰からの突き、多種多様な捌きと返しを視て行く。受け一つでも全て違う、重い盾を勢いを付けて剣に叩きつける攻めの受け、流す技巧の受け、流して崩した相手へ盾の
盾一つで攻防一体の上に剣が加わる。武具が一つ加わるだけで動きの選択肢が増えて行く。無手から始めてここまで遅れを取らない師匠は凄まじかった。すべて受けから始める後の先をアルベルトに見せ一切主導権を取らせずに捌いて行く。
傍から見ると激戦の師匠を筋トレして見学の弟子。
シュールな
晴れたら毎日行う模擬戦は異例過ぎるのだ。もはや模擬戦が騎士団の家業になっていた。騎士団の者は子爵がアルベルトの師匠という立場で
誰もアルの訓練を見ていない、知らないのだ。
屋敷に帰ると、今日視た模擬戦のトレースが始まる。
夕食後
導師の部屋を訪れる。
「おう、やっておるの。良く目に巡っておる」
「こんな感じで一日中見れば宜しいでしょうか?」
「うむ、魔力眼になれてしまえばそれが普通の視界となるからの、使えば使うだけ第六門に魔力を纏う。纏えば察知されにくくなるの。お主の魔眼も見破られる事も無くなろう」
!?
「え? 慣れたら。あ!使えば使うだけ見破られないのですか?」
「強い魔力の中で弱い魔力が煌めいても分かるまいよ」
「見ておれよ、これはどうじゃ?」
「魔力が集まった中で輝きました」
「これはどうじゃ?」
「分りません、強い魔力が集まっているとしか」
「そういうことじゃ、第六門に
「はい、導師。ありがとうございました」
「よいわ。今日はのぅ、生活魔法を授けるぞ」
「ありがとうございます」
腕を掴まれ魔力を流される。
「掌を上に、この魔力線を正確に真似よ」
「ライト」
掌の上に10cm程のライトボールが浮き上がり不意に消える。
「ライト」
またライトボールが浮き上がる。
「今の魔力線を見たか?己でやってみよ」
掌の上に丸く魔法陣の様にグルグルと魔力を回す。
「ライト」
ライトボールが浮き上がった。
「良いぞ、良い良い」
「次じゃ、良く見よ!手の爪先に魔力線が集まる」
「ライト」
パチンコ玉の様な大きさで眩いライトボールが出た。
「やってみよ」
爪の先にさっきの魔力を押し込めて小さくグルグル回す。意外に圧縮が難しい。なかなか最後の小ささにならない。
「ライト」
パチンコ玉より一回り大きなライトボールが出た。やっぱり眩しいが、魔力の圧縮分で光ってるだけだ。
「取り敢えずそこまで制御出来たら上等じゃ」
「次は火じゃ、燭台ランプに火をつけるぞ、手は横にろうそくを風から守る様に気持ち丸くする。そうじゃ。魔力を良く見よ」
曲げた手からろうそくの芯に向かって魔力を込める。
「火よ」
ろうそくの芯に100円ライターの火、そのままが点く。
「出来るか?」
「火よ」
同じく点く。マジ嬉しい!わーい。
「同じように、水よ」
水の入った口の大きなデキャンタに水を出す。
「水よ」
同じく出る。わーい。
「そこまで出来たら十分じゃ。次は魔力眼で良く見るのじゃぞ、大切な事じゃ」
「はい導師」
「体が魔力で縁取られておろう?」
「はい」
「その縁取りに沿って魔力を流すぞ、良く見ておれ!掌を真っ直ぐにせよ、魔力を均等に掌から出して縁をなぞるように。この魔力を覚えよ、強さと面積を均一に・・・見えるじゃろ?このまま縁をなぞっていく。クリーン」
驚いたことに、服に魔力を
「覚えたの?見えたか?やってみよ」
「ふむ、もう一回やってみせるぞ、この魔力を真似るんじゃぞ。良く見よ。クリーン」
「もう一度やってみよ」
「そうじゃ、その魔力じゃ。良く練れておる、そうそれで発動」
「クリーン」
「そうじゃ、後の強弱はもう出来るの?体と服は別々の方が粉が体の内側に溜まらなくて良いじゃろう」
凄いのおぼえた!わーい。
「次は時間魔法行くぞ」
指先がピリピリしてくる。
「視えておるか?この魔力の波が時間じゃ。ピリピリしておるじゃろ、それが秒。その積み重ねで時間はある。良く見ておけよ。
「タイム」 時間が分かる。
「やって見よ」
魔力の波を寸断して出そうとしたら・・・
「そうではない、こうじゃ。切ってはおらん。波じゃ、繋がっているからタイムなんじゃ」
集中して今の波形を真似る。
「良いぞ!もう出るじゃろ」
「タイム」わーい!出ちゃった、結構ムズイのに。
「今度は、タイムの複合じゃ」
「お主が波を作れ、儂が乗せる」
「そうじゃ、その波を維持して・・・乗せる波形をイメージして、アラーム」
「30秒ピッタリに鳴るぞ」
あ!本当だ、直接頭に響く。アラームと一緒に時間が分かる(笑)
「自分でやってみぃ」
タイムの波に今度は20秒の同じ感覚の波を乗せる。
「アラーム」
「よし、出来とるはずじゃ」
あ!来た来た、時間と一緒にお知らせだ。
「お主の魔眼はほんに凄いのう!タイムは魔力眼でも慣れぬと早々見えん筈じゃ、アラームの波を合わすのも簡単には習得できぬぞ。それは見る専門に特化しとるのか?」
「そうですね、Lv10で注視すれば忘れません」
「忘れぬかよ、すごいのう。文献でしか見たこと無いわ」(導師は他の魔眼と勘違いしてる)
「まぁよい、そこまで見えたら教えがいも有ろうよ」
「ありがとうございます」
「よし、今から外へ行くぞ。メイドは要らぬ」
「はい、導師」
庭まで行き、ライトの魔法で敷地の端まで行く。
「これは最後の生活魔法じゃ、魔力を良く見ておれ」
腕を掴まれて言われる。
「はい導師」
「ホール」
地面に直径40cm程の丸い穴が出来る。
「回転の速さで深度が決まるからの。儂の速さを基準にせよ」
「はい」
「そうじゃの、そうそう。良いぞ良いぞ、回転に気を取られず強さと編み込みに集中せよ」
「ホール」
「よし開いたの、次は逆回転でやってみよ」
「・・・それでよい、唱えよ」
「ホール」
穴が埋まった。
「よろしい!属性魔法のそれぞれは強さ、編込み、展開、回転のバランスを崩さずに魔力を込める事でイメージを正確に発動させるのが大切じゃ。基本の基本に奥義がある」
「そのまま大きく魔力を練れば最小の生活魔法も人を殺す戦争の武器じゃ。魔力を編み強大な魔力で逆回転を遠方に発動する。穴も埋めるが兵も埋めるものとなる。より強力になる。しっかり修練せい。儂の部屋に発動体がある。授けよう」
「導師、ご教授ありがとうございました」
「魔力眼が有るとしても早過ぎじゃ。魔力制御に慣れておるとこうも早いとは、その緻密な制御とお主の魔眼じゃろうな。ここまで習得の早い者を儂は知らぬ、魔力眼を持って6属性で半年じゃろうの?普通の魔法使いなら体感で二年から五年は掛かるぞ、まさに神の導きと分かる」
発動体をアルに渡しながら、ベントは言った。
「儂がこれを渡すのは三人目よ、王家から授かった儂の紋が入っておる。正しく儂の弟子の証じゃ。儂の懇意にしとる魔導士は力になってくれるじゃろう。お主には魔力削減の効果は意味が無いが発動は強くなるでの。研鑽せよ」
「アルの場合は門の大きさだけ無限に魔力が使える。発動は大きくせず、より小さく小さくを心がけて鍛錬せよ。その小さくが魔法制御を細かくさせるのじゃ。大きく使うときの制御に役立つ。良いか?絶えず小さくを心掛けよ」
「制御で小さく、編み込みは小さく緻密に、展開する発動の渦もそれで小さくなる、その小さいままで渦を早く回してコントロールせよ。それに本来の秘儀であるイメージが加わるが、お主はそれが出来ておるので言わん。良いか?魔法士の出来はその五つで決まる。心せよ」
「お主の場合五要素で言えば、魔力の制御とイメージは充分出来ておる。編込みの緻密、渦の小さな魔法陣の展開、渦の回転のスピード。それで編込みに乗る魔力が変わる。魔法規模を大きくすると、小さな差が大きく出るぞ。編込みの緻密、展開の渦、渦の速さの三つを特に心掛けて小さく使え。五要素のバランスが整うはずじゃ」
「ご指導ありがとうございました」
「励めよ」
見るを極めた男は生活魔法を手に入れた。
授けられた魔力眼あっての早さではあったが生活魔法をたった一日で手に入れた。
次回 73話 禁欲無双!
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