第71話  魔道の洗礼



「アルよ、この方は、ベント・キャンディル元宮廷魔導士筆頭、今は任官されておらん稀代の大魔導士じゃ。キャンディル伯爵家の出で伯爵の弟君おとうとぎみじゃ、今はキャンディル領におられる。研究に没頭されるのでキャンディルの賢者・隠遁の賢者とも呼ばれておる賢人じゃ」


「その様なお方が私の師匠に。ありがとうございます」


「儂も忘れておってすまんの、儂の名を知らぬ者と会うなど何年も無い事だったからのう。アルベルトの歳なら知らぬでも無理は無い。ベントじゃ。よろしくの」


にっこり笑って見下ろしながら、手を出してくれたので慌てて握手したらヨイヨイされた。子ども扱いだ!子供だけど。


その時、客間にノックで来客が告げられた。


「騎士団の伝令が見えています」

「「あ!」」


一連の騒動で騎士団に使いを出すのを忘れていた。

イヤ、行く事すら忘れていた。げげげ!


しょうがないよな、客間に入った途端に戦闘寸前まで行ったからな。忘れるに決まってるよな。あんなのあったら覚えてる方が凄いわ(笑)


師匠が従士の人に伝えた。


「火急の来客で、対応が出来なかった。待たせて悪かったと団長にお伝えを、訓練は宜しければ13時より17時までの模擬戦を予定する。待たせて迷惑をお掛けしたと団長に詫びを」


従士は礼を返して出て行った。


「儂も住処すみかに急ぎで手紙を書かねばならぬの、メイド殿、部屋へご案内下され」ベント師も中座した。


ベント師が居なくなってから。お爺ちゃんが言い出した。


「また変わった鍛錬をしておる様じゃの?効果はどうじゃ?」


「まだ始めて半月なので練習の賜物なのか、単に慣れているのか分からないんです」


「そうじゃろうの?聞いたことも無い。武官であれば鍛錬の時に使うだろうが、平素から使うなら当然慣れるであろうな。イヤ慣れるのが早ければ向上する可能性も十分あるのう。儂もやってみるとしよう」


3人が回し始めた。


昼まで1時間程有ったので師匠と模擬戦した。


昼食の時にベント師が大笑いした。

ベント師もやると言い始めた。4人が魔力をグルグル回す。


お昼を済ませてから騎士団に行く。

師匠がヒース団長へした事を告げ、午前中の詫びを言い。ヒース団長も車座で団員同士の模擬戦に切り替えたと説明していた。


最近は師匠も団員も戦闘装備(甲冑とか鎧や盾や鎗の完全装備)同士の模擬戦となっている。こうなるとお互いに甲冑の急所しか狙えないのだが師匠の崩しが上手く相手はすぐに転がされて急所を突かれてしまう。


能書きを色々考えながら色んな視点で見て、筋トレしてるのは変わらない。


うちの騎士団、皆殺しになってるんだけど(笑)

甲冑を使うのは集団戦闘なのに師匠に一人じゃなぁ・・・。


それでも俺の為に甲冑の模擬戦をしてくれてるから感謝感謝。実際にどんな物かは視ないと掴めないし集団でも個々の集まりと考えたら個人を沢山倒す意味では正解だろう。


師匠は槍で突かない、相手の出足前に突き立てて出足を挫く。引っ掛ける、払うと自由自在に相手を狙わずにバランスを崩していく。槍の自由自在の奔放な使い方に驚くのだ。


騎士団の皆が呆れて笑いが出るのも分かる。向かう出足を止められると甲冑の重さでバランス崩されて終わりだ。流す型に重さで止まらない攻撃の勢いもあって、師匠の思う通りに自在に振り回されている。


型として確立された流す、止める、転ばせる。崩した後の最後に継ぎ目の急所狙い。甲冑での戦闘はほぼ覚えたと思う。後はじっくり視させて貰って、明日から鎧での模擬戦をお願いしようと思った。



帰りに魔力を回しながら、師匠と話をしてる最中、ふとアニーを見ると外を見ていた。何を見ているのかと気になって視た。


アニーはアルの看護に1年半、部屋に詰めていた。


「アリア様の洋服を新調に行った」

「アリア様の好きなお菓子を買った」


アル様と買い物に行ったり、アル様と街に出たかった。主人と専属メイドは本来はそういう密な日常を送るのである。


元気になったアル様と一緒に街を散策したり、買い物したり、お茶をする夢を外の景色に見ていた。


アルは覗いたアニーの想いに凍り付いた。





何が魂を磨くだ!ふざけんな。自分の事ばっかじゃねーか。


その優しい思いに触れて、情けなくて涙が出そうになるのを歯を食いしばって耐えた。


考えたら向こうの世界だって俺は勝手に夢中になってばっかりだ。自分の事しか考えてねーのか!ふざけんなよてめー!目の前の事が一番見えてねぇじゃねーか。何が親孝行だよ、何が秋本を学ぶだ、最低の嘘つき野郎、いい加減にしろ!


夕飯まで体をいじめ抜いた。


鬼気迫るアルの激変にアニーは驚いた。普通では無かった。夕飯では言葉が少なかった、魔力は回しているが様子が違った。


ベントもリードもアルの様子が違うのには気が付いたが何も言わなかった。20時にベント師の部屋に来る様に言われた。


ベント師匠の部屋に着いた。

自分が情けなくて、気が乗って無かった。


部屋に入ってベント師が聞いてきた。


「アルベルト、何かあったのか?」

「・・・」


「どうした?(笑)」


「・・・私は学ぶために加護を頂いて生かされたと思ってました。そのつもりで毎日鍛錬して参りました。鍛錬しか見ておりませんでした。この世の悪意から身を守るために最初に武術や魔術を覚えないとダメだと思い込んでました。


今日、それでは何も学んでいない事を思い知りました。目覚めてから半年、鍛錬に向かい過ぎ、ロスレーンの街すらも見ていない自分に愕然がくぜんと致しました。自分の馬鹿さが身にみています」


「ほう・・・なるほどのう」


「・・・」


「わっはっはっはっ!馬鹿が!それがどうした!中途半端な馬鹿め!街を見るじゃと、笑わせてくれるわ小僧。求道の者が他の物を見て何とする。我が手に全てを納めるつもりか?武術を極めるために何年も戦い続ける者もおる、山から何年も下りて来ぬ者もおる世界で半年じゃと。片腹痛いわ!(笑)」


「お主は何様じゃ、武術を極めたいのじゃろ?魔法を極めたいのじゃろ?駄々をねて目をらしてなんとする?一事に打ち込めぬ者は何も為さん。目を逸らす何もかも捨てよ。欲する事のみを見よ。一事こそ万事を理解せよ。中途半端は一番駄目じゃ」


「まだ、お主は子供じゃから迷うのも仕方ないわい。しょうのない小僧じゃ。ほれ、こっちへ参れ」


アルが近くに行くと腕を掴まれた。

心地よい魔力が体に流れて行く。


「お主、間違いなく魔眼持ちじゃの」


アルは凍りついた。悩みも迷いも何もかも吹っ飛んだ。


「わしを覗きおったじゃろ、抜かれたのは久々じゃ。文句なく此処ここは開いておるの」


眉間を指された。


「今からする事は秘事じゃ。宮廷魔導士クラスでも数える程しか持っとらん、これが無いと魔法もクソも無いわい。幾つか覚えて人生が終わりになる。この国の持つじゃ」


「聞かせたぞ。心して受けよ」


「ゆくぞ、眉間に集中せよ!」


眉間に魔力の流れが集中する。身体強化のグルグルが収縮し眉間で回る。全然痛くないが眉間が灼熱する。


「よし、良いぞ、魔力が見えるか?」


「はい。これが・・・魔力」


「そうじゃ、それを見ないと話にならん」


マホリックスの仮想空間ばりの魔力の世界が見える。眼の前の師匠に巡る魔力が映る。蛍光ペンの様に光って流れている。


「これが見えるか?」

「はい!師匠の手に魔力が集まっています」

「ファイアボールの魔素じゃ」


「これは?」

「指に魔力が集まってます」

「生活魔法じゃ。見えとるの(笑)」



「次は一門から開けて行く」


再び腕を掴まれる。


「小さいのぅ。行くぞ」


下腹部に灼熱が ってあそこが熱を!あそこが!あそこが!


・・・俺のあそこは小さいのか?


「師匠!あそこが!」

「あそこじゃ無いわい!もっと広げるぞ」

「ああああーーーーー!あーーーーーーーー!」

「こんなもんかの?」


「次、第二門開けるぞ、それ」


臍の下が熱くなってくる、臍下でグルグル回る魔力・・・


「ああああーーーーーーー!」

「もう少しじゃの」

「あーーーーーーーーー!」


「次、第三門開けるぞ」


鳩尾みぞおちが熱くなる、ジンジンしてくる。魔力が集まる。


「ほっほっほっ、あーーーーー!」

「あーあー煩いの。だまっとれ」


「次、第四門」

胸に魔力が集まって来る。ドンドン熱くなって行く。


「ふぐーーー!ふぐーーーー!」


「次、第五門。ん?ここは、少々開いておるか?」


喉に熱が、喉が喉がー!


「ぅぐーーーーーー!ぅぐーーーーーー!」

「良し、大きさも揃ったの?」


へぇへぇへぇ・・・はぁーーー!


「身体強化を巡らせよ」

「は、はい!」

循環を意識してグルグル回し始めてすぐに分かった。

「魔力の通る量が!」


土下座した。


「師匠、お導きありがとうございました」

「よいわ。アルベルト、頭を上げよ」

「アルとお呼び下さい」

「ふむ、分かった、アルよ立ちなさい」


土下座を解いて立ちあがった。


「分かっただろうが。魔力はそこの門から溢れる、人として生きて行く分の門しか普通は開いておらん、魔法の研鑽を積めば積む程に門は開かれる。お主は魔眼のせいじゃろうが第六門のみが開いておった。全ての門を六門に合わせて無理に開けたでの。


六門じゃ。そうじゃ!


お主の魔眼で儂を抜けるのは大したもんじゃがその割に六門がそうは開いておらぬ、儂を通すなら六門全て開くぐらいの筈じゃがのう。アル、何か思い当たるかの?」


「目覚めた時に加護と一緒に魔眼がLv10だったので、段々と開く途中かも知れないです」


「ほうほう!お主、死の淵から目覚めた時には加護が付いておったそうじゃな?一緒に魔眼Lv10も突然付いたとな!ふむ、それなら理解出来る。開いている最中やもな。


それからのう、魔法の世界では弟子は師匠の事を導師と呼ぶ。導く師という意味じゃの。魔導士が研鑽けんさんして弟子を持つ。弟子を持って導師となる。そして魔導士は魔導師を名乗るのじゃ。導師と呼べるものは弟子だけじゃ」


「はい、導師」


「魔法の道も険しいぞ。心せい。慢心し覚えた魔法を伝えるでないぞ。人々に災いを招く元じゃ、簡単に人に教えてはならん」


「今からお主の師匠を呼んで参れ」

「はい、導師」


扉を出ると使用人控え場所(人払いの時に待機する廊下が見渡せる場所でお茶が飲める)からアニーが立ちあがる。呼んでないよと手を振って制してリードの部屋へ走る。ノックをするとノーマが顔を見せる。導師が呼んでいる事を伝え、一緒に向かう。


「リード卿、すまんの」

「いえ、何のご用でしょうか?」


「お主の魔力の巡りが悪いでの、矯正しようと思っての」


「は?魔力ですか?」

「そうじゃ、まぁこっちにおいで」


「今から行う事は秘術じゃ、アルの側におるお主には伝えるが口外は無用じゃ、魔力門を調整する。誓って喋るでないぞ」


「はい」

「行うでの、腕を出してくれんか?」


「第一門と第二門、第六門が小さいの、今から広げるからの?」


「よろしくお願いします」


「第一門行くぞ」

「ぐ!」

「第二門行くぞ」

「が!」

「第六門行くぞ」

「う!」


「さすがじゃのう、もう巡っておるわ」


「身体強化をしてみ」

「こ、これは・・・」

「良く巡るじゃろう、ふふ」


「アル、今日はお終いじゃ。明日も同じ時間に来るように。リード卿も身体強化を巡らせるに効果があるとええの」


「は!ありがとうございました」

「導師ありがとうございました」



アニーと部屋に帰った後、アルは考えた。


導師の言う事は本質だ。俺も野球をやっていた時一心不乱で打ちこんだ。周りを気遣う事は目を逸らす事なのか?野球の時も家事や学校行ってたから脇目って事にならないんじゃ?俺は焦ってるのか?余裕が無いから目の前の事に打ち込もうと必死になってしまうのか?


ちょっと待て、俺は必死だったか?


学校が無いから、出来た時間で漫然とやって無かったか?受けはどうだ?流しはどうだ?視る事にかまけて実際の攻撃なら受け流したり、受け止めたり出来ない型だったじゃないか。


なまじ視えてるから真似になってしまう?これは盗んでない?形だけ真似てやった気になってる?これは間違いなく盆踊りだ。真似て踊っている。野球と何が違う?あの時と何が違う?


アルは自然と手の平をじっと見ていた。


形はトレースしてる、足捌きも間違いない。師匠と同じだ、なぜ盆踊りだ?


球を受けて声を聞いていない。

バットで打って声を聞いていない。



      !?


      間に合ってた。



まだ組み手の段階では無い。今は師匠の型をトレースで十分だ。間違ってはいない、正解してる。足運びと、受け、流し、付帯するを型で学んでいる。まだ盆踊りでよかったんだ。焦る必要は無い、まだその段階では無い。



焦らず目の前のやる事を着実に積み上げれば分かって来る筈だ。立ち位置を見据えて腐らずにやれば見えるはずだ。異世界だって同じ筈。まだ下積み時代だ、目の前を見据えよう。



雨の日は演習場は休みだ。何をするのも自由だ。今日の様に自分を振り返る日も鍛錬に丁度いい。自分の間違いに気が付くかもしれない。突っ走るばかりじゃ間違う事もあるさ。逃げるんじゃ無いんだ。たまには道草もいいさ。アニーのお陰で気が付けた。



そうさ、雨が降ったらアニーと練習用の靴を探しに行こう。



三日後雨が降った。





次回 72話  生活魔法

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               思預しよ


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